桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号21番「狐狸霧中」夜見世①

今宵も眠れぬ丑三つ時。毎夜毎夜、闇と共に暑い夜がやって来る。

眠れぬならば、いっそ何処かをさ迷い歩こうか。帰る道さえ忘れて、何処かへいってしまおうか。

 

 

 

夏になると夜が長い。暑さで眠りが浅くなり、意識が起きている時間が長くなるから。私はそう思う。

夢の中の時間より現実にいる時間の方が長く感じないだろうか。夢の中には時計はない。底の抜けた砂時計がくるくる回り、時間の感覚を狂わせているのではと思うほどである。

 

くるくるサラサラくるくるサラサラ

 

夢の中の時間は流れる。水のように、あっという間に流れていってしまう。

現実は時計の針が正確に時間を刻み続けるものだ。カチ、カチ、と、刻むものは命の時間。心臓が動くものと似ている気がする。

 

カチカチカチカチチクタクチクタク

 

つまり、夢の中に入れない夜は長い。それだけのことである。

 

 

 

そうだ。ある友人の話をしよう。

彼はある夏の夜、ふらりと出かけて帰ってこなかった。その話をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

ある夏の夜。今日のように暑い夜である。暑くて暑くて、眠ることもできない熱帯夜。冷房の効きが悪かったのか、彼はどうしても眠れない。

穏やかな音楽を聴いてみた。冷やしたタオルで体を冷まそうとした。何度も何度も冷房の様子を見てみた。

しかし、どうしても眠れない。

彼はちょっとだけと思い、外を出歩くことにした。手拭い一枚に小銭入れ。それだけをポケットに押込み、彼は部屋を出た。

 

 

 

空は満月で、蛙の鳴き声が五月蝿く木霊していた。

ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

蛙はとても鳴いていた。昼の蝉のようにそれはそれは鳴いていた。

彼は意味もなく夏の夜の中を歩いた。とても蒸し暑い夜だった。

 

 

 

自動車も自動二輪も道路を滅多に走らない時間だった。自転車は通りすぎるかもしれない。しかし、それも彼と同じように眠れない人の暇潰しである。

彼は自分のためだけに用意されたかのような、長く伸びる道を行った。

部屋に敷く布団の上で過ごしていた時よりずっと時間が速く感じられた。ただし、周りの暑さだけは変わらなかった。

彼は何も考えずに歩いた。時に空の星座を見て、時に真ん丸な月を見つめながら歩き続けた。

 

 

 

辿り着いたのは寺に程近い場所にある公園だった。

遊具が風に揺られて金切り声を呟いた。電灯がチカチカと瞬いた。

誰もいない公園だった。誰もいるはずのない時間の公園だった。

ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

カエルが鳴いている。カエルだけが鳴いていた。

彼はなんとなく公園の入り口までやって来た。帰ろうと振り返った時である。

 

「もし、そこのお方」

 

背後より彼は声をかけられたというではないか。誰もいないはず。気のせいかと思いながらも、彼は去ることができない。足が進まない。暑い空気がねっとりと首を舐める。

 

「もし、そこのお方」

 

もう一度、彼は背後の何かから声をかけられる。

しまった、これはもう逃げられない。ならばいっそ、振り返ってしまおうか。彼は振り返った。

 

振り返ってしまったのでございます。

 

振り返ること自体は悪くはない。声をかけられたのならば応えるのも悪いことではない。

不運だったのは、彼がそれと視線を合わせてしまったことである。

視線が合う、交わるということは、互いに互いを認識するということだ。彼は何を見てしまったのか。何を見て何が其処にあると認識してしまったのか。

 

見ています。見ていますぞ。私めはあなたをよぅく見ておりますぞ。

 

気のせいだと思ったのなら、暑さで気が狂ったと思い込むこともできたのである。しかし彼は素直に受け入れてしまった。それと相対し、目の前にあると頭が受け入れてしまったのである。

 

 

 

 

さて、其処には何もあるはずがなかった。深夜の丑三つ時。誰もいるはずがなかった。

時間は再びゆっくりと時を刻み始めたように彼は感じた。先程までの流れるような時間はなんだったのかと感じるほどである。

 

チク、タク、チク、タク

 

なんとそこには、一台の屋台が居るではないか。祭りなどで見る、あの夜店である。

 

「どうぞご覧なさってくだせぃ」

 

金魚の形を模した飴細工。真っ赤な林檎をこれまた真っ赤な飴で閉じ込めたりんご飴。ふわふわの綿菓子。キラキラ光りそうな金平糖たち。水に浮かべられた水風船。金色の箱に入ったチョコレート。鈴の形に焼かれたコロリと鳴りそうな焼き菓子。

どれも懐かしい顔ぶれであった。

 

チク、タク、チク、タク

 

彼はじっと覗きこんだ。幼い頃の記憶を紐解き、過去へと戻った。

 

 

 

長い長い夜だった。

 

 

 

彼は朝がやって来ても帰ってくることはなかった。どこを探しても、彼を見つけることはできなかった。彼だったものさえ見つけることはできなかった。

 

 

 

彼は何処へ?

 

 

 

 

 

 

その店がなんだったのか、わかるはずもないでしょう。あるはずもない店なのですから。

ただ、これだけは確かに言えましょう。

ふらりと夜に出かける時には、帰るつもりの場所が必要なのです。特に、その熱帯夜のように暑さで頭がぼんやりしている時などなおさらでございます。

彼は何処にいってしまったのでしょうか。

 

始めから言ったでしょう?

あるはずもない道を通り、あるはずもない店に辿り着く。そこはあるはずもない世界なのです。

彼は戻ってきません。

店の主にでも化かされたのでしょう。夢でも、見させられたのでしょう。

 

そんな、夏の夜の話でございます。

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