火山の地質調査は天災トランスポーターの業務に含まれることがある。特にプロヴァンスやエイヤフィヤトラはシエスタでの一件で大きな功績を上げた。ちなみに、プロヴァンスと行動を共にしていたスカイフレアも大いに貢献したが、彼女の場合トランスポーターが本業かと言うとそういう訳では無い。
シエスタでの一件において、エイヤフィヤトラの立場はその二人と大きく違う所がある。それは、『お留守番』だったことである。シエスタから帰還したドクターは、エイヤフィヤトラにお礼を兼ねたお土産を渡しがてら、埋め合わせの提案をしてみた。エイヤフィヤトラは少し驚きつつ、遠慮がちにこう申し出た。
「実は前から行ってみたかった山がありまして・・・・・・。よかったら、研究のお手伝いをしていただけませんか、先輩?」
エイヤフィヤトラは特に火山について高い専門性を有する、れっきとした研究者である。ドクターもそういう事ならと快諾した。それが運の尽きであった。
今、二人は小さなテントに身を寄せあってこもっていた。下山ルートが雪崩で埋まってしまったのだ。冬でないとは言え、標高も高く、雪に覆われる程度に気温が低いこの山は夜になると底冷えがする。
「すみません、先輩。日帰りの予定だったのに・・・・・・」
「君のせいじゃない、気にするな。キャンプに来たんだと思えばいい。念の為のキャンプ用具も活躍出来てなによりだ」
ドクターは割と本気でそう思っている。伊達に修羅場は潜っていなかった。救助の要請も既に済んでおり、ロドスからの救援を待つだけの今、焦ることは無い。ただ、ちょっと寒いのを我慢するだけだ。
「お腹が空いたな。何か食べよう」
あまりにも呑気な発言に聞こえるが、いつ食事が取れない緊急事態に陥るとも分からぬ雪山では、食べられる時に食べるのは鉄則である。寒冷地は体温も低下しやすく、消耗が激しい。エイヤフィヤトラも同意し、レトルトのパックを持って二人はテントを出た。
ドクターが取り出したのは水を入れるだけで発熱するタイプのレトルトだ。カレーは体を温める。水はその辺の雪で何とかなった。エイヤフィヤトラは飲み物を用意する事にした。寒冷地であっても人体は水分を消費する。
寒さにまやかされて水分補給を怠れば死に直結する。とはいえ、雪をそのまま食べたり、溶かして冷たいまま飲むのはご法度である。一気に体温を奪われるし、腹でも壊せば行動不能まっしぐらだ。
「携帯バーナーをお借りしますね」
「ああ、頼んだ」
小さな真鍮製の鍋に雪を入れ、エイヤフィヤトラがバーナーに火を付けた。文明の利器のおかげでアーツに頼るまでもない。鍋を置くためのスタンドと組み合わせ、即席のコンロが出来上がる。二人は沸かしたお湯をカップで掬い、生姜湯の粉末を溶かして飲んだ。ドクターがうむ、と唸る。
「マトイマルは良い物をくれたな。体が温まる」
「ほんとうですね。不思議な甘さと辛味があって美味しいです」
ほうっ、と大きな白い息を吐いてエイヤフィヤトラが微笑んだ。ちょうどカレーも温まったところだ。脱酸素パックに入った大きな食パンを取り出し、贅沢にぶった切った。米という手もあったが、パンの方が軽く、調理の手間がない。少々かさばるが短期間の旅程ならこちらの方が都合が良かった。
「どうせ、いつかは食べないと捨てちゃうだけだからな。頂くとしよう」
「ふふっ、ほんとにキャンプですね」
レトルトパックの上端を千切り、カレーに食パンを漬けて食べる。派手に湯気を立てながら、二人は温かい食事を頬張った。レトルトとは言え、寒い屋外で食べるカレーは格別だった。スパイスの香味と柔らかいパンの食感は気持ちもほぐしていくようだ。最近はレトルトの味も良くなっている。たぶん、自分が作るカレーの十倍は美味いだろうなとドクターは思った。
「エイヤフィヤトラは、料理って得意かい」
「あまり経験は無いですね・・・・・・。今度カレーでも作りませんか。先輩」
「面白そうだな。特別辛いやつを作ろう。マグマみたいな」
ええっ、と驚くエイヤフィヤトラを見て、ドクターは「冗談だよ」と笑う。真面目なエイヤフィヤトラはいつも良いリアクションをしてくれる。
しばらくして、二人は食べ終わったレトルトを空になった食パンの袋に詰め込み、バッグに入れた。山にゴミを残すのは良くない。マナーや環境保全の意味合いもあるが、野生動物が人間の食品の味や匂いを覚えると、人里に出没するようになる。特に熊は危険度が高い。基本的に『決まり事』という物は、先人達のリスクマネジメントに基づいている事が多い。衛生面の問題から発達したテーブルマナーなどがそうだ。
少し早い夕食を終えると、遠くの地平に太陽が隠れていくのが見えた。雪は消えゆく夕陽を受けて、冷たい溶岩のように紅く滾っていた。二人は、やがて紺色に光を失っていく空をぼんやりと眺めていた。不意にエイヤフィヤトラが呟く。
「どうしてかな・・・・・・。こんな時なのに、なんだかとても満たされた心地です。このまま、ずっとここに居てもいいくらいに」
そう言い終えて、エイヤフィヤトラがくしゃみをする。
「寒いかい。テントに戻ろう」
「ちょっとだけ。でももう少し空を見ていたくて、その」
ドクターは首を傾げる。エイヤフィヤトラが本当に小さな声で尋ねてきた。
「くっついてもいいですか。先輩・・・・・・」
ドクターは少し驚いたが、快く了承した。断熱性の高いアルミ貼りのブランケットを二人で羽織りながら、防水シートに腰を下ろす。
「時々思うんです。何も聞きたくない、何も考えたくないって」
「ああ。分かるよ」
エイヤフィヤトラが軽く微笑む。
「でも、誰かと居るのはやっぱり、楽しいです。みんな楽しく暮らせたらいいのにな・・・・・・」
ドクターは頷く。二人で静かに夜が訪れるのを眺めていると、不意にドクターの肩に重みがかかった。エイヤフィヤトラが寄りかかって眠っている。色々と気を張って疲れたのだろう。ドクターはなんとなく、エイヤフィヤトラの頭を撫でた。
「また、キャンプに行こうな」
そうして、ドクターはのんびりとロドスの救援を待つ間、子守唄を歌ってみることにした。