シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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地固めは済みましたので、そろそろはっちゃけて行きたいと思います。


第3話 宇宙にきらめくエメラルド

 

 

「翼。どこにいる?」

 

娘を探し、八紘は風鳴本邸を闊歩する。

久方ぶりに訪れた実家は、やはり呆れるほど広い。

子供の頃にはかくれんぼをしたりと遊び場として申し分なかったが、大人になって探す方に回れば難儀なものだ。

屋敷内の部屋を粒さに見て回った八紘は、縁側から突っ掛けで庭へと出る。

皐月も終わりを迎え、濃い緑が梅雨を待ち受けるようにそよいでいた。

ふと、声が聞こえた。

声に導かれるままに裏手に回れば、茶室回りの庭園に翼を見かけた。

その翼の相手をしている厳つい大男は弦十郎だ。

庭先に、やや舌ったらずな声が響いている。

 

 

「おのれ、のいずめー! ゆるさん!」

 

「いや、それは少し違うぞ、翼。『おのれノイズめッ! ゆ゛る゛さ゛ん゛ッ!』 こうだッ!」

 

「え、と。…ゆる、ざん?」

 

「惜しいな。ゆ゛る゛ッ さ゛ん゛ッ! だ!」

 

 

 

「…何をやっているのだ、おまえたちは?」

 

思わず八紘がそう声をかけると、翼は弾かれたように顔を上げた。

 

「おとうさまッ!」

 

そのまま小走りでやって来て、八紘の書生袴へと抱きついてくる。

 

「おじさまにあそんでもらってたの」

 

にぱッと見上げてくる笑顔は愛らしい。

 

「そうか」

 

その頭を撫でる八紘。

早いもので、この娘を我が子として六年が経とうとしている。

自慢するわけではないが、気性の真っ直ぐな良い子に育ってくれたと思う。

 

「弦も済まんな」

 

八紘は弟へと視線を転じる。

 

「なあに、可愛い姪っ子の相手だ。お安い御用さ」

 

朗らかに笑う弦十郎だったが、どうも翼が八紘の本当の娘ではないことに気づいているフシがある。

いや、それは誤解で、本当は全く気付いていないのかも知れぬ。

八紘の観察眼を持ってしても、弦十郎の大器の底は見透かせなかった。

おそらく父である赴堂の形質をもっとも受け継いだ弟は、兄として誇らしくもあり、空恐ろしく思えることもある。

 

「それに、間もなく、会うことも難しくなるだろうしな」

 

バリバリと頭を掻く弦十郎を、翼は不安げに見上げた。

 

「おじさまは、どこかとおくへいっちゃうの…?」

 

「いや、そういうわけではないさ。会おうと思えばいつでも会える」

 

「?」

 

矛盾することを口にされ首を捻る翼。

そんな娘の愛らしい仕草に目を細めつつ、八紘は声をかける。

 

「辞令の交付は来月からか?」

 

「ああ。六月から、晴れて公安へ転属だよ」

 

公安警察の活動は、基本的に秘密主義で行われる。

彼らは、テロリストといった反社会分子や思想犯だけではなく、場合によっては自分の属する組織へも調査の手を伸ばす。

そして風鳴家は、いまや国家の中枢に多大な影響力を持つ一族だ。

いかに実家とはいえど、公安警察官が頻繁に出入りしては、いらぬ風聞が立ってしまうだろう。

 

「しかし…」

 

八紘としては、大学を卒業した弦十郎が警察官という職業を選択したことが、未だに信じられないでいる。

確かに兄たちに比べれば勉学の方面では劣るかも知れない。

だが、土壇場や修羅場での野生の勘とでもいうべき判断力と豪胆さは、兄弟の中でも随一だ。

防衛省に、ではなくても幹部自衛官にでもなるのかと思っていたら、警察官。しかも一般試験を受けたノンキャリである。

一度本人に、なぜに警察官の道へ? と尋ねたことがあった。本人曰く『正義のヒーローは、時として公務員に身をやつしていることがあるからな。80(エイティ)とか』。

冗談とも本気ともつかぬ回答も、八紘の中では未だに理解出来ぬ謎のままだった。

ともあれ、弦十郎はまだ24歳。厳つい容貌に風鳴家の後押しはあったにせよ、本人がよほど有能でなければこの若さでこの配属はあり得まい。

 

「そういや兄貴。俺たちを探しにきたのではないのか? 親父はもう到着したのか?」

 

弦十郎の声に我に返る。

 

「いや。父上から少し遅れるとの連絡があった」

 

本日、八紘たちが風鳴本家へと参集したのは、翼の誕生祝のためだ。

それぞれが仕事を調整して時間を作ってはいたものの、訃堂はそれもままならない。

奇しくも今年になって国連総会で特異災害と認定されたノイズ。

滅多に出現しないものの、現在の人類には攻略できない存在。ゆえに特異災害。

護国組織である風鳴機関においてもその脅威は認識されており、先史文明という古代に造り出された人造兵器であるとの見方を示していた。その根拠となるのが、世界各地に点在、発見されている聖遺物と呼ばれるオーパーツである。

 

世界情勢の不安定化が囁かれる昨今、諸々の利害は別にしても、各国間で情報の共有、少なくともそのための調整機関をつくらなければならない。

加えて、ノイズと聖遺物といった先史文明にも対処できるような専門組織としての属性も持たせる。

 

その要請を基に、風鳴機関を母体とした政府機関が設立されつつあった。

主導者は、風鳴訃堂。その老齢にも関わらず、新設機関の初代司令に着任するであろうことは間違いないとされている。

 

「…時々、俺は親父が不死身じゃないのかと思うよ」

 

しみじみという弦十郎に、八紘は苦笑するだけに留めた。

 

「ねえねえ、おとうさま! だったら、まだおじさまとあそんでいていいの?」

 

大人の会話など知ったことではないというような無邪気さで、翼は目を輝かす。

八紘が笑って頷くと、笑顔で弦十郎と一緒に駆けて行く。

その後ろ姿を眺めながら、八紘はこの子には平和な生き方をしてもらいたいと願う。

同時に、そのためにこそ自分は今の仕事に精励していることを思い出していれば世話はない。

笑みを苦笑に変える八紘の前で、弦十郎と翼は遊びを再開していた。

 

 

 

 

「あめのはばきりー! のいずはしぬ!」

 

「おおッ! いいぞ翼ぁッ!」

 

「…だからさっきから何なのだ、その遊びは?」

 

 

 

 

 

 

 

訃堂は、予定の時間よりも一時間ほど遅れて帰宅した。

この日のために覚醒していた琴音が出迎える。

 

「おかえりなさいまし」

 

「うむ」

 

「おじいさま。おかえりなさいー!」

 

妻の出迎えには重々しく頷いただけだったが、孫となっている翼の出迎えには、その目尻が垂れさがっている。

もっとも常人が見たら、『あれ? ひょっとして笑っている?』と思うレベルの動きだが、風鳴の人間にとっては空前絶後の表情の変化に映る。

本人をしても、無意識で笑み崩れているのだが、いかんせん厳つい天然石のような容貌でほぼ一世紀生きてきた訃堂である。ここに至って表情をくるくると変える術はもたず、感情を表に出すにはとことん難儀な男であった。

 

「うむ。大きくなったな、翼」

 

巨大な手が翼の頭に載せられた。すっぽりと覆われ、そのまま握りつぶされそうなのだが、翼は特に臆した様子もない。

彼女は訃堂をして「剣の天稟を持つ」と評され、手ずからの指導を受けていた。

まだ仏の子の年齢に対する修行としては、それは厳しいものだったが、翼にとって訃堂はあくまで「優しいお爺ちゃん」である。

訃堂が多忙なこともあり、剣の修行で精一杯な様で、例の趣味の教育まで施せていない。

また、弦十郎も修行を共にすることもままあり、そんな彼は特撮趣味を卒業している。

正確を記せば、特撮以外の趣味にも目覚めており、趣味のDVD観賞のジャンルはアクション、サスペンス、ホラー、ドキュメントと多岐に及ぶ。

本人は『守破離だ』などと嘯いているが、八紘としては娘を偏った趣味に染めないでくれればそれで良かった。

 

一方で、訃堂の妻である琴音や、八紘自身の妻も、翼を可愛がってくれている。

八紘家では、それこそ産みの親より深いと思われる愛情を注いでくれる妻も、風鳴家の方は敢え訪わず、差し出がましい口を挟むことはない。弁えた彼女と結婚したことを、八紘は本当に幸福に思う。

 

そんな環境で育てられた翼であれば、それこそお姫さまのようなものだ。

ましてや風鳴家において、唯一の女児である。

ところがこの娘は、よくある姫様の気ままな振る舞いは一切なく、礼儀正しく大人しい性格。

琴音と妻の躾けの賜物だろう。

その証拠、というわけでもないが、巨大な誕生ケーキに灯された蝋燭の炎を前に、「吹き消してもいいですか?」とばかりに八紘の表情を伺ってくる。

八紘が頷くと、六つの炎が一瞬で吹き消された。

大人たちの拍手が鳴り響く。

弦十郎と訃堂の拍手の振動でサイドボードの中のグラスが幾つか割れたが、誰も特に気にする様子はない。

 

満面の笑みで大人たちの祝福に応える翼に、琴音から京友禅の浴衣が贈られる。

母に合わせるように、八紘からは高級牛革の草履。

続いて、訃堂が懐から何やら桐箱のようなものを取りだす。

 

「これは、翼用に特別に作らせたものぞ…」

 

訃堂をして、珍しく得意げな様子。

翼を始め、周囲の大人たちも注視するなか、ゆっくりと桐箱は開けられた。

そこには―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりの新宿御苑のベンチに、訃堂は腰を降ろしている。

特異災害対策機動部の発足にむけ、いまや霞ヶ関を常宿としている訃堂だったが、もとは鎌倉の自然の中で生まれ育った野性児だ。

都会の中で緑が恋しくなると、車を飛ばして訪れることがしばしばである。

それにしても、今日の訃堂は黄昏ていた。

理由なぞ分かりきっている。

やや暗い目つきで、訃堂は自らの手の平を覗き込んだ。

そこには、先日、翼に贈ったプレゼントが載せられている。

 

 

 

 

『これは、おまえの手に合わせて作らせたウルトラバッチのレプリカでな。特にこの赤い宝石の部分は、レッドエメラルドを加工したものを…』

 

柄にもなく興奮して力説する訃堂だったが、周囲の人間のなんとも言えない視線に気づく。

そして、肝心要の翼はというと。

 

『…いらない』

 

複雑な表情で言われてしまった。

珍しい娘のばっさりとした態度に、慌てて八紘は取り成そうとする。

 

『翼、せっかく父上が用意してくれたのだぞ? そんなことは言わずに…』

 

『だってカッコわるいんだもん』

 

子供は無邪気に、時として大人より残酷な言葉を紡ぐことがある。

唖然とする訃堂に、

 

『親父。女の子にそれはないぞ…』

 

そう言いながら弦十郎が翼に渡したのは、女児向けの魔法少女格闘アニメの変身グッズだった―――。

 

 

 

ベンチに腰を降ろしたまま、訃堂は白い眉を顰める。

 

やはり弦十郎の言うとおりに、女児には相応しくなかったのだろうか?

せっかく特注で、様々な機能も追加したというのに。

 

…だが、かくいうヤツも、儂が見せびらかした時には『すげえな親父、俺が欲しいくらいだぞ?』などと言っていたではないか!

あの愚息め。色々と落ち着いたら、たっぷりと折檻をくれてやる。

 

そう心に固く誓い、訃堂はベンチの横にウルトラバッチを置く。

そのまま軽く瞑目していると、帽子を被った子供が近づいてくるのが分かった。

薄眼を開ければ、子供はマジマジと訃堂を見つめ、それからベンチの上のバッチに気づいたようだ。

 

「うわ、じいちゃん。このバッチすげえカッコいいじゃねえかッ!!」

 

その声に、訃堂は思わず白い眉を跳ね上げている。

 

「そ、そうだろう、そうだろう。よく分かるな、小僧」

 

やはり男の子にはこのロマンが分かるのだ。

訃堂は傷心が僅かでも癒される思いを味わう。しかし、なぜか目前の子供は不満顔で叫んだ。

 

「ちがう!」

 

「…ぬ?」

 

子供は帽子を取る。長い二本の髪が、流れるように帽子から零れ落ちた。

 

「あたしは、おんなのこだッ!」

 

言われてみれば、確かに大きな瞳の女の子だった。

年のころは、翼と同じくらいか?

幼いのに整った顔立ちと銀髪が、たいそう印象的だ。

 

「これは不躾な物言いだった」

 

訃堂は素直に謝罪した。

一度申し付けらば、死して魂魄になっても働かされる。

大人には滅法厳しく、そう畏れられ揶揄される男も、子供には甘い。

むしろトロ甘いとさえ言えた。

現に今も、この少女のために、わざわざベンチの隣を懐紙で拭いて清めてやっている。

当然のように女の子は訃堂の隣へ座ると、その巨体を見上げてきた。

そして恐れる風もなく言う。

 

「さっきのバッチ、もっかいみせてくれよ」

 

訃堂が渡してやると、女の子はしげしげとバッチを空にかざしている。

 

「やべえ、キラキラしてすげえキレイだ、おほしさまみたい…」

 

その台詞は、訃堂が翼へと欲したもの。

だが、訃堂は満足していた。

少なくとも、これは、男にしか分からないロマンではない。

ならば、ウルトラバッチという儂の選定が間違っていたのか?

やはり、ちと早いと思って候補から外したが、獅子の指輪にすべきだったか。

 

あらぬ方向へ思考を飛ばす訃堂の前に、バッチが差し出される。

 

「ありがと、じいちゃん」

 

そういってくる少女に、訃堂はそっとバッチを押しやった。

 

「いや。せっかくだからくれてやろう」

 

「いいのかよ!?」

 

「おぬしを男と間違えた詫びじゃ」

 

「さんきゅー、じいちゃん!」

 

躊躇いなく受け取った少女は、さっそく胸へバッチを付けている。

微笑ましく眺める訃堂の前に、今度は二人の大人が慌てて駆け寄ってきた。

 

「す、すみません、うちの娘がご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 

長い髪に眼鏡をかけた男だった。

痩躯と繊細そうな指先から、芸術畑で活躍する人間だと訃堂は見抜く。

 

「なに、構わんよ。この老木の話し相手になってもらっておったわ」

 

「みてみて、パパ! ママ! これもらったんだよ!」

 

少女は、母親らしき女性の方へバッチを掲げて見せる。

 

「まあまあ! ありがとうございます」

 

流暢な日本語で礼を言ってくる母親の容姿に訃堂は眉を動かす。

少女と同じ銀髪に、抜けるような白い肌。

 

ふむ、日ノ本と異なる国の生まれか。

 

なれば少女はハーフとなり、くっきりとした顔立ちも納得がいく。

 

若い頃の訃堂は、外国人を毛嫌いしていた。

母なる国土の上を闊歩するは、日本人のみと固く信じていた。

それはもはや、アーリア人の優性思想に近いものがあったかも知れない。

そんな国粋主義者の心が変化した切っ掛けとその理由を、誰が知ろう?

 

(ザビタンもアクマ族との混血児だったが、人間側に立って日本を護ったからの。

 異国の血が混じり、生まれた地は違えども、日ノ本を護るに命を張る覚悟あらば、皆、防人よ)

 

 

―――誰が知ろう?(顔を覆う

 

 

 

 

 

 

「さあ、クリス。もう一度、きちんと御礼を言いなさい」

 

父親に促され、少女はぺこりと頭を下げてくる。

 

「ふむ? それがおぬしの名か?」

 

「うん! あたしはゆきねクリスっていうんだッ!」

 

「そうか。善き名ぞ」

 

ゆるゆると訃堂は褒める。

その姿は、少なくとも雪音夫妻にとっては好々爺に見えたかも知れない。

なおぺこぺこと頭を下げる両親に連れられて、クリスはこちらを振り返るとバッチを掲げる。

 

「じいちゃん、まったなー!」

 

訃堂は腕を組み、黙って一つ頷いて見せた。

 

 

 

 

―――その約束が果たされるのは、これより数年後のこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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