桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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さあさあ、語り手は戻って戻って最初へ戻って。
覚えておりますか?
「せんじょうえき」を語った出席番号1番です。

あの人、交番勤務の警察官になったんですよ。
そこから繋がる「赤いクレヨン」の話。そう、「赤いぬりえ」です。


落としもの「出席番号1番は見る」表

みんな知ってるように、俺は警察官っていう職についてる。

新人の下っ派だからっていう理由じゃないけど、地元の交番勤務。だからさ、意外といろんな人との出会いがあったりするんだ。

どんな出会いかって言うと、迷子に酔っぱらい、認知症の老人に迷子の大人、逃げたのか犬、事故った若者、暴走し過ぎた暴走族。たまに血を見る事件沙汰になるようなことを起こした狂人もいた。

迷惑なことを押し付けられるのが「警察」っていう仕事だっていうのはわかってたよ。わかってて俺はそこを目指した。

将来の夢は警察官。

昔っから俺、そう言ってたよな。

迷子になって泣いてた俺を助けてくれたのが今の先輩の父親。あんな大人になりたいって憧れたよ。

憧れたんだ。

 

現実にはさ、その人は事件を起こして捕まった。「赤いクレヨン事件」って知ってる? 知らないならそれでいいよ。

簡単に言えば、ヤバい成分が入ったクレヨンを一部の子どもにあげてたんだ、その人。クレヨンを使った子どもは精神が狂ってく。大人になって事件を起こす。

そのクレヨンが共通して「赤い」から、俺たちの間で「赤いクレヨン事件」って呼ばれてるんだ。

クレヨンを配ってた犯人はその人だけじゃなかった。でもさ、憧れたその人が犯人の一人だって知ったときは、うん、それなりにショックだった。

だけど憧れたんだ。迷子の俺を助けてくれたあの人。今でも思い出せるよ。

 

その人の息子はあの人によく似てた。俺の先輩で、すごく世話焼きな先輩。俺と俺の同期のあいつに厳しく指導してくれた、尊敬する先輩。

尊敬してた先輩。

同期のあいつに睡眠薬を大量に飲まされて。

俺の同期のあいつ、赤いクレヨンを使ってたんだ。だから、おかしくなってた。それに気づけなかった。

 

 

 

もう終わったことなんだ。あの事件も。

 

 

 

ほら、暗くなるなって!

メインの話はこれじゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

俺が警察官になって出会った人たちの中で特に多かったのが学生。小学生だったり中学生だったり、その辺の幅は広かった。でもみんな共通してたことがあった。

 

ふらふら未成年が出歩いていい時間じゃないのに歩いてる。どこかの店に入ってる。

そういうやつらはみんな声を揃えて言うんだ。

 

「家に帰りたくない」

 

理由を聞くとこう言う。

 

「親に叱られる」

 

成績が落ちたんだと。テストの点数が落ちたんだと。試験に落ちたんだと。

だから、親に叱られる。

本当だったら自分の為の勉強なんだよ。でも最近じゃ特にそういう傾向があるらしいんだ。

親に怒られない対策として勉強する。最低レベルさえキープすれば親は自分を叱らない。

そういう話をする子どもの親って、大抵は子どもに興味がないやつらなんだ。自分の、自分達の子なのにな。中には片親のやつもいる。一人の親と一人の子のはずなのに、家の中にいても独り暮らし。

興味がない、もしくは邪魔、もっと悪いといない方がいい。そんな家庭環境の子どもが増えてるんだ。

親は些細なことで怒り出す。こわい。うるさい。思うことはそれぞれ違うんだろうけど、結局みんな同じ方向を向く。それが「帰りたくない」。

 

家の玄関の扉を開いて、そのまま出ていったっきり。そんな子どもたちの頭には「帰ってくる」っていう選択肢が存在してないんじゃないかな。

 

俺はそんな子どもたちと何度も出会った。大抵は夜。一見何にも持っていないような格好をしてる場合が多い。身軽な格好だ。

中には学校の制服を着ている子どももいた。カバンはどこにも見当たらないんだけどな。もちろん私服のやつもいた。でもそいつらもカバンは持っていない。

身一つ、身軽で散歩に出掛けたんじゃないか。そうも見えるかもしれない。

でも、俺にはどうしてもそうは見えないんだ。

 

ずうん、って音がしそうなくらい重い荷物を抱えてる。何かの罰ゲームみたいに重すぎる荷物を抱えさせられてる。本人は望んでいない。本人は嫌で嫌で捨てたくなるようなものだろうけど、背負わせた誰かが荷を降ろすことを許さない。

どうすれば体が軽くなるのか。心を軽くすることができるのか。それがわからなくてどうしようもなくなった。

彼らはそんな顔をしている。

 

俺と目があった瞬間、そいつらは怯えた表情をするんだ。ヤバい、見つかった。悪いことをしている自覚があるんだろうな。

だから俺はそいつらに飲み物を奢るんだ。ココア、コンポタ、コーヒー、紅茶、抹茶オレ、おしるこ、何でも好きなのを一本奢ってやる。酒はダメだけどな。

それで買った飲み物を飲みながら話をするんだ。飲み物一本分の時間。

飲み終わってゴミ箱に捨てる時に、俺はそいつに尋ねる。

 

「一緒に荷物を取りに行こうか?」

 

夜、身軽な格好でうろうろしている子どもは、大抵荷物をどこかに置いている。というか、落としてきたって言うのかな。それは、その子どもが背負いたくないものだ。

それをもう一度背負わせるのかっていうとそうじゃない。落とし物は取りに行くべきなんだ。じゃないと誰も取りに行かない。中身が何であっても、落とした本人が「落としました」って言って出ないとずっと放置されたまま。

落としたことを受け入れることが大切だと俺は思うんだ。自分はそれを持っていた。その事実を受け入れなきゃいけない。

自分は、何を落としたのか。

知らなきゃいけない。

 

もう一度落とすにしても、その落とし物の中身を知らなきゃいけないんだ。

辛かったら一緒に行く。重かったら手を貸す。

落としてきたものを、俺はそいつに思い出させるんだ。思い出してもらいたいんだ。

 

 

 

 

 

 

俺のやってきたことは勝手で我が儘なことだよ。何の解決にもなっていない。

こうしろああしろなんて言わないけどさ、結局言ってることは大人のキレイゴトなんだ。正義ぶった夢絵空事を理屈で固めて、あたかも正しいように見えてしまう。俺が望まなくても。

俺が言ってることは「正しい大人の警察官が示してくれること」として彼らの耳に届くんだ。それが本当に正しいか間違ってるかなんて子どもの彼らには関係なくて、単なるアドバイスでもなくて、もちろん説教とかでもない。

彼らが欲しがってるのは、多分、迷ってる自分たちに希望を持たせる言葉なんだ。

明日も生きてみてもいいかな。ちょっと頑張ってみようかな。なんだ、こんなちっぽけなことだったんだ。

そんな風に思える、自分に思わせてくれるような言葉を彼らは欲しがってる。だから、それを言うのは俺じゃなくてもいいんだ。

俺は「警察官」っていう職業柄、そんな風に迷ってる子どもと接する機会が多い。ただ、それだけなんだ。

 

でもさ、それでも、そんな中にでも、俺の思いはちゃんとあったと思うよ。どうかこうしてくれ。こうしないでくれ。どうか、君たちはそうあってくれ。

いつだって彼らの姿を自分たちの過去の姿に重ねてきた。苦しくて、どうにもできなくて、痛みを感じ、憤りを覚えた。

俺たちも君と同じだったんだよって、俺は彼らに伝えたかった。同じような道を辿って歩き続けて、今こうして生きているんだよって、伝えてあげたかった。

 

俺は子どもだったから。同じように子どもで、それでもなんとか大人になれた、そんな人間だったから。

立派になれなくてもいいんだよ。失敗だってしていい。迷っても、怒っても、泣いていい。その分、笑って欲しい。笑って、生きていって欲しい。

 

 

 

ほら。俺の言ってることは彼らのためにならないだろ?

警察官の制服を着てるとどうしても「正義の味方ぶった」考えに近づいちゃうのかな。

 

 

 

俺はそんな話を何度もした。

 

 

 

荷物を拾ってまた歩き出せた子どもはいいよ。でも全員がそうなれない。

それも仕方がないことだ。だって、俺たちは弱くて脆い子どもなんだから。

いつまでだって待ってられるよ、俺は。急かしちゃいけない。自分で立って歩けるようになるその時まで見守るのも、大人になった人の役目だ。

 

しっかりやれよ、みんな。

「子ども」がどんなものか知ってるのは子どもだった大人だけだ。子どものままでいる大人には「子ども」を語れない。理解できない。

彼らを支えられるのは同じ「子ども」じゃないんだ。一緒に悪戯をして怒られるのに怯え、間違えを繰り返す同胞じゃない。

守って、育てることができる大人が彼らには必要なんだ。

子どもが自由に外で遊べるために。頑張ろうな、同級生。

 

 

 

ああ、違う違う。

こんな説教じみたことを言いたいんじゃない。ごめんな、俺、こういうこと苦手でさ。

言葉にするより聞き手に回った方がいいんだ。辛抱強く何時間だって人の話を聞いていられる。アドバイスなんて求めるなよ?

俺は出席番号1番だったから、自分の話は短くとっとと終わらせて、あとはずっと聞き手。それが俺の立ち位置なんだ。

 

うん、じゃあ聞いてくれよ。俺の話したいこと。

 

 

 

結局は「落ちてきた話」になるんだ。

成績が落ちてきた。自信が落ちてきた。気分が落ちてきた。

だから家に帰ろうと思えない。

そんな子どもたち。

そんな子どもたちから話を聞く俺。というか、大人の警察官。

最後には子どもを家に帰す。それが仕事だからな。

 

それで終わればいい話、なんだろうなぁ。

 

彼らの中には当然帰らない、帰れない子どももいる。なんとか俺たち警察官は帰そうとする。家に帰せなくても交番で預かったりとかさ。

できる限り自分の意思で帰らせるのが一番なんだ。

どこかに置いた荷物を取りに行って、取りに行かせて、現実に帰る。

うん、まあ、面倒だよ。

でもそれが警察官の仕事だろ。

 

ああ、違う。ううん、えっとな、何を渋ってるのかって言うとさ。

帰らなかったやつもいるんだ。

 

そりゃいるだろって簡単に流すなよ。

俺が渋ってるのはさ、その最後があんまりいいものじゃないからだ。

 

うまく話せないから、結論から言うぞ?

後悔するなよ? いいのか?

じゃあ、さ。

言う、な。

 

 

 

帰らなかった子どもは自殺した。

みんな、飛び降り自殺だ。

 

残念だったなって顔するな。続きがあるんだからさ。

 

彼らは俺を憎んでた。

いきなり何を言うのかって?

だから、憎んでたんだよ。

怒ってたとも軽蔑してたとも違う。あれは絶対に憎んでた。

 

何時間も親身になって話を聞いてくれた警察官。自分は帰りたくない。帰りたくない。

俺は言う。そうだよな、帰りたくないよな。

警察官は言う。でも、それじゃいけないんだ。

自分のことを理解してくれたと思った目の前の人が自分の思ってたことと真逆のことを言う。自分は間違ってる。わかったと、同情してくれたのに!

 

そいつらは俺を同志とでも思ったんだろうな。

でも違う。俺はただの子どもだった大人だ。子どものことは解る。でも、大人の世界のルールには従わないといけない。俺は、警察官だから。

だから、警察官は迷子の子どもに「帰ろう」って言うんだ。

彼らは自分を裏切った警察官を許さなかった。でもできることはない。いつだって子どもは大人には敵わない。

 

 

 

だから、彼らは落ちてきた。

 

 

 

俺の目の前に。

 

 

 

投身自殺をする時、下にいた人を巻き込むっていう事故があるだろ? あれって、意図的にできると思うんだ。下にいる人を特定して、落ちる速さと高さを計算して。

帰りたくないって悩む子どものほとんどは頭がいい。頭がいいから、余計なことを考えて感じてしまう。

そんな頭で、下にいる人にぶつかるタイミングを計算し出す。じゃあ、逆もできる。そういうことだろ?

彼らは賢いんだ。地獄まで一緒に行くよりも辛いことを選んで、俺にそれを背負わせた。

俺の真上じゃなくて真ん前に落ちるように計算して、彼らは屋上から身を投げたんだ。

屋上には直前まで履いていてまだほんのり熱が残る靴。それと、ノートを破って書かれた遺書。

遺書の中身は俺に話した内容と同じもの。彼らが何を背負って苦しんでいたか書かれた紙切れだ。

それを靴を重石にして置いておく。

 

どこでどうやって知ったんだろうなぁ、あんなこと。ああ、そうだ、テレビでいつもやってるじゃないか。

大人たちが彼らにこうやるんだって教えたんだ。苦しくて苦しくて、現実から逃げたい時の方法。

こういう逃げ道もあるんだぞって、大人が子どもに教えてるんじゃないか。

それに、そうしたくなるような世界にしてるのも、俺たち大人じゃないか。

 

 

 

子どもに自分で身を投げて自分を殺させる。

 

ああ、なんて酷い世の中なんだろう。

 

そんな中で迷った彼らの話を聞いて味方になった。味方になったように思わせて期待をさせた俺。

なんて酷い大人なんだろう。

 

 

 

彼らは最期の最後に俺を憎んだ。最後に会った俺を憎んだ。親でも友人でも先生でも知らない大人でもなくって、「警察官」の「俺」を憎んだんだ。

だから、彼らは、

彼は、

彼女は、

俺の

目の前に

落ちて

来た。

 

地面に衝突する直前の顔。

覚えてるよ。

不思議なくらい、ハッキリと見えてさ、表情もしっかり目に焼き付いてさ。

目が、合うんだよ。

目が、俺に訴えてくるんだよ。

 

「おまえのせいだ」

 

彼らの最期の言葉は遺書の中にはない。それは俺が全部聞いたから。辛いんだ、苦しいんだ、痛いんだって、彼らの言葉で俺は聞いた。

でもそうじゃないんだ。

それじゃないんだ。

彼らの最期の言葉は、あの落ちて来た瞬間の目に全部込められてるんだと、思う。

なんで裏切ったの。なんで守ってくれなかったの。信じたのに。信じたかったのに。

死にたくないよ。

本当は死にたくないよ。

助けて。助けて。

もう、終わっちゃうんだね。

 

 

 

俺を憎むことで少しは心が軽くなったのかもしれない。誰かのせいにして自分は悪くないって思うことで痛みが和らいだのかもしれない。

 

その表情は穏やかだとは言えないけど。

 

でも全部を置いて、彼らは俺の前に落ちて来たんだ。

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

少しはさ、俺みたいな大人がいるってわかってくれたかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで落ちてきた話は終わり、かな。

 

もう疲れたよ、何回も何回も俺の目の前に落ちて来るんだからさ。え、だから、投身自殺した子どもは一人じゃないんだって。さっきから言ってるだろ? 「彼ら」ってさ。

全員が置いてきた荷物を取りに行った直後だよ。身を投げるのは。

 

全員、落ち着いたように見えたんだけどなぁ。何がダメだったんだろう。

 

そういえば、彼らはみんな身元がはっきりしてるんだ。なんでって、俺が荷物を取りに行かせたから。

鞄の中には学生証やら携帯やらが入ってた。すぐにどこの誰だかわかるんだよ。

 

 

 

 

 

 

あ。

あ!

あ?

ああ?

あー、そうか。そういうことか。

一人だけさ、身元がわかんない遺体があったんだ。その話、最後にさせてくれ。

 

 

 

 

 

 

そいつは他のやつらと同じように帰りたくない、帰れないって言ってたんだ。細かいことは覚えてない。

というか、顔も声も、聞いたはずの名前も、性別だって覚えてない。でも確かに飲み物を奢って、話を聞いたんだ。

そいつは何も持っていなかった。

どこかの制服を着ていたかもしれない。でも上着はなしだ。白いシャツ。黒いズボン。それと、黒い革靴。

どこにでもいるようなやつだった。そう思う。

飲み終わって、最後に俺はそいつに聞いた。

 

「おまえの持ってたはずの荷物はどこにある?」

 

そいつはわらって指差した。

 

「あのコンビニに置いてきたよ」

 

一瞬そっちに顔を向けて、またそいつの方に向き返ったらもういなかった。

次に見たのが落ちて来た時だった。

他のやつらと同じように俺の目の前に落ちて来た。目が合った。

俺は気を失ったよ。だって、そいつが初めて俺の所に落ちて来たやつだったから。

自殺した瞬間なんて見るもんじゃない。

飛び込み自殺もそうだけど、目に焼き付いてずっと離れないんだよ。そいつの最期の顔。

それに死体だって。人の形をしていない、ついさっきまで自分と同じように生きて動いていた肉の塊。

見るべきものじゃ、ない。見ちゃいけないものだ。

初めて見ちまった俺はショック過ぎて倒れた。

 

次に目を覚ました時には何もない。他の人に聞いてもそんなことはなかったと。誰も自殺なんてしてなかったんだ。

本当にそうかと思って、そいつが指差した先のコンビニに俺は行った。そしたら、パンパンに膨らんだリュックが置いてあった。

店長に聞いたら忘れ物だと。

いつから置いてあるか聞いたら、なんと俺が倒れた日から。

やけに膨らんだリュックサック。水筒にどこかの学校の上着。一セット、そのままそいつはコンビニに置いていったんだ。

学生証とかで身元はわからないのか。連絡先は? 全くわからない。

なんでって、そのリュックサックの中を誰も確認しなかった。できなかったんだ。

リュックが膨らんでたのは中身が詰まってたから。そりゃそうだよな。でももうひとつ、理由があった。

中身が膨張してた、膨らんでたんだよ。中身はナマモノ。

普通リュックは開くだろ? 紐をほどいたりして。そのやり方じゃダメだったんだ。

お優しいやり方じゃ出てこない中身。俺はナイフでリュックの布を破った。

 

 

 

中身は

 

 

 

 

 

 

俺が話してたはずのあいつだった。

 

 

 

名前も住所も知らない。顔も思い出せない。でも、一緒にベンチに座って話してたはずの子ども。

それがリュックから出てきた。もちろん、死体は腐ってた。

 

 

 

俺が話してたあれは誰だったんだろう。

いや、何だったんだろう。

 

 

 

あいつがリュックに詰めて置いてきたものはあいつ自身だった。あいつの全部、まるごと。

俺はただ、自分で取りに行ってもらいたかったんだ。忘れて落としたものをさ。でもあいつは自分では行かなかった。行けなかった。

あいつが落としてきたものは「自分」なんだから。

 

じゃあ、俺の目の前に落ちて来たものは何だったのか。幽霊? 残った意思?

俺を憎んだ目で睨みながら落ちて来たあいつ。もう既に死んでたはずなのに、何でよりによって俺の目の前に落ちて来るのか。

 

忘れるなってことだろうな。

 

俺は誰も助けられない。どんなに優しい顔をして話を聞いても、それは根本的な解決にはならない。

近くにいたはずの先輩も、同僚も、俺は誰一人助けられなかった。気づいたのはもう手遅れになってから。

そいつも手遅れだったんだ。俺が見つけた時にはもう。なのに偽善者ぶって救おうとするな。そいつはそう言いたいのかな。

こんな身勝手なこと、もうやめろって言いたいのかな。

 

 

 

そいつを最初にして、何度も子どもが投身自殺をするようになった。増えたのかはわからない。元々起こってたことに気づいてなかっただけかもしれない。

ただ、投身自殺をする子どもは決まってコンビニにリュックやらの荷物を落として置いていくらしい。

 

自分を、置いていくらしい。

最初のあいつと同じように。

 

全部置いて、落として、なぜか俺の目の前に落ちて来る。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだよ。わかってるよ。

自殺するやつの顔がどんなだか、俺にはわかる。でもどうしようもないんだ!

もうどうしようもない、手遅れな顔をそいつらはしているんだよ!

希望の欠片もなくて、頼れる大人も友人もいなくて、夢は眠っている時にだけ見る。生きていたくない。生きていけない。辛い。苦しい。

本人にさえもう手遅れだって解ってしまうくらい、もう終わりなんだ。

成績やテストの点数が落ちてきたってだけで飛び降りる。そんなやつらを、俺なんかがどうやって助ければいい?!

どんなに話を聞いたって無駄なことくらいわかってるよ。

オマエラがそんな目で見なくてもわかってるんだよ!

 

 

 

でも仕方ないじゃないか。

助けたいんだ。ちょっとでも可能性があるなら、助けたいんだよ。

だからオマエラの飛び降りる建物の真下に俺は立っていたんだ。俺の上に落ちてこいって。もしかしたら俺だけ死んで、オマエラが生き延びるかもしれないだろ?

お前らを、助けたかったんだよ、俺は。

 

 

 

 

 

 

これで俺の話は終わりだ。

最期に話を聞いてくれてありがとな、みんな。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、また誰かが俺の所に落ちて来た。

リュックの中に自分を詰めた、あいつの顔をしている。

なあ、お前はリュックの中に入るくらい軽かったのか? それとも、重かったのか?

お前は、お前自身がそんなに重荷だったのか? そうなるように、生きてきちゃったのか。

体も命も落としたお前はどれだけ軽くなった? 何が、残った?

 

 

 

また、お前が俺の目の前に落ちて来た。

何度目だろう。

 

 

 

 

 

 

大丈夫だって。

俺はお前のこと、忘れてない。忘れないよ。

だから、もう何も憎むなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、もう自分を責めなくてもいいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

人の命は軽くない。誰のものだって重い。大切な、たったひとつのもので大事に扱って欲しい。

でも、重く見すぎるのはどうだろう。自分の抱える重い命。それは時にお荷物となって自分にのし掛かってくる。

誰かの命。自分の命。最後に守れるのはたったひとつなら、それは自分のものだけだって決まってる。誰かのものを他人が守れるはずないんだ。だって、それなら守ってもらった人は何を守る?

それもまた、誰かか自分。どちらかを選ぶしかない。

 

他人の命は軽いかもしれない。手に乗せることもその本当の価値を知ることができないから。

 

でも自分のものだったらどうだ。自分の手の中にあるこの命。

死にたくない。苦しいのは嫌だ。痛いのも嫌だ。楽になりたい。楽しくなりたい。体を癒して。心を潤して。生きたい。生きていたい。

もっと、生きていきたい。

俺は、「そう」思う。

だからきっと、他の命もそうなんだ。

 

自分の命と他の命を同じ重さではかることなんてできないよ。いつだって自分の方が重く傾く。

だからってそいつをはなしたいとは思わない。関係ないって言って見ない振りを決めて、それがなくなってくのを遠くで見ている。それだけ。

それだけの繋がりなんて、俺は嫌なんだ。

 

自分の重さを知っている。

これっぽっちだと捨てたくなる。

重すぎて置いていきたくなることもある。

でもこれが、俺の背負う命の重みなんだ。

俺は、俺の背負う命の重さを知っている。だから目の前で全部を捨てて、重さをゼロにして、マイナスにして、天国へ飛び立って逝こうとするあいつらにすがりつきたくなるんだ。

おまえたちはそんなに軽くないんだぞって、言ってやりたくなるんだ。

 

 

 

俺の目の前で地面に向かって落ちていくあいつら。自分で自分の命を終わらせた、自殺者たち。

何処かへ置きっぱなしにしたリュックの中に全部を詰め込んだ、身軽になろうとしたあいつら。

軽くなって、重みを忘れて、天国へのぼっていこうとした可哀想なあいつら。

 

おい、おまえら、本当に天国へいけると思ってるのか?

 

頭を下にして落ちていったその先は天国じゃない。地獄だ。

おまえたちが逝こうとしているのは地獄なんだよ。

 

命の重さを無視して落ちていくあいつらに言ってやるべきだったんだ。

「おまえは本当にそれでよかったのか?」

俺は後悔している。何にもできなかった自分が悔しい。生きている間に、助けられなかったそいつらと会うことができなかったことが悔しい。

一人でも多く助けたくて警察官になったのに、最期まで何も救うことができなかったんじゃないのかって。

俺は、一生アイツの顔を思い出して引きずりながら生きていくんだろうな。

 

生きて、いくんだろうなあ。

 

重いな。

でも、これが生きていくってことなんだろうな。

 

俺、忘れないよ。助けられなかった人たちのことも一緒に背負って生きていく。

どんなに重くなっても、俺は絶対に何処かへ置き忘れたりしない。

 

 

 

 

 

 

何処かでまた会えたらさ。また、一緒に缶ジュースでも飲もうや。

 




舞台は戻って同窓会へと。
同級生はこの話をどう思う?
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