するでしょ?
手が触れた時、ドキッとする。
前触れもなく唐突に触れた瞬間、まるで静電気が走ったように、まるで火花が散ったように衝撃を感じる。それは体のどの部分でもそうだというわけではなく、手の、それも指の先に触れたからドキッとするのだと感じる。
ほら、あなたにもあるだろう?
胸がドキッと跳ねるあの瞬間。
指先が、
ふっ
と触れたあの瞬間。
胸がドキッとする。そうだろう?
誰だって覚えのある感覚だ。
そして、ドキッとした瞬間の後にその『ドキッ』が何処から来たのか。それを探す人もいるのではないだろうか。
気になるだろう? 気になってしまうだろう?
その時、あなたの胸はドキドキと高鳴っている。
『ドキッ』は『ドキドキ』の始まりの合図。何かが始まる予感の音なのだ。
ドキドキ
炎が燃え始めたように胸は高鳴る。叩かれたように鼓動はどんどん速くなる。
ドキドキ
ドキドキ
その『ドキドキ』は何処にあるのだろうか。
何かに触れた時、胸はドキドキする。そのドキドキの元はすぐ近くにある。
ドキドキしている心臓。
ドキドキしている心。
そして、ドキドキさせる何か。
きっかけを与えることで胸はドキドキを始める。何故『ドキッ』で終わらずに『ドキドキ』が続くのか。
それはドキドキさせているものが近くにあるからである。ほら、あなたのすぐそばにもいるだろう?
わからないのなら、手を伸ばしてみればいい。そうすればきっと思い出すはずだ。
こんなものはどうだろう。
何年も昔に書いた手紙。初恋の人に贈りたいと何夜も考えて書いた力作は、結局渡せずに仕舞われたまま。
出来がとてつもなく悪かったテストの答案。珍回答の書かれた紙は黒歴史になる前に抹消したはずだったのに。
何週間も前に配られた学校からの便り。自分には関係がないと丸めて丁寧に鞄の底へ。洗わずに放置した弁当箱と一緒に発見されるのも時間の問題だ。
こんなものはどうだろう。
なくしたはずのお小遣い。意外と大金。どうしよう、何に使おう、ワクワクを通り越して大興奮。貯金になんてするもんか。
机の引き出しの奥深く。出てくる出てくる無限に出てくる筆記用具の数々。忘れたはずのどうでもいいことが恐ろしいほど無限に湧いて出てくる。
ほら、ドキドキするだろう?
おや、しない?
ではこんなものはどうだろう?
机の下。
棚と床の微かな隙間。
そこには黒い空間が広がっている。
何か落とした。
しまった、そこに入ってしまった。
取らなくては。
そこに、手を、入れなくては。
よくあることだろう?
黒い空間はよく見えない。
何かがあるかもしれない。何かがいるかもしれない。でも見えない。
取らなくては。手を伸ばして、触れなくては。
黒くて暗くて狭いわずかな隙間。
そこに手を突っ込んだ時。
ドキドキ、するだろう?
別に何かがあるということではない。ただ、「あるかもしれない」「いるかもしれない」という可能性がそこには転がっている。
見えない場所には、特にそれらが転がっている。
手を突っ込んだ時、もし何かに触れたら、触れてしまったら、ドキッとするだろう?
何かわからないものに触れてしまった。「触れた」ではなく、思いがけず「触れてしまった」という状況は胸をドキッとさせるものだ。
そしてあなたは考える。
「今触れてしまったものは何なのだろうか」
何なのだろうか。
物かもしれない。
生き物かもしれない。少し嫌だな。
では、あるはずもいるはずもないモノだとしたら?
あなたは考える。想像する。
暗闇に入った指先から感じ取ろうとする。
触れたものが何なのか、あなたは想像する。
考える。考える。考える。
実際そこにいるかいないかは関係ないのだ。ただ「かもしれない」ということが燃料となって胸をドキドキと燃やす。不安が、恐怖が、好奇心が、あなたの胸をドキドキさせる。
ドキドキ
どきどき
ドキドキ
どきどき
ふと触れたものがあなたの胸をドキドキさせる。それは特別なものだろうか。それは違う。
いつだってそれらは何処にでも転がっているようなありきたりのものばかりだ。では何故それらはあなたの胸をドキドキさせるのか。
あなたは知っているのではないだろうか。
ふとした瞬間、ドキッとする。触れてしまった。
次の瞬間、あなたはそれに魅了される。触れてしまったそれは、あなたの手を掴み、握り。
何処かへ引き摺り込もうとする。
ほら。
ドキドキするだろう?
ドキドキ、しているだろう?
おや、していない。
それは残念。
こんなものはどうでしょう。
一人きりのコンビニ
誰かいる? 誰もいない?
一人きりのコンビニ
ふと、いつもの店内放送が途切れる
ザッ…ザザッ…
誰もいないはずのコンビニ
私しかいないはずのコンビニ
でも
何処かに何かの気配がする
何処かに誰かの気配がする
どこから? どこから
棚の下から。倉庫の方から。トイレから。事務所の方から。
誰もいないのに入店音
誰も来ないのに扉が開く
なんで? なんで
この店、きっとなにかがある
誰かいますか? 誰もいない
いるはずないのに声が聴こえる
子どもの笑い声
老人の呻き声
若者の怒号
それに それに
私の名前を呼ぶ声
知ってるあなたの助けを呼ぶ声
誰もいないのに
どうして
なんで
何かと何かの間には、暗くて黒い闇が挟まっている
何処かへ通じるクライ穴
気になる キニナル
コッチヘオイデと誰かが手を招く
あなたはだぁれ
笑い声だけが聴こえてくる
暗闇に手を伸ばすのは怖い
手を引っ張られる気がするから
胸がどきどきする
こんな風にあなたも一人で思っていたの?
いなくなってしまったあなたは今何処に
暗闇には手を伸ばしてはいけない
何かが自分を連れ去ってしまう気がするから
胸がどきどきする
痛いくらいにどきどきする
こんな風にあなたも一人で怯えていたの?
いなくなってしまったあなたは今何処に
手を出してはいけない
そんな暗闇を振り切った
油断した先は奈落の闇
机の下にはぽっかり開いた闇の口
椅子に座ればどうなるか
考えもしないで座ったら
『みぃつけた』
そこには誰もいないはず
いないはずのなにかがそこには巣食ってた
引き摺り込まれた
もうだめだ
助けて タスケテ
誰かたすけて
悲鳴さえ呑み込む暗闇が
今日も何処かで待っている
誰もいなくなった
一人きりの夜のコンビニ
こんな話はどうでしょう。
ドキドキ、するでしょ?
しない?
それは残念。
今度はあなたの番ですよ。
心臓が張り裂けるくらいドキドキどきどきする話、私たちに聴かせてください。
ドキドキするっていうことは、ドキドキできる心臓がまだ動いているっていうことなんです。まだ、生きているっていうことなんです。
それとね。ドキドキできる、ドキドキを感じることができる心がまだあるっていうことなんです。
ほら、ドキドキって色んな種類があるでしょ?
そのどれもが生きてるっていう証なんです。自分がまだここにいるっていう証なんです。
もし体が死んでもドキドキしているなら、それってまだ心が何処かで生きてるってことなんじゃないかな。逆に体が生きていてもドキドキできないなら、それって心が死んでるってことなんじゃないかな。
ドキドキしてください。
いつまでも、ずっとずっとドキドキできるように、ドキドキが感じられるように、手を伸ばしてください。
あなたをドキドキさせる何かや誰かに触れていてください。
そして、それに引き摺り込まれないように
「あなた」であり続けてください。
あなたのドキドキはあなただけのドキドキです。
あなたがドキドキする話、私たちに聞かせてください。
世界からいなくなってしまった人たちにドキドキを思い出させるような話、聞かせてください。
聞かせてくれているあなたは、まだ「ドキドキ」できるでしょ?
生きて、いるんでしょ?
『ドキッ』
『ドキッ』
は、始まりの合図。