全てが終わった。もう何も無かった。ロドスも要らない。感染者も居ない。戦うこともなく、これからはもう何も起こらない。そんな日が来た。
ドクターとケルシーはロドス甲板で、一堂に会したオペレーター達を特設の壇上から見下ろしていた。ケルシーが手に持っていたマイクのスイッチを入れた。
「あー、あー。よし。諸君、ここに集まってもらったのは他でもない、このロドスのことについて話すためだ。知っての通り、鉱石病に関わる全ての問題が終結した。ついては、ロドスはこれまで行ってきた鉱石病問題への対処を全て終了する。だが、話はここからだ」
ケルシーは今までまず誰にも見せたことがなかった笑顔を浮かべた。笑顔と言ってもそれは苦笑の類であったが、戦いが終わったことを十分に実感させた。
「このままだと我々は・・・・・・あー、あえて俗な言い方をするが『おまんま食いあげ』だ」
甲板のあちこちから抑えた笑い声が上がる。
「まあ、この先まだ潜在的な鉱石病患者やそれらにまつわる問題が表面化しないとも限らん。ロドスを解散してしまうのは早計だとは思う。だが、戦力とこの組織規模を保つのもまた困難な事だ。そこで・・・・・・」
ケルシーがマイクをドクターに手渡す。ドクターはマイクを慣れない手付きで持ち上げ、ゆっくりと話し始めた。
「我々は新たな事業を展開する。ロドスの技術や研究施設及び、既存の事業を保ったまま、これからの時代に適応するプロジェクト。その名も、『アークナイツ』だ」
オペレーター達が各々のリアクションを取っている。首を傾げる者や、なんだそれと疑問を呟く者が大半だ。ドクターが演説を続ける。
「方舟の騎士団。本来、騎士とは国や領主の旗の下に集う者だが、我々はそうではない。独立したロドスの立場を利用し、各国を繋ぐ橋頭堡となるべくこのプロジェクトを始動する。趣旨としては単純だ。このロドスを全ての国に対して開放された学園都市として運用するという事だ」
オペレーター達にどよめきが走る。何人かは既に構想の大半を予想出来ているようだ。
「今までは感染者やそれに対する問題対処の人員を受け入れていた訳だが、これからは次世代を担う若人の学び舎となる。各国から有望な若者がロドスへ集まり、ロドスで育ち、それぞれの国へ戻り、それぞれの国を育て、守る。そして、ロドスで同じ釜の飯を食った者達が、国の垣根を越えてひとつの『世界』そのものを守る、同じテラに住む者としてだ。それが、『アークナイツ』に込められた意味だ」
オペレーター達は今や完全に聞き入っていた。異を唱える者は居なかった。これまでにしてきたどんな戦いよりもずっと有意義で、きっと達成出来るものだと信じられるからだ。
「さて、その学園「アークナイツ」を立ち上げるのに欠かせない人物が居る。さあ」
ドクターが振り返ると、壇上に一人の少女が登ってきた。鉱石病問題解決の立役者、アーミヤだ。アーミヤはマイクを受け取り、堂々と話し始める。
「みなさん、こんにちは。今まで本当にありがとうございました。これから私達は本当の戦いを始めます。平和を保つという、戦いその物との戦いです。そのために、皆さんのお力を引き続きお借りしたいのです」
何人かのオペレーターはどうやらロドスを去らねばならぬと考えていたようだ。確かに彼らの中には戦闘のプロフェッショナルという、潰しの効かない稼業で生きてきた者がごまんといる。中には、元々の事業や組織に戻るだけの者もいる様だが、それが出来ない連中だ。プラチナやWといったオペレーターが分かりやすい。
「ロドスに所属するオペレーターが専門とする分野を改めて分類、統合し、それぞれの学科として設立します。各学科のうち汎用的な領域を必修科目とし、専門的な領域に関しては選択制の専攻科目とします。そうする事で、全ての科目に生徒がしっかり分散するようにしていきます」
ロドスのオペレーター達が担う分野は、もはやこの地上に存在するあらゆる業種をカバーできるまでになっている。医学を初めとする化学、工学、その他諸々の学問が殆ど学べるはずだ。
「この理想のためには、あなた方の協力が必要不可欠なのです。どうか、よろしくお願いいたします」
アーミヤが深々と頭を下げる。ドクターとケルシーもそれに倣った。オペレーター達から拍手が起きた。学園都市『アークナイツ』の船出である。
※
「おい、ドクター。起きるんだ」
ドクターが目を開くと、ケルシーがふたつマグカップを持って見下ろしていた。ドクターは執務室の椅子ごと床にひっくり返っていた。
「やあ、ケルシー。アークナイツは上手くいってるかな?」
「何を寝ぼけているんだ、夢でも見ていたのか?」
訳が分からないという顔でケルシーが斬り捨てる。いつものつっけんどんな口調に反し、ケルシーはカップを机に置き、優しい手つきでドクターを引き起こしてくれる。
「とにかく、あまり無理はしてくれるな」
「すまない。そう、実は夢を見たというか、夢が出来たんだ」
「ほう」
ケルシーはマグカップの片方を渡してくる。甘く温かいコーヒーだ。ケルシーが来る時は、決まってブドウ糖をたっぷり入れたコーヒーを差し入れてくれる。実は暇になるとよくこうして遊びに来るのだ。ドクターは礼を言ってカップを受け取り、話し始める。
「その夢は、夢の中でアークナイツと呼ばれていた。内容は──」
一通り話し終えると、ケルシーはコーヒーを啜り、ため息をつく。
「貴方らしいような、まるで私の知らない他人が話しているような、不思議な気持ちだよ」
「・・・・・・」
ドクターはコーヒーを啜り、相槌に代えた。
「だが・・・・・・とても良い夢だな」
「うん。きっと実現したい」
「やってみせるさ」
ケルシーが笑顔を浮かべた。悪戯っぽい、どこか少女のような微笑み。
「私だって『おまんま食いあげ』は困るんだからな、ドクター?」
コーヒーを啜ろうとしていたドクターは派手にむせた。ケルシーが目を丸くした後、あははと笑う。ドクターも釣られて笑った。なんだか、無性に懐かしい気がした。