博士の異常な日常〜楽園ロドスより〜   作:シベリアの騎士

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星のお茶会

 

 夜、アステシアはロドスの甲板に上がっていた。折りたたみ式の小さなテーブルをベンチの前に設置し、ホットコーヒーを入れた保温水筒と天球儀を置く。そしてアタッシュケースから三脚と望遠鏡を取り出し、手早く組み立てた。こうしてゆっくり星を眺めながら過ごすのがアステシアの休日の過ごし方だ。とは言っても、夜通し星を眺めた後は日中をほぼ寝て過ごすので正確には休日前夜の過ごし方である。

 

 そうしていつものように彼女がくつろぎはじめ、しばらくした時だった。誰かがこちらに向かって歩いてくるのに気付く。青い髪をした天使、モスティマだ。彼女は軽く手を振り、にこやかに話しかけてきた。

 

「やあ、アステシア。もしお邪魔じゃなかったら私もご一緒していいかな。お土産もあるんだ」

 

 モスティマはお菓子の入った袋を軽く揺らす。なにやら砂糖菓子のようだ。アステシアはモスティマとあまり話したことはなかったが、快く誘いを受けた。

 

「ええ、こちらこそおもてなしは出来ないけれど、よかったら」

「とんでもない。それじゃお言葉に甘えて、隣失礼するよ」

 

 モスティマはベンチの空いたスペースに腰掛け、アステシアと同じように折りたたみ式のテーブルを置いた。そして、鞄からちょっとしたティーセットを並べる。小皿に先程の砂糖菓子をからころと散りばめ、アステシアに差し出した。

 

「あら、ありがとう。とっても素敵なお菓子ね。お星様みたい」

「金平糖って言うんだ。飽きの来ない甘さで美味しいんだよ」

 

 食べてみて、とモスティマに促され、アステシアは金平糖をひとつ口に入れた。ぽりぽりと噛み砕くと、優しい甘みとほんのりとした花の香りが広がる。

 

「とても美味しいわ。それにいい香りがする」

「花の蜜を使ってるらしいよ。私もよくは知らないんだけどね。旅先で買ったものなんだ」

「貴方はよく遠くに行っていると伺ってるわ。私はあまり旅に出たことはないから、少し羨ましいかも」

「星の話は出来ないけれど、地上の話には自信があるよ」 

 

 そうモスティマは微笑み、星空鑑賞の邪魔にならない程度にと前置きした上で旅の話を始めた。

 

「すごく大きな水溜まりとでも言うのかな、足首くらいまでの深さしかない、でもとっても広い湖があるんだ。そこは風もなくて、草木も存在しない静かな場所だった。天国ってこんな感じなのかなって一瞬思うくらいに寂しくて、美しい景色だった。昼は青空が、夜は星空が、足元から地平線まで湖の反射で映り込んでいて、空の中に立っているみたいなんだ」

「なんだか想像も出来ないわ。すごく行ってみたい」

「もしよかったら、この写真をどうぞ。データはあるからいくらでも現像できるしね」

 

 モスティマは鞄からアルバムを取り出し、二枚の写真を渡してきた。昼と夜の写真だ。確かに、天と地にそれぞれの空が広がっている幻想的な風景が切り取られている。

 

「ありがとう。本当に綺麗な風景ね・・・・・・。私もなにかお返しがしたいところだけど」

「いやいや、むしろこれは私の『お礼』だから気にしないで。実を言うとね、ずっとその天体望遠鏡という物に興味があったんだ。いつか見せてもらいたくて、こうしてお邪魔したっていうわけさ」

「いつだって歓迎するわ。色々と気遣って頂いてしまって申し訳ないわね」

「なにかしてもらうなら、それ相応の礼儀ってものがあるからね。まあ、私の自分ルールみたいなものだからお構いなく。ところで、望遠鏡はなにか見る時に注意しなくちゃならないことってある?」

「そうね。レンズを触らないことと、明るい物を見ないってことくらいかしら。月くらいまでなら大丈夫」

「分かった、ありがとう。じゃあ、ちょっと失礼して・・・・・・」

 

 アステシアが場所を空け、モスティマが望遠鏡を覗く。どうやら既に星が見えるようにセットされていたようで、視界に翡翠色の星が現れた。その星は二重の輪がかかっており、モスティマがおおっと声を上げる。

 

「輪がかかった星があるって噂には聞いたことあったけど、こんな風になってるんだねえ」

「その星は個人用望遠鏡で見える距離では最大の星なの。私は天災に星が関わってるんじゃないかと思って、色んな星を観察してはなにか手がかりがないか調べているのよ」

「なるほどね。確かに宇宙が関わっているとしたら、とても納得が行く」

 

 モスティマは礼を言って望遠鏡から離れた。アステシアは「でもね」とため息をついた。

 

「本当に見ないといけないのは、たぶん流れ星だと思うの」

「というと?」

「このテラの重力下に取り込まれた星が大気を掠めていく、その一瞬を本当は観測したいの。あんな風に離れた所で安定している星を見ても仕方ないんじゃないかって薄々気付いてはいるのよ」

「ふむ・・・・・・。それは大変そうだね」

「というか、不可能に近いわ。どれだけ高度な機材を用意したとしても、流れ星を見つけた瞬間にピントを合わせてゆっくり観察するなんて、夢みたいな話だもの」

 

 その言葉を聞いて、モスティマがなにやら考える。

 

「出来るかもしれないよ」

「えっ?」

「さすがに流れ星を見つけてから私がアーツを使ったんじゃ間に合わないけど、例えば流星群みたいにしばらく待ってればすぐ次の星が降るっていう状況ならなんとか」

「そ、それだわ! ぜひご協力をお願いしたい所だけど、どうお返しすればいいか・・・・・・。間違いなくあなたにしか出来ないことだもの」

 

 俯くアステシアにモスティマがうーんと唸る。特に対価を得ようとしていた訳ではないし、どちらかというと自分がゆっくり落ちる星を見たいだけだったからだ。ふとテーブルの上に目をやると、天球儀が目に入った。モスティマはなんとなくそれを指さす。

 

「あれってどこで買えるかとか、聞いてもいい?」

「その、大変申し訳ないのだけれど、天球儀は非売品で、作り方も企業秘密なの。ごめんなさい」

「聞いてみただけだから気にしないで。それに見返りなんていらないよ。その時私にもゆっくり落ちる星を見せてもらえれば充分だから」

「あ、それじゃあ望遠鏡をひとつ差し上げるってのはいかがかしら。その時並んで見ましょう」

「いいの? 願ったり叶ったりだよ。喜んで」

 

 そうして二人はまた次に会う約束をしてから、星を眺めることにした。次に会うのは星の降る夜。なんだかロマンチックな響きだ。アステシアがふとモスティマに訊ねる。

 

「貴方には、好きな物ってある?」

「もちろんさ」

「じゃあ、大切な物は?」

 

 モスティマはきょとんとしたあと、困ったように微笑んだ。

 

「どうだろ。思い付かないな」

「・・・・・・探している途中なのね」

「そうかも。いや、どうかな。大切な物を作るのを恐れているかもしれない」

「大切な物は、必ずしも貴方のものである必要はないと思うわ。私にとってのこの星々のように」

 

 アステシアが空を見上げる。

 

「私にはもう星の声が聞こえなくなってしまった。でも、星はいつもあそこにある。それだけでいいの」

「私の大切なものは・・・・・・もう無いんだ」

「・・・・・・」

「星が無数にあっても、私達にとってテラがひとつしかないように。どうしようもないものをなくしちゃったんだ。時間は戻らない。落ちた星に願いなんて届かない」

 

 モスティマは金平糖をひとつ噛んだ。しばらくしてアステシアが口を開く。

 

「ごめんなさい。深く訊ね過ぎたかもしれない」

「私が勝手に話しただけさ。おしゃべりだからね。むしろ聞いてくれてありがとう。あまりこういうこと話す相手が居なかったから」

 

 アステシアは頷き、コーヒーを少し飲んだ。温かくて、苦い。突然モスティマが悪戯っぽく「ねえねえ」と声を掛けてくる。

 

「アステシアは好きな人とか居る?」

「ええっ!?」

 

 あまりにも動揺するアステシアを見て、モスティマは笑い出す。

 

「驚きすぎだよ。なんでそんなにうろたえるのさ」

「その、恋愛とか考えたこともなくて、その」

「ごめんごめん、ちょっとからかいすぎたかも」

「もうっ」

 

 漫画だったら頬をぷーっと膨らませてるんだろうなとモスティマは想像し、余計におかしくなってしまう。ポケットの懐中時計が小さな鈴の音を立てた。日付が変わったらしい。そろそろおいとまする頃合いだと考え、片付けを始める。

 

「もう帰ってしまうの?」

「ああ、望遠鏡も見せてもらったし、たくさんお話も出来たからね。とりあえず今日はこの辺で」

「そう・・・・・・。またいつでもいらしてね。星の降る夜と言わずに」

「うん。ありがとう」

 

 モスティマを見送り、アステシアは手元の写真を見つめる。空に包まれるような写真。開放的すぎて、むしろ圧倒されるような閉塞感すら覚えそうだ。

 

「宇宙的ね。孤独すら感じるほどの世界。ここに寝そべったらどんな感じなのかしら」

 

 モスティマは何を求めて旅をしているのだろう。アステシアは旅に出たことはない。思ったより自分は何も知らず、星空は自分に何も残さなかった。彼女は何を得て、失ってきたのか。

 

「次に会ったら、好きな人が居るかどうか聞いてみよう。きっとはぐらかされるだろうけど」

 

 そんな他愛もない話を、あえて一番してみたい。アステシアは奇妙に童心が顔を覗かせてくるのを感じながら、流れ星を待ち侘びるのだった。

 

  

 

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