桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号7番「遅刻常習犯」25

昨日雨が降っていた。

今日も雨が降っていた。

 

降り続いた雨たちは、たくさんの命を流して海へと向かう。

どんなに水が流れても。どんなに水が流れ続けても。降った雨たちは後悔しない。

流れたことを、後悔はしない。

 

明日はきっと、晴れるだろう。

 

 

 

 

 

 

その場所には何度も見た家があるはずだった。家があって、「父さん」と呼ぶあいつがいるはずだった。

 

小さな俺は見慣れた扉を開いて、靴を脱いで、玄関の隅の方にこれ以上ないくらい寄せておく。玄関に入った時、俺の靴が目に入るとあいつは邪魔だと怒鳴り散らすから。

俺はそれが恐くて、目につかないように靴の上に靴を重ねて、それから靴箱の下に押し込むんだ。

どうかあいつに見つかりませんように、って。

玄関マットもスリッパもない廊下を通り過ぎて、あいつが寝そべっているソファーのある、テレビもないリビングの前を通り抜ける。もちろん、足音を立てずに素早く。

気づかれて「おい」って言われたらその日は地獄。声をかけられなくてもあいつがそこにいるだけで地獄。

タオルだけを敷いた押し入れの中で丸くなる。あいつの存在を押し出すように。

「鬼は外」「鬼は外」。福なんてないけど、鬼は外へ出ていけ。そう思いながら目を閉じた。

今考えると、「鬼」はあいつに「鬼の子」と呼ばれた俺じゃない。あいつの方だったんだ。

しつこくしつこく俺を狙う鬼。

 

母さんと父さんと、たくさんの人たちをおとした犯人。

 

そんな「父さん」がいた家。

俺を閉じ込めるための「家」っていう、箱。

 

そんな場所があるはずだった。なければおかしかった。

だって、何年もそこにいたんだ。あいつと一緒に、暮らしていたんだ。

 

何度も何度も殴られ蹴られ、怒鳴られた音が響いた家。ああ、懐かしいよな。体に刻まれた傷が、痣が付けられた時みたいに痛む。

懐かしいよ。自分の声が聞こえるみたいだ。「ごめんなさい」「痛い」「許して」。怯えるしかできない日々。

ああ、懐かしいな。

 

そう感じながら目の前にあったのは、古びたポストが一つ。他には何もなかった。

 

 

 

空き地に、ポストだけが立つ場所。

そこが、俺のいた家だった場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ」

俺は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ」

 

 

 

俺はもう一度呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

そこには、始めから何にもなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

開いた目から涙が溢れた。

ぽろり、ぽろり。ポロポロ、ポロリ。涙はどしゃ降りになった。

こんなことって。

こんなことって。

 

俺は、嬉しくて泣いた。

 

もうあそこに帰らなくてもいいんだ。

もう「父さん」を待たなくてもいいんだ。

 

嬉しい!

嬉しい!!

嬉しい!!!

 

俺は、初めて嬉しさから涙を流した。こんなことってほんとにあるんだな。

人は悲しいだけで涙を流すんじゃない。嬉しいときだって、同じくらい涙を流すんだ。

泣いても、いいんだ。

 

 

 

 

 

 

だから、さいごは

 

えがおかなきがおで

 

さよならしようぜ

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