シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第5話 父よ 母よ 妹よ

 

 

雪音クリスを伴い帰国した訃堂。

鎌倉の本家へと赴くと、覚醒した琴音が出迎えてきた。

 

「今度はどこぞの鳥籠から掻っ攫ってきなさったんです?」

 

クリスの姿を認めてからの琴音の言に、赴堂はヒヤリとする。

もっとも琴音としては、訃堂の南米での大暴れを耳にして釘を刺しているだけのつもりだ。

 

「は、初めましてッ。雪音クリスですッ」

 

張りつめた空気を感じつつ、クリスは彼女なりに全力の礼儀を発して挨拶。

 

「こちらこそ初めまして。訃堂さんの妻の琴音です」

 

幼い緊張を柔らかく受け止め、琴音も挨拶を返す。

琴音の若々しい容貌に、クリスは大きく目を見張った。

そのままマジマジと訃堂と琴音を見比べている。

 

―――強いて弁護すれば、クリスは非常に緊張していた。

目前の光景を、両親から教えられた偏った知識で読み解こうとし、緊張のあまり色々と脳内で短絡したらしい。

結果として、クリスは、訃堂と琴音両名に語りかけるように言葉を発している。

 

「…2号さん?」

 

この物言いに、訃堂の脳裏に『上手い! 技の1号、力の2号ってか? ってやかましいわッ!』というセルフボケセルフツッコミをする琴音の姿が浮かぶ。

それは本来的にも絶対にあり得ない光景で、いかに訃堂がクリスの物言いに動揺していたかの証左になるだろう。

 

「…そういわれても仕方ないかも知れませんなあ」

 

穏やかに琴音は応じるも、クリスとしてはその笑ってない瞳に感じるところがあったらしい。

 

「あ、ごめん! じゃなくて、すみません! その…ッ」

 

狼狽するクリスに、

 

「クリスさん、でいいですね? 少しばかり、言葉づかいとか礼儀とか勉強せにゃならんと違います?」

 

琴音はにっこりと笑いかけた。

 

「私が手ずから仕込んで差し上げましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、風鳴弦十郎は鎌倉の実家へと車を飛ばしていた。

特異災害対策機動部総司令へと着任し、実に久方ぶりの休暇である。

 

「まったく…」

 

だが、弦十郎はハンドルを操作しながら疲労混じりの溜息を吐く。

隣の助手席には、様々な資料が山積みにされていた。

父の更迭を受けての全く緊急な着任だったため、引き継ぎなども万全とはいえない。

今日も休暇とはなっていたが、実家であの親父と色々と顔を突き合わせて話をしなければならないと思うとうんざりだ。

しかも、今回の交代劇自体が訃堂の独断専行が原因とあっては、弦十郎をしても不満の一つもぶつけたいところである。

 

―――さすがに文句を言うくらい許されるだろう。

 

そう覚悟を決めて本邸の門を潜った弦十郎を、琴音が出迎えてくれた。

 

「あら、弦十郎さん。お帰りなさいです」

 

「は。ご無沙汰しています、母上」

 

そう挨拶した弦十郎だったが、母の隣にいる小柄な影に目を見張る。

上品そうな和服を着た雪音クリスだった。

 

弦十郎をして、今回の交代劇の元となった雪音クリスの救出とその顛末は把握している。

身寄りのないクリスを、風鳴家の猶子にするということも聞き及んではいたが、施設はなくても、てっきり親族のどこかの家にでも預けるのかと思っていたのに。

 

「ほら、クリスさんも挨拶しなさい」

 

琴音に促され、クリスはおずおずと弦十郎の巨体を見上げるようにして言った。

 

「そ、その。お帰りなさいまし、弦十郎さま…」

 

「違いますよ、クリスさん。弦十郎はあなたの兄でありんす」

 

指摘され、軽く息を吸い込んでクリスは言い直す。

 

「お、お帰りなさい、弦十郎兄さま…」

 

その物言いに、弦十郎は思わず目を剥いてしまう。

彼をして、年上の兄、それこそ親子ほど年の離れた兄をそう呼んだことはある。

だが、末っ子であるからして、そう呼ばれたことは全くない。

その初めての呼びかけが、しかも可愛らしい女の子から、だとおッ!?

 

もっともこの時、弦十郎は29歳でクリスは10歳。

親子ほどに齢が離れた、と表現するのも微妙な年齢差だ。

なによりクリス自身が、見た目も猛々しい巨漢を年の離れた兄と見做すことに、大きな違和感を抱いている。

 

「うむッ、その、なんだ。…これからよろしくな、クリス」

 

「は、はい。こちらこそ…」

 

「ここは我が家だと思って遠慮なく(くつろ)いでくれ」

 

息子の物言いに、琴音は破顔。

 

「寛ぐも何も、クリスさんはわたしの娘になったからここが実家ですえ?」

 

たちまち顔を伏せる弦十郎は、自分が間抜けなことを口にしたとの自覚があるからだろう。

あとはそそくさと玄関で靴を脱ぎ、行ってしまう。

その後ろ姿を見て、クリスは呟く。

 

「…わたし、嫌われたんでしょうか」

 

「さあて、どうでしょ?」

 

口元を扇子で隠しながら琴音はわざとらしく首を傾げている。

 

 

この後の弦十郎は、東京の有名店のケーキなどを携えては休暇のたびに豆々しく実家へ帰って来ることになる。

このあからさまな行動は、クリスが適合者であると判断され、彼女が首都へ居を移すまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

日も昇りきらぬうちに目を覚ました訃堂は、身支度を整えると庭先に出る。

散策がてらゆっくりと見て回り、気づいた箇所は素手で剪定。

それも済むとその足で本邸の裏山へ入る。

新鮮な山木の霊気を全身に浴び、道なき道を散歩するような足取りで進めば滝に行き会った。

軽く水面に拳を突き入れれば、たちまち山魚が数匹浮かんでくる。

それらを木串に差し、指をパチンと鳴らして発火させた焚火で炙る。

塩も何も利かせてない焼き魚を美味そうに平らげ、訃堂は朝食を済ませた。

琴音が覚醒していない時期の食事など、好き勝手なものだ。

 

もっともこのような訃堂の振る舞いは、ここ何十年ぶりのことである。

霞ヶ関と鎌倉を忙しく往復し、ゆっくりとプライベートで食事を摂る時間もなく、もしくは格式ばった会食ばかり口にしていた。

日本の国防に携わるものとしては当然の仕儀であると納得していた日々。

それがこうやって長閑な昔に戻っている理由は、先日特異災害対策機動部総司令を更迭されたからに他ならない。

如何に雪音クリスの救出のためとはいえ、米国に大きな借りを作ってしまったことを訃堂は自覚している。

それを清算するためにも、自身は国防の一線を退く必要があった。

同盟国であるアメリカにとって、日本の訃堂は存在すること自体が脅威である。

ましてや今回の一件で、その特異性と破壊力が証明されてしまった。

 

単身、ミサイルで目標点に到着。かつ、任意の対象の破壊及び救出。

いうなれば、超小型で被害範囲をコントロール出来るクリーンな核兵器のようなものだ。

 

アメリカとしては、そんな存在が矢面にいるだけで落ち着かない。なので日本国としては訃堂を表舞台から退けて、そのような手段を用いることはないと誠意を示したわけだ。

だからといって訃堂が大人しくしているかという保証もないわけで、事実、政府からは監視の者が幾人も訃堂の周囲に配置されていた。

むしろそのくらい、訃堂は緒川忍群の手によって把握済みである。

あからさまに過ぎるくらい分かり易い配置は、監視というより「どうか大人しくしていてくれ」との嘆願に思われた。

 

「ふん」

 

監視の目に鼻を鳴らしつつ、訃堂は屋敷の敷地内へと戻る。

 

「御前。失礼します」

 

声に振り向けば、緒川総司が立っていた。

先代の國電の引退を受けて次期統領となった経緯は、訃堂と弦十郎の関係性に良く似ていた。

同時に、総司もまだ若い。

実のところ、國電も岩戸家の所縁の娘を娶り、晩年になって子供を成している。

まだ三十路前後と見られる総司の隣には、更に若い男が立っていた。

スーツを着ているものの、その柔和そうな顔立ちから書生のような印象を与えてくる。

 

「お初にお目にかかります。緒川慎次と申します」

 

「ふむ。おぬしが噂に聞く國電の次男坊か」

 

―――あやつは、総司に勝るとも劣らぬ天稟を持っていまする。

訃堂は、酒を酌み交わしながら嬉しそうに語る國電を思い出している。

 

「本日より、慎次も御前のお膝元に…」

 

言い差す総司の言を、訃堂は遮る。

 

「いや、儂ではなく、弦十郎へと仕えさせよ」

 

本来であれば、特異災害対策機動部の司令部付きとして召し抱える予定だった。

訃堂が解任された以上、弦十郎に仕えさせるが道理だろう。

 

「…はッ」

 

主の意向を一瞬で理解した総司は、弟ともども畏まる。

 

「ああ、だが一つ」

 

そのまま下がろうとする緒川兄弟を、訃堂は呼び止めていた。

 

「どうか翼のことを気にかけてやってくれ」

 

先日、風鳴翼が適合者であることが判明している。

歌により聖遺物の欠片を励起し、身に纏う戦士の素養。

日本政府の極秘中の極秘の研究とその成果は別にして、訃堂は溜息をつきたい思いに駆られている。

儂の血を引いたからには、戦いを避けられないさだめか―――。

 

ゆえに、特例とでもいうべき下知を緒川慎次へと下す。

それは、かつての朋友との魂の盟約であったかも知れない。

 

「はい。この身に替えましても」

 

頷く若々しい顔に、頷き返す。

 

生涯初めてとも思える気楽な時期を過ごしながら、訃堂はある予感を覚えていた。

この国は、近い将来、未曾有の困難に見舞われるであろう。

着々と次世代の防人たちも育つ中、果たして凌ぎ切れるかどうか。

 

ひと時の平和の中で、深く憂う訃堂。

彼のこのような予感は外れたことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い返せば、この事件はその先触れであったかも知れない。

考古学者である天羽夫妻。

彼らの聖遺物発掘チームとしての活動は、日本政府のバックアップの上で行われていた。

新たな聖遺物の発見された当日、たまたま遊びにきていた天羽家の娘たち。

彼女たちも発掘チームと同じ悲劇に見舞われている。

突如出現したノイズによる発掘チームの虐殺。

生存者は、天羽家の長女、天羽奏一人のみ。

 

おっとり刀で駆けつけた特異災害対策機動部二課に保護された天羽奏は、いま本部の地下で拘束されていた。

 

「あたしにノイズを殺させろッッ!!」

 

奏は叫ぶ。

14歳という年頃に対しては恵まれた身長に引き締まった筋肉。

事実彼女は万能型の天才だった。

鼻歌混じりで中学生の陸上記録を塗り替え、そのことを鼻にもかけない。

性格も明朗で、サバサバしている。

いずれ、何かしらのジャンルで大成するだろう。

彼女を知るものの誰もがそう思い、羨むことなく応援したくなる女の子。

 

だが、それももはや過去の話だ。

今の彼女は、家族を殺された恨みに胸を滾らせ、秘められていたスペックも将来も全て捧げようとしている。

もし仮にここに悪魔が現れて、魂と引き換えに力を渡すと言えば、彼女は躊躇いもなく渡したことだろう。

だが現れたのは悪魔ではなく、総司令風鳴弦十郎だった。

弦十郎は、発掘現場で何があったかと問い質したりはしない。

保護して本部へ搬送中にそう訊ねようとした二課の職員は、あるものは腕をへし折られ、あるものは噛み付かれて出血していた。

狂犬のようになった彼女は、今は椅子に両手足を固定され、歯をガチガチと鳴らして威嚇してくる。

 

「アンタたちに、ノイズを倒す力があるのか? なかったらそれでも構わないッ! なんでもいい、武器をかしてくれッ! そしてあたしに、ノイズを! ノイズを皆殺しにさせろぉッ!」

 

そのあまりにも痛々しい様子に、弦十郎はそっと奏の頭を胸に掻き抱こうと試みる。

しかしその寸前、悪魔より恐ろしい存在が室内へと忍びいって来た。

 

「―――その娘御が、最後の生き残りか」

 

その日に風鳴訃堂が特異災害対策機動部に足を運んでいたのは、偶然だったのだろうか?

 

「親父…」

 

絶句する弦十郎を押しのけて、訃堂は奏の前に立つ。

 

「な、なんなんだ、このジジイはッ!?」

 

その迫力に一瞬飲まれるも、たちまち悪口雑言を並べる奏。

対して、訃堂はしゃらくさそうな笑みを浮かべている。

 

「なんとも活きのよい娘だな。しかも、面立ちも悪くない」

 

対峙する二人の様子に、ハラハラと見守っていた本部付きのオペレーター友里あおいが弦十郎へ囁きかけた。

 

「司令…」

 

「しッ。ここは親父に任せてみよう」

 

見守る態勢に入った弦十郎の目前で、不意に腹の底まで揺さぶる大喝が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その顔は何だッ!? 

 

 その目は何だッ!? 

 

 その涙は何だッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

あまりの迫力に、室内にいた特機部二の職員は弦十郎を除いて全員が腰を抜かし、天羽奏も茫然としていた。

それでも気を取り直して睨み返してくる奏に、訃堂は満足げに頷く。

 

「なるほど。大した胆力よ。しからば―――」

 

奏は、目前に地獄の門が開くのを幻視した。

しかし彼女は、心の中で躊躇いなくその門を開け放つ。

 

「儂と来るが良い。おまえを一端の(つわもの)へと鍛えてやろう」

 

これまた躊躇いもなく奏が頷いた瞬間、彼女の両手足を拘束していた鉄枷が弾け飛ぶ。

訃堂が神速の腕を振るったことは、弦十郎だけが見極めていた。

 

「そういうことだ弦十郎。この娘は、儂が預かる」

 

「あ、ああ…」

 

弦十郎が呻くことしか出来ない以上、他に誰も止められるはずもなく。

一方で、痛む手足を摩りながら、天羽奏は事態の解析を開始。

訃堂の後について、硬質の廊下を歩きながら思考を巡らす。

 

このジジイの正体はわからねど、まずは自分は身軽になった。

とりあえず、ついていくフリをして、この建物を出たところで…。

 

「言っておくが、逃げようなどと考えぬほうは良いぞ?」

 

背中を向けたままの訃堂の台詞にギクリとする。

自分の思考を見透かされていたかのタイミングに驚きはしたが、相手はデカいけれど老人だ。

いっそ後ろから頭でもぶんなぐって…!

 

そう考えた瞬間、全身が凍てつく。

意志に反して、まったく足が動いてくれない。

くそッ、どういうことだ…ッ!?

 

呻く奏に、訃堂は振り返って鋭い眼光を向けてくる。

 

「ほう。喪心する程度の気を放ったつもりだったのだが…」

 

丹前の懐から腕を出し白い髭をしごく訃堂に、奏は悟る。

彼女の野性の勘はこういっていた。

 

―――目前にいる老人は、ただの人間じゃあない。人の形をした何かだ。

 

「くッ…」

 

ノイズをぶち殺して死ぬのは構わない。

でも、この老人に抗ったところで、自分はただ無為に死を迎えるだけだ。

 

「…わ、わかったよ。とりあえずは逃げようとか考えないって」

 

震える声でそういうと、ピタリと全身を戒める感覚はなくなった。

 

「約束は違えるなよ?」

 

再び背を向ける訃堂の後ろ姿に、不承不承の表情の奏は着いて歩く。

建物を出ると、目前に黒塗りの車が停車していた。

当然のように訃堂が乗り込み、奏も続く。

車は音もなく走り出す。

 

「…どこに連れていこうってんだ?」

 

「儂の家だ」

 

車中の会話はそれっきりだった。

やがて車は鎌倉の風鳴本邸へと到着。

琴音は目覚めておらず、使用人たちが出迎えた。

でっけえ家だな、とばかりに無遠慮に視線をバラまく奏の先で、一人の少女が慌てて柱の陰に身を隠した。それが雪音クリスであることなど、今の奏には知りようもない。

 

黙ってついてこい、とばかりに訃堂は邸内を進む。

あとに続く奏の前に、行き止まりの壁が現れる。

 

どういうこった? と目を見張っていると、訃堂が壁のボタンを置す。

すると、ゆっくりと壁がせり上がり、地下へと至る階段が出現した。

 

「まずは、おまえの心の持ち用から鍛えねばな」

 

心なしかウキウキとした口調で訃堂が言う。ほぼ初対面でそんな機微など分からない奏は、地下室へ連れていかれることに若干ビビりつつ、それでも虚勢を張った。

 

「なんだよ? NHKの教育番組でも見せてくれるのか?」

 

「ふむ。似たようなものだな。それを見て、おぬしは(つわもの)としての心構えと防人のなんたるかを学ぶのだ」

 

それなりに学業でも優秀な成績を修めている彼女は、防人という単語に聞き覚えがある。確か、奈良時代の僻地を守る兵士みたいなもんだよな…?

 

それらの知識と乏しい情報を寄りあわせ、奏は地下で何かしらの映像を見せられることを確信。

そして、おそらく、小学校の頃に見せられた交通安全教室とかの類のオリジナル映像なのでは?

 

…まあ、こういう年寄りって、やたら毒気のない教条的なものを好むんだよなー。

 

奏の推測は、前半は概ね正しいが、後半は激しく間違っている。

そんなこともつゆ知らずに階段へ足を踏み入れようとして、最後の最後で彼女の野性の勘は囁いた。

 

―――()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

その直感の命じるままに見直せば、まさにこの地下へと続く階段は、地獄への門が口を開けているように見えてくる。

 

「…へッ、上等だぜ!」

 

しかし、敢えて奏は己の勘を裏切ることを選択。

常人がノイズを殺すことなど不可能。

だがその常識を覆し、あたしは悉くノイズをぶち殺してやる。

絶対に、父さんと母さん、妹の仇を討つ! 絶対にだッ!

 

奏は地下への道を一歩踏み出す。

後から訃堂が入ってきて、入口の扉は閉ざされた。

間接照明の点けられた決して長くない階段を降りながら、奏は鎌首をもたげてきた不安を振り払う。

もう二度と後戻りはしない決めた。彼女は努めて明るい声を張り上げた。

 

「と、ところでジイさん、一体何時間くらいあるんだよ、その映像?」

 

すると背後で指を折々数える気配。

 

「そうじゃの。初代から80まで数えると…」

 

「……初代? 80?」

 

「345話、一話30分計算として、ざっと172時間といったところかの」

 

「………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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