Wは食堂で昼食を摂っていた。あまり彼女は誰かと食事をすることは無かった。話すことも無いと思っていたし、話しかけられることも無いと思っていた。なにか話すことがあるとすれば基本、命のやりとりとハッピーなセットになる。
「お疲れ様。隣いいかしら」
「ふぇ?」
だからそんな声をかけられた彼女は、普段出さないような気の抜けた声を出してしまう。自然に隣に座ったサルカズの女、メテオリーテは気にした風もなくトレーのチャーハンを食べ始めた。今日は中華風の献立だった。
「・・・・・・なんか話でもあるの?」
「そういう訳じゃないけど。今日の私の訓練担当、あなただったから」
「あー」
Wは面倒くさそうに納得した。意外なことに彼女は与えられた仕事はきちんとこなしていた。時々怪訝に見られるが、決まってそんな時に彼女は「腐っても傭兵なのよ。あんた達のことはいつでも手伝うし、いつでも殺してあげる」などと言ってせせら笑う。
「嫌でも会うことになるんだから別に挨拶なんていらないんじゃない?」
「そうかしら。まあ、そういう考え方もあるかもね」
「・・・・・・」
変な虫を見る目で黙るWに気付き、メテオリーテが首を傾げた。
「もしかして、餃子嫌いなの?」
「へ?」
「いや、残ってるから」
「あんた、忙しいヤツね」
「初めて言われたわ。貰っていい?」
「ダメ」
「分かった」
別に餃子に執着など毛ほども無かったが、癪なのでWは冷たく断る。いつの間にか食べ終えたメテオリーテがやはり気にした風もなく両手を合わせ、立ち上がった。
「じゃ、午後からよろしくね。お先に」
悠然と歩いていくメテオリーテを唖然と見送り、Wはあることに気付いた。
「アイツ・・・・・・乳デカいわね」
※
ロドス訓練室。Wはあくびをしながらメテオリーテの射撃を見守っていた。メテオリーテがその様子を咎める。
「ちょっと、さっきから何も言ってくれないじゃない」
Wは目元を軽く拭いながら「あとであとで」と手を振る。正直、本当に何も言うことがなかった。メテオリーテの練度は相当なものだし、同じ面制圧を得意とする狙撃オペレーターとして全く不安がない。むしろ何を自分に教わりたいのか教えてくれという感じだ。
つつがなくメテオリーテの訓練メニューが終了した。VRランナーから降りながら、メテオリーテとリザルトを確認する。索敵速度、照準精度、火力指向点、全てトップクラスだ。Wは無言で機材の電源を落とす。
「ねえ、どうだったのよ」
「いいんじゃない? むしろ何が不安で訓練してんのよ。あんた、いかにもサルカズの傭兵じゃないの。ロドスのなんちゃって戦闘員とは訳が違うでしょ」
「いつだって不安なものよ。戦場で・・・・・・いえ、どこであろうと何が起きるかなんて分からないから」
「うーん、じゃあ格闘戦でもやればいいんじゃない? そこはあたしは専門外だから、その辺の剣振り回してるヤツらに聞いてね。んじゃ、おつかれ〜」
帰ろうとするWの肩を叩き、メテオリーテが微笑む。
「お風呂行きましょう。大浴場があるのよ」
「・・・・・・はぁ?」
いよいよWは混乱する。こいつ距離感がおかしい。過去に頭に矢でも受けたのだろうか。
「嫌よ、一人で入んなさいよ風呂くらい。背中でも流せって言うの?」
「流しっこするのもいいわね。手が届きにくくて」
「そらそんだけ胸デカけりゃ、ってそうじゃないのよ。とにかくイヤ。馴れ馴れしいんじゃない・・・・・・」
そこまで言ってWは言葉を止めた。メテオリーテがやけに深刻そうな顔をしていたからだ。やがて彼女はうんうんと頷く。
「ごめん、そうよね・・・・・・。傭兵だもの、そういう事もあるわよね」
「・・・・・・へ?」
「私としたことがデリカシーが無かったわ。反省しなきゃね。過去にそういう経験がある人の事を考慮してなかった。気を悪くしないでね。それじゃ・・・・・・」
「ちょ、ちょちょっと待って。なんか誤解してない!? 無いって、なにも無いって! あーもう分かったわよ入るわよ他のヤツらにある事ない事言うんじゃないわよマジで!?」
とことんペースを崩されながら、Wは気付けばメテオリーテの後を追っていた。
※
どうしてこんな事になったんだろう。Wは釈然としない顔でメテオリーテに背中を擦られていた。
「やっぱ傷が残っちゃうわよね〜。でもお肌すごく綺麗。すべすべしてる」
「ど〜も・・・・・・はあ」
時々背中に触れてくるメテオリーテの乳の圧がすごい。別段全く自分の身体や他人の身体の発育などに興味は無いが、シンプルにデカい。よくこんなわがままボディで走り回ってるなこいつ。
「じゃ、つぎ私の背中お願いしていいかしら」
「へいへい」
遠巻きにどこかのオペレーターがひそひそと話しているのが聞こえる。
「見て、Wがメテオリーテさんの背中洗ってる・・・・・・」
「何事なの・・・・・・明日は天災に遭うんじゃないかしら」
(あいつら明日殺す)
思わず力を込めて垢擦りタオルを動かしてしまい、メテオリーテが「いたた」と呻いた。
「そんなに力入れなくて大丈夫よ」
「ああ、うん」
身体を流し終えた二人は大きな浴槽に並んで浸かっていた。髪を頭の上に纏めたメテオリーテを流し見ながら、Wは慣れない湯の感覚に身を任せていた。
「どう、お風呂も悪くないでしょ。龍門の文化を取り入れたそうよ」
「・・・・・・まあ、そうね」
「どしたの、なんか虚ろだけど。具合悪いの?」
「なんか疲れたのは間違いないわ・・・・・・」
Wは顔を手のひらで拭う。メテオリーテは屈託無く「あはは」と笑った。
「あなたでも疲れるのね」
「なんだと思ってんのよ」
「ごめんごめん」
「てかさ、なんであんたそんなに楽しそうなのよ。あんただって色々あったんでしょうが」
「うーん、何が起こるかは分からないけど、『なんとかなる』って分かったからかもね」
「そりゃそうよ。何ともならなかったら今頃ぽっくり逝ってるわ」
「その通り。だから・・・・・・悩むことなんてない」
そのどこか超然とした口調、柔らかな表情に、Wは何かを見た。それは光なのか、炎なのか、でも確かになんだか眩しかった。
「・・・・・・どうしたの。私、なんか付いてる?」
「ああいや」
Wはさも何でもなさそうに手を振り、空を仰いだ。
「乳、デカいな・・・・・・ってさ」
──おわり