シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第9話 愛が欲しければ誤解を恐れずに

かつて、特機部二の主要メンバーが集まって話し合ったことがある。

 

「“敵”は、おそらくノイズを操る術を確立しているはずだ」

 

総司令である風鳴弦十郎が重々しく口を開く。

 

世界規模的な見地に立てば、ノイズの発生率は決して高くない。

各国からの報告を分析しても、一般人が通り魔に遭遇する確率より低いのは自明だ。

しかし、ここ数年、こと日本国内においての発生確率は尋常ではなかった。

どうしても偶然とは思えない数値に、背後に何かしらの意図を感じることから、そんな漠然としたものを含めて弦十郎が“敵”と称する所以である。

 

「ん~、その意見には、ちょっち異議ありね~」

 

苦言を呈したのは、研究部主任でありシンフォギア開発責任者でもある櫻井了子。

 

「なんだよ、了子さん。敵なんていないって言うつもりかッ?」

 

気色ばんだのは、当時は訃堂の薫陶を受けたばかりの天羽奏だった。

両親と妹をノイズに殺された彼女にとって、あの悪意を偶然と片付けられてはたまったものではない。

 

「奏ちゃん、そう噛みつかないでよ。私が言いたいのは、ノイズを操る技術ってとこ」

 

「確かに、ノイズを自在に操る術があれば、要人の暗殺とかに事欠きませんね…」

 

フォローのつもりか、さらっと物騒なことを口にする友里あおい。

ノイズが持つ位相差障壁という対物理防御によって、現代兵器の効果は限りなく薄い。

加えて、無機物を透過することも可能なのだから、もし単独で目的別に運用されれば、世界中のVIPは警備体制を一新しなければならなくなるだろう。

 

「そういうコトね。だから敵は、決してノイズを自由自在に操作できるわけじゃない。いわば、爆弾を投げ込んでいるみたいなものじゃないのかしら?」

 

ノイズという爆弾を投下し、破裂させる。

ノイズの量によって被害の範囲はある程度コントロールできるかも知れないが、ピンポイントの標的だけを狙ったり、細かい座標への誘導などが出来るわけではないのだろう。

 

「過去のデータを照らし合わせると、了子さんの仮説が一番しっくりきますよ」

 

藤尭の発言に、了子はにっこりと頷く。

なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…へッ。どっちにしろ、見つけたら必ず落とし前をつけさせてやる…ッ!」

 

パチン、と拳と掌を打ち合わせる奏がいる。

ノイズを全てブチ殺すと公言している彼女だ。

もし使役している黒幕がいたとしたら、何を差し置いても許せない相手となる。

その剣幕に、

 

「あら奏ちゃん、怖い怖い」

 

などと空気を読まずに笑う了子がいた。

あまりのあっけらかんとした様子に毒気を抜かれた格好になる奏に、「その意気は買うが、敵の正体が確定されるまはとっておけ」と弦十郎も朗らかに笑う。

 

そんな彼、彼女らが属しているのが、特異災害機動部二課。

日本政府直属の特殊機関でありながら、その雰囲気はとても秘密組織とは思えぬ。

事実、櫻井了子の中に存在するフィーネも首を捻っている。

 

(まったく、剣呑なのか呑気なのかわからぬ連中よ)

 

それをさて置くにしても、現代の依り代たる櫻井了子が、こうも明け透けと自らの手の内を晒す様に、フィーネは違和感を覚えていた。

敵を欺くにはまず味方からよん♪ などと中国の故事を持ち出されても、正直意味不明である。

 

(まあ、良い。生きるには戯れ言も必要だろう)

 

ただひたすら目的のためだけに邁進するのであれば、それは現象と変わらない。

長い年月を経たフィーネだからこそ、人の営みには諧謔は無くてはならないものだと心得ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――だが、これは流石に戯れが過ぎるのではないか?

 

 

時は流れて今日。

フィーネのアジトが発見されたということで、特機部二はメンバーを選定し強襲を掛ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

もはや計画は最終段階へと至り、米国の力も必要とはしない。

研究成果のデータはほとんど破棄し、連中の追及を断ち切るべくアジトである施設には爆薬も設置済み。

あとは踏み込んできた侵入者もろとも、文字通り煙に巻くのがフィーネの算段。

 

想定外なのは、そのフィーネの依り代たる櫻井了子が、まさに現場へ向かおうとした弦十郎らたちに対し、自らも同道を申し出たこと。

自身に対する猜疑の目を逸らすため、という意味においてはこれ以上にない選択かも知れない。

だが、この時の櫻井了子の胸中にあるものは、打算ではなくただの感情。

上位人格として融合しているフィーネとして不可思議なその心の動きは、されど了子本人が一緒に行くと口に出してしまった以上撤回できるわけもなく。

 

(…まあ、良い。いざとなれば)

 

そう考えるフィーネを宿したまま、了子を含めた特機部二のメンバーは車に分乗し岬にある瀟洒な洋館の前へ。

 

「…素敵」

 

見上げて、雪音クリスが感嘆の声を上げている。

 

「そうね。クリスちゃんみたいなお嬢様が住むにはぴったりじゃない?」

 

にこやかに了子は言う。

 

「…そんな! わたしは別にお嬢様なんかじゃ…!」

 

あからさまに狼狽えるクリスに対し、弦十郎は屈託がない。

 

「ふむ? クリスはこんな洋風の建物の方が好みなのか?」

 

「だから別にそういうことじゃなくて…」

 

凄まじい身長差でじゃれあうきょうだいだったが、部下からの「準備が出来ました」との声に弦十郎の表情は一瞬で引き締まる。

 

「クリス、油断するなよ」

 

「兄さんこそ、気を付けて」

 

そんな二人のあとに続き、了子も洋館の前に立つ。

 

「―――クリア」

 

先行している部下は、調査部の緒川仕込みだ。

実に精密かつ慎重な手つきで、屋敷の中のクリアリングを行っていく。

 

「…正直、もっと研究施設的なものを想像していたのだが」

 

リビングともホールともつかない広い部屋の中心に立ち、弦十郎はそう呟く。

高い天井にはシャンデリアが輝き、テーブルなどの調度も一級品だ。

このまま迎賓館としても機能しそうな内装は、フィーネのアジトとして似つかわしいものなのだろうか?

 

「まあまあ。この手の場所は、地下に研究設備があるってのがお約束よん♪」

 

陽気に断言する了子の声を、フィーネは影でせせら笑う。

 

「なるほど。まあ、悪の秘密結社というものも大抵そうだな」

 

一人納得してうんうんと頷く弦十郎に、フィーネは影で鼻白む。

 

そんな中で、クリスは油断なく周囲に視線を飛ばすも、やや気はそぞろだ。

弦十郎の言った通り、内装は豪華絢爛なうえ、クリスもそこはそれ乙女である。

アンティーク家具や、そこに飾られているマイセンの絵皿などに興味をそそられている様子。

それに、何か異常があれば真っ先に反応するであろう弦十郎が落ち着いているのだ。

クリスの中で年相応の好奇心が鎌首をもたげたのも、裏を返せば弦十郎への信頼の現れに他ならない。

 

全く見た目が隔絶したきょうだいを、笑顔で眺める了子がいる。

ただし、眼鏡のフレームの奥の瞳は笑っていない。

何かを見定めるように、了子はきょうだいたちへと近づく。

向うもこちらへ近づいてきて―――まさに、今が絶好の位置。

綺麗に三人の立ち位置が正三角形を描いたその瞬間に、了子は起爆スイッチを押す。

 

爆音と爆風が吹き荒れる最中で、弦十郎はその太い腕を二人へと伸ばす。

 

「クリス! 了子くん!」

 

右腕でクリスを胸に掻き抱き、しかし了子も抱き寄せようとした左腕は宙を掴む。

 

「ッ!?」

 

崩落する視界に呑まれて消えた白衣姿に、弦十郎はクリスを抱きしめたまま息を呑むしかない。

落ちてきた天井を手で支え持ち、土埃が収まるのを待つ。

視界が晴れるのを待たず、弦十郎は悲壮な誰何の声を放つ。

 

「了子くんッ! どこにいるんだ、了子くん!」

 

返答はない。

その替わりに、前方の中空に浮かぶ人影が。

 

「…了子さん?」

 

この声はクリスのもの。

クリスの視線を辿り、弦十郎も見た。

何やら鎧のようなものを纏って宙に浮かぶ櫻井了子の姿を。

 

「了子くん、君は一体…ッ!」

 

弦十郎のあまりに月並みな台詞から、彼がいかに動揺していたのか伺い知れる。

 

宙に浮かび、瞼を閉じたまま櫻井了子はうっすらと笑う。

髪留めを外し、盛られていた髪が大きく背中へと滑り落ちている。

 

『弦十郎くん』

 

間違いなく櫻井了子の声だった。

しかし、まったく別人のような違和感を抱いたのは弦十郎だけだったのか?

 

『―――カ・ディンギルで会いましょう』

 

「了子くんッ!」

 

こちらに向かって一歩踏み出してくる弦十郎に、了子は目を見開いた。

黄金の瞳に、唇に皮肉げな笑みが浮かぶ。

そのまま鎧姿の彼女は、崩落した天井の隙間から空へと飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下施設を全て吹き飛ばすほどの爆発の中でも、調査に赴いた防人たちはみな無事だった。

しかし、弦十郎を始めとした帰投した全員が、一様にして沈痛な表情を浮かべている。

 

「…マジで了子さんが黒幕だったってのかよ…?」

 

奏が茫然と呟く。黒幕をぶっ殺すと息巻いていた彼女をしてこの反応。

受けた衝撃の深さはただ事ではないのだろう。

それは他の装者や職員も同様だ。

 

「…本当に櫻井女史が…?」

 

駆け付けた翼も弦十郎へ訴えている。

 

「俺も信じたくないが…おそらく事実だ」

 

答える弦十郎の表情は苦渋に満ちている。

櫻井了子を同僚として心底信頼していた。同じ釜の飯を食った仲間だと思っていた。

彼女が裏切っていたなどと、信じたくなかった。

 

だが、同時に彼女が裏切り者であるとすれば色々と腑に落ちる部分も出てくるものだから、弦十郎はますます憮然としてしまう。

 

ノイズをバラ撒く黒幕の存在を肯定しつつ、その情報を精査する立場に本人がいた。

自身に疑惑の目が向かないよう、いくらでも調整できたことだろう。

そして、ネフシュタンの鎧の強奪に関しても、こちらの手を全て読まれていたに違いない…。

 

「カ・ディンギルという単語を検索していますが、ゲームの攻略サイトぐらいしかヒットしませんね…」

 

自席のPCを操りながら藤尭は言う。

おそらく櫻井了子とコミュニケーションを取る機会が多かった彼は、一般職員より動揺していただろうが、業務をすることにより平静を保とうしているフシが見受けられた。

 

「司令。了子さんの専用端末にこのようなデータが」

 

友里も同様に職務に邁進することで己を律しているらしい。

弦十郎はモニターに表示された文字を読む。

 

「『カ・ディンギル―――古代シュメール語で「高み」を意味し、転じて空を仰ぐ高い塔を意味する』か…」

 

呟きはそのまま疑問へと変化する。

そのカ・ディンギルとは結局のところどの場所や建物を指しているのだ?

そして、別れ際の彼女の台詞『カ・ディンギルで会いましょう』の真意は?

 

「師匠~ッッ!」

 

更に思考を勧めようとした弦十郎の耳に、未来を伴った立花響の声が飛び込んでくる。

 

「さ、さっき電話で聞いたんですけどねッ! 了子さんがせんしぶんめい? の巫女とか、裏切ったとか、どういうことなんですか!?」

 

「ああ…」

 

そういえば、響くんに対しては、フィーネの情報を下ろしていなかったな。

思い出した弦十郎は、改めて現状も含めて説明を行うことにした。

それはとりもなおさず、発令所に集められた職員の意識をまとめることになる。

 

 

 

 

 

「…つまり、了子さんはノイズを操ったり、聖遺物を強奪したり、色んな事件の犯人だってことなんですかッ!?」

 

「おそらくその可能性は高いと思われる」

 

「そんなの信じられませんッ! 了子さんの中にいるフィーネって人に操られているだけじゃあ…ッ!!」

 

「………」

 

響の指摘は純粋だ。だけに、ここに集まった全ての人間の心に突き刺さる。

あの陽気で屈託のないキャラクターが、すべて操られていたものとは思えない。あれこそが唯一無二の櫻井了子のパーソナリティだろう。

だがそう肯定することは、今までの事件の数々に、櫻井了子自身の意思が関わっていたことの証明にもなってしまう。

 

「じゃなきゃおかしいですよ! ノイズを操るのに、ノイズを倒すシンフォギアを作るなんて矛盾してますッ!!」

 

「ッッ!!」

 

今度の響の声に、弦十郎は精神の中で大きく仰け反っていた。

彼女の指摘を鑑みれば、了子の行動に一貫性がなくなる。これは了子が操られていた証拠と言えるかも知れない。

だが、それも踏まえて更に考えを推し進めれば、豪胆な弦十郎をして戦慄を覚えずにはいられない。

 

よもや、シンフォギアの作成すらフィーネの掌の上なのか―――?

 

もしこの仮説が正しければ、今後の戦闘行動そのものが大きな危険を伴うことになる。

 

「そ、そうだッ! あれは了子さん本人じゃないんじゃねえか!? 了子さんに似せて作られたロボットのニセ了子とかッ!! そう、サロメ星人が作ったみたいによッ! 」

 

「あ、ああッ、それは俺も考えなくはなかったが…」

 

良く分からない会話を始めた奏と弦十郎を、友里は冷ややかに一瞥。

 

「さっきロストするまでのモニターしていた生体情報は間違いなく了子さんのものよ?」

 

「…すまん、取り乱した」

 

珍しくバツの悪そうな顔つきになる弦十郎の前に、おずおずと進み出てくる小柄な影がある。

何やら深刻そうな表情のクリスだった。

 

「わたしは、了子さんはフィーネであって、フィーネは了子さんでもあるんだと思う…」

 

「ふむ」

 

根拠は? などと弦十郎はクリスに問わない。

自覚はないのだが、彼はこの義妹に対し無条件な理解を示すことがしばしばある。

 

「つまりは融合している、ということか?」

 

「けれど、必ずしも一つに混ぜ合わさっているわけじゃなんじゃないかな? だから行動にも一貫性が感じられなかったり…」 

 

そのクリスの言に、発令所の全員がハッとした顔になる。

真実は未だ分からない。

だけに、クリスの言った通りに定義すれば、この段階で櫻井了子は明確な裏切り者とは言えない。

仲間意識と感情の板挟みになるくらいなら、一旦そう考えて思考を棚上げした方が建設的なことに皆が気づいたのだ。

 

「なるほど。了子くんの意識上にフィーネが浮き沈みしているというわけか」

 

「わたしもクリスちゃんの意見に賛成ですッ!」

 

食い気味でクリスの意見に乗っかってくる響。

 

「それでなくても、了子さんはわたしのお腹からガングニールの欠片を取り除いてくれるって約束してくれたんですよ…ッ!」

 

半ばべそをかく響の肩にそっと手が載せられた。翼だった。

 

「私もクリスと意見を同じくします。櫻井女史の中にフィーネがいるのならば、引きずり出して成敗してやりましょうッ!!」

 

敢えて芝居がかった台詞を口にしているのも、皆の気持ちを鼓舞するためだろう。

 

「良く言ったタチバナ隊員ッ! 闇落ちした仲間を助けるのはヒーローもののお約束だからなッ!」

 

グシグシと響の頭を掻きまわす奏の台詞に関しては、誰も突っ込むものはいなかった。

 

ここに至り、弦十郎の表情から迷いが吹っ切れる。

 

「よしッ! 当座の目的は了子くんの行方の捜索と身柄の確保だッ!」

 

力強く突き出した手に、発令所内の職員の全てが動きだす。

『フィーネ』と言及しないのは、弦十郎もあくまで了子を仲間として認識しているゆえ。

にわかに活気を帯びた発令所の中で、装者たちも気合を入れる。

そんな中、ただ一人クリスだけが浮かない顔をしているのに、弦十郎は気づく。

 

「…どうした?」

 

優し気に弦十郎は尋ねた。

了子が遁走した瞬間に自分と一緒に居合わせた彼女が、おそらく一番ショックを受けているのだろうと見当をつけての声音。

声をかけられたクリスは、予想通り何か言いにくそうにモジモジとしている。

それでも覚悟を決めたように顔を上げると、おずおずと訴えてきた。

 

「兄さん。了子さんはきっと―――」

 

その語尾に、「司令ッ!」と部下の呼び声が重なる。

 

「おう、きっと俺たちの手で正気に戻してやろうッ」

 

名残惜し気に言いおいて、足早で弦十郎はクリスの前から身を翻してしまう。

 

「あ…ッ!」

 

クリスは手を伸ばし、後を追おうとしてその足は二、三歩進んだところで止まった。

なぜ、言わなきゃ、と思ったことを中断してしまったのだろう?

それは彼女自身にもよく分からない心の動き。

 

誰でも自分のことは良く見えないものだ。

反面、他者の心理の方が良く見えることも往々にしてある。

 

クリスとて、純粋培養温室育ちのお嬢様というわけではない。

年相応にラブレターを貰ったこともあるし、クラスの女子とも恋バナにも興じている。

少女漫画だって読むし、恋愛ドラマだって嗜むのだ。

 

そんな彼女をして、櫻井了子が風鳴弦十郎へ好意を抱いてであろうことを薄々察していた。

普段の了子の言動が言動である。おそらく特機部二でもわずかな女性陣しか感づいていないだろう。

 

であればこそクリスは気づいてしまう。

なぜ櫻井了子があの時あの場所で、己の正体を晒す行動に出たのか?

 

「…あの時、わたしと了子さんは、兄さんのすぐ側にいた…」

 

小声でクリスは呟く。

爆発する瞬間、まさしく二人は弦十郎からそれぞれ等距離に立っていた。

弦十郎がまっさきに二人を庇おうとしたのは当然として、彼が一番最初に手を伸ばしたのはクリスだった。

了子は生身で、クリス自身はシンフォギアを纏えるというのに。

つまり、風鳴弦十郎にとって、優先順位が高いのは…。

 

そこまで考えて、クリスはぶんぶんと首を振る。

 

(ううん、きっと兄さんのことだから、わたしを子供だと思って…)

 

常日頃、大人と子供の対比を用い、装者たちに気を遣う言動をする弦十郎だ。

まずは何より子供を守ろうとクリスを優先した可能性が高い。

 

だが、了子=フィーネはそうは取らなかった。

彼女は、相手が自分を一番大切なものと認識していないことを悟る。

ゆえにきっぱりと未練を断ち切る意味でも、正体を晒し袂を分かつことを選択したのではないのだろか…。

 

(なら逆に、兄さんが了子さんの方へ先に手を伸ばしていたら?)

 

櫻井了子は今も発令所で仲間たち朗らかに笑いを交わし合っていたのだろうか。

そんな彼女は、笑顔で弦十郎へと歩みより、弦十郎もそんな彼女を受けいれて笑っている。

周囲から「お似合いだよ」と囃し立てる祝福の声。

それは平和で、微笑ましくて、安心できる光景だった。

 

(―――なのに、なんでだろう。胸が痛い…)

 

「どうしたのクリス?」

 

気づけば、翼が心配そうにこちらを覗き込んできていた。

 

「う、ううん。なんでもないよ?」

 

応じた笑顔と裏腹に、クリスはさっきまでの推論を全て胸の内へ納めることを選択する。

その際に生じた後ろめたい思いと甘痒い痛みは、今まで生きてきて初めて感じたもの。

 

クリスは翼に手を引かれ、大人たちへと背を向ける。

自身の中に生まれた感情の呼び方を、まだ彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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