突如東京上空周辺に出現した四つの大型ノイズの巨影に、発令所内にアラートが鳴り響く。
「目標は、東京スカイタワーのようですッ!」
藤尭の報告に弦十郎は眉を顰める。
「カ・ディンギルが塔を意味するとすれば、スカイタワーはまさにそのものではないでしょうかッ?」
「スカイタワーは、俺たち二課が活動している動画、電波情報制御を統括する役割を担っている…か」
自分に言い聞かせるようにそう呟いてから、弦十郎は改めて待機していた装者たちへと命令を飛ばす。
「よしッ! 装者全員、スカイタワーへと急行せよッ!」
「了解ッ!」
翼を先頭に、クリス、響とその後に続く。
輸送用ヘリの発進も指示しつつ、弦十郎は今度は胸中で呟いた。
(例え罠だとしても…ッ)
一方で、特機部二の司令として、ノイズを倒すことだけが仕事ではない。
「避難命令の発令に併せ、自衛隊と協力して市民のシェルターへの避難誘導を行えッ!!」
大型飛行ノイズから投下された無数のノイズが、数え切れぬほどの光点となってモニターいっぱいに広がっている。
「了解ッ!」
「第十八区より第二四区のシェルターを緊急解放開始しますッ!」
あっという間に鉄火場と化した発令所内で、自分の立ち位置が定まらない少女が二人。
一人は小日向未来で、聡い彼女はオペレーターたちの邪魔にならないよう部屋の隅でじっとしている。
ただ、その双眸だけが心配そうにモニターへと注がれていた。
もう一人は天羽奏で、弦十郎は彼女に対し声を掛けている。
「おう、奏ッ」
「なんだ、どうした旦那ッ! なんでも言ってくれッ」
応じる奏は待ち構えていた猟犬のように獰猛かつ嬉しそう。
意気込む彼女に苦笑しつつ、弦十郎はその肩に腕を回すようにして声を潜める。
「済まないが、今から親父を連れてきてくれないか?」
「隊長を…ッ?」
てっきり出撃を命じられると思っていたのかやや拍子抜けした表情になる奏。
「うむッ。今なら親父は鎌倉の屋敷にいるはずだ。ヘリを出そうにも今は対ノイズに集中しなければならん」
「道路だって渋滞しているぜ?」
「そこはそれ、おまえのドラテクでなんとかなるだろう?」
ニッと弦十郎は笑ってから、
「―――頼む」
一転して真剣な表情で訴えている。
そしてこの意気に応じない天羽奏など、天羽奏ではない。
「分かった。確かに引き受けたさ」
この期に及んでなぜ? などと奏は問わない。
しかしこの先待ち受けるだろう修羅場の予感に軽く身震いした彼女は、つかつかと杖を突きながら発令所を飛び出していく。
それを見送った弦十郎だったが、彼をして訃堂を頼る明確な理由もまた存在しなかった。
ただ彼の野生の勘だけが、実父の力を借りる機会があるやも知れぬ、そう告げている。
思えばこれが分水嶺の瞬間だったのかも知れない。
後年になり、弦十郎はしみじみと回想する。
もしあの時、親父を呼んでいなかったらどうなっていただろう?
もちろんそう思いを馳せたとて過去は変わるはずもなく、先述した通り遥か未来の話である。
装者たちを載せたヘリコプターは、スカイタワーを目指し疾走する。
巨大な飛行ノイズはそのまま大型輸送機の役割を担うように、無数のノイズの投下を続けていた。
「なんてことを…ッ!」
逃げ惑う人々たちを眼下に、翼はキッと唇を噛む。
「もう十分です! 我らはここで降下しますッ!」
ですが…ッ! と懸念を示すパイロットの言動を無視し、翼はドアを開け放つ。
吹き込んでくる風に負けないよう、後に控える二人へ檄を飛ばす。
「クリスッ、立花ッ! 打合せ通りにいくぞッ!」
「了解だよ、翼!」
「わっかりましたッ!」
次の瞬間、三人は三つの大いなる翼となって宙へと舞っていた。
響く聖詠。
シンフォギアを纏う光を流星のように棚引かせ、すかさず翼は抜刀。
「《蒼ノ一閃》!!」
長大な斬撃波が、今まさに人に覆いかぶさろうとしていたノイズの群れを薙ぎ払う。
「うぉおおお!!」
響も空中でノイズの数体を蹴り渡りながら地面へと着地。
そんな二人に狙いを定めたように飛行型ノイズが襲い掛かる。
槍状に変形した鋭い降下攻撃は、更に鋭い斜めからの矢じりで射貫かれた。
「空中の敵は任せてッ!」
アームドギアである弓に矢を番えながら、クリスは一人高層ビルの先端へ立つ。
「任せたッ!」
ニヤリと笑って翼は地を這うノイズたちに縦横無尽に刃を振るう。
空中のノイズの存在を全く無視しているのは、クリスに対する絶大な信頼の現れに他ならない。
「クリスちゃん、無理しないでねッ!」
そんな声を上げつつも、響の動きも一言で表せば獅子奮迅。
見る見るノイズは蹴散らされていくが、ともかく広範囲に投下されたノイズを一気に殲滅させるのは物理的に不可能だ。
もっともノイズには自壊機能が存在するため、ある程度の時間を持ちこたえればその数も減るだろう。
だとすれば問題は―――。
クリスはキッと宙を睨む。
大型空中ノイズは、いまも淡々とノイズをばら撒き続けている。
「ならば―――元から断つだけッ!」
胸の奥の生じた新たな甘痒い気持ち。
自分でも今まで感じたことのない、それでも温かい感情。
その正体は分からねど、クリスは自身の中のフォニックゲインがかつてないほど高まっていることに気づいている。
全身が高揚していくままに歌を唄い、その力を両手のアームドギアへと収束させていく。
弓型のそれは、さらに節を伸長し、同時に番えるための矢も長大化。
今ならやれる! 出来る気がするッ!
翼と日々鍛錬を重ねて考案してきた《SOUL STEAL BLADE》に続く第二の絶技。
ギリギリと矢を引き絞り、裂ぱくの気合とともにクリスは放つ。
「《GOLDEN ALLOW》!!」
キサイガイヒメの神話になぞらえた一撃は、的確に大型飛行ノイズの一体を射貫いた。
だがその一撃はそれだけにとどまらない。
射貫いた勢いはそのままに、黄金の軌跡を残しながら、他の大型飛行ノイズも次々と撃沈していく。
そしてトドメとばかり太陽を目指すように垂直上昇し、散華。
飛び散った黄金の光のそれぞれが小さな矢となり、空中に展開していた小型の飛行ノイズに襲い掛かれば、見上げる先には澄み切った空が望めるのみ。
「…すごい…ッ!!」
響はあんぐりと口を開け、
「さすがだな、クリスッ!」
翼は我が事のように喜びを露わにする。
取り合えずの脅威が去ったかに見えて、急遽着信音を奏でたのは響の腰の変身デバイス件通話端末。
ディスプレイに表示された名前を見て、響は血相を変える。
「どうしたの、未来!?」
『響ィッ!? 今、リディアンがノイズに襲われて…ッッ!!』
そこで通信は断絶。
すかさず翼は自身のギアの通話デバイスを使用するも不通。
「…本部がノイズに襲われているのかッ!」
即ちそれは、自分たちの学び舎であるリディアン音楽院が襲撃されているということ。
そもそもの本部は地下にあるにせよ、学院にはまだ生徒たちもいたはずだ。
シェルターへの避難誘導などを行っているのは間違いないが、ノイズに対抗できるシンフォギア装者は今ここに全員揃っている。
未だ地上に落ちたノイズは殲滅しきれていない。
翼はリーダーとして叫ぶ。
「行って、クリスッ! この場は、私と立花でなんとかするッ!」
空中のノイズが殲滅された以上、イチイバルの遠距攻撃能力は必須ではない。
単純に戦闘能力のバランスとしても、リディアンにいる奏のフォローをクリスに任せ、まだ戦闘経験の浅い響と自分が組んだ方が良いとの翼は判断を下す。
加えて、場所的にクリスが一番リディアンに近かった。
「…分かったッ!」
翼の意思をクリスは一瞬で理解する。すかさず身を翻す赤いシンフォギア。
名残惜し気に見送った響を翼は叱り飛ばす。
「小日向が心配なのはわかるが気を散らすなッ! さっさとこちらのノイズを倒してクリスのあとを追うぞッ!」
「…はいッ!!」
「第七隔壁が作動しませんッ!」
「予備回路を使えッ! 避難誘導を急がせろッ!」
特機部二の発令所内に、矢継ぎ早の指示を仰ぐ声と命令が飛ぶ。
翼が懸念を示した通り、ノイズに有用なシンフォギア装者は今は本部に存在しない。
となれば、出来ることはひたすら防衛に徹するしかないわけだが、ノイズの物量の前には駆けつけてきた自衛隊の隊員たちも後退を余儀なくされている。
それでも装者が戻って来てくれれば。
唯一の希望を胸に、特異災害対策部は一丸となって被害を最小に留めるために奮戦中。
ほぼすべての職員の意識が外である地表に向けられる中、本部地下の最奥の通路を進む影がある。
亜麻色の髪に黄金の鎧をまとった櫻井了子――もとい永遠の刹那を生きる巫女フィーネだ。
「―――待て」
その声に、フィーネは悠然と振り返る。口角はわずかに吊り上がったのは、声をかけてきた相手が誰であるか承知しているからに他ならない。
「ほう。いつ気付いた?」
薄く笑ったままのフィーネに、
「世迷言を」
総司令風鳴弦十郎は言下に吐き捨てる。
「スカイタワーへの誘導自体、欺瞞だとは気づいていた。本部を急襲するに至って確信したさ」
今まで明確に特機部二に対した攻撃行動を取ってこなかったフィーネだ。
となれば、この急襲自体もフェイクであり、フィーネの目的は別に存在するのは自明。
「俺たちだって馬鹿じゃない。いと高き塔、カ・ディンギル。だが地上には目ぼしいところにそんな高い構造物は存在しない。ならば―――地下ならばどうだ?」
そう告げる弦十郎の背後から、スッと緒川慎次が姿を現す。
黒服の腹心より、わざとらしく書類を受け取って弦十郎は軽く視線を走らせる。
「
リディアン音楽院から特機部二本部へ至る長大なエレベータシャフト。
秘密裡に調査させていた緒川の報告を受け、弦十郎はこれこそがカ・ディンギルであると確信する。
であればこそ、彼は疑問に思わずにはいられない。
『―――カ・ディンギルで会いましょう』
なぜに彼女はこのようなヒントを口にした?
ゆえに弦十郎は、疑問を声音に乗せて相手へと向けた。
「いったいこのような塔を使って何をしようというのだ? なあ、了子くん…」
「私をその名で呼ぶなッ!!」
弾けた怒気は、フィーネ自身も驚くほどの大音声。
「私は永遠の刹那を生きる巫女、フィーネ! 櫻井了子だと? あやつの精神は私が全て喰いつくしたわッ!」
断言した台詞は欺瞞。事実として、フィーネと櫻井了子の意識は、未だ一体となっていない。
互いの記憶や認識を、上位人格であるフィーネが支配下に置く格好だが、抱え込んだ思惑や細やかな感情の機微まで知りえるわけではない。
決して櫻井了子の全てを知悉できるわけでもないのだ。
無論、感情も一体化していない。
が、感情だからこそ共有しやすく、引きずられることが往々にして存在する。
つまるところ今のフィーネの怒りの根源は、櫻井了子のものであると断言しても良い。
そのはずなのに、フィーネ自身も完全に激怒していた。
自分でも不制御な怒りを、やんぬるかなとばかりにフィーネは権能に乗せて振るう。
クリスタルを連ねたムチ状の必殺の一撃は、硬質の床を豆腐のように抉り迫る。しかしあっさりと弦十郎の拳に弾かれた。
「ならばッ!」
次にフィーネが構えたのは、秘匿していた『ソロモンの杖』。
一度起動さえしてしまえば、誰の手によってもノイズを自在に召喚し操ることが可能な完全聖遺物。
この場にシンフォギア装者が存在しない以上、相手が人間であれば必殺の切り札になる。
そう。
相手が
「そおいッ!」
床の瓦礫の一つを弦十郎は蹴り上げる。
浮かんだそれに更に回し蹴りを当てれば、銃弾に等しい威力で飛んだそれはフィーネの手から杖を弾き飛ばす。
「ちいッ!」
弾かれた杖がそのまま天井へと突き刺ささるのを横目に、フィーネは飛び込んできた弦十郎の攻撃を躱した。
ギリギリで躱したはずの一撃は、ネフシュタンの鎧の表面に盛大な亀裂を生じさせている。
見る見る修復されていく完全聖遺物の能力を把握してなお、フィーネは弦十郎の膂力に戦慄していた。
かつての風鳴訃堂の活躍を目の当たりにしていたからこそ警戒したのが功を奏している。にも関わらず、この威力。
(やはりかつてのアヌンナキによる人類創生の際のイレギュラー因子の発露か…?)
研究者らしき見識が脳裏を掠めたのも一瞬のことで、フィーネには対抗策が存在した。
出鱈目で規格外な風鳴一族を間近に観察してきた果ての、この場における最適解。
フィーネは、二本の鎖を天井へと向けて放つ。
「くらえッ!」
天井を潜り進んだ鎖の一撃は、身構える弦十郎の斜め後方から射出。
「むッ!?」
死角からの一撃を難なく弾く弦十郎。
弾かれた鎖は天井へと引き戻され、また見えない角度から襲い掛かる。
苛烈な攻撃ではあるが、とても弦十郎へとダメージには繋がらない。その場に足止めするのが精々だ。
ゆえに間断ない攻撃の一瞬の隙を突き、弦十郎は床を蹴る。
盛大に抉った床の欠片を後に、弦十郎は猛スピードでフィーネへと肉薄。
「正気に戻れ、了子くんッ!」
固めた拳が狙うは、この期に及んで剥き出しの顔面ではなく鎧の中心。
だが、その拳が届くことはなかった。
天井の崩落音と、拳がピタリと止まったのはほぼ同時。
瓦礫とともにフィーネの目前に落ちてきたものに、弦十郎は戦慄する。
「弦十郎さん……!」
鎖に絡めとられ、苦し気に訴えてくるのは小日向未来だった。
先ほどのフィーネの天井からの攻撃自体が一種の陽動。
二本の鎖を駆使したと思わせておいてその実は一本の鎖の攻撃に終始し、もう一本は密かに床を抉り続け、発令所にいた未来のもとへ。
「…くッ」
弦十郎は拳を納めざるを得ない。
人質が、仮に特機部二の職員の誰かであれば、弦十郎は拳を引かなかっただろう。
ここに集められた大人の誰もが防人としての気構えを持っており、少なくとも職務に準ずる覚悟を持っているはずだ。
だが、小日向未来は違う。彼女は普通の一般人だ。
加えて、親友である立花響のことも鑑みれば、弦十郎にとってこれほど有用な人質はいないだろう。
「………」
弦十郎は数歩下がって距離を取る。
背後で銃を構える緒川にも手を振り、下げさせた。
それから安心させるよう、朗らかな笑顔を未来へと向ける。
「安心しろ、未来くん。絶対に助けてやるからな」
涙目で震える未来を手元に、フィーネは己の策が成ったことを確信。
「ではまず、キサマの端末を渡して貰おうか」
デュランダルの格納されているエリアは最機密だ。櫻井了子のアクセスIDは凍結されているだろうから、弦十郎のものを活用するつもりである。
「…分かった」
懐から取り出した携帯端末を、床の上を滑らす形で渡してくる弦十郎。
それを足で受け止め、フィーネは次の要求を示す。
「いいか、そこを動いてくれるなよ?」
出し抜けの鎖の一撃が弦十郎を襲う。
赤いシャツが破れるも、しかし弦十郎の肌には傷一つついていない。彼の得意とする硬気功である。
「その妙な技を使うなッ!」
いらただしげに言ってのけるフィーネに、弦十郎は溜息をついてその場にどっかと胡坐をかく。
「…好きにしろ」
再び鎖が振り下ろされた。
肉が弾け、血飛沫が天井を染めた。
駆け付けたリディアン音楽院では、自衛隊による必死の遅延後退が行われていた。
「…酷い」
いくつもの炭化した塊は、かつて人だったものの馴れの果て。
すかさずクリスは己の中の歌を高め、次々と矢を射っていく。
どうにかノイズの姿が見えなくなるほどに討ち散らかしたあたりで、通信モジュールに発令所からの声が。
『クリスちゃ……司令が…地下………ッ」
未だ通信妨害は完全に払拭されていないらしい。途切れ途切れの通話から、クリスは明敏な頭脳と勘を存分に働かせる。
総司令である弦十郎が地下へと出向いた。
元々特機部二が地下にある以上、更に地下といえばデュランダルといった完全聖遺物、人類にとってのオーパーツを厳重に封印する保管施設を指しているのは間違いない。
そして、かつて聖遺物の一つであるネフシュタンの鎧は強奪されており、デュランダルの起動に際し特機部二も最大限の警戒態勢を敷いた過去がある。
そして、ネフシュタンの鎧を強奪したのはフィーネである以上、きっと弦十郎はそれを迎え撃つべく発令所を離れたに違いない。
クリスは学園内に駆け込む。
屋内に残ったノイズを蹴散らしながら彼女が辿り着いたのは、本部へ直通するためのエレベーターの前。
しかしボタンを押すも、エレベーターの動く気配はなかった。
時間が惜しいとばかりにクリスは扉をこじ開ける。
案の定そこにエレベーターは存在せず、下も見えないほど深いシャフトから吹きあがってくる風がクリスの前髪を揺らした。
「えいッ!」
躊躇うことなくクリスはシャフトに身を躍らせていた。
長い髪をなびかせて、スカイダイビングのように地下の奥深くへと落ちていく。
その過程で、普段は目の前を通り過ぎていくだけのシャフトの内部に、クリスは不思議な感覚を味わう。
最先端の科学を用いられているにも関わらず、その壁面に描れた紋様からは多分にエキゾチックというか呪術的なニュアンスを感じる。
…いけないいけない。今は、一刻でも早く駆けつけることに集中しなきゃ。
自戒を込めてそう呟きつつ、クリスは義兄である弦十郎の能力に全幅の信頼を置いている。
おそらくあの兄に勝てる人類は存在しないのではないか。
にも拘わらず、不思議とクリスは胸騒ぎを覚えていた。
ざわつくその感覚は、かつて覚えがあるもの。
そう、風鳴翼と天羽奏が初めて一騎打ちしたときのような―――。
「やッ!」
空中で矢を真下へ射出し落下スピードを殺す。
更に壁面に突き刺して、それを踏み折りながら柔らかく最下層へと着地。
砕けた矢の粒子を纏いながら、クリスは正面の通路を疾駆する。
確か、このまま真っすぐ行けば、デュランダルの保管されている場所につくはず。
「ッ!?」
クリスの足が急停止する。
スミレ色の瞳が大きく見開かれ、通路の真ん中に倒れ伏したものを見つめていた。
そんな、まさか…ッッ!!
それが何であるか理解した瞬間、彼女の口も大きく開かれた。
余りにも想像外の光景に、声なき悲鳴が迸る。
兄さん……ッ!
床には弦十郎が横たわっていた。
トレードマークである赤シャツも、着ているのか分からないほど全身を血に染めて。
驚愕に震えるクリスの視界に、こちらに半身を向けたフィーネの姿が映る。
その姿を認めた刹那、クリスの中の怒りが着火した。
かつて翼を守るために奏へと向けたものと同様に。いや、それ以上の激しさで。
「
彼女の中に秘められた最も狂暴な本能。
原初の怒りを剥き出しにし、クリスは弓を引き絞る。
幸か不幸か、彼女の迫る角度からは人質にとられた小日向未来の姿が見えなかった。
ゆえに復讐の一撃は、遠慮呵責のない全力全開。
「なんだとッ!?」
気付いたフィーネでさえ一瞬飲まれかけるクリスの怒りの攻撃。
文字通りの矢継ぎ早に繰り出される攻撃は、人質を提示する暇さえ与えてくれない。
「くッ! 差し出がましい小娘風情がしゃしゃり出おってッ!」
鎖で迎撃するフィーネもまた、怒りに震えていた。
ゆえに、未来を戒めていた拘束が緩む。
そしてその一瞬の隙を見逃す緒川慎次ではない。
「ッ!?」
フィーネは目を見張る。
クリスの猛攻を凌いだと思えば、戒めていたはずの鎖の中の未来は丸太に替わっていたのだ。
「クリスさん! ここは一旦引きましょう!」
未来を抱えた緒川の声を背に、クリスは凄まじい目つきでフィーネを睨みつけていた。
しかしすぐに泣きそうな表情で足元の弦十郎へ視線と落とすと、その巨体を担ぎ上げようとする。
「…逃してなるものかッ!」
そう叫ぶフィーネの目前に、白煙が弾ける。
完全に視界が漂白され、煙が晴れ渡るころには、緒川もクリスの姿も消えていた。
あとには弦十郎が倒れていたと思しき場所に夥しい血痕が残るのみ。
「何とも古典的な手を…ッ」
忌々し気に歯噛みするフィーネだったが、すぐにその表情は緩む。
「まあ、良い。散々に痛めつけてやった上に鍵は手に入れたのだからな」
弦十郎を容赦なく打擲したことにより、だいぶ溜飲が下がっていた。
それはなぜ?
理由を敢えて明確にせず、フィーネは転がったままの弦十郎の端末を拾い上げる。
認証セキリュティにかざし、開錠。
分厚い複合重合金製の扉が音を立てて開けば、その奥に鎮座するのは七色の光を脈動させる不朽不滅の剣。
デュランダルを見上げ、フィーネは会心の笑みを浮かべる。
これで最強の剣と最強の鎧がわが手に落ちた。
今生でこそ月を穿ち、バラルの呪詛を解放して見せようぞ!