桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号7番「遅刻常習犯」⑤

家から先生に引きずられてやって来たのは学校。そう、俺たちの小学校だった。

文字通り引きずられてきた俺は宿直室に入れられて、まずは寝かされた。布団が柔らかくて、あったかかった。

起きたら腹一杯飯を食った。うまかった。それから風呂に入って、寝た。起きたら飯を食って、授業に出た。

そこからはみんなも知ってる通り。みんなと授業を受けて、給食食って、昼寝して、遊んだ。

先生からは当たり前の常識を教わった。みんなからは、なんだ、色々と教わったよなぁ。遊び方とか、悪戯のし方とか、町のこと。

 

 

 

何にも知らなかったんだ。俺は。

家から出られないで息だけしていた。ほんの少しの餌だけ腹に収めて、父さんの視界にできるだけ入らないようにした。目を見開いて、恐怖に耐えた。意識が落ちるまで目を閉じないから、眠り方がよくわからなかった。

 

助産師さんは俺に言った。生きて欲しいって。だから俺は生きた。生き延びた。

でも、そこには俺が自分の足で生きていく道はなかった。自分の足で立って、道を選んで、前を向くことはできなかった。だって、どうやって生きていけばいいか知らなかったんだ。

父さんみたいな大人になる? あり得ないだろ。

助産師さんみたいな大人になる? 助産師さんと過ごせた時間は短すぎた。彼についてほとんど知らない。探そうにも、その時には彼はこの世にいない。

 

俺は大人が嫌いだったんだ。それは父さんが大人だったから。

父さんは大人で、大人は父さんだった。俺は、父さんっていう大人しか知らなかった。

じゃあ、他は? 見てなかった。

見れなかった。自分と違う人を見る余裕がなかった。

だからさ、ごめん。俺、小学校の入学式の時の顔ぶれ、覚えていないんだ。

卒業までに亡くなって入れ代わった奴もいたよな。でも、ごめん。俺の頭の中には卒業式の時の顔ぶれしかいない。

 

此処にいるみんなの顔しか、記憶にない。

桜の木の下に集まった、同窓会を約束した同級生たち。それで、いいんだよな。

あの先生も、助産師さんもいないけど。

これは、俺たちだけの約束なんだよな。

 

 

 

その約束も当然遅刻したけど!!!

 

 

 

じゃなくって。何の話だ?

ええっと、生きる目標?

単純に将来の夢とか、どんな大人になりたいか。かな。

 

 

 

そんなのなかったよ。あるはずないじゃん。

足元を見て立つだけで精一杯の子どもだ。

これから先のことなんて考えられない。

 

 

 

人って他人と自分を比べるよな。どっちが上でどっちが下。対等がいいって言ってても、それだって横を見て揃えてるだけだし。

俺の場合さ、下ばっか見てるから上も右も左もわかってねえの。他の奴がどこ見てるのか、何をどうやってるのか。見る余裕がなかったんだ。

先生が教えてくれたことの一つがこれだよ。人間観察しろ。人だけじゃないけど、自分が人として生きていきたいんだったら周りの人を見ろ。

間違ってることは真似しなくていいから、正しいと思うことを真似して自分の中に取り込め。

 

俺、人間観察だけは得意になったんだ。

あ、こいつ、今何してもらいたがってるな。こいつ何に怒ってるな。こいつ体調悪いな。こいつ何か隠してるな。こいつ、あいつじゃないな。

すぐにわかっちまうぜ。だって俺、後ろからじ~っとおまえらを見てるんだから。

遅刻常習犯はいつも遅れるんだ。だから後ろから前のやつらを、おまえらを見てたんだよ。

 

俺はみんなの生き方を真似した。自分のことを「俺」って言うようになったのも家を出てからだよ。

笑うようにもなった。好き嫌いを伝えるようになった。話をもっと聞くようになった。話をしたいと思うようになった。

泣くようになった。痛いと言うようになった。悲しい、寂しい、淋しいって言うようになった。涙を、流すようになった。

怒るようになった。自分は悪くないって主張できるようになった。

ふざけるようになった。みんなと冗談を言い合って、笑い合えるようになった。

 

 

 

あいかわらず夢は語れなかったけど。

俺は、ちゃんと生きていた。

 

 

 

生きていた!

 

 

 

生きていたんだよ!!!

自分の意思で、歩けるようになったんだ! 父さんから離れて! 自分の目で世界を見るようになったんだ!

俺は、俺はさ。やっと前を向けるようになったんだ。

 

そこでやっと解ったのは自分の体質と遅刻癖だったんだけど。

自分が持ってる他人と違うとこを知るのは大切だよな、ほんと。

同じことと、違うこと。周りを見れるようになってやっとわかったよ。

 

 

 

 

 

 

俺はちゃんと人の子だった。

鬼の子なんかじゃなかった。

 

それを教えてくれたのは、あの先生と同級生のみんなだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリガト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の人生で一番楽しかった時期っていうのは、もちろん小学校時代。あ、違う違う。俺は小学校じゃない。

小学生時代。

ランドセルも持ってなかったけど、一番楽しかった。

 

みんなと遊んだし、知らないことを勉強するのも楽しかった。

すっごく、楽しかった。

 

ただ、俺は学校の外に出なかったんだけどさ。

 

 

 

先生が家から連れ出してくれた先は小学校だった。それから俺はどこに住んでいたかというと、そのまま小学校。

俺にはもともと親戚とかもいなかったらしいし、行く宛がなかった。あったらもっと早く父さんの所を出ていただろうよ。

誰かの家でもよかったらしいけど、俺はその時外に出たくなかった。だって、父さんに見つかるかもしれないから。

父さんに見つかって、またあの空間に戻るのが怖くて嫌だったんだ。だから俺は駄々をこねた。

 

「ずっとここにいる!」

 

普通そんなの通るはずないだろ? でも通ったんだ。

俺が桜ヶ原の人間だったから、先生も他の大人たちも俺を全力で守ろうとしてくれたんだ。ほら、地元の仲間意識が異常に強いだろ? 他の町を知ってれば余計異常に見えるだろうよ。でもこれが俺たち、桜ヶ原の人間なんだ。

間違ってないよな。

 

桜ヶ原の人は桜ヶ原の人を守ろうとする。

間違ってないよな。

 

だからなのか、父さんはこの町に居座った。自分もこの町の者なんだから、追い出される理由はない。そう言い張ったらしいんだ。

当然、誰も父さんを町の外に出すことはできない。

 

 

 

あの先生は俺に言った。

 

「七不思議が君の味方になってくれるだろう」

 

俺たちに桜ヶ原の七不思議を教えてくれたのはあの先生だ。この町にはこういう七不思議が昔からある。まるで懐かしいものを紹介するように、先生は穏やかに笑いながら語った。

この町の人なら誰でも知っている七不思議。この町に潜んでいる七つの怪異。

 

 

 

オレタチガカイメイヲノゾンダ

七ツノフシギ

 

 

 

俺たちが、解明をのぞんだ不思議たちだ。

桜ヶ原の、七不思議。

桜ヶ原にある、人と一緒にある不思議たち。

 

七不思議の最後は神隠し。出会った誰かがいなくなる。そういう結末だろ?

誰かが何処かへ消えていく。誰かが何処かへさらわれる。そういう、ものだろ?

七不思議っていうのは、本当だったら誰かを守ってくれるはずのものじゃないんだ。むしろ、誰かを罰するもの。人が裁けなかったものを裁くかのように、制裁やしっぺ返しを与えるもの。

 

 

 

『頭に乗るな』

 

いい気になってつけあがるな。

 

 

 

父さんを人は裁けなかった。人は父さんを野放しにした。手に負えなかったんだ。

じゃあ、誰が裁くんだ? 誰も裁けない。父さんは悪くない。だから、誰も裁けない。

父さん自身が罪を自覚しない限り、あの人は罰せられることはない。

 

ああ、今の俺は「あれ」が悪いって思ってるんだけどさ。

 

人が裁けないんなら、他のモノが裁くしかないだろ? でも、どんな怪異でさえ父さんを裁くことはできなかった。七不思議でさえ、な。

 

桜の姫様だったらまた話が違ってくるんだろうけど。あの頃はまだ先生がいたから。

姫様も奥手女子だよなぁ。

あ、これは内緒だぜ?

 

七不思議でさえ父さんを裁けない。

そんなに七不思議って弱いの? って話じゃないんだよなあ、これが。

桜ヶ原では七不思議は姫様に次ぐ怪異だ。それが裁けない父さんがヤバイの。

でも、裁けなくても牽制にはなるんだ。こいつに手を出すな。もしかしたら、自分の上に立つなってことかもしれないな。

 

小学校の裏庭には切り株がある。

七不思議の一つ目の、切り株だ。

 

まあ、変な言い方だけど、あれが校内にある限り学校にいれば父さんは俺に手出しできないってこと。

実際、俺はずーっと学校にいた。基本的に学校の外に出ることはなかった。というか、出れなかった。

いつまでだって?

 

 

 

最期の日までだよ。

 

 

 

俺、見てたよ。

切り株の上に立つ刃物を持った処刑人。

それに、校庭の向こうの道を走るバス。ある同級生に熱い視線を送る軍服を着た異国の車掌さん。

今夜は猫会議だって同級生を呼びに来たとある町の白い猫。尻尾が二本の化け猫裁判長。

前日まではなかったはずのトンネルの入り口。不穏な気配と吐息が漂う、蛇の口。

同級生におやつの催促をしに来たイヌ。モフモフの肥えてしまったタヌキのはずの、イヌって名付けられたタヌキ。

まだまだあるぜ?

 

 

 

みんなも見てただろ? 見えてただろ?

え、そんなの知らない?

そうなの?

じゃあ、今言う。俺、見てたよ。

見えてたよ。




切り株の上に立つ刃物を持った処刑人→出席番号5番「切り株の上」
校庭の向こうの道を走るバス。ある同級生に熱い視線を送る軍服を着た異国の車掌→出席番号8番「停留所」
猫会議に呼ばれた同級生→出席番号22番「にゃんだふる☆でいず」
猫会議へ呼びに来たとある町の白い猫。尻尾が二本の化け猫裁判長→出席番号10番「七ページ目を追いかけて」『猫の集会』
前日まではなかったはずのトンネルの入り口。不穏な気配と吐息が漂う、蛇の口→出席番号18番「地下通路」
同級生におやつの催促をしに来たイヌ。モフモフの肥えてしまったタヌキのはずの、イヌって名付けられたタヌキ→出席番号14番・後編「砂時計」-狸村の援軍-
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