ここに一枚の絵画があります。御覧いただけたでしょうか。
何の変哲もない、無名の絵画でございます。
描かれているのは一人の老婆。腰から上を描かれた彼女は、決して美人とは言えないでしょう。深い皺をいくつも肌に刻んだ彼女もまた、どこの誰かとも知られぬ女性でございます。
この絵の特徴は、強いて言えば鮮やかな色彩とでも言いましょうか。いえ、線の柔らかさ? 背景の繊細さ?
どれも違います。
この絵には特徴などありません。上手くもなく、かといって下手でもない。ただ、一人の老婆がわらう。そんな絵なのです。
いかがでしょうか。この絵を譲り受けてみる気はございますでしょうか。
描いた作者は不明。描かれた女性も不明。描かれた年も、場所も、何もかもが不明。しかしなぜか、誰の手元にあったのかは知られているのです。
始めはイタリア、次にフランス、イギリス、アメリカ、中国を渡ってロシアへ。世界各地を巡って、今ここにあるのです。どうです。運命の様なものを感じませんか? 感じませんか。
いえ、いいのです。
なぜその様に世界を巡ったか。その理由は単純に持ち主がいなくなったからであります。
持ち主であった人たちには共通点がありました。時代も年齢も場所も違ってはいましたが、全員女性だったのです。
そう、女性だったのですよ。私や、貴女のように。
どういう経緯を辿ってか、この絵は彼女らの元へと辿り着いたのです。きっと大切に飾られ、毎日彼女らの視線をこの老婆は受け止めたのでしょう。
ええ、私もこのように飾っております。
私はもともと、絵画などには興味ありませんでした。しかし、知人の女性にしつこく勧められ手元に置くこととなったのでございます。
もしかしたらそれまでの持ち主たちも同じように些細な理由でこれを手にしたのかもしれません。
私も初めは興味もなかった絵なのですが、せっかくなので飾ることにしました。毎日毎日、この絵は飾られ続けました。ほら、埃など積もってはいないでしょう? ちゃんと飾ってあったのです。飾ってはあったのです。
ですが、興味はない絵。
ちゃんと観賞する機会などありませんでした。絵の正面に立って、じっくりとこの老婆を見る時間などあり得なかったのです。
ところで、どうです。この絵、貴女の部屋に飾ってみたくはありませんか?
ああ、嫌ならいいのですよ!
はあ。そうですよね。
押し売りではありません。押し付けでは、ありますよね。
それなりに気に入ってはいるのですよ。
ただ、気になることがあります。
以前までの持ち主ははっきりしているのです。その理由は、持ち主となった女性全員が行方不明となっているためです。事件性を危惧してか、警察に届け出れば資料が作られる。
しかも、大抵は絵を譲り受けた女性が届け出る。私へこの絵を贈った知人も行方不明となりました。
最近、視線を感じるのです。それも痛々しいほど鋭い視線を、すぐ近くから。
この絵が嫌いというわけではないのです。ですが、この老婆が笑っているのを見ると不安になるのです。
自分もいつか、それまでの女性たちと同じような末路を辿るのではないのかと。
お願いします。どうか、どうかこの絵画をもらっていただけないでしょうか。
私から彼女を引き離してもらいたいのです。
そう言った彼女は、私に絵を手渡す前に行方不明となった。
今、私の目の前で老婆の絵が笑っている。貴女は知っているの? 彼女が何処へいったのか。
ただの知り合いであった彼女が行方不明となって一週間が経とうとしていた。彼女は見つからない。
彼女は何処へ行ってしまったの? あんなに絵を押し付けようとしていたのに。
彼女が最後に渡そうとしていた絵画は、今私の目の前にある。
一人の老婆が、私の目の前で笑っている。
一体、この絵がなんだというの?
上手くもないし下手でもない絵画。このくらいだったらどこでも見つけられる。そんなレベルの絵画。
この絵に何があるっていうの?
私は毎日その絵を見た。絵にはそこそこ興味があったから。
知り合いだった彼女は戻らない。
ある日、ふと気づいた。
この老婆は、椅子に座っているのだと。
絵画には老婆の上半分しか描かれていない。でも何故か彼女は座っている。そう、思った。
絵の中の老婆は笑っているだけだった。
ただ、その目が。
その、目が?
下を、見ている?
老婆が、嗤っていた。
コンドハ、アナタネ。
都内で女性が行方不明となる事件が相次いで発生しているようだ。
行方不明となった女性の手元からは、一枚の絵画が消えていた。
今、老婆はどこでわらっているのだろうか。
老婆の足下からは、行方不明となったはずの女性たちの悲鳴が聞こえていた。