あのビョーキたち。
『コレクター』
ねえ、知ってるかい? あのビョーキたち。
ごきげんよう。みなさん、お加減はいかがかな?
さて、近頃妙な病気たちが流行っているようだね。
なになに? 小言病に人魚症、伝染性吐血症だと? 聞いたことがない病気たちだね。
ぼくはね。これでも医者なんだ。
まあ、俗に言う闇医者というものなんだが。
何年も前に免許を剥奪されてしまった。それからは治療というものは一切行っていない。
治療は、ね。
研究は変わらず続けているんだ。現役だった頃からの研究テーマは変えていない。
簡単に言えば、未だ未解明となっている病のプロセスを解明するということだな。
わかるかい? プロセス。過程だ。
どのように発症して、症状が進行して、重症化し、最終的にどうなるか。
ぼくが知りたいのはそれだけだ。
真っ当な医者だと思うかい?
どうやらそうではないらしいのだよ。残念だがね。
未知の病のプロセスを知れば対処方法だってわかるだろう。ワクチンだって作れるかもしれない。
まあ、どれもぼくの興味を掻き立てるものではない。
いくつかの病のワクチン製造には携わったこともあるさ。論文だって出した。医者としてちゃんと働いていたさ。
だって、そうしていた方がぼくの研究材料を手に入れやすくなるからね。
さて諸君。
そろそろぼくのコレクションを御覧いただこうではないか。
何の変哲もないこの扉の向こうに、ぼくの集めてきた研究材料たち。サンプルが揃っている。
どれもぼくのコレクションたちだ。
驚かないでくれたまえ。
まずはあの小さな檻の中にいる、ああ君たちは小言病を知っていたね。
そう、そのサンプルだ。
どうも背後に何かしらの気配を感じるようで、広い場所へ移すと酷く怯える。容器も限りがあるから、結局あの大きさに落ち着いたのさ。
電気を消すと、どうも言葉数が多くなるらしい。他者の存在を認識すれば落ち着くようだね。
だからぼくは普段、消灯するようにしているよ。
同じ病の他のサンプルの頭部を解剖したことがあるけど、異常は見られなかった。
精神的な病なのかな。
これはまだ、『ビョーキ』の区分の範囲内だ。
次は、おっと。あれはそろそろ産まれそうだな。
何がって? 人魚さ。
人魚症のサンプルは数を特に多く持っているんだ。症状の進行速度が特に速いからね。
だからこうして、失礼。よっと。
出産前に冷凍するようにしているんだ。人魚症の特徴として、冷凍すれば症状の進行が止まるというのをぼくは発見した。止まるだけで治るわけではないがね。
このビョーキの原因は寄生虫だ。知られていないのは、その寄生虫がどのようにして孕ませ人魚を産ませているか。いや、実際は排出に近いものなのかもしれない。
しかし面白い。
解剖したところ、人魚にはヒトとほぼ同じ臓器が出来上がっていた。逆に産んだ方には全くない。症状の進行に伴って胎内で何が起きているのか。これは解剖のしがいがある。
寄生虫の方は全てホルマリン漬けだ。試験管一本で事足りる。
さて、その一画にあるカプセルなのだが。つい最近手に入れたばかりでね。まだ新鮮だから時々動くかもしれない。
起こさないように注意してくれたまえ。
私がやっと入手できた貴重なサンプルなのだよ。病名は伝染性吐血症。感染経路は水、血液だ。
大元の原因が何処にあるのか、そんなことはぼくには関係ない。調べるのは警察や国の仕事だろう?
それとも、知られたくない原因が何処かにあるのかね。
ぼくはこのサンプルの血液を事細かに検査するよ。だがそれまでだ。
既にワクチンは完成しているらしいが、どうやって作ったのかなんて企業は公開しない。
このサンプルはもう助からないんだ。
それを見越して関係者はぼくにこれを譲ったのだからね。最後の血液一滴まで有効に使わせてもらうとするよ。
君が知っているビョーキはこの三つでよかったかね?
では、最後にぼくのコレクションを紹介しよう。
今までのは何だったのかって? あれらはサンプル。献体さ。
コレクションは部屋の一番奥の棚。
ごらん。見事だろう?
目玉に耳に心臓、臓器の一部、指の一本、脳に皮膚の切れ端。
全て、ぼくの友人たちだ。
殺したのかって?
いいや、彼らはみんな自ら献体となったのさ。
ぼくを『コレクター』と呼んだかつての同僚たちは、ビョーキを解明するために進んで感染し、発症していった。
ぼくは、彼らを新鮮なうちに。つまりね。生きたまま解剖した。
彼らはぼくを信用していたよ。ぼくには無限の時間があったからね。
わかるだろう?
この薄暗い部屋の中でも見えるだろう?
ぼくのかかっているビョーキは『吸血不老症』。所謂、吸血鬼さ。
ぼくの体の成長は十代の始めで止まってしまった。
喉が渇く。腹は減らない。血が欲しい。喉が、ただただ渇くんだ。
ぼくは、輸血用のパックを食事にした。あれは清潔な血液だよ。
戦争中は大変だったな。
眼が赤いから、色眼鏡は手放せない。
入り口に指輪をした細い手があっただろう。あれは、ぼくの伴侶さ。
あの子だけが、ぼくの伴侶なのさ。
これからも。
あの子は、『人魚病』だった。『人魚症』ではないよ。『人魚病』。ぼくらの仲間内では、そう呼んでいた。
所謂奇形児だ。両足がくっついて一本になっていた。だから、人魚の尾びれのように見えた。当時はそういう子がたくさんいたんだよ。
ぼくは彼らの、大切なヒトたちを解剖したあと一部だけを残した。そうして部屋の奥の棚に並べたんだ。
ああやって。
大切に、ね。
献体のサンプルはサンプルでしかないよ。治る見込みのある病気なら、ああやってわざわざ解剖したりしない。サンプルは治らないサンプルなのさ。
だから別に敬意を抱いたりなんかしないで、物としてぼくは扱う。
解剖しきって、結果が出て、成果が出るからこそ。
ぼくは別の棚にカルテと一緒に一部だけを並べるんだ。
ありがとう、参考になったよ。ってね。
ちょっと扱いが雑かな? さすがに麻酔はかけた方がいい? いや、やっぱり保存用として使用する防腐剤に金はかけた方がいいんじゃないかな。症状で既に苦しんでいるんだからさ、今さらメスが体に食い込む痛みなんてなんでもないって。まだ生きてる状態で捌くのが解剖として一番いいんだよ、きっと。
ああ、ほら。
うるさくしたから小言病の子が騒ぎ始めた。やっぱり鼓膜は破いといた方がいいかな。
それでも何か聞こえるなら、神経系の異常だ。
とりあえず鎮静剤だな。
さあ、そろそろ時間だ。
週に一度やって来る、肉を処理してくれる知人がベルを鳴らす頃だ。
『狂犬症』の彼が喜ぶ量を今回は捌けたからね。狼男なんだから、たまには自分で狩ってみろとも思うけど、昔とは情勢が違う。満月の夜以外は、彼もおとなしくしているだろう。
君も彼に会ってみるかい?
遠慮しなくていいんだよ。
だって君もぼくたちの仲間
『 病』というビョーキ持ちなんだろう?
ぼくにはわかるよ。
誰だって、目に見えないビョーキを抱えているんだろう。
目に見えないビョーキはやがて芽を出し、明らかな症状となって身を蝕む。薬なんて存在しないよ。
原因という種さえ姿を見せないのだから、枯らすことなどできやしない。
でも、そんなのいいじゃないか。
誰だっていつかは死ぬんだから。
あなたはどれを知っていた?