桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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昔むかし、それはそれは昔の話。
どれくらい昔かというと、煙を出す蚊取り線香の仕事がコードに繋がれた電気蚊取り機器にまだ奪われていなかったころ。つまり、ここ数年前の話である。



蚊取り線香という線香がある。
除虫菊を原料の一つとした、虫除けを目的とした線香である。形は様々であったが、改良の結果渦巻き型に落ち着いたらしい。
それの一部に火を着け、線香を燃やす。線香からは煙が出る。その煙には除虫成分が含まれる。

夏の夜に耳元で聞こえる羽音。
ブーン…
ブーン…
姿が見えなくても、何処かにいる。ただでさえ蒸し暑く、眠れない夜。耳障りな音は精神を引っ掻くだろう。
小さな小さな吸血鬼が宙を飛ぶ。獲物に牙を突き立て、甘美な血を啜るために。

所謂、吸血鬼に対するニンニク臭が蚊に対する蚊取り線香だと思って欲しい。
間違っているかもしれないが、この話の主役は蚊取り線香ではなく、蚊取り線香を燃やすための容器として作られる彼らなのである。蚊取り線香についての知識など曖昧でいい。
そのように、蚊取りブタは言う。


お疲れ蚊取りブタ

蚊取り歴二十年。

小さな白い蚊取りブタは、今年もまたあつい夏を迎えようとしていた。

 

 

 

この蚊取りブタのことを、仮に白ブタと呼ぼう。

白ブタは陶器であった。しかし、陶器は白ブタではなかった。

 

陶器は割れる。いつかは壊れる。直しても直しても、いつかは直らなくなる。それが道具の寿命なのだ。

この白ブタは、今でこそブタの形をした蚊取りブタであるが、始めからブタの形をしていたわけではない。

以前は全く別の形と用途をしていた。それがある日、唐突にパリンと割れてしまった。寿命が尽きた瞬間だった。

直すこともできないそれは、四つの大きな欠片に別れた。

 

例えばの話なのであるが。

貴方は生まれかわりや転生を信じる方であろうか。

なあに。信じないなら信じないでその様に聞いてくれればいい。

白ブタも黙って蚊取りブタとしての働きをしてくれるだろう。

 

割れて四つの欠片になったそれは、四つの形を得て別々の道を辿ることとなった。それは魂がわかれたかのように、一つ一つ別の物語を歩み始めたのだ。

三つは割れた後、土へと還っていった。残りの一つは土に還る前に掬い上げられた。

この時既に欠片たちには魂が宿っていた。らしいと後に白ブタは語る。

 

「自分たちにはもともと大きな魂があったんだブタ」

 

最初の形は杯。つまり、カップであった。杯にはいつもとっぷりと酒が注がれる。それならば、誰のカップにも魂が宿るのか。いいや、そういうものでもない。

その杯は、神の元に捧げられる神聖なお神酒が常に注がれた。そして、それは恭しく奉納されるのである。

神が触れし道具。それが彼らであったのだ。

 

「神様が何度も触れば、流石に何かは宿るブタ」

 

白ブタは言う。

何年何十年、もしかしたら何百年と、その杯は神に捧げられた。丁寧に、丁寧に、扱われた。

人の手で作られ、信仰する神の為に浄めて注ぎ、神が手にして口にする。そのようなことが何度も何度も繰り返された。

丁寧に、丁寧に扱われた道具。

 

「でも、いつかは壊れるブタ」

 

だって、世界のどこを探したって、永遠なんて物はあり得ない。形を得てしまった以上、生まれた瞬間から制限時間が設けられる。それはこの世界のルールなのだ。

神様が創ったルールを破れるのは神様だけ。だから、人も動物も物もいつかは壊れる。

 

「だから、ブタたちは壊れたんだブタ」

 

杯は杯という物でしかない。

白ブタは自分が「物」であることをよく理解していた。

理解していたからこそ、このようなこともやすやすと言う。

 

「ヒトもモノも同じブタ」

 

人も物もいつかは壊れて、命が終わってしまうじゃないか。

白ブタは溜め息をつく。蚊取りブタではあるのだが。

 

「同じはずなのに、なんで物だけ自由に動けないんだブタ」

 

 

 

蚊取りブタであった。

砕けた四つの欠片の内、一つは再び物として再生された。砕けた破片を更に細かく砕いて、どこかの気まぐれな職人が次の新たな作品の中に混ぜ込んだのである。そうして生まれたのがこの蚊取りブタであった。

 

「ブタブタ」

 

そもそも、生き物の豚はこの様には鳴かない。表すならば、「ぶぅ」とでも言うのだろう。「ブタ」とは決して鳴かない。

白ブタは生き物の豚の真似をしているつもりなのである。

 

「あいつらはいいブタ。自分で動けるんだからなブタ」

 

再び物として生まれかわってしまった白ブタ。夏の夜は毎晩蚊を追い払う仕事に精を出す。

 

「あー、羨ましいブター」

 

動けない四つ足でしっかりと立ち、腹の中で渦を巻く線香を燃やし続ける。

 

 

 

夏の夜になると、その白い蚊取りブタからは忙しなく煙が立ち上る。

そして、毎回その煙を追って三匹の獣がやって来るのである。

物陰からタヌキとキツネとネコがひょこりと顔を出した。

 

今宵も砕かれたはずの四つの欠片が集まった。

結局、何度生まれ変わったとしても元は一つの魂である。何度でも、何度でも、探して集まって、一つになろうとするのである。

 

いつまでたっても小さな子ブタの形のままではあるが、白い蚊取りブタは何処かに置かれ続けるのだろうか。

かつて一つであった同胞たちは、産まれ、成長し、老いて、やがて死ぬ。それを物である蚊取りブタは目の前で見届けなくてはならない。

それが、土に還る前に掬われた一つの欠片の運命なのだ。

 

「ああ、早く自分も」

 

土に還りたい。彼らと同じように、いつぞやの主の下で眠りにつきたい。

白ブタは今日も溜め息とともに煙を吐き出す。

 

 

 

つい、と煙が細く空へと上っていった。




お疲れ様、蚊取りブタくん…

こぶた→たぬき→きつね→ねこ→こぶた
の謎繋がりで発生した話でした。
これまでの話の中に「タヌキ」「キツネ」「ネコ」は既に登場しています。
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