桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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その下に「アイ マスク」

いつだったか世界規模の感染症が流行ったことがあったよね。覚えてる? 覚えてるよね。あれで亡くなった人、たくさんいたんだもん。もちろん今だって後遺症で苦しんでる人たちがいる。

誰が悪いとか、そんなのないよ。でもいつだって不幸なことがあると誰かのせいにしたくなる。楽になりたくなっちゃうの。

本当に苦しいのはいなくなっちゃった人たちなのにね。

 

 

 

こんなんじゃなかった。こんなはずじゃなかった。

 

こんなつもりじゃなかった。

 

 

 

そう思い残しながら逝くのって、辛いよね。

 

 

 

火葬して燃えた煙が空へ昇っていくのを見るたびに私はそう思う。

 

 

 

あっけないって思う? 残された人の方が後が大変だ?

そうだよ。大変だよ。辛いよ。苦しいよ。でもそんなのは生きているから感じること。

人は苦しみながら生きていくの。苦しまなきゃいけないってことじゃない。

味を感じられるってことは、美味しいものも不味いものも味わうことができるってこと。味を感じられる心があるってこと。

生きてるよ。苦しんでるあなたも、私も、生きてる。苦しみが解るから生きてるって言えるんだ。きっとね。

 

 

 

 

 

 

さて、その感染症がまだまだ猛威を振るっていた全盛期の頃。生きている人、生きていたい人たちは物理的に苦しかった。

感染症の原因のウィルスは人から人に伝染するものだった。汚染された水とか、奇妙な寄生虫が原因ってわけじゃない。もっと簡単なもの。人が原因だった。

例えば風邪とかインフルエンザ。そう言えばわかるよね。そのウィルスは咳とかくしゃみの飛沫で伝染した。詳しく言えばもっといろんな要因があるよ。でもそんなの知識もろくにない私みたいな一般人が聞いたとこで理解できないよ。

ざっくり言って、マスクをしましょう。そういうことだった。

 

私たちはマスクをした。人と人が近づきすぎないように壁を作った。

いつの間にかワクチンもできて、それは治まっていった。

 

 

 

 

 

 

まあ、そういう話。

感染症が治まるまではずっとマスクに頼りっぱなしだった。でもなかったらもっと酷いことになっていた。

ありがとう! マスクさん!!

助かったよ! マスクさん!!

 

 

 

 

 

 

そのマスクじゃないんですー。

口と鼻を隠すあれでも、眠るときに着けたいあれでもないんですー。

 

 

 

確かにあのマスクにもお世話になった。大変大変お世話になった。

でも私が言いたいのはそのマスクじゃないのよ、これが。

 

 

 

マスクっていうのはそもそもは「覆うもの」っていう意味。仮面って言ったら通じるかな。

仮面を着けたパーティー、仮面舞踏会。あれはマスカレード。偽りの仮面を被ってかりそめの一夜を楽しむ男女。ロマンチックだなぁ。

真実と本音を覆い隠すアイテム。それがマスク。

 

私たちが感染症防止のために着け続けたのは目元から下、口元を覆うマスクだった。だから、表情が見えにくくなった。それに、声が聴こえにくくなった。

この人、目元は笑ってるけど本当に笑ってるの? 声が聞こえにくいから伝えることを疎かにしてない?

顔の下半分はマスクで覆われて全く見えない。見えないならなくてもいい。聞こえないなら言わなくていい。そんな風に、思ったりしてなかった?

目元を覆うマスクだって同じだよ。目は口ほどに物を言うらしいね。感情が目に表れるの。

口から上が隠れるだけで感情のどれだけが相手から見えなくなるんだろう。それとも、見せたくないのかな?

 

人と付き合うことは簡単だとは思わないよ。面倒なことだって多いし、難しい。伝えたいことがうまく伝わらないとイラつくし、逆に伝わらなくてもいいことが相手に伝わっちゃうとこれもまた面倒。

だからね、ほら。こうやって顔を隠すの。何を考えてるかわかんないように。

 

両手で顔を覆うの。

見せたくない。見ないで。見るな。見るな!

それは自分を守るための行動。どうしようもなくなって、外の世界を強く拒絶してる。

目を隠すの。

目の前の現実を見たくない。自分を見られたくない。自分を見る相手を見たくない。

それは逃避の行動。視界を閉じて、世界から孤立したい。

口を隠すの。

言いたくない。聞かれたくない。

口からものが出ないように、強く押さえるの。言いたくなくてもなにかは勝手に外へ出ようとする。それをもう一度飲み込むために、口を隠すの。飲み込む口の形さえ見せたくないから。

 

私たちは、マスクに助けられていたんだよ。「マスクを着けなければいけない」っていう理由が世間で一般的になった。

だから、顔を隠すことが当たり前になったの。楽になった、かな。

相手の顔色を伺わなくても済むっていうのかな。ご機嫌取りで作り笑顔をしなくてもいい。辛いときに無理矢理笑わなくてもいい。

無表情でいられる時間が、私たちには多くなった。そう思うんだ。だって、隠してくれる「マスク」っていうフィルターが助けてくれるんだもん。

マスクは覆う物。隠して当然の物。

「私は隠しています」ってみんなが顔に出せるのは、今の時代に必要なことだったんだね。

 

 

 

じゃあ、マスクを着けなくてもよかった時は? マスクが状況的に重要じゃなかった時。

その時だって、みんなマスクを顔に着けてたんだよ。見えないマスク。まさに仮面って言ってもいいもの。

表情だよ。それも意図的に作り出した表情。

接客業で怒ったり泣いたりしないでしょ? どんな嫌なことがあったって笑っていなきゃ商売にならない。それがお仕事なんだもん。

家の雰囲気を壊したくないから家族の中で誰かは自分を殺さなきゃいけない。笑って自分の意思を曲げ続けてる。そんな人、あなたじゃない? 学校でも、職場でもそうだよ。

 

笑ってさえいれば悪い方には滅多に行かない。そう。それが仮面なんだ。

笑った顔をした誰かの仮面。自分の本当の顔じゃない、偽りのマスク。物じゃない、見えないマスク。

 

 

 

かなりの人がそんなものを顔に張り付かせていた。でも悪いものじゃない。なければ自分が保てない。自分の心を守ることができない。

だから、私たちはにっこり笑ったマスクを着けるの。死ぬまで着け続けるの。

 

 

 

 

 

 

火葬される直前の、人の死に顔を見たことがある。

その人はいつも笑っていた人だった。私も笑顔になった。みんなもそうだった。そうだと思っていた。

死んで冷たくなって、棺の中で眠るその人の顔を見た時に、私は理解した。

 

マスクは死後の世界には持っていけないものなんだって。

 

笑顔っていうマスクを外したその人の顔は、ずっと無理をしていたんだな。そう感じずにはいられない本当の表情を示していた。

 

 

 

泣いていた?

怒っていた?

 

 

 

マスクの下で、本当のあなたはどんな顔をしているの?

 

 

 

 

 

 

鏡を見てみて。今、目の前の鏡を見てみて。

死ぬ前に一度でいい。あなたの本当の気持ちと向き合ってみて。

マスクをしていない、何にも覆われていないあなたと向き合ってみて。

 

 

 

死んで失ってからじゃ、何もかもが遅いんだよ。




私は、笑顔を顔に張り付かせながら、そう言った。
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