桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号7番「遅刻常習犯」⑬

遺体の数は本当に多くて、しかも比較的新しい方は腐っていく。ちっぽけな町にある警察署の霊安室なんてたかが知れてるから、病院にも置かせてもらっているらしかった。

そんなことも知らない俺は、その日も警察署へ向かった。

 

ここにあるのは遺品と遺骨だけですよ。そう言われた時の俺の気持ち、わかるか?

警察署と病院は反対方向。片方に行けばもう片方は次の日だ。知らなかった俺が悪いよ。でもさ、その日で会えるの最後だって言われてたから。余計にショックだった。

一度も死に顔に会えなかったわけじゃないよ。ただ、さよならって言えなかったのがショックだったんだ。

 

俺は、最期はちゃんと、さよならって別れを言いたかったんだ。その人たちとはみんな、「また今度」で別れていたから。

 

彼らが死体になってから俺が会えた時間の中で、どんだけ伝えることができたんだろう。

そんなの塩一粒分だってない。

わかってるんだ。

また、俺は遅れてしまったんだって。伝えるのが、伝えようと思うのが、また、遅すぎたんだって。

 

結局俺が最後に会えたものといったら、リストを見せてくれた警官の持ち物。行方不明者のリストに、腕時計。免許証に、あの日は被っていなかった制帽。

もう何度も繰り返し見た物たちだった。

 

怪奇オタクは俺に言った。遅れて何かに気づくかもしれない。

何か、俺に見えていなかったものがあるのだろうか。俺は残された遺品たちとにらめっこした。

にらめっこした。

にらめっこ、した。

 

そこ、笑うな!

これでも真面目な顔なんだよ!

 

 

 

とにかく。俺はじっくり。じーっくり。遺品たちを見つめたんだ。

薄暗い部屋の中で物音だってしなかった。

何処と無く冷たい空気が漂ってた。

生き物の気配が途切れるその空間で、俺は一人でそいつらと向き合った。

 

 

 

 

 

 

突然、ふ、と感じた。本当にふ、とした瞬間だった。

リストの紙がちょっと歪んでるなって思ったんだ。まっすぐピンと張った紙束だったはず。それが、くしゃっと歪み始めたんだ。

ぐしゃっと握り潰した感じじゃなくて、なんていうかさ、こう、強い筆圧で文字を書いちまった感じ。書いたというより刻み込んだって表現のがいいか。そんな感じ。

一番上に乗ったリストの紙の、名前が連なる最後尾、春にいなくなった同僚の名前が書かれてる、その下。

 

これ見て。

そう言ってリストを見せた本人の名前が書かれる事態になっちまった。

空白だったままでいて欲しかった、その場所。

 

何か、違和感があった。

 

何かわからなかった。だから、じっとそこを見続けたんだ。そしたら、紙が歪んでいくのに気がついた。

それまでそんなことなかったよ。でも、そのタイミングでそれは起きた。

 

じわりじわりとその変化は進んでいった。

なんだこれ? そうとしか思えない状況ではあったけど、俺はただひたすらそれを凝視するしかできなかった。

 

 

 

俺は遅刻常習犯。

変化に気づくのも人一倍遅い。

変化が俺を置いてどんどん進む。気づけば俺だけ取り残される。

置いていかないでと、俺は跡を追う。

 

 

 

 

 

 

つまり。

気がつかなかったんだ。誰も。

そのメッセージは俺宛の物。俺にだけに宛てられたメッセージだった。

 

ダイイングメッセージって、あるだろ?

死ぬ瞬間、最期に遺したメッセージ。

あれが、その時やっと、俺のところに届いた。

 

俺以外誰もいないはずの空間で、微かな音が聞こえた。

 

 

 

カリカリ

 

 

 

何かを引っ掻くような音だった。別の言い方すると、ボールペンを強く握って紙の上に突き立てながら動かすみたいな。

 

そうだ。まさに爪を、立てるような。

 

 

 

カリカリカリカリ

 

 

 

歪んだリストが波打った。何かが紙の上を這った。ゆっくり、ゆっくりと、見えない何かは爪を立てて紙を傷つけていった。

 

 

 

カリカリカリカリカリカリ

 

 

 

何もなかったはずの遺品に何でこんなことが起こっているのか。何で誰も気づかなかったのか。

わかんねえよ。わかるはず、ねえよ。いつだって怪奇で不思議なことは理解できない。そういうもんなんだ。

 

 

 

カリカリカリカリカリカリカリカリ

……。

 

 

 

音が唐突に止んだ。リストは白いままだった。紙は歪んでいたけど。

でも、変化は止まった。

 

何が変わった?

すい、と、俺は紙を撫でた。指で触れたそこは、歪にぼこぼこしていた。

溝ができていた。爪跡ができていた。

 

俺はひらめいた。近くの机の上に駆け寄った。筆記具が立てられたペン立てが倒れるのも構わずに、俺は迷わずそれを手に取った。

鉛筆を、手に取った。

そしてそれを、紙の上に滑らせた。

紙に寝るくらい倒した鉛筆を何度も往復させた。書くんじゃなくて塗る。俺はリストのその部分を、白から黒へ塗り潰した。

鉛筆の芯は短くなっていった。短く、鋭くなっていった。

空白だったリストの下部分は鉛筆の黒い炭で煤汚れた。ぼやけた黒が、一面に敷かれた。

そして、そのメッセージは浮かび上がったんだ。

 

鉛筆を走らせる度にその文字ははっきりと現れた。

まずは「ハ」。

その下に、「×」。

 

俺の目の前に「父」という文字が現れた。

 

 

 

警官のおっさんは、俺に「父」という文字を最期に遺したんだ。

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