桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号7番「遅刻常習犯」⑰

俺は病院に行った。すこぶる健康体だったけど。

真新しい建物は人を吐いては呑み込んでいく。その病院は、実は俺が産まれた場所じゃなくてその後移動した新しい方だった。

助産師さんが亡くなる前に移動して、新病院となった。旧病院はまだ取り壊しが行われてなくて、そのまま廃病院として残ってるらしい。医師や看護師はほとんどそっくり連れてった。中には入れ替えもあったみたいだけど、そこら辺は当人の自由。施設が大きくなるに伴って人員も大幅に増やされたみたいだった。

 

 

 

ここだけの話だけど、そんな大掛かりな人事異動なんだから人の一人や十人や何十人、は言い過ぎか。とにかく行方をくらましたって気がつかないもんなんだよな。いなくなった分、補充されてるんだから。

 

俺の知りたい行方不明事件とは関係ないんだけどさ、そういうのってほんとよくある話なんだよ。

一つの村が消えた。村人全員が一夜にして失踪した。そんな、話。

ちょっと気にして、すぐに忘れるだろ?

だって自分と関係ないんだから。

関係あったら無関心じゃいられない。

俺の行方不明事件だってそうだよ。これが俺自身に関係してるから必死になってたんだ。

いなくなったのが俺の知り合いだった。犯人が俺の父さんかもしれない。次にいなくなるのが、俺の身近にいる大事な人かもしれない。

だからこそ必死になって終わらそうとした。

じゃなきゃ俺もほかの同級生と一緒になって、その時山場を迎えてた砂時計の解決に尽力したさ。

 

とにかく、以前より大きくなったらしい新しい病院。俺が産まれた旧病院じゃなくて、新しい方。そっちに行けって助産師さんは俺に遺した。

 

 

 

到着してすぐに向かったのは受付。入り口入ってすぐ正面。

何て言ったらいいかわかんないからしばらくうろうろしてた。ほんっと、無駄な時間だった。

そしたら後ろから肩を叩かれた。あの時ほどビビったのは三回くらい。振り向いたらそこにいたのは、怪奇オタク、お前だった。

 

「なんでこんなとこにいんの」

「メール送っただろ」

「メール?」

「眠りウサギ」

「ああ」

 

眠りウサギが入院してたのはその病院だったんだ。怪奇オタクは毎日見舞いに来てたらしい。

 

 

 

 

 

 

ホントウニ?

 

 

 

さあね

 

 

 

 

 

 

俺はその時、怪奇オタクと会った。それは事実だぜ。

だから俺はそいつに手帳のこと、助産師さんのことを話した。そしたらさ、そいつ、一番最後のページを開いてこう言ったんだ。

 

「名前書いてあるじゃん」

 

確かにそこには一人の名前が書かれてた。俺はそれまで全然気がつかなかったんだけどな。

でもさ、俺思うんだよ。そこに名前が書かれてたの知ってても、誰の名前かわかんなかったから無視してたんだろうなって。

俺、ずっと助産師さんのこと「助産師さん」って呼んでたんだ。手帳に書かれてた名前は初めて聞く名前だった。

 

「あの人、××さんって名前だったのか」

「知らなかったのか?」

「ああ」

 

今まで知らなかった。でも、知らなくていいことだった。彼が自分で自分の名前を俺に教えなかった。それって、知っても知らなくても変わらないってことなんだと思う。

 

 

 

おいおい、みんな。軽蔑しないでくれよ。

そもそも俺たちだって名前で呼んでるやつの方が少ないだろ。信頼してそいつのことをわかってるから変な呼び方をする。

友人Aに遅刻常習犯。眠りウサギに怪奇オタク。どれも親しいから呼ぶんだよ。気に入ってるぜ? この呼ばれ方。

自分が特別だって思えるんだ。

 

俺にとって彼は「助産師さん」なんだ。特別な助産師さん。大切で、大好きだった助産師さん。

もし名前を教えてもらっててもさ。俺、多分彼のこと助産師さんって呼び続けると思うんだよな。

彼もその仕事に誇りを持っていた。多分、仕事のことを聞いて小さい俺は思ったんだろうな。

 

「じょさんしさんってすっげえ!」

 

俺が助産師さんって呼ぶのを、彼は嬉しそうに応えてくれた。

 

助産師さんの方はって言うと、俺のことは大抵「きみ」「ぼく」「ぼうや」って呼んでた。小さい子どもを呼ぶ呼び方だよな。

俺はそれが嬉しかった。

父さんには「お前」とか「鬼子」だぜ? 名前以前に人として見られてなかったんだよ。

助産師さんは俺を子どもとして見てくれた。小さな人として、守られていいんだよって思わせてくれた。

これって、大きいだろ?

名前なんて呼ばなくても呼ばれなくてもよかったんだ。相手が自分を見てくれればそれでよかった。ただ、それだけなんだよ。

 

俺にとっては、な。

 




いくつか疑問が残る。
眠りウサギは本当にその病院に入院していたのか。
遅刻常習犯と助産師さんの関係は何なのか。
そんな、話。

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