お天道様が見てる 作:落伍者
「なぁオッサン、財の所有は悪か?」
そんな問いを投げたのは、人柄の悪いことで有名な商家の手伝いをした日の夜。清貧に甘んじている私たちからすれば、財を蓄えて肥え太った彼は遠い存在だ。「貧乏人」だとか色々な言葉を投げつけられた。明けても暮れても金、金、金……常に金の事を考えて生きている人だった。まるで取り憑かれているようなその姿に、私は初めて見たとき言葉が出なかった。
「財の所有は、ワシらが人の世に生きている以上不可欠なことさ。ワシらは布施を貰う代わりに、清く正しい姿をこの身で示し、教えを説くことで生きている。だが、レナトゥス教は個人の財の所有を禁じている。どうしてだと思う?」
アラナンは私にもわかりやすいよう、丁寧に説明してくれる。多少汚い言葉遣いでも、身近に寄り添った言葉だから私は好きだ。財の所有自体は悪ではない、と暗に言っているのだろう。しかし、それを禁じる理由……
「目が眩むから?」
思い浮かぶのは、ぶよぶよのあの商人の姿。美しい宝石は度を越して光り輝き、むしろ豪華絢爛な家財が目に痛いあの家。
「そうだ。今まで金に目が眩んで悪因に負けたヤツは沢山いる。ここにいるヤツの中にもそんな奴が何人もいた。だからこそ、修行してるワシらは財を持っちゃいけねえのさ」
なるほど、と感心しながら、私は内にある知的好奇心が膨れていくのを感じていた。
もっと知りたい。教えのこと、世界のこと、人間のこと、社会のこと。
☆
「あん?こんな貧相なガキが今日の手伝いか」
ガタイの良い用心棒が呟く。当然私にも聞こえているが、彼らにとって私たちなどどうでも良いのだ。この商家の老人は私たちを一切信用していないから、私たちが訪れるときは常に用心棒と一緒に居る。出自に色々ある私たちだから、それは仕方ないと思うけれど、良い気分ではないのも確かだ。14歳の私は用心棒の胸の高さほどの身長しかなく、見上げる首が痛い。
「ふぉふぉふぉ、手伝ってくれるだけありがたいというものじゃ。その体躯で働けるかは別としてな。宝石でも見に来たのかい?お嬢ちゃん」
いちいち厭味ったらしい老人だ。しかし私の心が動じることはない。世の中が善人ばかりでないことくらい知っているし、
「荷物はどれですか?」
私がそう尋ねれば、用心棒は意地悪な笑みを浮かべて
「あの荷物を外まで運んでもらおうか。俺は他の作業があるから、その間に頼むぜ」
そう言い残して用心棒は去っていった。私が運べずに助けを求め頭を下げる姿が見たいのだろう。老人はふぉふぉ、と笑うだけで何も言わない。私が戸惑う姿を見ているつもりだ。
「んー……」
私は人の助けになりたくてこの商家を手伝いに来たし、実際今から手伝いをするつもりだ。どうして彼らはこんな目で私たちを見るのだろう。
――それでも、私のやることは変わらない。私が思う「善行」を為す。人の助けをする。善人でありたいからだ。迷いを振り払って、荷物に手をかける。
「嬢ちゃん、用心棒を呼ぶかね?私は腰が悪くて動けないから、代わりに場所を教えてやってもいいが――」
商家の主が何かを言うが関係ない。どうせ嫌味なのだろう。
「よいしょっと」
両手で荷物を持ち上げた。同時にカラン、と軽い木の何かが転がる音がした。
「な、な、なんじゃと……!」
音の正体は商家の主の杖が転がった音。腰を抜かして、こちらを見上げている。その姿がなんだか滑稽で、ふふっと笑いが零れてしまった。持ち上げた荷物をそっと降ろして、商家の主へと近付いていく。
「立てますか?」
「さ、触るな!貧乏人!」
「ッ!」
伸ばした手がパシッと振り払われる。老人はよろよろと杖を支えにして立つと、フン、と鼻を鳴らして部屋へと消えていった。
私はしばらく動けなかった。荷物を運んだのはそれから少し経った後だ。
☆
「なぁオッサン、私たちは卑しいのかな」
人からの支援で飯を食い生きている私たちは、生産活動をしているわけではない。専門的な知識もなければ、何かを作り続けているわけでもない。
「なんだ?今日はえらく卑屈な質問じゃねえか。あの商家で何かあったのか?」
「まあ、ちょっとだけな」
私が何かしたのだろうか。商家の主のあの顔が頭から離れない。
「言葉遣いもちゃんとしてて働けるお前が何か言われるたぁな……」
私は小さい時、親が偽装通貨を作った罪で生まれた場所を追われた。騎空挺の荷物に乗り込み、この島に辿り着いて、そこでアラナンに拾われた。アラナンは自分が口調と悪人面で損をしてきた経験から、私に教育を施してくれた。そのおかげで町の人からの評判は良く、手伝いのお礼にご飯を食べさせてもらうこともあった。
「皆が皆、善人じゃねえ。悪因を持ってるやつもいる。殴りかかったところでそいつらは改心しねえし、根本の解決にはならねえわな。だからワシらはただ善行を示すしかねぇ。ソイツらが自分を恥ずかしく思うくらい、善人でいればいいんだ」
そう言われて、私はあの老人が腰を抜かした時に嘲笑してしまったのを思い出した。私の心のどこかに、彼らを見返すという対抗心があったのだ。敵意を向けられたからといって、それを向け返して彼らが改心するだろうか。いや、しないだろう。まだまだ私も未熟だったのだ。
「でもさ、その訴えかけだけで本当にみんな改心すんのか?」
少しでも善の芽があれば、その心は恥を知り、善を知り、改心するだろう。しかし、もしも悪因で満たされて、ひとかけらも善の心がない人間がいたらどうすればいいのだろう。私たちの呼びかけは、この姿勢は、彼らに響くだろうか。
「ワシは、救いようのない悪人だろうと救えると思ってる。レナトゥス教の信者には悪人だったヤツらが多いだろ?でも今の姿は立派なもんだ」
アラナンは、きっと人間を信じているのだ。いつだってやり直しがきく、間違ってばかりの存在。それが人間。そのためにレナトゥス教があるのだろう。
「私も、そう思いてえな」
あの商家の主も、商売と老いのうちに心が悪因に満たされてしまったのだろう。きっと改心する日が来るはずなんだ。そしてそれは今日だったのかもしれない。
「精進しなきゃな」
自分に向けてそう呟いたつもりだったが、アラナンも頷いて深く受け止めているようだった。
善問答はこれで終わりです。お付き合いくださりありがとうございました。
次からはフェイトエピソードに入っていこうと思います。