「どうだ? しっかりと聞こえるだろう?」
天羽奏が、自分専用のレシーバーへ手を添えている。
すると、発令所の巨大モニターの中の立花響が答えた。
『はい! 感度りょーこーです!』
ぶんぶんと両手を交差させるように振る響。
そんな彼女の目前には、ノイズの群れが迫っている。
「よし、いけ、タチバナ!」
『了解ですッ!』
奏の叱咤に、響はノイズの群れに突撃。
『うりゃあッ!』
気合を込めた正拳突きが見事ノイズを粉砕。
「タチバナ、後ろだッ!」
『はいッ!』
奏の指示に、響はすかさず後ろ蹴りを繰り出す。
背後から迫ったノイズもそれで薙ぎ払われた。
矢継ぎ早に飛ばされる奏の声に響も良く応え、たちまちモニター内のノイズの群れは駆逐されていく。
「…大したものだな」
遠慮なく感嘆の声を漏らす弦十郎へ、奏は笑いかける。
「とまあ、しばらくはあたしのアシスト付きで何とかするよ。補助輪みたいなもんさ。すぐに必要なくなるだろうけどな」
「うむ。圧倒的に戦闘経験の足りない響くんのためだ。止むをえまい」
口では如何にも仕方ないという風を気取っていたが、弦十郎は内心で舌を巻いていた。
いかに特機部二のカメラが現場で稼働しているとはいえ、視覚情報のみでの奏の現状把握能力は驚嘆に値する。
また、それに間髪入れず応える響の反射能力も尋常ではなかった。
まさに人馬一体という風情で、弦十郎をして、俺は彼女たちの能力を見誤っていたのか? と唸らせるほど。
(―――響くんの加入は、図らずも大幅な戦力増強になったのかも知れん)
少なからず戦慄を込めて弦十郎が見やるモニター上で、響の戦闘はまだ続いていた。
奏が叫ぶ。
「タチバナ! チェーンパンチだッ!」
『はいッ! …はいッ!?』
「よし、トドメの速射破壊銃!」
『そんな装備ありませんよぉッ!?』
画面内で悲鳴を上げる響。
「いやあ、一度やってみたかったんだよな、これ♪」
レシーバー片手にニヤニヤ笑いをしている奏に、先達者としても弦十郎は突っ込まずにはいられない。
「………おまえは秘密刑事かッ」
そして出撃から発令所へと帰投した響は、初陣としての賞賛もそこそこに、更なる驚きをもって出迎えられることになる。
「ええ!? わたしがトライウイングになるんですかッ!?」
「そうだ。どうか歌手としても、俺たちに力を貸してはくれまいか?」
「で、でも! わたしはそんなアイドル活動なんて…!」
突然の申し出に狼狽えまくる響。
そんな彼女の頭をポンと叩くのはもちろん奏だ。
「なに、そんな怖気づくこともないさ」
「…隊長」
「そもそもおまえはトライウイングに憧れてたんだろ? 絶好の機会じゃねえか」
「だけど…」
響は言い淀む。彼女が憧れたのは、あのライブ会場の惨状のさなかで人々を守るために活躍していた三つの翼だ。
こうやってシンフォギアを纏えるようになったのだから、あの夢は十分に達成されているように思う。
「おまえはリズム感はあるしルックスだって悪くない。そんでリディアンに合格できるくらいなら、歌だってイケてるはずだ。余裕だって」
かつてのトップアーティストからの惜しみない賞賛は、響の顔を大いに赤面させることになる。
「翼とクリスからは既に了解を得てある」
弦十郎も、響の中の最後の懸念を振り払うように告げた。
「その上で、どうか引き受けてもらえないだろうか?」
人前でパフォーマンスを披露することになることは、この際置いておく。
もともとが人から頼られることに喜びを覚えるのが立花響という少女の本質だ。
多少状況に流されやすいというか、お調子者なことも否定できないが、ここに至り、彼女に断るという選択肢は存在しない。
「…わっかりました! わたしがお役に立てるなら、喜んで!」
「うむ。感謝するぞ、響くん」
弦十郎が大きくに頷く横に、スッと新たな影が現れた。
「それでは、早急に立花さんのご実家を訪問して、ご両親からの了解も得るようにしましょう」
スケジュール帖片手の緒川慎次は、眼鏡をかけたマネージャーモード。
「響くんのご両親への挨拶だが、それは俺が赴こう」
「司令ご自身がですか?」
弦十郎の申し出は、緒川をして少なからず驚いているよう。
プロジェクトユニット『トライウイング』は、特機部二のダミー会社として設立された芸能プロダクションの預かりとなる。
マネージャーの緒川を始めとした特機部二から出向しているスタッフも含め、一応の社長も存在した。
その代表を差し置いて、特機部二の総司令である弦十郎がわざわざ立花家を訪問すると宣言したのだ。
「師匠が来るんですか?」
武術の師として弦十郎をそう呼び分ける響も、驚いた顔をしている。
目を白黒させる弟子に向かって弦十郎は破顔した。
「うむ。できるだけ早いうちにお邪魔させてもらうことにしよう!」
そして翌日の放課後には、都内の立花家のリビングに弦十郎と響の姿を見出すことが出来る。
「お初にお目にかかります。自分の名は風鳴弦十郎と申します」
「こ、これはこれはご丁寧に…」
出迎えたのは響の父である立花洸だ。
先日のうちにアポイントメントが取れた結果、彼はきちんと定時退社をして出迎えてくれた。
筋骨隆々の巨躯に圧倒されている立花夫妻を前に、弦十郎は居住まいを正すと説明を開始。
「…うちの響が歌手デビューするんですかッ!?」
驚きも露わにする洸。隣ではその妻も同じ表情をしている。
響くんは母親似だな、などと益体もないな感想を抱く弦十郎を後目に、立花夫妻の視線は娘の方へと。
「響、おまえ、歌手なんてできるのかい?」
両親をして、響が地元を離れて全寮制のリディアンへ進学したことには察するところがあった。
食欲魔人と化した一人娘が、日々上昇し続ける立花家のエンゲル係数を懸念してのこと―――というのは冗談にしても、あの日のライブ会場で彼女は将来を決定づける何かに触れたのではないか?
その予想はある意味当たっていたのでは、と立花夫妻は今日、淡い確信を抱く。
だとしても、高校入学して半年も経たないうちにデビューとは、色々と早すぎるだろう。
「…ううん。大丈夫だよ、お父さんお母さん。わたしは、やります。やってみせます!」
「でも、テレビにも出るんだろ? 恥ずかしくはないのかい?」
「そ、そりゃあ恥ずかしいけれど、翼さんもクリスちゃんも一緒だし!」
娘の力強い眼差しを受けて、洸はばりばりと後頭部を掻いた。
「やっぱり、血は争えないものなのかなあ…」
「え?」
「実は僕も若いころ、笛のお兄さんをやっていて、テレビに出ていたことがあってね」
「ええッ? そうなのッ!?」
娘の驚きの声を受けて、照れ臭そうに表情を崩す洸がいる。
「まあね。あまり有名じゃなかったし、結婚を機に転職して辞めたんだけどね」
「ほえー、初耳だよー! お母さんも知ってたんだよね!?」
和気藹々と盛り上がる立花家。
その後は話題が昨今の芸能事情などにもシフトするも、立花夫妻と弦十郎はほぼ同年代である。
共感できる話題も多く、非常に和んだ雰囲気となった。
挙句夕食まで振舞われ、遠慮なくご馳走になる弦十郎である。
久々に母親の手料理を堪能して満足げにはしゃぐ響を横目に、ふと洸の表情が翳ったのを弦十郎は見逃さない。
「…僕にとって、響は大切な一人娘でしてね…」
ビールの入ったグラスを傾けながらの呟きには万感の思いが込められている。
なにせ、かつてのライブ会場の惨劇から生きて帰った娘のことを喜ぶあまり、周囲に吹聴して顰蹙を買ったほどの子煩悩の彼である。
取引先の社長の娘も同じくあの惨劇からの生還者で、二人は意気投合。結果として大口の取引をまとめる格好となり、洸が出世コースに乗ったことは、まさに禍福は糾える縄の如し、というやつだろう。
そんな調査部の報告書を思い浮かべつつ、弦十郎は大きく頭を下げる。
「娘さんの安全は、必ず自分たちが護って見せます」
響の両親が懸念するところの惨劇は、いまだ記憶に生々しいものだ。
その不安を払拭するためにも、弦十郎は自身の体格といった外見も計算に入れている。
実際のところ、凡百の男と弦十郎のような偉丈夫、そのどちらも安全を確約したとして、後者に大いに軍配があがるのは疑う余地もない。
お飾りの芸能プロダクション社長ではなく、弦十郎が直々に出張ってきた理由の一つはこれであった。
一方で、響がシンフォギアを纏って戦っていることは、両親にも伝えていない。むしろ伝えられなかった。
FG式回天特機装束は国家機密中の国家機密である。
一度でも知ってしまえば、市井の人間は生活に大きな制限を受けかねない。
むろんそれらに関わりなく、立花家は護衛対象となってはいる。万が一でも人質になどされてしまえば、響の活動が大きく掣肘されてしまう。
立花夫妻にとって、響が大切な娘であることは語るまでもない。
その娘を、人類を守るためとはいえノイズ相手に戦わせている。
そしてそのことを家族に伝えることは許されていない。
弦十郎の下げた頭の中は、それらに対する申し訳なさで埋め尽くされている。
ゆえに、立花一家に対する誠心誠意の礼儀を尽くす意味での、弦十郎本人の訪問であった。
先ほど口にした通り、最大限に響の身は守る覚悟であるし、立花一家の安寧な生活にも出来得る限りの便宜を図る覚悟である。
だが、それらを面向かって伝えられないもどかしさ。
同時に幾ら実利を尽くしたところで、免罪符足りえないことも承知していた。
家族の与り知らぬところで響に命を賭けさせている。
娘を持たない弦十郎に、親が子を思う気持ちは分かぬ。
それでも良心を切り刻まれるような痛みを胸に、弦十郎の頭はより一層深く下げられたのだった。
「そこ! 立花ッ! ステップの切り替えが甘いぞッ!」
遠慮のない翼の叱咤の声が飛ぶ。
「立花さん。そこのコーラスの部分は、もう一オクターブくらい下げた声で…」
クリスも言動こそ柔らかかったが、適当では妥協させない厳しさを発揮している。
「は、はいッ! もう一度お願いしますッ!」
そして響も良く喰らいついていた。
新生『トライウイング』のお披露目も迫り、レッスンもいよいよ佳境にある。
「―――この分であれば、どうにか間に合いそうだな」
太い二の腕を組んで、弦十郎はレッスンルームの三人を見渡した。
「な? あたしの見込んだ通り、筋はいいだろ?」
隣には、我が事のように笑みを浮かべる奏がいる。
「…おまえは、何も蟠りはないのか?」
思わず弦十郎はそう問い掛けていた。過日、姪ッ子が、奏に向かって同じ質問をしたことなど知る由もなく。
「なあに、いわゆる世代交代ってやつさ。ダンナだって、隊長と代替わりしただろ?」
奏は屈託がない。
彼女が隊長と慕う弦十郎の実父風鳴訃堂は、極力自身の影響力を分散させようと腐心しているフシがある。
もっともこれは弦十郎が直感的に感じていることであって、傍目には日本国における訃堂の影響力はいまだ絶大なままだ。
「あたしも隊長と同じく、裏方でいいんだよ」
レッスンに励む三人を眩しげに見やる奏。
その眼差しの内容は、弦十郎をしても見通せなかった。
一度でもステージで喝采を浴びた人間は、その栄光を決して忘れがたいとも聞く。
(いや。それは俺が詮索するものではあるまいよ)
結局、弦十郎は曖昧に首を振り、独り言のようにつぶやく。
「…まあ、おまえがそれでいいなら、構わないが」
ふと背中を叩かれた。
振り向けば櫻井了子が立っている。
トレードマークのピンクフレームの眼鏡を押上げ、もう片方の手の指は丸の形のOKサイン。
「各会場の設備設置もなんとかなりそうよん♪」
「―――そうか」
深く頷く弦十郎の全身に、緊張が漲る。
新生トライウイングの発表とそのお披露目は、過日のライブ会場と同規模のものを予定していた。
その裏で、収束したフォニックゲインを用い聖遺物を起動させる実験を行うところも同一である。
今回、励起の対象となっている完全聖遺物は、欧州より日本へと譲渡された不朽不滅の剣【デュランダル】。
「この実験が上手くいけば、状況は劇的に回天するはずだ。絶対に成功させるぞ、諸君ッ!」
集めた部下たちを前に鼓舞する弦十郎。
三々五々に部下が散っていく中で、最後には何故か響が一人残っている。
そんな彼女は、なんとも困惑した顔つきで弦十郎へと訴えかけてきた。
「…あの~、師匠?」
「おう! どうした響くん?」
「あの、ですね。わたしがトライウイングとしてデビューすることは、友達にも打ち明けちゃっていいものなんですかねーって…」
「ふむ」
シンフォギア装者であることは国家機密だが、アーティストとしてのトライウイングは公明正大に視聴者の耳目に晒される予定である。
「デビューライブまで出来れば秘密にしておいてもらいたいところだが…」
弦十郎がそう答えると、響は心底困った表情を浮かべて、
「…実は未来が…、あ、未来は寮でも同じ部屋のわたしの大親友なんですけどねッ! 最近はレッスンでわたしの帰りが遅いから、すごく機嫌悪くて…」
「なんと。そうだったのか?」
立花響のデータバンクの中に、確か親友とカテゴライズされた小日向未来という名前。
思い出しつつ弦十郎は自分が至らなかったことを反省。
言われるより先に、同室者という存在を配慮すべきだった。
弦十郎は腕を組んで軽く宙を睨む。
「…時に、響くん。その未来くんは、口が堅いほうか?」
「え? は、はい。たぶん」
「あまり吹聴しないと約束して貰えるなら、伝えてもらって構わないぞ」
響の顔はぱああっと明るくなった。
「わっかりました! ありがとうございますッ!」
あからさまに肩の荷が降りたような足取りで響は身を翻す。
その姿を苦笑して見送りつつ、人の口に戸は立てられないことも弦十郎は承知していた。
おそらく、響がトライウイングとしてデビューすることは学園内に知れ渡るだろう。
だが、リディアンは芸能コースを有する学園であるし、外部に漏れたとて、立花響という少女はもともとが無名の存在である。
何もかもが未知数な彼女を付け回す週刊誌もおそらくあるまい。まあ、一課には苦労を増やすかも知れんが…。
そこまで考えて、弦十郎の脳裏からその話題の優先順位は大きく後退。
なにせ他にも考えなければならないことが山ほどある。伊達に総司令をしているわけではないのだ。
―――そんな風に多くの楽観も含めた弦十郎の予想は、すぐ翌日には大きく覆えされることとなる。
次の日。
乞われて個室で会うことにした響の隣には、初めて目にする黒髪の少女がいた。
脳内のファイルを捲り、弦十郎は少女が小日向未来であることを確信する。
リディアンの寮における響の同室者であり、曰く彼女の大親友。
しかしなぜにそんな彼女が今日、一緒に?
「…あなたが、トライウイングの所属する会社の社長さんですか?」
「う、うむ」
頷きつつ響を見れば、バツの悪そうな表情。
おそらく、トライウイングの新メンバーとしてデビューする話をするにあたり、弦十郎が社長であるとの説明もしてしまったと推測される。
響の両親には自己紹介した手前、彼女の親友に対してもダミーの社長を立てるのは不自然かつ不義理だろう。
そう判断した弦十郎は、素直に名乗ることにする。
「俺の名は風鳴弦十郎という。君のいうとおり、トライウイング関連の総責任者の立場にあるものだ」
「それじゃあ、弦十郎さん。お願いがあります」
物怖じせず見上げてくる未来の眼差しは真剣極まりない。
(…そういえば、この娘も響くんのライブ会場からの帰還を大喜びしたらしいな)
一課の調査報告を思い返し、弦十郎は次の未来の言動を予想する。
未だ記憶に鮮明なライブ会場の惨劇を憂い、響のトライウイングとしてのデビューに反対するか。
もしくは、それに伴う何かしらの厳しい抗議か?
「…響を、本当にトライウイングとしてデビューさせるんですか?」
「ああ、そのつもりだ」
「だったら―――!!」
どのような抗議や叱責も受け止めるため胸襟を開く弦十郎に対し、小日向未来の反応は予想の斜め上を行く。
「―――だったら、ファンクラブも作られるわけですよね!?」
「あ、ああ。おそらく出来るのではないかな…?」
「私にナンバー1の会員権を! 無理だったらせめて一桁ナンバーでお願いしますッ!!」
「お、おう?」
「それとですね! 非公式のファンクラブの方を立ち上げても、何も問題はないですよね!?」
「そ、それも構わないと思うが、できれば企画部の連中とも話しあってもらえれば…」
「実はもう、いくつかグッズを作ってみたんですッ!」
未来が横に巨大な紙袋を持ってきていたことを、弦十郎は遅ればせながら気づく。
紙袋の中身がテーブルの上にぶちまけられた。
ロゴの入ったタオルや団扇を皮切りに、恥ずかし気な表情を浮かべる響のプロマイドやピンバッジなどの造形も凝りに凝っている。
本人のデフォルメされた顔がプリントされたTシャツやトレーナーの造りも見事で、詩集や色紙に手形といった若干意味不明なものも散見されるも、すべてがプロ顔負けで、とても高校生の娘が作ったものとは思えない。
「これは、見事だな…」
思わず弦十郎が呻けば、物凄い笑顔を浮かべたまま未来は更に踏み込んできた。
「正規販売品と競合しない範囲で頒布させてもらっていいですか? いいですよね!? なんなら、この試作品を正規品のラインに乗せてもらっても…」
「わ、わかった。のちほど検討させてもらおう」
「よろしくお願いしますッ!」
勢いに押され、なんだかよく分からないうちに頷いてしまう弦十郎。
対する未来は、
「ああ、とうとう私の響がアイドルデビューするんだ…!」
両手を前で握って、何とも言えない恍惚の表情を浮かべている。
かくして、立花響のトライウイングデビューにあたり、新人にも関わらずその物販の品ぞろえは異様なまでに充実したものとなるのだった。
ちょっと色々あって間が空いてしまってすみません。
そんでもって今回は洸の中の人ネタと、一度やってみたかったザボーガーネタです。
なお、響が変形して防人を乗せる予定はございません。