ガタガタごとごとバスは走る。
私たちの町、桜ヶ原には一本だけバスの路線がある。ぐるりと廻るその路線はある公園、厳密には一本の桜の木を中心に円を描いている。
その公園を、さくら公園という。
「まもなくー
せんじょうえきー
せんじょうえきで、ございまーす
お降りの方はお忘れものなきよう、ご注意ください」
次の停留所は「さくら公園」。
あれ? 『せんじょうえき』だったっけ?
ほら。出席番号1番君の語るこの話。この話に出てくるさくら公園にある桜の木が中心なんだって。
多分、バスの路線ができる前からこの桜の木はずっとそこにあるんだろうね。その木を中心に路線を組んで、バスを走らせた。
もちろん、偶然「そっち」を向かないように普通のバスは暗くなる時間を避けて走るようになってるんだってさ。
暗くなってからも走っているなら、それはあの車掌さんが運転するバスだよ。
みんなも一回は利用したことあるでしょ? だから、私の言っている車掌さんがどんな顔をしているか、どんな声をしているか、どんな制服を着ているか。
知っているはずだよ?
ほら。誰だって、一回は見たことあるはず。
そのぐるりと円を描く路線の外にも少しだけ桜ヶ原の土地はある。と言っても本当にほんの僅かだけど。
大半が円の中に収まっているはずなんだけどね。みんなの家も、基本的にはちゃんと円の内側にあるはずだよ。
でも、私の実家は円の外にあったんだ。今はもう影も形もない私の実家。
私の住んでいた家は、ある日の嵐の夜に土砂によって埋められた。
「まもなくー
土の下ー
土の下で、ございまーす
お降りの方は地上に大切なものを置いて、お降りください」
土の下は、寒くて冷たいんだろうな。
出席番号2番君みたいな話、私もよく知ってるよ。
桜ヶ原では意外と土砂崩れが起きるんだよね。特に、円の外にある山。
町の人たちの共通認識みたいなものだとは思うんだけど、隣の町との境は案外ぞんざいに扱われる。
これは私の土地。あっちはあいつの土地。そっちは私の土地だけど、それはお前の土地。昔からどこにでもある土地の奪い合い。土地を持てば権力が生まれる。欲しい欲しいもっと欲しい。あいつよりもっと。隣よりもっと。誰よりもっと。
くっだらない。
結局こどものおやつの奪い合いと何にも変わらない。
ヒートアップして手を出して、血が流れる大喧嘩。互いに寄越せ寄越せとそればかり。
だから、桜ヶ原では円の外はどうでもいい。その代わり、円の中には絶対に入ってくるな。
円の内側は桜ヶ原の民だけのものだ。
昔の人はそうしたんだろうね。
円の外は増えたり減ったり。
それこそ外の勝手な都合でだろうけど、中はいつだって私たち桜ヶ原の民だけのものだった。
だ・け・ど!
私の実家は円の外にあったの。町内ではあったんだけどね。
多分、一度外に出て中に戻れなくなっちゃたんだろうな。まったく、運が悪いよ。
運が、悪いんだよね。
薄々気づいてたさー。
私自身の運のなさに。
この桜ヶ原では七不思議を柱としてたくさんの怪異が起こってる。みんなも不思議なことに遭遇したのは一度や二度じゃないでしょ?
ここに発表します! 私の怪異遭遇率は80%を上回ります!
なーんちゃって。でも、ほんとそれぐらいあいやすいんだなー、これが。
それでも私が人並みの時間を生きてこれたのは、守られてたからだって思ってるよ。
桜ヶ原の桜と、何よりバスの車掌さんにね。
まだ、家が円の外にあった頃。私が小学生の頃かな。
実はね。あの七不思議の一つ。一番ヤバいと評判の四つ目、地下通路に遭遇したことがあります!
あの! 生きて帰れないと評判の!
四つ目です!
「まもなくー
地下通路ー
地下通路でございまーす
お降りの方はすぐにお乗りください」
むしろ降りるなよ? って話ですな、これ。
これな。
解明した出席番号18番ちゃんでさえ片腕をなくしてやっと帰ってこれたやつ。
本当に偶然たまたまなんだけど、家の近く。それも学校の帰り道にこいつ、発生しやがったんでござんすよ。
18番ちゃんの話、『地下通路』って呼ぶね、それにでてくる地下通路ってほんと生き物みたいだよね。気紛れに現れてはどっかに潜ってまた現れる。
移動してるんだよ、あいつ。お腹が空いて獲物を探してるの。
だからさ、多分誰もいないとこには現れないで誰か、獲物がいるとこに現れるんだよ。
ほら。ぱかっと口をこんな風に開いてさ。
でね。普通だったら食べられて戻って来ないと思うんだ。でも、18番ちゃんみたいに誰かに助けてもらえれば引き返して戻って来られる。そう思うのだよ、君たち。
つまり、地下通路から生還を果たした私も助けてもらったのさ。
その人こそ、バスの車掌さん!
おっとと、その前に。
ここまでで三つ、私は自分の話じゃなくて誰かの話をしたよね。最初の痴漢野郎グッバイ事件を入れれば四つか。
どれもこれも私自身の話じゃない。
別に出し惜しみとか、話がないからっていうことじゃないよ。
私は、この同窓会に来るまで何を話そうか考えてた。がたごとがたごとバスに乗りながら、大好きな同級生に最期に何を伝えようか。ずっとずっと考えていたんだ。
そしたらね。うん。やっぱり私はあの人のことをみんなに伝えたいなって思ったんだ。
私たちの町を走る、走り続けるバスの車掌さん。私の恋した車掌さん。
だから聞いて。
私は、とっておきの話として桜ヶ原の七不思議の二つ目をみんなに語る。
七不思議、二つ目は停留所。
停留所の答えを言っちゃうとね。
それは桜ヶ原に生きる人たち。人がバスの停まる停留所なの。
だから私は自分以外の停留所の話をしたんだよ。
せんじょうえき、両隣の家、地下通路。
どれも、誰かの、何処かの停留所の話。
はい! これでお話は終わり!
なーんてことはありませーん。
確かに話のタイトルは『停留所』。でも、重要なのはその停留所に誰が来るか。
決まってるでしょ?
バスが来るんだよ。人がいるところにバスが来るの。
だって人は停留所なんだもん。
停留所の所にバスが来る。
当然でしょ?
そしたら、バスは人を乗せて次の停留所に向かう。
じゃあ、次の停留所の話をしようか。
一時期コンビニがあった、あの角の話をしようか。出席番号3番君と4番ちゃんの後輩君たちが経営してたそうだね。
今はもうないけど、結構長続きしてた方だよ。早いと一週間でいなくなるお店だってあったんだから。後輩君たち、優秀だったんだよ。ほら、もっと胸張りなって。そういうのはもっと自慢してもいいんだって。
「まもなくー
角のコンビニー
角のコンビニー
お降りの方は必要なものをご購入の後、お戻りください」
今年の中華まんのセール、まだかな? あ、昨日までだった。
ふんふ~ん♪
あ、サボってない! サボってないよ!?
ほら、みんなの話はみんなの話でしょ? 私の話ってわけじゃないんだよね。だから、間に私の言葉を入れるべきじゃないって思うんだ。
だから黙って聞いてたってわけ!
まあまあ。私だって人の話を聞いて横流しにするだけじゃないよ。でも、とりあえず今はみんなも黙って聞いててよ。こんな話もあったなってさ。
一つ一つの話が一つ一つの停留所なの。
とまって話を聞いてみようよ。
例えばさ、私たちはバスに乗ってる。町を、桜ヶ原をぐるぐる廻ってる。
がたん。停留所に停まる。そこは誰かの停留所。
ここは◯◯の停留所。
そうアナウンスが車内に入るんだ。彼の声でね。
誰かの話が終わったら次の停留所に向かってバスは発進する。
ほら、次の停留所の話だよ。
世界には理解出来ない様な不思議なことが溢れてる。不思議で魅力的で怖くて恐くて未知なもの。
どっかの本で読んだよ。世界は不思議で不思議で、不思議に溢れているんだって。それはとても素敵なもの。それはとても不思議なもの。
私たちの桜ヶ原で起こる不思議はちょっとホラー味が強め。でも、基は華麗な花びらが舞う桜の不思議なんだ。
桜の花ってさ、元々は白いって言うよね。樹が血を吸って花が赤くなる。そうも言うよね。
不思議な桜の話に別の不思議な話が重なる。上書きされる。変化する。別のものへと。
そういうことってあるんだよ。誰も気づかないうちにさ。
あれはそういう話なんだろうね。
「まもなくー
砂時計ー
砂時計ー
お降りの方は瞼を閉じぬようお気をつけください」
かたん。かたん。あれは誰の見てる夢?
なーんてね。
長いなー。でも、そのすっごく長い間、私たちはすぐ傍にあった七不思議に気がつかなかったんだよね。
でも、今さら真実を知ったとこで私たちの中の何かが変わるってわけじゃないと思うよ。
私たちはずっと同級生で、ずっとずっと友だちなんだから。
これからもそうだったんだからさ、信じてよ。
それに、私たちにはそれを証明できる手段がある!
そう! この同窓会こそが
♪ちゃら~ん♪
あ、時間が押してるようで。
いくつもの停留所をバスは通過していく。
がたん、ごとん。心地好い振動と一緒にバスは道を走っていく。
友だちっていいよね。何でも言い合える友だち。何でも解り合える友だち。
私は本当に最高の友だちに出会えたと思うよ。同級生っていう、友だち。
だがしかし。女の子としてはもう一歩。
同級生どもよ。おまへらは私をどこぞの珍獣と勘違いしてはおらぬか?
なにその扱い! 小学生の頃から女子として扱ってないよね! 特にそこの男子! 給食のおかわり競争に毎回巻き込むな!
呼ばれなくても参戦するけど!
げほっ…
むせた…
とーにーかーくー。
こんなでも私は女の子。
お洒落をしたいし、お化粧もしたいし、甘いお菓子だってだーい好き。もちろん、コイバナだって興味ありますわよ?
だって、私は女の子。いくつになってもキュートなレディに見られたいの。
特に、好きな人には、ね。
「まもなくー
廃病院ー
廃病院ー
当院は移動しましたー」
お忘れ物、ございませんか?
好きな人の真似をしてみる。そういうちょっと恥ずかしい遊び。
こんな風に信じ合える友だちっていいよね。女の子でも、男の子でも。
私はさ。この地元の桜ヶ原から出たことがないんだよね。
ここで産まれて、育って、戻ってくる。みんなだってそうだったでしょ。桜ヶ原で育って、外の世界を見て、そしてまたここに帰ってきた。
でも、私はずっとここにいた。
実家が土砂で埋まって、円の中に入ってからは本当にずっとずっと桜ヶ原にいる。ここしか知らないの。
大学なんて行ってないよ。近場の高校を卒業して、すぐに就職。駅の近くの小さなカフェ。そこで使ってもらえたんだ。
修学旅行? 当日熱を出して休んじゃった。遠くへ行く遠足もそうだよ。
私の体も、心も。ずっとずっと桜ヶ原にある。
友だちがいなかったわけじゃないよ。みんなだっていたんだし。
でもさ。今だから言うけど、ほんの少しだけ淋しかったかな。
外へ出ていくみんなの背中を見るの、実は嫌だったりして。
そんな私の傍にずっといてくれたのは、両親でも親戚でも、同級生でも先輩でも後輩でもなくってさ。
おんなじように桜ヶ原から出れない、バスの運転手さん。
あの人が私の傍にいてくれたんだ。
傍じゃなくって隣にいたいって思い始めたのは、いつ頃のことだったかな。
私って、ほんとマジパネェくらいヤバいレベルでバスが好きだと思うんすよ。
と言っても、実際はそこまでじゃない、かな。
好きなのはあくまで桜ヶ原のバス。更に言えばあのバスに乗ってる車掌さん。
これってバス好きって言えるのかな。まあ、好きだしいっか!
私と車掌さんが一緒にいた時間はそれはそれは長い。例えるなら、私の一生分。例えてない? でもこれ以上ないくらい長いでしょ?
だから影響を受けるんだよね。癖とか、考え方とか。だんだん似てくるの。
もちろん違う個人だし、兄妹とかでもない。全くの他人だよ。それに、いくら似てきても同じにはならない。だって、他人だからね。
どっかの恋人みたいに一つになりたいなんて思わないよ。
一つになっちゃったら、私なんていなくなっちゃう。もちろん、好きな相手の人だって。
自分と違う人だからいいんだよ! 一つがいいなら一人でいやがれ!
というわけで、私と車掌さんはこう言いました。
「私たち、悪友?」
「僕たち、悪友」
Yes ! A・KU・YU・U☆
方向性が斜め45°の明後日に向かっていた!
「まもなくー
切り株ー
切り株ー
お降りの方は罪を悔い改めよ」
ここに悪友戦隊バッシングが誕生…
してない!
いい子には飴ちゃんを。悪い子にはお仕置きを。悪い大人は地獄へ堕ちろ。
時間の流れって、怖いよね。私と車掌さん、二人揃って信条として掲げる内容同じなんだもん…
正義の味方を自称するのが君だけだと思ったら大間違いだよ、5番君!
私もみんなも、正義感は人一倍強いんだ。
だから、君がしたことは正しいと思うよ。ほら。胸を張りなって。
前にも言ったけど、桜ヶ原の内側では不思議と地元の人は守られるんだ。逆に言えばね、余所者はないがしろにされる。
事故に遭いやすいとか、発狂するとか、行方不明だとか。だから、復讐したい人をここに連れてくるのはいいアイディアじゃないかな。
怪異っていうのは、時に私たちの想像を越える冷酷さを見せつけるものだろうしね。
なんて、格好よく決めてみせるけど、外から見れば私たちだって充分おかしなものだろうけど。古くさいっていうか、時代遅れっていうか。
それでいいんじゃないかな。
桜があって、気の置けない仲間がいて、不思議な七不思議があって、好きな人がいる。こんな世界、私はいいと思うよ。
産まれてきてよかったと思う。
こんな素敵な世界を踏み荒らす悪者どもは、制裁されて当たり前って思うのでありますよ。
かしこ。