シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第2話 見ているだけの きみでいいかい?

 

 

 

久しぶりに家族四人で夕餉の食卓を囲む。

訃堂と弦十郎は熊肉の焼いたものなどを健啖に平らげたが、琴音は米を砕いた粥に、焼いた山女魚を柔らかく解したものを食した。

八紘も母と同様のものを食べる。

さすがに訃堂もこの場で趣味全開の話はしない。

話題は、もっぱら時候のものと、あとは家族のものだ。

 

鼓七(こしち)さんは元気なんですかなあ」

 

「あやつは音信不通よ。しかし、便りのないのは息災な証拠というしな」

 

「…父上。鼓七兄さんなら国連防災機関(UNDRR)に出向しているでしょう? 

 どう活躍しているかなんて、Facebookを見れば済むじゃないですか」

 

八紘がそう進言すると、ジロリと訃堂は一睨みしてくる。

 

「わざわざ海外へと出て、我が国の屋台骨を支えるを由とせんのが気に食わん。

 それに、儂は横文字のものは苦手だ」

 

「訃堂さんは昔から英語が苦手でしたからなあ」

 

コロコロと母は笑っているが、父の英字嫌いは筋金入りだ。

なにせ、DVDとそのプレイヤーを扱えるようになったのはつい最近である。

それまでは、アナログなビデオデッキと、繰り返し鑑賞したために擦り切れそうなテープで趣味を楽しんでいた。

かといって頑固一徹な老害的思考の持ち主とも言い難い。

現にDVDの利便性に気づいてからは、ちゃくちゃくとコレクションはDVDやBDソフトと入れ替わりつつある。まあ、それも趣味だからこそ妥協出来ているのかも知れないが。

 

「くったー!」

 

裕に大人の三人前ほど平らげて、弦十郎はそっくり返る。

 

「まあまあ、お行儀の悪いこと」

 

琴音に口元を拭ってもらって、弦十郎はえへへと照れ笑いを浮かべた。

しかし間もなく盛大に船を漕ぎ始めたと思ったら、大口を開けて眠ってしまう。

その表情は年相応にあどけなかった。

 

「やれやれ。まだまだ弦のやつも子供だの」

 

当たり前のことを嬉しそうに呟き、訃堂は眠った弦十郎を抱き上げている。

 

「それでは私もこれで失礼します。父上、母上、おやすみなさい」

 

この機を逃さず、八紘も退出。

使用人の手を借りず弦十郎を子供部屋に寝かせて、訃堂も就寝とは至らない。

書斎に籠り、山のような書類仕事に手をつける。

そうやってどれくらい集中しただろうか。日中は煩いくらいの蝉の鳴き声と打って変わり、山中にある風鳴屋敷は水を打ったような静けさに満ちる。

とんとん、と書斎の戸が叩かれる。続いて、

 

「失礼します」

 

入ってきたのは使用人かと思えば、琴音だった。

 

「どうしたのだ?」

 

「お茶が入りましたから」

 

訃堂は眉をしかめる。

 

「そんなもの、人に任せればよかろう」

 

「この時分では、みなさん休まれましたよ」

 

苦笑する琴音に壁掛けの古時計を見れば、時刻は深夜の1時半。

 

「むう。時を過ぎるのは早いものよ」

 

思いがけず言葉には感慨が籠ってしまったらしい。琴音の笑みが大きくなる。

 

「ほんに。訃堂さんと連れあって、はや50余年ですからなあ」

 

「………」

 

訃堂は黙って茶に手を付ける。

その向かいに端座し、琴音は柔らかく微笑む。

 

「子供たちとの時間を捻出するために、仕事を後回しにしなさったのでしょう?」

 

返答替わりとばかりに、訃堂は音を立てて茶を啜り込む。

コロコロと琴音は笑う。

 

「ほんに、昔から不器用なお方…」

 

そして、立ち上がる所作さえ見せずに、ふわっと訃堂の腕の中へ身体を預けてきた。

未だ分厚い夫の胸板に頭を載せて、琴音は可笑しそうに笑う。

 

「旦那様から口説かれたんときも、たいがい不器用でしたしなあ…」

 

「む…」

 

妻を腕の中に抱き止め、訃堂は言葉に詰まる。

初めて琴音を見初めたのは彼女が18歳の時。

はっきりいって一目ぼれで、若気の至りというか、あの頃の自分の悪たれ振りを思い出せば、訃堂をして背中に冷たい汗が滲む。

翻って、今の人生に微塵も後悔はなかった。

琴音を娶ったことは人生で最大の幸福事であり、彼女が自分の子供らを産んでくれたことには心底感謝している。

 

「…琴音」

 

訃堂がすっかり白くなった眉を上げ、しかし未だ炯々とした瞳を妻へと向けた。

 

「…訃堂さん」

 

琴音も未だ衰えを見せぬ容色で、艶っぽい眼差しで見返してくる。

二つの影がゆっくりと重なろうとする寸前―――。

 

ぴしゃりッ!

 

琴音の手が、訃堂の手の甲を叩いている。

 

「まったく、悪戯が過ぎますえ?」

 

くすくすと笑いながら、琴音。

 

「…悪戯で済ませるつもりはなかったんじゃがな」

 

はぐらかされ、白髪頭をぼりぼりと掻きながら訃堂。

 

「お互いに齢を考えなさしゃんせ」

 

すくっと立ち上がりながら琴音が言う。しかしながら、見た目が三十前後の彼女がこの台詞を口にしても違和感が凄い。

 

「齢を取ったら、なおさらしっかり休まないといけまへん」

 

妖しい京ことばで言い残し、琴音はすーっと書斎を出て行く。

遠ざかる気配は感じられず、微かに彼女の着物に焚き込めめられた香だけが漂っている。

 

「やれやれ…」

 

嘆息し、訃堂は残ったお茶を飲み干す。いまさらながら、ノンカフェインの蕎麦茶だった。

琴音は本当に訃堂に休むよう注進しにきて、ついでにからかっていったものと見える。

 

「女というやつは、幾つになっても…」

 

しみじみと呟きながら、訃堂は書類仕事にけりをつけた。

自分の妻は普通ではないと重々承知しつつ、どこまでも彼女は普通の女だとも思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風鳴訃堂の朝は早い。

老齢ゆえに早くなったのではなく、若いころから毎朝5時には起床している。

日課の各種鍛錬、精神修養を終えて一時間強。

この頃になると弦十郎が起きてくるので、一緒に体操をこなす。

弦十郎は夏休みであるから、もちろんラジオ体操だ。

場所は、庭先ではなく、屋敷の裏手のだだっ広い修練場。

たかがラジオ体操といえど、されどラジオ体操。

風鳴一族が本気で挑んだ場合、周囲に人間が居れば死傷者が続出するだろう。

体操が終われば、上半身裸で乾布摩擦である。

 

「うう、なんで私まで…」

 

これには八紘もつき合わされ、家族三人、ならんで肌を擦る。

 

「見て見て八紘兄貴ー! オレ、乾布摩擦で火を熾せるんだぜー!」

 

高速で布を動かし、己の肌との摩擦で発火させ火傷一つ負わない弟に、八紘は何も言えない。

 

「ほう、見事だぞ、弦十郎。しかし、これは出来るかな?」

 

そういって訃堂が布を軽く振るえば、飛んだ衝撃波で竹藪が一閃。バサバサと数本の竹が倒れて行く。

 

「すげえ! 父ちゃん! それどーすんの?」

 

「いいか、コツはの」

 

「そんな物騒な技を六歳児へ教えないでください!」

 

八紘の常識的な叫びを無視し、非常識な二人は裏を流れる滝へとざぶりと飛び込む。

戻ってこちらに歩いてくる頃には、身体から発する気合熱で着ているものはカラカラに乾いているのだから始末に負えない。

 

「みなさん、ご飯ですよ~」

 

琴音が自ら呼びにきて、昨夜に引き続き、家族で食卓を囲んだ。

風鳴家では常在戦場の心構えで有事に備え、朝から肉類も出る。

弦十郎も訃堂も健啖にそれらを平らげ、八紘は母にならい軽めのもので済ます。

食事を終えれば弦十郎は自前の道着に袖を通し、修行だ特訓だと裏山へ。

訃堂は今日は様々な仕事や所用があり、これから都内へ向かうとのこと。

八紘も今から都内のマンションへ帰る予定だったが、

 

「ついでだ八紘、同道せい」

 

父の申し出に、八紘は少し考え込む。

今日も最高気温を更新しそうな好天の中を駅まで歩くのも億劫で、申し出を受けることにした。

 

「いってらっしゃいませ」

 

母に見送られ、訃堂と八紘の乗る黒塗りのセンチュリーは走り出す。前後は同じく黒塗りの国産車で固められていた。

センチュリーの後部座席は広く改装され、運転席との仕切りもしてあり防音性もバッチリである。

ほとんど揺れさえ感じない滑らかな走行の車内で、訃堂は手にもったBDを吟味していた。

 

「むむ、メタルヒーローにすべきか。ライダーにすべきか。

 ライダーにしても平成で攻めるか昭和で攻めるか…!!」

 

その様子を、身体ごと全力でドン引きながら眺める八紘。

赴堂が専用車にそれらの特撮ソフトを常備し、移動の最中に楽しんでいるのは国家機密に相当する極秘事項だ。

選ぶ時間が惜しいとばかりに、訃堂は再生機にDVDをセット。液晶画面には、仮面をかぶったライダーがバイクを乗り回す映像が。

このような子供向けタイトルに父が熱中する理由はわからねど、八紘はこれらは生理的に受け付けない。

幼少のころは夢中で見たものだが、長じるにつれその荒唐無稽さに気づく。

八紘は少しばかり精神的な成長が早い子供だった。

他の子供たちよりいち早くテレビ画面の幻想を脱し、現実を見るようになっていた。

ゆえに、テレビのヒーローなど作り物であると悟る。

無論、それを人前で吹聴して同年代の不興を買うような真似はしないほど智恵は回っていたが、それでも中学生の反抗期まっさかり。

未だ子供向け番組に熱心な父に、面向かって苦言を呈したことがあった。

 

『こんなの非現実的だ。だって必殺技とか人間には出来ないじゃないか!!』

 

その生意気は、一瞬で叩き潰された。

なぜなら父は、特撮ヒーローの必殺技のほとんどを、生身で実践して見せたのだから。

呆気にとられつつも、『きょ、巨大ロボとかも実際にないし…』とも負け惜しみを言った覚えがある。

父は真顔で『建設中だぞ』と答えていたが、きっと冗談だと思いたい。

 

それ以来、八紘は父の趣味に口を出すことを慎み、距離を置くと決めた。

しかしながら、顔を合わせるたびに赴堂は問答無用で距離を詰めてくる。

いくら特撮モノは肌に合わないといったところで全く取り合ってくれないので、最近は八紘も諦め気味だ。

現に今も見たくもない映像を流されているのも、炎天下を歩くよりはと妥協した結果である。

 

「…それにしても」

 

思わず八紘は呟く。

上映するまでは色々と薀蓄を垂れたりと煩い訃堂だが、いざ始まってしまえば静かに熱中している。

その横顔は、年相応で、同時に少年のようなまっすぐな眼差しすら見受けられた。

だけに八紘が苦しんでいることを、訃堂本人は知らない。

いまだ二十歳なれど八紘も風鳴の一員だ。

有形無形の恩恵を受けていると同時に、直接的にも間接的にも様々な情報に晒される立場にある。

八紘なりに分析した結果として、風鳴訃堂の人物評価は『峻烈』の一言に過ぎる。

 

神州日本を護るため鬼神とならん。

 

その言葉に一切の妥協はなく、己はひたすら厳しく律し、他者への寛大や慈悲とは無縁。

 

―――あれは、護国の鬼よ。

 

そんな風聞と、あまりにも反している目の前の父の現状。

そのギャップが八紘の理性と神経を削っている。事実、彼は若い身空で慢性的な胃炎を抱えていた。

しかし、一方で、家族として弁護したい気持ちがないわけではない。

 

いかに護国の鬼だなんだと言われようと、八紘にとっては父親だ。

血も涙も通わない人間では決してない。

特に子供のように無邪気に特撮番組に視線を注ぐ姿こそ、風鳴訃堂という人間性が体現されているのではないか。

八紘は強くそう思う。

だからといって、このことを声高に主張できないのはジレンマだったが。

 

気づけば、既に車は都内へと差し掛かっていた。

 

「止めよ」

 

不意に訃堂は指示を下す。

黒塗りの重厚な高級車が止まった前は、アニメイトだった。

 

「ついてくるか、八紘?」

 

「…遠慮します」

 

「では、まっておれ」

 

老体とは思えぬ俊敏さで赴堂は下車。

慌てて前後の護衛車から降りてきた黒服たちを引き連れて店内へと消えた訃堂は、十五分もしないで戻ってきた。

 

「待たせた」

 

冷淡な言葉と裏腹に、両手にBDBOXを抱え訃堂はホクホク顔を隠そうともしない。

 

「何も店先で買わずに、AMAZ○Nなどの通販で購入すればいいのでは?」

 

八紘は本心から忠告した。

いかに極秘事項扱いしても、当の本人がこうもフットワークも軽く量販店に出入りされては、護衛も情報部も大変だろう。

 

「何をいうかッ!」

 

訃堂は白眉を跳ね上げる。

 

「このような量販店だからこそ、客は手にとってモノを確かめることが出来る。新たな発見や掘り出し物との出会いは、このような物が大量に並ぶ場所でなければ成り立たぬと知れいッ!」

 

「それは衝動買いというんじゃないんですか?」

 

八紘は呆れつつも、訃堂の言に一理あることを認めるに吝かではない。

量販店の存在意義と強みはそこに存在するであろうし、通販業界が発達するまではそれは普通だった。

全ての買い物がいまや通販で賄えるのは便利で結構な反面、地元店舗の衰退は、そのまま地方経済の悪化や空洞化を加速する懸念が指摘されて久しい。

護国を掲げる赴堂にとっても、これは無視できない事態なのだろう。

…もっとも、単に訃堂が、通販サイト最大手のアメリカ企業を嫌っているという理由が一番かも知れないが。

 

 

「駅前でいいのか?」

 

「はい、お願いします」

 

もはや都心に達しているため、車はゆるゆると進む。

既にDVDの再生は終わっており、八紘はこの時間を色々と尋ねる機会と捉えることにした。

 

「父上は、今から霞ヶ関へ?」

 

訃堂の白眉がピクリと動く。

 

「…いや、それは後回しだ」

 

「では、どこへ?」

 

出過ぎた口をきくなッ! そう怒鳴られることを覚悟して八紘は質問を重ねる。

しかし、訃堂はむしろ穏やかな口調で教えてくれた。

 

「まずは墓参りと見舞いよ」

 

「…は?」

 

「この齢になれば、昔馴染も大分少なくなるものよ。病に伏せるものも多いしな」

 

思いもよらぬ答えに言葉を失う八紘に、訃堂は真顔を向けた。

 

「儂もそう長くないやも知れぬ。なれば、あとのことはおまえたちに託すぞ」

 

「…御冗談を」

 

この物言いには、さすがに八紘も笑顔で応じた。

父は自分たちよりよっぽど長生きしそうだ。

兄弟が集まるたびに俎上にのぼる話題である。

しかし、この会話の流れは、八紘にとっていい呼び水でもあった。

唇を舐め湿らせ、八紘は最も聞きたかった質問を口にする。

 

「では、母上は、いつまで生きられるのですか?」

 

母、琴音の旧姓は岩戸。

土御門の更に上の格式を持つ呪術師の家系である。

そんな彼女が何らかの秘術を凝らして現在の若い容姿を保っていることは、弦十郎を除く子供たちの殆どが知っていた。

そして、そんな秘術であればこそ、何かしらの反作用があることも予見している。

 

「…それは、分からぬ」

訃赴堂は答える。

 

「あれの秘術秘奥は門外不出よ。儂とて何一つ知らされておらなんだ」

 

「そんな! では、母上に何かあった場合、私たちには何も出来ぬとッ!?」

 

「落ち着け、八紘」

 

「私は落ち着いてますよ! しかし、母上も最近、起きておられる時間も少しずつ短くなっているようですし…」

 

「それは儂も承知しておる。そしてあれも承知しているだろう」

 

「私にとってはたった一人の母親なんですッ!」

 

「儂にとっても、ただ一人の女よ」

 

息子と父が睨みあう。

お互いに全く同時に視線を外したのは、車が丁度停止したからだ。

 

「八紘」

 

ドアを開け降りていこうとする息子に、訃堂は声をかける。

 

「あれに何かあれば、すぐに報せる。そして、何かあれば儂がなんとかして見せる。だから案ずるな」

 

「…信頼させて頂きます」

 

ドアが閉じる。

 

中天の太陽に照らされながら、黙って八紘は父の乗った黒塗りの車を見送った。

と思ったら、黒塗りの車が戻ってきた。後方からおっかけていた護衛車も急いでバックしている。

車は八紘の前まで戻ってくると、後部座席の窓が開いた。

訃堂が真剣な面持ちでこちらを見ていて、重々しく口を開く。

 

「八紘。先日の上映会の続きだが、再来週に行うぞ?」

 

「…はい?」

 

「余程の予定がないかぎり、必ず参加せよ。しかと命じたからな」

 

言い置いて、窓は閉じる。そして何事もなく車は走り去った。

その黒い車体が完全に見えなくなってから、ようやく八紘は身動きする。

そして思う。

 

…そうだ。もっと講義を入れて、単位を取ろう。

それでも時間が余れば、よその大学の講義へも顔を出すようにして、全ての時間を勉学で埋め尽くしてしまおう。

 

先日の地獄の上映会への出席を避けるため、勉学を言い訳にすることを決め込む八紘。

この時の血のにじむような努力というか逃避行動が後に実を結び、彼が21世紀の日本における比類ない情報官として名を残すことに繋がったのは、不幸中の幸いといっていいのか判断に苦しむところだった。

 

 

 

 

 

 

 

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