なんだよ。なんでこんな話をしてるのか? 言ってるだろ、俺の家族の話だよ。
そうじゃない? ああ、まるでその場にいたみたいに話してるって思ってるだろ。当然じゃないか。俺、その場にいたんだから。
親の死に目に会えないって言葉、あるだろ。さあて、ここにいる何人が会えなかった?
お前は? お前は?
なんだ、ほとんどじゃないか。
俺も会えなかった一人。親より先に死んだ親不孝者。
今度は俺の話な。
俺がいなくなったのは雨の日。妻と子を家に残したきり帰らなかった。何で外に出たのかなんて、もう覚えていない。でも、大雨の日に外へ出ていったんだ。
降り続けた雨は土砂となって川を流れた。どこかで地面が崩れたのかもしれない。雨は土砂降りになって俺を襲った。
覚えているのは、それが最期だった。
雨が止んだ次の日に俺の体は見つけられた。冷たくなって泥に埋まっていたそうだ。
気づいたか?
俺がさっき話した泥棒、言い方が間違っているかな、魂を盗んでいった盗人の話。
あれ、俺だ。
俺が母さんと犬の魂を盗みにいったんだよ。
もう死んでる俺は何日も何年も独りだった。泥の中に埋まって体はドロドロ。
ああ、俺、何してるんだろう。あの世にも逝かずに、こんな泥を被ったあの日と同じ姿で。
そんな時、母さんの命が消えかかっていることに気がついたんだ。
母さん、死ぬんだな。そう思ったら、迎えにいきたくなった。
母さんが死ぬのに、俺、なんでか嬉しくなったんだ。母さんが「こっち」にくる。もうひとりじゃない。
ヒトリボッチデイナクテモ、モウイインダ。
おかしいよな、俺。
死ぬと、生きていた時みたいに笑えなくなる。どこか欠けてさ、狂った笑い方になる。
そんな時があるんだよ。
それに気づいたとき、ああ、俺、死んだんだ。その現実が、その過去が、覆い被さってくるんだ。
あの日の泥みたいに。
寂しいんだ。寂しいんだ。冷たい。寒い。
ヒ ト リ ハ ヒ ト リ ハ ヒ ト リ ハ ヒ ト リ ハ
暗いんだ。空っぽで。足りなくて。飢えている。
イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ
雨の中も。泥の中も。
きっとコンクリートの中も。海の中も。土の中も。何処かの水の中も。
ヒトリボッチデ眠るには辛すぎる。
だから、俺は母さんを迎えにいったんだ。 泥を被ったまま。
それは、俺が死んだ時のままの姿だ。俺の時間はあの瞬間に止まっている。
カチ。カチ。カチ。カチ。
時計は進まない
カチ。カチ。カチ。カチ。
時計は戻らない
あとは話したままだよ。
あの話の盗人が何で泥を被っているのか。その答えはここにある。
泥を被って死んだやつが盗人としてその家にやって来たから。
俺が、そうやって死んだから。
母さんの時と同じように柴をこっちに連れてくるとき、俺は父さんと目が合った。すごく、懐かしかった。
悲しくなった。欲しく、なった。
デモイマジャナイ
盗んでしまいたかった。あの体から、まだイキテイル魂を盗み出してしまいたくなった。
でも、まだソノトキジャナカッタ。
だから俺は父さんに言ったんだ。
「サヨウナラ、父さん」
ほら、やっぱり盗みをするやつは悪いやつだろ?
自分の欲を満たすためだけに何かを盗む。
俺はワルイやつだ。
最初からそうだったのか、何かが欠けたからそうなったのか。それは誰にもわからない。
でも、何かが変わってしまったんだ。俺の中で。
雨と泥を被って眠ってしまった、あの最期の夜に。