博士の異常な日常〜楽園ロドスより〜   作:シベリアの騎士

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エンカクさんとシャイニングさんに悩みを聞いてもらいます。割と哲学風味。ゲストはアーミヤお姉さん


スズランちゃんはオトナになりたい

 

 数多のオペレーターの中でも、特にみんなに愛されている者がいる。他でもないスズランである。先日など、スズランのしっぽにペンギン急便のメンツがたかって眠っているのが発見されたほどだ。あのテキサスも居たから相当である。当のスズランはまるで慈母のごとき穏やかな笑顔で目を閉じていたそうで、その器としっぽのデカさは計り知れない。

 

 しかし、スズランは思う所があった。皆が自分を構ってくれるのは子供だからではないか、と。スズランの頭の中には次のような図式があった。『子供は大切にするべきである。子供を大切にするのは道徳的なことである。ロドスのオペレーターはみな道徳的である。即ち、自分は子供である』と言った具合だ。論理的帰結、まさにお手本のような帰納法である。

 

 そしてスズランは相談相手を探した。こういう時は大人を頼るのだ。となると、自分のなりたい『大人像』を明確にし、参考とする対象を選ばなければならない。

 

 理想の大人とはなんだろうか。分け隔てなく人間と接し、人を導くことができ、慈愛に満ちた者。皆そうである気もするし、少し違う気もする。とりあえず、スズランは目に映った『大人』に相談をもちかけることにした。

 

「あの、すみません」

「あ? どうした」

 

 何を思ったかスズランはエンカクに声をかけた。実の所、何も考えていない。スズランは真に人を平等に見ているのだ。

 

「いまお時間大丈夫でしょうか。少し相談したいことがあるんです」

 

 エンカクは困惑と懐疑とその他諸々がごちゃまぜになったなんとも言えない顔をして、「俺でいいなら構わないが」と承諾した。

 

 場所を温室に移し、スズランはエンカクの園芸作業を眺めながら話を切り出した。

 

「大人になりたいんです」

「ほう」

 

 エンカクは土を変えたり水をやったりしつつ、淡々と相槌を打つ。

 

「皆さんがとても私によくしてくれるのですが、私は時々不安になるんです。私が子供すぎて、気を遣われているんじゃないかって」

 

 エンカクは黙って聞いている。その目は鉢植えや花に向けられていたが、スズランには彼が真剣に話を聞いてくれているという気配が伝わっていた。

 

「でも私、大人ってなんなのかやっぱり分からなくて。私はどうなればいいのか、むしろどうなりたいのか、何も掴めないんです」

「なるほど」

 

 エンカクが軍手を外し、初めてスズランに視線を向けた。

 

「お前は自立したいわけだ。というより、自立していることを実感したい。か」

「・・・・・・そうなのでしょうか。そうかもしれません」

 

 目を伏せるスズランに、エンカクは少し話を変えることにした。

 

「俺は大人に見えるか」

「はい」

「なぜだ」

「一人でも生きていけるからです」

「ふむ。では大人であることの意味はどう考える」

「人を導けるかどうかだと思います。親のような」

「俺には既に、お前が世間で言う子供の範疇からは逸脱しているように思えるが。あとは自信の問題だろう」

「自信ですか」

 

 エンカクは頷き、また鉢植えの花を見た。

 

「植物は己が大人であるか子供であるかなどと考えてはいないだろう。ただ在るだけだ。花が咲いたから一人前、といった段階や役割を己の中に見出してはいない。人も本質的には同じだ。だが、人には植物とは決定的な違いがある」

 

 今度はスズランが黙って話を聞いた。一言も聞き漏らすまいとするようにエンカクの唇を見つめている。

 

「他者の存在だ。人は在るように在る、という訳には行かない。相対的な価値観や認識、そして干渉の中に自己を確立する。植物は言わずもがな、他の動物よりも人間の相対的な思考は複雑で、根強い。俺はそういう意味ではお前の言う大人では・・・・・・『人間』ではない。俺は社会性だとか道徳だとか、大人と子供の違いであるとか、コミュニティの一員としての思想に則って生きたことがない」

 

 ただ在るだけだ。そう彼は呟いた。

 

「俺には他者など必要ない。植物と同じだ。お前はそうじゃない。お前の考える大人の要件を、俺は満たしているとは言い難い」

「でも、エンカクさんのお話を聞いているとやっぱり大人だと思います。どうしてなのかは分かりませんが・・・・・・」

 

 エンカクが声を出さず笑う。優しいという印象を全く抱かせないその微笑みは、どんな人生の中で形作られるものなのだろう。

 

「この鉢をやる。土と種は入っているから、世話は水を与えるだけだ。何か育ててみるのはいい経験になるかもしれん」

「いいんですか? ありがとうございます」

 

 スズランは鉢を抱え、深々と頭を下げた。

 

「もし他の奴にもその話をするつもりなら、シャイニングにでも当たってみろ。アイツは・・・・・・お前に少し似ている」

 

 スズランは不思議に思いつつ、礼を言ってエンカクと別れた。鉢植えを宿舎に置きに行って、艦内をうろうろしていると、シャイニングその人に出会うことが出来た。

 

「すみません、シャイニングさん。いまお時間よろしいですか」

「はい? 大丈夫ですよ。どうかしましたか」

 

 物腰柔らかなそのサルカズの女性は、いかにも大人という雰囲気だった。彼女が自分と似ているというのはどういう事だろう。スズランはエンカクにも話した悩みを、同じように打ち明ける。

 

「なるほど。立ち話もなんですから、ラウンジにでも行きましょうか」

「はい。ありがとうございます」

 

 シャイニングとスズランはロドスのラウンジで、飲み物を片手にソファに座った。人がまばらに行き交うのを眺めながら、シャイニングが口を開く。

 

「大人になりたい、ですか。しかしどうして私に?」

「すみません。実のところ特に理由はなくて、お会いする方に色々聞いてみることにしたんです」

「なるほど。色んな人の話を聞くのは大切ですね」

 

 スズランはエンカクに薦められたという事は何となく伏せた。シャイニングは緑色のお茶を少し飲んで、ゆっくり話し出した。

 

「スズランは子供には見えませんよ。むしろ、大抵の『大人』と言われる人間よりもたくさんの事を感じて、考えているように思えます」

「たくさん物事を考えることが、大人であることの条件なんでしょうか」

「私はそう思います。ただ、もうひとつ大事なことがあります」

 

 スズランも飲み物を少し飲んだ。まろやかな甘みのミルクティー。

 

「迷いのないことです。悩みがないこととはまた別の問題なのです」

「私は、迷っている気がします」

「いいえ、スズランは迷ってはいませんよ。登山家がどの山を登るか、どのように登るかを悩みはしても、山を登ることに対して迷いがないように。貴方は強く生きようとしている」

 

 そこでシャイニングは微笑んだ。エンカクの笑みとは違う、でも少し似ている顔。大人は結構、こういう顔をするなとスズランはぼんやり思う。

 

「私より、スズランの方が大人かもしれませんよ」

「シャイニングさんは、迷っていらっしゃるんですか?」

 

 シャイニングはこくりと頷いた。大人びた雰囲気に、何故かその仕草が歳若い乙女のように見えたのは、先の彼女の言葉のせいだったろうか。

 

「今でも、ずっと・・・・・・。なにより、私が今こうあるのは『そうならざるを得なかったから』です。私は、私自身の意志で道を選んで来れたかと言うと、自信がありません」

「それは、厳しい状況をくぐり抜けて来られたということではないでしょうか。──すみません、よく知りもしないのに生意気を言ったかも知れません」

 

 シャイニングは穏やかに首を振った。

 

「スズランは優しいですね。・・・・・・そうですね、少し話を変えてみましょう。スズランは恐れを感じたことはありますか?」

「沢山あります。そして私がまだ感じたことの無い恐れもまた、沢山あるだろうと思います」

「私も沢山あります。怖いのです。生きることそのものが。死を恐れているし、同じように生を恐れている。私は喪失を恐れているのだと思います」

 

 スズランは共感した。同時に、シャイニングほどの人が恐れを抱いて生きているということに驚き、世界に少し恐れを感じた。何が彼女を怯えさせるというのか。そして、そんな物があるこの世界は、どんなに闇を抱えているのだろうか。

 

「得た物が多いほど、失うものも多くなる。そんな当たり前のことを思い知る時と言うのは、あまりにもあっけなくて、どうしようもなくて。その度、手を伸ばすのが怖くなる。守れるようになろうとして力を得ようとして、得た力によって再び失う羽目になる。ぐるぐると終わりのない連鎖に飲み込まれていく」

 

 シャイニングの口調は優しく穏やかなのに、スズランは身体の強ばりを感じた。突然太陽が消えたような心細さを覚え、無意識に暖かい紙コップを胸元に押し当てる。

 

「大人になればなるほど、私は弱くなっていく気がします。迷いが増えていく。どうなるべきかだなんて、私は貴方に話してあげられるような人間ではないのです。私も知りたいくらいなのです」

「・・・・・・」

 

 スズランはエンカクの言葉の意味が少し分かった気がした。似ていると言うより、彼女はある意味での『スズランの未来』なのだ。エンカクはシャイニングの何を知り、自分に何を見たのか。そんなスズランの心中を知ってか知らずか、シャイニングはスズランに顔を向けて微笑む。今度はどこかあどけない、無垢な笑顔だった。

 

「スズランには、同い年くらいの時に会ってみたかったですね。なにか変わっていたかもしれません」

「シャイニングさんの子供時代、なんだか気になります」

 

 二人は笑いあって、ソファから立ち上がった。スズランは礼を言い、シャイニングと別れた。なんとなくスズランはロドスの甲板に出た。空が青い。

 

「あれ、スズランさん。お散歩ですか?」

「アーミヤお姉さん・・・・・・」

 

 スズランにとって、アーミヤは一つの目標である。自身の事をまだ未熟だと語るアーミヤは、間違いなくこのロドスの中核を担い、この世界に漂う瘴気を払う鍵を握る人物だ。彼女もまた幼き日々を過ごし、戦う道を見出し、悩みつつも迷わず突き進んできた者だ。この人が居る限りロドスは、ひいては鉱石病患者は、光を見失わずに済むだろう。自分もまた、そうなりたい。

 

「実は、悩みがあるんです」

 

 そう言いつつも、スズランの顔はどこかこの空のように晴れやかであった。

 

 

 

 

 

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