私は桜の精。
長い永い時間をかけて私は私をこの町に根付かせてきた。根付いた私は咲き続けた。
美しく。
美しく。
人が望むままに。
私の生は人と共に在った。
彼らは優しく、愚かで、とても、とても、弱かった。
桜の花が咲いては散るように、彼らの命も芽吹いては散っていった。散った命は戻ってこなかった。
たった一度の人生という。死んでしまえばそれで終わり。なんて儚い人の夢。
それでも私は咲き続けた。
それが私の生き様よ。私は咲き続ける。
これからも。
この町と人がある限り。
私は咲き続ける。
例えばこんな世を見たわ。そう、四つ目の話よ。
人という生き物は孕むことと孕ませることがお好きみたいね。
相手に欲を植え付けて、相手に欲を向けさせる。愛されたい、愛したい。愛してる、愛されてる。
その結果の一つが妊娠。
相手との子なんだからきっと愛しい。きっと大切にできる。
じゃあ教えて。
何で親が揃って存命なはずなのに、夜に一人で家にいる子がいるのか。
何で産んだ子を箱に入れて外や押し入れに放置する親がいるのか。
何で子殺しがあるのか。
何で親殺しがあるのか。
何で、人は殺し合うのか。
いつの時代も人は人に刃を向けるということを止めやしない。人はすてる生き物なのよ。自分以外を切ってすてる生き物。いいえ、もしかしたら自分さえも蔑ろにしてしまっているのかもしれない。
私からすれば人は捨てすぎる。もっと背負って生きるべきだわ。
歴史も、人の想いも、責も、夢も希望も、絶望も、現実も。全てを背負って生き、死んでいく。それが人の在るべき姿ではないの?
それこそ孕むだけでは済まないくらいに、人は負うべき咎をその性に持ち続けている。
その子たちもそんな性を持っていたのかもしれないわね。そう、人は運命と呼ぶのでしょう。
ある時、ある女が身籠った。男は喜んだ。そして同時に狼狽えた。
腹は膨れ、やがて臨月となった。
女の腹から出てきた子は二人だった。それを見た女と男は酷く焦った。一度に二人も育てることはできない。何もかもが足りない時分だった。特に食料が。
村で二人目の子供は許されなかった。男と女は決断を迫られた。
生かすか。死なすか。
女はどうしても生かしたかった。男も生かしたかった。しかしその出産を公にするわけにはいかない理由が二人にはあった。
二人は兄妹だった。同じ腹から産まれた者は交わってはいけない。村には掟があった。
親となった二人が兄妹であること。産まれた子が双子だったこと。
この出産はなかったことにしなければならない。
二人は言った。
「隠してしまおう」
その場で殺すことができなかった二人は、倉に隠して育てようと言い合った。
村には内緒で二人は子育てを始めた。暗く冷たく湿った倉の中。赤ん坊の鳴き声が外に洩れないように、口には布を押し込んだ。
女から出てくる乳はわずかだった。大人でさえ食べる物が不足していた。双子の赤ん坊の体力はどんどんなくなっていくばかりだった。
やがて村が男女のおかしい行動に気がついた。
「赤ん坊がいるぞ!」
「隠していたな!」
「なんて穢らわしい」
「信じられない」
「お願いです、見逃してください!」
「せめてこの子達だけは!」
「よく見てみろ! もう死にかけているぞ!」
「殺せ! 川へ流してしまえ!」
「やめて!」
「いやあ!」
双子は川へ捨てられた。泳ぐことなどできないと、二つ揃ってただ水の中へ投げ込まれた。
その後、男と女の首は跳ねられた。
よくある話よ。昔ならよくある話。
でもこの話はここでは終わらなかった。
流されたはずの双子は生きていたの。
どうやって助かったのかは誰も知らず。
ただわかったのは双子が二人揃っていたから生き延びたということ。一人ならばそれは叶わなかった。
流れ着いた別の村で二人は育った。
そして、まぐわった。
彼らは互いに運命の人だったの。唯一であり、自分の欠けた存在。
だから惹かれ合った。だから愛した。
だからまぐわった。
それは禁忌だった。
その村でも双子は卑しい穢れた存在として殺された。今度こそ。
首を跳ねられた双子は別の場所へ埋められた。
それからよ。
双子が殺される度に、殺した村が双子を産むようになったのは。
双子という存在は望まれなかった。一度に育てられるのは一人の子が限界だったからよ。二人も子がいれば村は飢える。
ならば間引くしかない。
片方残して片方間引く。
それで済めばいい。
でも双子は呪った。
片割れを奪われた子は後を追った。
子を絶やした村は次の子を期待する。でも次に産まれる子も双子だった。
その村は双子しか産まれなくなった。双子を養う力は村にはない。
だから村は双子を二人揃えて間引くことにした。間引かれた二人は埋められた。
村には双子さえ産まれなくなった。
これで、終わり。
ごめんね、まだ続くのよ。
間引かれたはずの双子、どうなったと思う?
土の中から何処かへ消えたわ。
埋めて数日、夜になると土の中から変な音がするの。
ずる、ずる。何かが這う音。
まるで蛇が這い回る音。
そして何処かへ去っていく。
その音は双子を埋めた辺りから聴こえたそう。だから何かあったのかと掘り出した。
掘り出されるはずの屍体は何処にもなかった。代わりにあったのは大きな通路。二つの屍体を繋ぐ通路よ。
その先には二人が通れる程度の通路が続いてる。
誰かが言ったわ。
あの双子は二人で地中深くに潜ってしまったんだ、と。
何度も産まれてきた双子。その魂は同じものだったのかもしれない。同じ双子が片割れを探して生まれ変わってきていたのかもしれない。
二人で手を繋ぎながら生きていきたかったのかもしれない。村人は思ったわ。
でもどうすることもできなかったのよ。
二人を育てることはできなかった。
二人を別けて、せめて養子として別の人生を送れたらよかった。でも彼らは惹かれあってしまった。
どんなに離しても互いを探す。それこそ、頭を失った死体となった後でさえ。
それでも二人の子は心のどこかでは悪いことだと思っていたの。村の人たちに、世間さまに顔向けができなかった。双子の親が倉の中で彼らを育てたように。
双子は生きたかったのでしょうね。
でも二人では生きていられない。一人でも生きていられない。
彼の双子はそういう運命だったのよ。
本当はね、呪ってなんかいなかったのよ。
ただ片割れにあいたい。
片割れと一つになりたい。
一つに戻りたい。母親の胎内で眠るよりも前と同じように。
そう願ったから、彼らは何度も生まれ変わっては同じ胎内に宿るの。
全ては過去の話よ。
あの双子はもう産まれてこない。そう、それでいいのよ。
あの子たちはあるべき姿を手に入れた。
一つの魂、割かれて二つに。
二つの命、まぐわい一つに。
絡み絡まり、ほどけぬよう。二度と双子として産まれ落ちぬよう。
双子はそれでよかったのよ。
でも困ったことが残された。
そう、あの通路よ。
双子が何処かへ消えた時に通った地下通路。
七不思議が四つ、いざ参らん。
この町には七つの不思議と一本の桜がある。
桜はご覧の通り、この私。
そして四つ目は「地下通路」。この双子が作る地上と地下を繋ぐ通路よ。
神出鬼没の地下通路。腹を空かせた口に飛び込めば生きて戻ることまかりならん。
双子が揃って潜った地下への道。そこには誰もいない。通ったはずの双子でさえも、そこにはいない。
誰もいない。
もう、誰もいない。
だあれもいない。
だあれも。誰も。
だからお通りなさい。
七不思議を求めるあなたが、その道をお通りなさい。
誰もいないその道を、あなたの足で歩くのです。
あの双子が通った血濡れの道を。
あの双子が這った暗く冷たい道を。
今度はあなたの血が通ったその足で歩くのです。そして落とすがいい。
落としながら進めば身も軽くなろう。
進めや進め。
迷わず進め。
止まるな、決して立ち止まるな。決して振り返ることなく道をいけ。
「地下通路」という七不思議はそれこそ地下へと続く道。言わずもがな、辿り着く先はこの世ではなくあの世でしょう。
だからこそ町に現れたその入り口から地下通路を通る時には振り向くべきではないのよ。未練を残したまま地下へと入るべきではない。
いいえ、違ったわね。
この世に未練を残すことはいいのよ。きっと誰かが絶ってくれる。
地下に入るときに恐ろしいのは、未練を連れたまま入ること。例えばあなたと、未練がましい誰か。
暗い通路をいくあなた。後ろから追いやってくる誰か。
人でも人ではなくても、その誰かはあなたにとってよろしくない。何せ、現世からあの世にまでついてくるのよ。あれね。今流行りのストーカー。そんなものと一緒にその通路をいってはいけない。
あの双子の通路はね。逃げ道なの。
私はあの子達を誰よりも長い時間見てきた。本当は生きたかった双子。でもどうしてもその道は開けない。だから二人で地下へ潜った。
人にはどうしても道が得られない時もあるでしょう。双子は誰よりもそれを体感している。
七不思議の四つ目は「死」への道。誰も帰っては来れない。よくそう言われるわ。でも違う。真実は別のところにある。
この世とあの世を繋ぐ通路。この世から入るのは生者。あの世から入るのは死者。
生は死を、死は生を受け入れる。反対方向からやって来たものを受け入れる。
一歩、一歩と変わっていくわ。通路を通ると音がする。澄んだ鋏の音。先にある口から出るために必要な何かを刈り取る音。
シャキン
シャキン
それは丁寧でなければならない。
通路を歩いて、歩ききって、その先を目指す者にとって大切な儀式でなくてはならない。通路の先を目指す者には相応の覚悟があるのだから。
覚悟なき者にとっては苦痛でしょう。悪戯に、遊び半分で立ち入っていい場所ではない。それを知らぬ愚か者を、双子は帰さない。
それはね、大抵先をいく人には覚悟があるのよ。その通路が何か知っている。だから先を目指す。
でもそれを追う人にはない。
双子がかつて地下へと潜った時、誰も追おうとはしなかったわ。何かしら理由を捲し立てて、あたかもそこには誰もいなかったかのように墓を埋め直した。
恐れたのよ。双子を。その通路の先にある世界を。
理を解する存在は通路を己の意思で進もうとする。知るだけで解さない存在は近寄らない。では、知ることも解そうともしない愚か者は?
嗚呼、お腹がすいてきたわね。
あの双子は私の下でお利口にしてくれてるわ。ただ、四つ目にしては地上に顔を出しすぎじゃない? って私は思うのよね。
七不思議は一つ目が一番出逢い易い。順に二つ目、三つ目、四つ目は中間。七つ目なんてほとんど知られていないじゃない。
だから偶然ではなくて、あの子たちが自分の意思で人の前に現れる。そういう怪異なのかもね。
どういう意思かって? ヒトだった頃の意思よ。まだ双子が一つに戻れず二人でいた頃の。あの子達の中にはまだヒトらしい心が残っていると思うわ。
地下通路への入り口は、特に助けや救いを求めて彷徨う人の目の前に現れる。姿を現す。
さあ、お入りなさい。お進みなさい。
そう言うように、地下への通路は口を開く。
お通りなさい。あなたが欠片でも望むなら、その道をお通りなさい。
いつだったか、ストーカーに追われる女の子が通路に入ったことがあったわね。
女の子を追うストーカーも、当然同時に入ったことがあったわね。
出てきたのは女の子だけ。しかも入った入り口から。
双子は優しいのよ。女の子が望んだことか気づいていた。
ストーカーから助けるために姿を現し、女の子を元の世界へ帰してあげた。ちゃっかりストーカーを制裁してね。
今だから言うわ。
双子は一つになるために生まれた運命の子よ。だからってその通路を使う女の子とストーカーは運命なんかじゃない。
「君と僕は運命の赤い糸で繋がっているんだ!」
なんておこがましい。
ストーカーとあの子は一つにならない「運命」なのよ。理解なさい。
あの通路にはどちらの口からも出られない愚か者がごろごろ転がってる。このストーカーがいい例よ。
それが間違って怪異として伝わったのね。「生きて帰さない地下通路」なんて、誰が言ったのか。
もう一度言うわ。地下通路は時に逃げ道となる。この女の子とストーカーの話もそう。双子は逃げたい者の味方をする。
特に、特に。私はあの通路の存在をこれ以上感謝した瞬間がないという時間があった。
それは戦争の時代。人が人を殺す時代。空から降る鉄の塊から人々は逃げた。中には別の国の兵隊から逃げる人もいた。
どうしても逃げられない、避けられない時代。人々は死を覚悟した。
でも、彼らは殺されることを受け入れられなかった。人に殺される、人に命を奪われる。
その理由が理解できなかった。
人は死ぬために産まれるのでしょう。生きるために殺すのでしょう。
では、何のために同じ境遇の「人」を殺すのか。殺さなくてはいけないのか。殺そうとするのか。そんなの誰にもわからない。理解なんてできない。
だってそれが「戦争」なのだから。
解さなくていいのよ。理解できるものなんてあの時代には何もなかった。
ほら、答えなんてとうに出ているでしょう?
時代から逃げようとした人々はこの土地にも溢れかえった。もう、何処にも逃げ場はなかった。
だからよ。あの双子はこの土地を廻った。
巡って廻った双子は人々の前で口を大きく開いた。
「さあ、お通りなさい」
人々はわかっていた。その口を潜って、通路を通り抜けた先にあるものを。先なんて、未来なんてないということを。
人々は己の意思で地上通路に入った。
誰も、地上へは戻らなかった。
それでいいのよ。
双子は火の嵐から人々を導いた。
かつて双子が通った道よ。
地上には居場所がない。
冷たく、暗い道。
手を繋いで。
ほら、冷たく硬くなった手を繋いで。
私たちは一人じゃない。
あなた達が向かうべきなのは、地下通路を通ったその先よ。
ほら、双子が導いてくれる。
その胎に体を食らって、あなたを導いてくれる。
それは双頭の蛇。
二つが一つになった、彼らの運命。
一つの体に二つの頭。双子は二人のまま一つになった。
あの子たちが望んだのは地上でも地下でもない。その過程よ。
一つの頭はこの世へ。一つの頭はあの世へ。彼らは口を開く。息をしようと。誰かを招こうと。
自分達のように誰もがいつかは地下を目指す。
死の先に、別の世界を見てしまう。
それは孤独よ。
二人で同じ世界は見られない。
双子は独り子にはなりたくなかった。
だから二人で一つになりたかった。
きっとアナタモそうなのよ。
独りだから二人を望む。
二人だから一つを望む。
通路を通ってみて。
それをしってる双子があなたの余計なものを全て剥がしてくれるわ。
どちらの口から出るにしてもそれは要らないもの。
双頭の蛇の長く続く胴体は地下を這う。
巡る。
廻る。
ぐるぐるめぐる。
嗚呼、お腹が空いてきた。
命を残して生きなさい。
魂を遺して逝きなさい。
あの蛇は運命の双子。
生まれた瞬間からこうなることが決まっていたの。だって運命だったんだから。
その通路を通り抜けるには温もりなんて必要ない。
双頭の蛇が血肉を剥ぎ取ってしまうのだから。
これが七不思議の四つ目、「地下通路」。
双頭の蛇が護る、あの世とこの世を繋ぐ道。
お通りなさい。
さあ、お通りなさい。