新生トライウイングのライブより、一夜と一日明けた月曜日。
立花響は、リディアン音楽院へと元気に登校している。
前日となる日曜日は、初ライブの熱も引き切らないままに、各種のインタビューや写真撮影に忙殺された。
ぐったりとして寮へ送ってもらったのはだいぶ時間も遅かったけれど、未来はご飯を作って待ってくれていた。
テーブルの上に乗り切れないほどのご馳走は比喩ではなく、昨晩の食べきれなかった残りを朝食で響は食べてきている。
一緒にお風呂に入ったあとマッサージまでしてくれた親友の気遣いは嬉しかったけれど、自分がベッドに入ったあとも、買ったばかりのノートPCで未来は夜遅くまで何かしていた様子。
それでも朝はいつも通りに起こしてくれたし、そんなに夜更かししたわけでもないみたい―――。
そんな風にぼんやりと物思いに耽る響。
彼女が気の抜けた表情をしているのにはもう一つ理由がある。
曲がりなりにもあのトライウイングの一翼としてデビューしたのだ。登校したらクラスメートたちに騒がれるのではないか。
そんなおっかなびっくりで校門をくぐった響だったが、拍子抜けするくらい周囲の反応は薄い。
(まあ、翼さんやクリスちゃんに比べたら、わたしは下っ端だしね~)
ちょっぴり残念な気持ちをもあるけれど、響としてはホッとしている。
ちょうど四時限目終了のチャイムが鳴った。
「響は先に食べておいて」
未来はそう言い残して、パタパタと教室を飛び出していく。
クラス委員の仕事でもあるのかな?
ちゃらんぽらんなわたしと違って、未来はとっても頼りがいがあるからね~。
親友を手放しで称揚しておいて、響もいそいそと教室を出た。
目指す場所は例によって学院のカフェテリアで、今日も今日とてバイキングのそれぞれをトレイの上にチョモランンマ盛り。
「いっただきま~す!」
行儀よく両手を合わせ、豪快かつ最速に食べ物を殲滅。
「よ~し、二回目に行こ♪」
ほっぺたにご飯粒をつけたまま、響が腰を浮かしかけたときだった。
「響ッ!」
親友に腕を掴まれる。
「ど、どうしたの、未来?」
「もうお昼ごはんは食べたよね? 済んだよね? うん行こう!」
「え? え?」
有無を言わせず腕を引きずられ、カフェテリアから外の廊下へ。
まだまだ昼食に未練たっぷりの響に頓着せず、未来が引っ張っていったのは家庭科室などがある第二校舎。
その一番奥まった教室の前まで連れていかれて、響は首を捻る。
「あれ? ここって使われてない部屋じゃあ…」
同時に、その中から何やら人の気配がしたのには戸惑ってしまう。
「いいから入って。主役の響がこなきゃどうしようもないんだから!」
「え? どういう意味?」
勢いよく扉が開かれた。
中にいた生徒たちが一斉に振り返ってきて、響は面喰らう。
ましてや全員が盛大な拍手を始めたものだから、まるで理解が追い付かない。
「あの、未来?」
「いいから、ほら!」
親友にぐいぐい背中を押される。
教室の中の人並みが割れ、その先に設置されたものに響は目を大きく見開く。
奥に設置された白いテーブル。
その上に吊るされた看板には、こう記されていた。
【トライウイングのニュースター ☆ 立花響サイン会場】
「あ…」
口をぱくぱくさせたまま、有無を言わさず最奥の机の前に着席させられる響。
途端に、盛大な歓声と熱気が降り注ぐ。
「歌もダンスも凄かったね!」
「最高でしたッ!」
「ファンですッ!」
一気に詰めかけてくる女生徒たち。
「はい、そこ、列を乱さない! 一直線に並んで並んで!」
聞き覚えのある声の方を向けば、安藤創世がせっせと列の整理をしていた。
「へい、らっしゃい! ビッキーグッズは色々取り揃えてあるよ! おすすめはアニメ調のオリジナルTシャツね!」
部屋の壁沿いにある売店では、板場弓美が客引きにいそしんでいる。
「はい、御釣りは600円ですね。あと、こちらがサインと握手の引換券になります」
そしてせっせとグッズ販売をする寺島詩織。
「…あの、未来?」
キャーキャーいっている自分のファンらしき生徒たちを前に隣の未来を振り仰げば、親友は物凄い笑顔を湛えていた。
「ほら、響。ファンの人たちにサインと握手をしてあげよ?」
「…う~、手が痛いよ~」
放課後。
響は手首をプラプラさせながらの涙声。
昼休みのサイン会で、色紙やグッズにサインをしまくった代償だ。
後半に至っては完全にゲシュタルト崩壊して、自分でも正しくサイン出来たか全く自信はない。
あの場の異常なまでの盛り上がりと熱気は、その主役たる響にしても夢のよう。
ましてや、昼休み終了の予鈴が鳴ったとたん、一斉に粛々と、それこそまるで潮が引くようにファンたちは解散したのだからなおさらだろう。
「お疲れさま、響」
隣を歩く未来が労ってくれるも、
「…もしかして、明日の昼休みも?」
「もちろん! サービスしてあげなきゃ。ファンあってのアイドルだからね」
「マジですか…ッ!」
げんなりとした表情になる響。
もっとも、アイドルデビューするのはこういう事だといわれてしまえばぐうの音も出ない。
しかし、それなりに覚悟は決めていたとはいえ、こんなことが毎日続くとなると…。
「あと、今日は響はオフなんだっけ?」
「う、うん」
未来の声に弾かれたように顔を上げ、響は頷く。
さすがに今日くらいはゆっくりと休んでくれ。
先日の最後のインタビューが終了したあと、弦十郎が直々にトライウイングの三人を労ってくれていた。
「あ、それじゃ未来、久しぶりにデートしよ!! まずはふらわーにお好み焼きを食べに行ってさ!」
そういうと、親友は蕩けそうな笑顔を浮かべてくれる。
「喜んで。響、いっぱい食べていっぱい遊ぼうね♡」
時間は飛んで翌日の放課後。
立花響と小日向未来の姿は、リディアン音楽院の地下にある特異災害対策機動部の施設内にある。
「へえ~、リディアンの地下にこんな建物があったんだ~…」
「未来と一緒にここを歩いているなんて、なんかこそばゆいね」
響は若干はしゃいでいるが、本来的に完全に部外者である小日向未来が特機部二の基地への出入りは許可されていない。
なのになぜ彼女はここにいるのか?
「お、立花か」
「あ、翼さん! クリスちゃん! それに師匠も!」
自販機の前の談話コーナーに三人を見つけ、響は小走りで駆け寄った。
それから真っ先に弦十郎へ向かってペコリと頭を下げている。
「このたびは、その、色々とすみませんでしたッ!」
響が頭を下げる理由は、自分がシンフォギア装者であることが未来にバレたからである。
先日の放課後、ウキウキで二人がふらわーのある商店街に達したとたん鳴り響いたノイズ警報。
響は生来の人助け根性を発揮し、人々の避難誘導を実行したまでは良かったが、すわノイズをぶん殴ろうにも未来に装者であることをバラすわけにはいかない。
それでも一旦避難した振りをして…と画策していたら、近くの崩落したビルの一階で、逃げ遅れたらしいふらわーのおばちゃんを発見。
気絶しているおばちゃんの直上にはノイズがいて、それが音に反応すると看破した未来も凄かったけれど、『自分が囮になるからその隙におばちゃんを助けて』との申し出に面食らう。
『響はもうみんなのアイドルなんだから』とスマホ画面に表示するや否や、未来は元陸上部仕込みの猛ダッシュ。
親友の思い切りの良すぎる行動に呆気にとられるも、響はすかさず変身、もとい聖詠。
抱えたおばちゃんを駆け付けた緒川に託し、未来が引き付けたノイズへと追いすがって殲滅。
目前でノイズをワンパンした響に、助けられた未来が礼もそこそこに様々な追及したのは当然の流れ。
親友の凄まじい剣幕に洗いざらいゲロる寸前で、おっとり刀でかけつけてきた弦十郎に響が泣きついた結果、未来は特例的な外部協力者として特機部二関連の情報を得られる身分を獲得していた。
「…まあ、不可抗力というやつだな。止むをえまいよ」
弦十郎は頬を掻く。
そう言っておきながら、未来くんには早晩バレただろうな、とも確信していた。
そしてそんな確信をしている自分に、なぜだろう? と内心で首を捻っている。
「かなり司令も無茶を通してくれたようだからな。ぞんぶんに感謝するように」
厳しい顔つきの翼が腕組みをしたまま言う。シルエットの違いはあれど、それは普段の弦十郎の佇まいによく似ていた。
「それはもう。本当にありがとうございましたッ」
「ありがとうございましたッ」
響と未来が揃って頭を下げたところで、ようやく翼は破顔。
「ともあれ、小日向といったな? 私たちは君の協力と勇気に感謝し、特機部二へ歓迎するッ!」
それは本来俺の台詞なんだがな、と弦十郎は苦笑する。
「これからよろしくね、小日向さん」
クリスも挨拶をしつつ歓迎の握手。
「はい。よろしくお願いします」
未来もにこやかに握手に応じるも、一瞬だけひやりとした感触にクリスは慄く。
―――響は渡さないから!
そんな声が聞こえたような気がする。
マジマジと未来を見直すも、彼女は穏やかで暖かな笑顔を浮かべていた。まるで陽だまりのように。
「あら~、みんなして集まってガールズトークの真っ最中かしら♪」
陽気な声が響く。廊下を歩いてきたのは、ピンクのフェティッシュな私服に白衣を纏い、うず高く盛り上げた髪型の櫻井了子。
「う~ん。可愛い女の子がぞくぞくと増えて大変結構♪」
「ガールズとはいうが、俺の存在を無視しないでほしいところなのだが…」
苦言を呈する弦十郎を、了子は華麗にスルー。
「了子さんもそういうの興味あるんですか~ッ?」
さっそく響が食いつけば、
「モチのロン! 私のガールズトーク百裂拳を受ければ、人体の内部から脳天直撃SE〇Aサターンよん♪」
「なんか一子相伝の必殺技みたい…」
未来は、たはは…と笑う。
「了子さんの恋バナッ!? きっと最終決戦で主人公がヒロインに正体を明かして、明けの明星が光るころには空へと帰らないといけない、大人で切ない恋物語~♪」
響が腰をフリフリ悶えながら口にした台詞には誰も突っ込まず、了子はどこか遠くを見るように目を細める。
「―――遠い昔の話になるわね。こう見えても、呆れるほど一途なんだから~」
赤くなった頬に手を当てる了子に、響と未来は「お~!」拳を握って興奮状態。
「意外でした。櫻井女史は、恋というより研究一筋かと」
やや茫然とした表情を浮かべたのは翼。
「命短し恋せよ乙女、っていうじゃない?」
対して了子はぷるん! と豊かな胸を張る。
「それに、女の子の恋する気持ちってのは、すごいパワーなんだから~」
「…女の子、とな?」
思わずそう呟く弦十郎に、了子のノーモーションの裏拳が炸裂。
「おいおい、危ないな了子くん」
あっさり受け止めた弦十郎を無視し、了子は言葉を続ける。
「私が聖遺物の研究を始めたのも、そもそも…」
そこまで語り、了子は響と未来両名の興味津々の視線を注がれていることに気づく。
なぜか急に気恥ずかしくなった了子は、急ブレーキをかけつつ緩やかに方向転換。
「ま、まあ、私も忙しいから、こんな場所で油を売ってられないわ」
「…そもそも話に割り込んできたのは了子くんの方ではないのか?」
またしてもの弦十郎の呟きに、今度はサンダル履きの後ろ蹴りを放つ了子。
もちろんこれもあっさり受け止められた。
「と、兎にも角にも出来る女の条件は、どれだけいい恋をしているかに尽きるわけよ!
ガールズたちも、どこかいつかでいい恋なさいね」
半ば無理やり話をまとめて立ち去ろうとした了子だったが、響の声が影縫いのごとく彼女の足を縫い留めた。
「あれ? わたしは、師匠と了子さんがお付き合いしているとばっかり思ってたんですけど!?」
「な、なななに言っているのよ、響ちゃん!」
了子は思わず裏返った声を上げてしまう。
「違うんですか? 二人はお似合いだから、てっきり…」
狼狽する了子から、皆の視線は弦十郎へと向けられた。
我知らず頬を染めた了子も恐る恐る視線を転じた先で、弦十郎の浮かべる表情は良くも悪くも珍しいもの。
「………」
照れるわけでもなく、顔を赤くするわけでもなく、彼はひたすら茫然としていた。
おそらく、完全に虚を突かれた人間とはこのような表情を浮かべるのではないか。
正に寝耳に水と言わんばかりのリアクションは、取りも直さず了子との関係をこれ以上もないほど雄弁に否定していた。
「わ、私はあんまりゴリゴリのマッチョ体型の男は好みじゃないのよね~」
フォローすらしてくれない巨漢に、了子は大人の対応で話を有耶無耶にもっていくことを選択。
だが、そのプロセスで、なぜ弦十郎の隣に佇んでいた雪音クリスに話を振ってしまったのだろう? それは彼女自身も良く分からない心の動き。
「ね? クリスちゃんも、こんなゴリマッチョな男の人は苦手でしょ?」
すると、クリスは一瞬きょとんとして、それからおずおずと言ってくる。
「べ、別にわたしは兄さんみたいな体型な人は苦手じゃ…」
「ええええええええええええええええッ!」
素っ頓狂な声を上げたのはもちろん響。しかし彼女の驚きは、恋バナとは別の次元にある。
「し、師匠とクリスちゃんって兄妹だったんですかッ!?」
「む? 言ってなかったかな?」
ようやく気を取り直したらしい弦十郎が応じる。
「で、でもでもでも! こういっちゃなんですけれど、あんまり似てないとゆーか…」
「わたしは、兄さんの義理の妹なの」
自分の失言に気づいたクリスが慌てて口を挟む。
「そして、クリスは私の無二の親友で叔母さんなのだ!」
おまけに翼がクリスの華奢な肩に腕を回したものだから、もうこの時点で響の理解力は限界突破。
「翼、叔母さんはひどいよ…」
苦言を呈するクリスにそれを宥める翼。
「え、えーとえーと? 義理の妹で叔母さんで翼さんの師匠…?」
必死に現状を理解しようとして頭脳回路はショート寸前の響。
響の隣でハンカチで仰ぐ未来に、そんな彼女らを苦笑交じりでしかし温かく見守る弦十郎。
そんな愉快な輪から、そっと櫻井了子は身を翻す。
いつもの掴みどころのない笑顔のまま廊下を曲がり、誰も人影がないことを確認すらせずに硬質の壁を蹴り上げている。
それからハッと周囲を見回す彼女の行動は、まったく普段通りではなかった。
動悸を押さえるように豊かな胸の中心に手を押し当てて、次に彼女の唇から漏れた台詞は酷く自虐的なもの。
「全く、何を動揺している? ―――そうか。そういうことか」
頬が斜めに吊り上がる。まるで自分に語り掛けるように唇は動き続ける。
「それがおまえの望みか。なるほどな」
何かを納得したらしく、伏せられた顔は上げられた。
「この感情―――不快だな。この上なく不快で、それでいて懐かしい。ならば―――」
櫻井了子は笑う。櫻井了子であったものは笑う。凄惨な表情で笑う。
「ならば、あの兄妹は、出来るだけ凄惨に殺してやることにしよう」
その双眸は金色に変わっていた。