桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号8番「停留所」③

さてさて、親愛なる同級生の皆さま方。

がたごとガタゴト、バスは進みます。

 

ここからが本番だよ。さあさあ、お聞きなさって。

 

みんなの持ってきたとっておきの話たち。とっても素敵だね。

一つの停留所にそんな話があったのか!

一人の人生にそんなことがあったのか!

そんな風に感動しながら、私は今、この同窓会で話を聞いてる。

 

私の話は『停留所』。みんなが話してくれてるその話こそが停留所の話だよ。

そして、その停留所を繋げる道をいくのが一本のバス。

「次は◯◯ー、◯◯ー」

バスは進む。人が立つ、次の停留所に向かって。

停留所は人の数だけある。その中に、ぽつんと私の停留所があった。停留所の名前は『留華』。私の名前だよ。

留華の停留所にはもちろん私が立っている。そこに、クラクションを鳴らしてあのバスがやって来るんだ。

 

あのバスは、私の停留所の前に止まった。

そしてあの人は言うの。

 

「乗るか乗らないか、はっきりしろ」

 

もちろん、私の答えは「Yes.」か「はい」しかありません。私はバスに乗り込んだ。

 

バスが静かに動き出す。がたんと揺れて、発車した。私は車掌さんのすぐ後ろ、いつの間にか定着していた私の予約席、そこに腰を下ろすの。

そっと後ろを振り返る。さっきまで私が立っていた停留所。そこには何ものこっていなかった。

だって、『留華』という停留所は私そのものなんだもの。

 

がたんとバスが走り出す。私という停留所を乗せて、走り出す。

そして、いくつもいくつも停留所を通過するの。

各駅停車のそのバスは毎回止まる。止まる。止まる。

誰か乗ったかもしれないし、誰も乗らずにまた発車したかもしれない。

誰か降りたかもしれないし、誰も降りずにまた発車したかもしれない。

停留所を後ろに追いやり、バスは進む。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

 

その車掌さんは何も話さないのかだって?

焦んなさんなって。今から話すからさ。

 

 

 

『留華』の停留所の話は私の話。バスに乗った私の話は二つ。

まずは窓から見える外の話。そう、さっきまでしていた君たちの話だよ。桜ヶ原っていう町を巡り、そこで起こったものを見る話。

そして、もう一つ。バスの中の話。これから私がする、私と車掌さんの話。

 

はい。前半戦終了。

 

 

 

みんなが語った話たちの中から七つ、私は抜粋させていただきました。七つっていうのは適当、あ、曖昧な方ね。適当で適当、これは適切な方。桜ヶ原の『七不思議』から『七』っていう数字をいただいた次第でー、ここら辺は別にいいかな。

とにかく。みんなにしてもらったたくさんの話から、桜ヶ原の中で起こった話を選んだつもりだよ。七つを、ね。

その七つの話のある停留所は、話をしてくれたそこの君たち。よく知ってると思ってた場所にそんな話があったんだね。でも、停留所っていう一人の人には話が一つでも、単なる一つの場所には話が無限に湧いてくると思うのさ。

 

もうわかったかな?

バスは停留所を巡った。バスに乗った私も停留所の数だけ巡った。

いわゆるスピンオフってやつ?

 

物語は常に派生するものなのだよ!

 

まあ、どっちが基の話なのかわかんないから、スピンも何もないけどね。全部の話がオリジナルだよ。

 

 

 

さあさあ、バスは折り返しでございまーす。

 

まずは停留所、切り株の上。

まもなくー、当バスは切り株を回ってー

 

くたばれ暴走族事件へと突入します!

総員、戦闘体制に入れ!

 

 

 

端折って更に端折ると、悪い奴には罰を与えよ。『切り株の上』ってそういう話じゃないかな? いや、違う? まあ、そういうことにしておいて。

みんな、知らないと思うけど私たちの小学校に暴走族が突っ込んで来た事件があるんだ。

ほらほら、知らなかったでしょ?

これはその話。

 

 

 

まず、最初に一言言っとくね。

桜ヶ原の七不思議、一つ目の切り株があるのは、私たちの母校である小学校の裏庭。最近行ったけど、そこにはまだちゃんとあったよ。

 

一本の切り株が、ちゃぁんとそこに。

 

 

 

その日はちょうど休日でね。

たまには散歩にでも出掛けようかな、そう思ってたんだ。雨が降りそうなどんよりとした灰色の雲。空に向かってこう言ってみる。

 

「出来るもんなら、他のものも降らせてみな」

 

例えば、雪とか霰とか、雹。飴とか蛙とか魚とか。いやいや、もういっそ槍でもいいか。そんなくだらないことを考えながら、ぼんやりと外を眺めたもんだよ。

 

つまり、ものすごく暇だったわけだ。

 

季節は冬。さむーいさむーい、朝には氷がはるくらい寒い日。

天気予報では、午後から雪が降るでしょう、そう言ってた気がする。

次の日からはまた仕事だったんで、いくら暇でも貴重な休日。

今日しかない。行くなら、今日しかない! 行かねば! 行かねばならぬ! 約束の大地が私を呼んでいる! っていう、いつも通り謎のスイッチが入っちゃった私は出掛けたんだ。

 

午前中に家のことを終わらせちゃって、昼には学校の事務室の方に「行きますよー」っていう連絡を入れた。

事前に連絡さえあれば大抵誰でも校内に入れちゃう。ちょっと問題だろって委員長は心配してたよね。安心してよ。今じゃもっと厳しいセキュリティになってるんだから。

もっとも、そうなったのはその日の事件が原因なんだけどさ。

 

やばい。そろそろ雪が降りそう。そんな雲行きになってきてはいたんだけど、電話しちゃったんだから今さらキャンセルなんてできないぜベイベー。

お昼御飯を食べ終えて一息ついた私は、放課後、大体授業が終わるだろう時間まで本を読んだ。

 

学校までは近くのバス停から学校までバスに乗っていく。いつもの、あの車掌さんが運転するバス。

もしあの人が、近所のお兄さんとかだったら。まあ、見知った学校に行くぐらいジャージでいいか。寒かったらパーカーなりもこもこの厚着をすればいいか。それくらい軽く考えられたんだろうな。

 

成人して、大人になって、女の子から女性になって。私はやっと自覚した。あの人が好きなんだって。

その「好き」は同級生や先輩や後輩に対する「友情」としての「好き」とは違う。異性として、一人の女性として、あの人が「好き」。

でも、その時はまだ自覚したばっかでね。好きで好きで大好きで。どうすればいいのかわかんなかった。今までだって「大好き」だったんだよ? それが急に恋人になりたい、結婚したい、君の子どもが欲しい! そんな風になっても意味わかんない。

色んな「好き」がごちゃ混ぜになって、ぐちゃぐちゃになってた。全然、全く、意味わかんなかった。

それでもね。一個だけ確かにわかることがあったんだ。

あの人は他の人とは違う。あの人は、私の「特別」なんだって。

何度も何度も夢を見たよ。あの人の隣でテレビとか雑誌で見たウェディングドレスを着て笑う自分。つまり、そういうことなんだなって。

あの人のことが「特別に好き」なんだなって。

 

そんなあの人が乗ってるバスにジャージでなんて乗れないよ。

おやおや? なにかな? その顔は。まるで私が普段平気でジャージ着てバスに乗ってるとでも言いたそうだね。そんなの、一年に一回くらいだよ!

 

笑うな! そこ!!

 

とにかく。

私はスカートを履いて、タイツで足を保護した。靴は厚底のブーツで攻撃力を上げて、ちょっと静電気が気になるセーターの上から防御力と保温性を上げるために100%ウール素材の上着を羽織った。家を出る直前には、ニットの帽子と耳当てを着けて、もこもこのもこ手袋に手を通した。

ああ、これでどんな冬でもあったかーい。状態であったとさ。

簡単に言えば女の子装備だよ。それだけあの車掌さんが特別だってこと。こんな私だって特別な人には女の子に見られたいの。

 

実際はどんな風に見られてるか知らないけどね。

それでも、近所のただの子どもより妹みたいに見られる方が幾分かまし。最低でも性別は女でありたいのだよ。きゃ☆

 

とまあ、恋する留華さんはバスに揺られてえっさかえっさかと学校に向かいました。今思い出すと、何か直感的なものもあったのかもね。

 

 

 

 

 

ちょうど一緒に乗ったお婆ちゃんにみかんをもらったりしながら学校まで楽しい時間を過ごす。時々チラチラと車掌さんの方を見ちゃったりもして。

あーーーーーー。

そんな自分にも気づいてなかったんだろうなぁ、あの車掌さん。

 

美味しいみかんのお礼に300円をお婆ちゃんに渡して、外の景色に目をやった。

まだ、雪は降るのを待っていてくれてるみたいだった。

 

学校が近づいてきて、チャイムの音が届くくらいの距離に差し掛かった頃。私は聞こえるはずのない音を耳にした。バイクの音だった。

なんじゃこれ、と首を傾げてると、後ろの方に乗ってたおじさんが不機嫌な声を出した。

 

「何か煩くないか?」

 

白髪混じりの頭に眉間のシワ。まさに雷オヤジって感じのおじさん。こわって言いそうになったけど、その前に別の人の声が遮った。

 

「これ、大型バイクだな。しかも改造されてる」

 

おじさんと距離を離して座ってた金髪のお兄さん。意外と柔らかい声でそう言ったの。

 

「改造バイク?」

「例えば、暴走族とかが乗ってるやつ」

「暴走族ぅ? そんなもん、ここいらに来れるんかい」

 

暴走族なんて私は見たことがなかったんだ。

だって、この町の人たちはそんなことしないでしょ? やったとしても原付。あ、何回かスーパーカブを愛する会がたむろしてるのを見たか。それくらい。

外の人だって、わざわざこんなとこに来ないでしょ。来れない、でしょ? 桜の木が追い払っちゃうもん。

でも、その時はいたんだよね。しかもよりによって小学校の校内。

マジでふざけんなって思ったよ。小さな子どもたちがいるのにさ。

 

学校のバス停に着いて、バスが停まって、車掌さんは一旦エンジンを切った。私は降りずに、窓からそーっと学校の方を見た。おじさんとお兄さんも同じで、私たち三人は窓にへばりついてた。お婆ちゃんだけは席を立てずに、心配そうに外を見てたよ。

校舎の方からは異常に煩いアクセルをふかす音。なのかな。ぶぉんとかいう、エンジンを空吹かす音。あと、マンガとかドラマでよく見るパラリラパラリラっていう暴走族のBGM。一体どこから出ているのやら。そんなのが響いてた。

小学校のバス停からは門と校庭、運動場を挟んで校舎が丸見えだった。所々は植えられた桜の木が邪魔をしてくれているけど、大半は丸見え。

あの造りはね、町の人は子どもたちに危害を加えないっていう信頼から出来ているんだ。弱い子どもたちを大人は絶対に傷つけない。むしろ見守らないといけない。だからバス停がある道路からは校舎が丸見えなの。

 

本当だったら世界はこうあるべきじゃない?

弱いものを強いものは守る。弱いものが力を付けたら、威張るんじゃなくて次の世代を、自分より弱いものを守る。自分がしてもらったみたいにね。

強いものが弱いものをいじめるなんて、ほんっと意味不明。

大きいものが小さいものを踏めるのは当たり前でしょ。踏んでいいわけじゃない。小さいものを踏まないように努力するのが大きいものの義務だよ。小さいものは踏まれないように努力するのが義務。

踏んで、いじめて、笑ってる奴らは地獄に堕ちろ。

地獄に逝けば、きっと閻魔様なり鬼たちなりが踏んでくれるよ。そこで後悔すればいいさ。自分がどんだけ最低なことをしてきたか。そこで自覚すればいいさ。自分はこんなにちっぽけだったんだって。

ぷんすこぷんすこ。

 

ああ、じゃなくて。

そんなことする人は町にはいないんだよ。

だから学校はおおっぴろげになってて、外、町の外ね、そっちから悪者がやって来るなんて想定してないの。

学校は学ぶ所なんだもん。これから成長する若い苗が並ぶ場所。苗を育てる場所にわざわざトラップを仕掛ける必要、ある?

私はないと思うな。罠にかかる前に悪者は仕留めないと。そう、私は思うよ。

 

でねでね。私が乗ってるバスからも学校の様子は丸見えだった。視力の関係もあるけど、運動場で嫌なことが起こってるっていうのは誰でもわかった。

心配で心配で、胸が嫌な感じにどきどきした。真っ黒でドロドロした苦くて苦しくて痛い、あの感じ。誰かが傷つくのは見たくない。

 

「囲まれてるな」

 

すぐ横から静かに声がした。車掌さんだった。

 

はい、みんなー、聞いてー。

好きな人の声が真横で、それも耳元でしたらどうなるかなー? 変な声が出ました。

 

「ふぁい???!!」

 

笑わないで。ほんと、ビックリしたんだから。

多分顔も真っ赤だったと思う。ほんと、ビックリしたわー。

 

ごめん、話戻すね。

車掌さんの囲まれてるって言葉を聞いて、私はよーく目を凝らした。

運動場では大きくて変な形のバイクがぶぉんぶぉんいいながら走り回ってた。やけに長くて、旗みたいなのを刺してるのもいた。あれが噂の暴走族か。カッコ悪いな。そういう目で私はそいつらを凝視した。

するとね。煩いエンジン音に混じって子どもの声が聞こえたの。

何処から聞こえたかって? バイクの走り回ってる中心だった。あいつら、子どもたちを逃げられないようにバイクで走り回って囲ってたの。

最低な奴らだよ。泣いてる子どもたちをビビらせて喜んでたんだ。

一歩間違えば大事故だよ。大事件だよ。殺人だよ。そんなこともわかんないのかな。

先生たちもどうすればいいか判断できなくて、助けられずにいた。そりゃそうだよ。ほとんどの人が暴走族なんて奴ら見たこともないんだから。そいつらがなんでそんなことしてるのか、理解できないの。私だって理解したくないよ。あれだね。頭パッパラパーっていうやつだね。かわいそ、かわいそ。

そんな奴らに巻き込まれた子たちが本当に可哀想!

 

暴走族から少しでも早く子どもたちを助け出さなきゃ。そのことで私の頭は一杯だった。焦ってもいたかな。

どうすればいい。どうすれば暴走族が子どもたちから離れる。どうすれば子どもたちから暴走族が離れる。どうすれば子どもたちから暴走族を離せる。

 

煽ってやれ。

 

こっちに向かってくるよう、あいつらを煽ってやればいい。

 

そう思った瞬間、私はバスから飛び出していた。もちろん、全くの考えなしだったわけじゃないよ。

飛び出す直前、運転席の下。そこにあるある物を入手していたのだ! そして、ポケットの中にはアレを詰め込んだ。勇気とか形のないものは心の燃料にして奮い起たせた。

後ろから車掌さんの声が聞こえた気がした。珍しく大きな声出してさ。振り向きたかったけど、最優先は子どもたちの安全。

私は走った。

そして、運動場に走り込んだ。まずは第一声。

 

「ひかえおろー!」

 

知ってるかい? みんな。「ひかえおろう」って、「控えよう」って意味なんだよ。だから私は叫んだのさ。「みんな! 静かにしようよ!」ってね☆

適切な表現でしょ?

 

それで、何人かはこっちを向いたの。でも、エンジン音が大音量過ぎて声が届かない。

暴走族自体は五人くらいの集まりだったんだけど、注意を向けたい囲ってる三人には全く聞こえてないみたいだった。せっかくの決め台詞だったのにな。

だから私は投げた。いや、何をって、ポケットの中に忍ばせたアレ。みかんの皮。

み か ん の 皮。

おもいっきり、投げた。暴走族に向かって。

みかんの皮はゆっくりと、落ちていった。まるで、時間そのものが今にも止まってしまいそうなほど、その瞬間はゆっくりと感じた。

暴走族っていうからには交通ルールなんてガン無視だよね。だからさ、ヘルメットだってねぇ。してないのさ。

落ちていったみかんの皮は、偶然暴走族の一人の頭に、いや目の前かな。出現した。そいつの視界を奪ったみかんの皮は、動揺して暴走し出した暴走族の顔にこれでもかとしがみついていた。

昔のSFホラーの映画でありそうだな、って思った。地球外生命に寄生されるやつ。

言葉の通り暴走し出した仲間に驚いて、走っていた他の奴らも巻き込みながら暴走族たちは混沌としている運動場を走り回った。

そこにすかさず、私はアレを投下する。

キャップを外し、流れるような動作で空を滑らせた。学生の時に鍛えぬいた肩で思いっきり投げつける。

私は発煙筒を。

 

あれ?

 

発煙筒を。

 

んんん?

 

煙が、出てなかった。

これ、発炎筒の方だー。

 

気づいたときには真っ赤な炎を吹き出した筒が暴走族たちに向かっていた。私は全力で謝った。

 

「さーーーーーーっせん!!!」

 

その瞬間、真横を私が投げた物と同じような物が飛んでいった。そこからは煙が吹き上がっていた。

発煙筒だ。

後ろを振り向くと、バスから降りた車掌さんが腕を大きく横に降っていた。そこをどけ。声は届かなかったけど、口の形がそう言ってた。

私は素晴らしいフォームで跳んだ。近くにあった木の所に滑り込んだ。セーフ! セーフ! 何のセーフかわかんないけど、とりあえずセーフということにしといた。滑り込みセーフのつもりだった。

後ろを見ると、暴走族たちがもくもくと立ち上る煙の中で悲鳴をあげながら走り回ってた。そしてやがて奴らは地に伏したのである。

 

いい仕事をしたな。

私は満面の笑顔だった。

 

そして、車掌さんに殴られた。

グーだった。

 

あんな危ないこと、二度とするな。

助けてくれたじゃん!

助けないと死んでたかもしれないんだぞ。

私が死ななくても、この子たちの誰かが死んでたかもしれない!

安全に助ける方法を考えなかったのか。

私、そんなに頭良くないもん!

じゃあ賢くなれ。

 

自分も、周りも、助けて守れるくらい賢くなれ。車掌さんはそう言った。わんわん泣く子どもたちの手を引いて、ゆっくり歩きながら車掌さんは私にお説教をした。

 

私は頭が良くないよ。賢くない。それは誰よりもみんなが一番知ってるでしょ?

私はこんななんだよ。

昔からずっとずっと変わらない。

それを知ってるからさ。車掌さんもその時笑いながらお説教したんだ。

 

 

 

生きることと死ぬことってさ。結構近くにあるっていう人もいたりするよね。私も「死」っていうのは近くにあると思ってる。

ううん。違うな。

「死」っていうのは、いつでも自分の中にあると思うんだ。そういう種が生まれつき誰の体の中にもあってさ、段々大きくなるの。

芽が出て葉っぱが広がって大きく高く伸びて蕾が出て花が咲いて、実ができる。

もしかしたら、それは「死」じゃなくて「命」って種かもしれないね。でも、どっちにしろいつかはなくなっちゃう。そんなものが、誰の中にもあると思うんだ。

知らなかったでしょ。知らなかったよね。そうだよそうだよ。知っちゃったら、いつ死ぬか、いつその種が育ちきって終わっちゃうかびくびく怯えちゃうって。死に怯えて生きるって、きっとそういうこと。いつ終わりが来るか怯えて、心配して、ニコニコ笑って遊んでもいられない。

私は嫌だな。そんな人生。

 

私だったら、地面に埋まってるようなそんな種を知らんぷりして水をかけてあげる。大きく育って、どんな花が咲くか見届けてあげる。たとえそれが最期の瞬間になったとしてもね。

ほら、こういう風にね。私にとって、死ぬことなんて全然こわくないの。私「は」死ぬのはこわくない。

でも、他の人はダメなんだ。どうしても、他の人が亡くなって逝くのはダメ。

小さい頃。まだ家が外にあった頃。目の前で家族が土砂に埋まっていくあの瞬間が、頭から離れないの。

 

 

 

その日、帰路に着く時間には空から真綿のような雪が降り始めていた。

 

 

 

暴走族はどうなったかって?

それはまた後で、ね。

 

 

 

とまあ、こんなこともあったんですのよ、奥様。

大丈夫大丈夫。ちゃぁんと切り株のことも見ておいたから。

 

さてさて。次の停留所は廃病院。

まもなくー、当バスは旧病院を突っ切りー

 

ポスト投函、ラヴレター。

た・だ・し。

返事は要りませんってね。

 

 

 

まだ私たちがコンクリートの校舎で堅苦しい教科書を開いてた時代。セーラー服を着てたり、学ランを着ていたり、ネクタイを締めてブレザーの人もいたかな。

ノートを破って秘密の手紙を回し読みしたね。校庭の木の下で告白した人はカップルになるとか、放課後図書室の奥で会うと誰にも邪魔されないとか。いろんな噂もあったんじゃないかな。

冷暖房なんか付いてなくてさ、夏はギガ暑くて冬はギガ寒い。

 

ふふっ、今じゃ信じらんないよね。

 

今の若い子たちはマスク着けてパソコンで授業するとこもあるらしいって、ほんとっすか? 先生。

顔が見えなくて、どうやって気持ちを伝えるの? 先生は何を教えてくれるの? てか、学校がある意味ってなんぞや?

めんごめんご。

別に先生って職についた人をディスりたい訳じゃないんだよ。

私たちだって先生の悪口くらい言ってたさ。友だちの悪口だって言ってたさ。嫌いで嫌いで大好きだったよ。学校っていうのはそんな場所なの。

うまく言えない表せないが集まっちゃった、微妙なとこ。未熟で微妙で、そんな時間を過ごす場所。

私たち、子どもが集まる場所。

 

最新の知識とか、毎年更新される情報なんて家にいても手に入るよ。適正価格でお金払って手に入れればいいじゃん。欲しい情報だけさ。卒業論文の内容の大半は本とかからの引用なんでしょ? 書いたことないけど。

同じクラス名簿に載ってる人とメッセージをやり取りするだけならアプリがあるでしょ。すぐ横にいてもメールを送ればいい。悪質な悪口で罵りたいなら、インターネットの裏サイトって手もあるよ。

でも違うでしょ?

同じ教室に集まって机を並べて先生の肉声で授業を聞く。わかんないとこもわかるとこも手を挙げて「はい、先生!」って声をあげる。内容がないような話を笑いながら聞く。テストに出ないようなマニアックな知識を吸収してまさかの数十年後に披露する。

私には無駄な時間じゃなかったよ。

ねえ、みんなはどうだった?

 

あー、古くさい話になっちゃたな。

そんな無駄だ無駄だって言われる昔、今もなのかな、そんな学校のあり方なんだけど。その中には昔々、多分陰陽師がお札に筆を走らせていたくらい昔から密かに伝わってきた秘伝の術があると思うんだよね、我。

例えば早弁の方法とか、バレないように授業をサボる方法とか、悪戯の仕方。

今回の話ではね。恋文の送り方をみんなに言いたいんだ。

書いて、封筒に入れて、投函? そんな単純な話じゃないんだって。

 

聞いたでしょ? 廃病院の幽霊から送られてくるラブレター。あんなことしたらドン引きだよ! 死んでもそんなことしちゃダメダーメヨ。

ちゃんとマナーと順番があるんだって。そこの君、知らないって顔してるね?

ちゃんと学校で教えてくれたはずだぞ☆

 

おふざけはここまでにして、私の話を聞いてもらおうかな。

 

 

 

 

 

 

私の初恋の人は、ずっと言ってるみたいにあのバスの車掌さん。私が恋したのも、あの車掌さんただ一人。

 

 

 

好きな人に想いを伝える。でも、恥ずかしくて顔を見て言えない。

だから、まずは手紙を書いてそっと送るの。手渡しでもいいし、勇気がなければ下駄箱に入れるのもアリだよ。

大事なのは伝えたいってキモチ。私はこんな風に思ってます、ってね。

想いを書いて、そっと包んで、いつか届けと願う。

 

赤い果実みたいに甘酸っぱい青春だね。

 

だけど、この方法で想いを伝える時はね。たったひとつだけ注意しなきゃいけないことがあるんだ。

想いはその人に届いても、返してくれるかはわかんない。返事を期待しちゃいけないの。YesでもNoでもね。

恋文とかラブレターっていう手紙は、いつだって一方通行になりがちなものなの。

もちろん、現代風にメールを送信してもおんなじだろうね。きっと、既読も付かずに放置されることだってある。

それでもいいなら想いを綴ってみて。好きな人に想いが届かなくても、書いた人の心にはその恋は残り続ける。

 

私の恋した人は、小さな頃から乗り続けたバスの車掌さん。その人だけだった。

ずっと、ずっと、その人だけだった。

 

今でもそう。

 

これからも、きっとそうなんだ。

 

それが、私の恋なの。

 

カッコいい大人、世話を焼いてくれる近所のお兄さん、軽口も言い合える気心知れた兄、自分より長く生きてる先輩、知らない何かを知ってるオトナ。あの人に対する認識は時間と共に変わってきた。あの人には私はどう見えていたのかな。

車掌さんは何も言わない。

 

一度だけ。たった一度だけ、車掌さんに聞いたことがある。

 

「好きな人、いますか」

 

まだ私がセーラー服を着ていた時だった。

 

いや、実際はそんな丁寧に聞いたわけないじゃん。聞けるわけ、ないよ。すごく緊張しててね、いつもは見れてたはずの車掌さんの顔も見えてなかった。

車掌さんは、一言だけぽつりと言った。

 

「いる」

 

ああそうなんだなぁって、頭が納得した。そりゃ、こんなに年上でカッコいい人なんだもん。恋の一つや二つ、したりされたりしたよなぁ。

もちろん、心の方は全然納得できてなかったけどね。

 

車掌さんの指には一度だって指輪があったことなんてなかった。職業的なものかもしれないけど、都合のいい私の頭は都合のいい方へと妄想を働かせていた。

車掌さんはフリーなんだ、ってね。

自分にとって悪いことを全部押し沈めて、いいことだけを思い込む。若い頃にありがちな脳内お花畑天国だった。

だから、車掌さんの答えは理解できても受け入れられなかったの。

 

聞きたいことは山ほどあったよ。

その人は誰ですか、私の知っている人ですか、どんな人ですか、いつからなんですか、なんでですか。

私じゃ、ダメですか。ダメなんですか。

一言も口にできなかった。

それ以上知りたくなかったし、恐かったのかもね。

恋は乙女を弱気にさせる。いつもは男勝りな私でさえプルプル震えるウサギになっちゃう。

可愛い例えでしょ? 笑いなよ。

笑わないの?

ありがと。

 

その日は帰って、もう大豪雨。ベッドの上は水溜まりになっちゃうし、声はガラガラになるまでなり続けた。

 

そんな顔しないでよ、みんな。

私ね。失恋だなんて思ってないんだ。

好きな人がいるかは聞いたけど、自分が好きだってことは言ってなかった。まだ伝えてなかったんだよ。

 

 

 

だからさ。私、書いたんだ。

ラブレター。

 

これこれこういうことあってこう思ってこうだから好きです。

本当に、ただそれだけ。

付き合って欲しいとか、もっと話したいだとか、そういうのは一切なし。自分は自分はってそればっかり。本当に一方通行の手紙だったよ。

でもね、出す前に気付くの。

なんてワガママな手紙なんだろうって。

相手のことを想って好きって言うのに、全然その人のこと考えてないの。好きです好きですって、その「好き」をただ押し付けてるだけ。

ほーんと。おこちゃまだったな。

 

「告白」っていうのはね。本当だったら手を伸ばして告げる言葉たちだと思うんだ。

手のひらを上に向けて、最後に相手の気持ちを確かめる。あなたはどうですか? って。手を取ってもらえるように。手を弾いてもらえるように。ちゃんと、その人の思いを、考えを受け取れるように。

 

手さえ伸ばせない手紙だけの告白は、予行練習にもならないものかもね。

それでも私は書き続けた。

一枚書いては封筒に押し込んで、別の一枚を書いては封筒に押し込んで、何回も何回も何日も何日も繰り返した。

で、ね。いつも最後に気づくんだ。

 

私、あの車掌さんの名前さえ知らない。

 

私の好きな車掌さんはね。ネームプレートを着けていないんだ。

だから、知りたかったら本人に聞けばいいんだよ。その勇気があればね。簡単な話だよ。貴方の名前は何というのですか。ほら、これで終わり。

でも、当時の私にはそんな勇気さえなかった。

 

いつも聞けない。宛名が書けない。まだ聞けない。手紙を渡せない。

聞けない。聞けない。聞けない。聞けない。

渡せない手紙は机の引き出しの中に溜まっていく。

それでも書くの。何でだと思う?

 

渡せない手紙だから、伝えられない気持ちを書くの。

好きです。好きです。貴方が好きです。名前さえ知らない貴方だけど、好きなんです。

名前を聞く勇気も、手紙を渡す勇気も、直接告白する勇気もない弱気な女の子。

そんな過去の私は、ただひたすら渡すつもりのない恋文を書き続けた。

そこまで来るとラブレター自体が可哀想に見えてくるよ。渡せないなら書くなよ、ってね。

でもどうしようもなかったの。どうしようもなく好きで、好きで、好きすぎて、でもその好きをどこへ向ければいいかわかんなかった。

その好きの先に何を望んだらいいのか、わかんなかったの。

 

時間が経って、いつの間にかそんなことをしなくなったけどね。それでも、その手紙たちは私の机の中で眠ってる。

いつか、そのこたちにちゃんと封をして、宛名も書いて。あの時の気持ちをあの人に届けようって切手を貼って。何かの祈りを込めてポストへ投函。

 

なーんてこと、これからもするつもりはないんだけどね。

 

諦めたってことじゃないよ。

落ち着いて、あの人の顔を見て、想いを伝える勇気がやっと持てるようになったんだ。まだ、言えてないけどね。

「貴方のことが好きです」

その言葉は、きっともうすぐ言えると思うんだ。

 

 

 

私の恋の停留所。

待つ時間が長くて長くて、いろんなものが増えちゃった。

だけど、やっと。やっとね。あの人のバスに乗って発車できる時が来たと思うんだ。

前に進む勇気が、覚悟が、やっと育ったと思うんだ。

 

 

 

なんとなく、桜の花びらが応援してくれてる気がするの。

 

 

 

ああ、ところでね。

廃病院から届くラブ・レターって話があったでしょ?

その手紙を送った人ってちょっと変わってるよね。変わってるどころじゃない? ははは、そりゃそっか。

でも、私が言いたいのはそこじゃなくてね。

そのラブレターたちって、ポストを経由しないで直接郵便受けに入れられてたんでしょ?

それって。家まで行く勇気はあっても、そこから先。扉の向こうにいる手紙を届けたい人に会う勇気がないっていうことじゃないの?

そんなの、へーんなの。

 

ラブレターを郵便受けの中に入れるとき、その人の一部は、もう扉の向こうに入っちゃってるっていうのにさ。

 

 

 

赤いポストを見ると手紙たちのこと、ちょっとだけ、思い出すかな。

思い出すだけで、もう絶対に書くことはないと思うんだけど。

 

さてさて、次のお話ですよー。

 

 

 

桜ヶ原にはたった一ヶ所だけ池がある。一度は埋め立てられて、不思議なことに復活した池。その池にはこれまた不思議な砂時計が沈んでいる。

ってね。

出席番号14番の担当した七不思議、三つ目。

ああ、また会いたいなぁ。会えるかな。会えるよね。また、会えたね。

会えたよね、私の同級生。

 

時間軸はいつでも真っ直ぐじゃないのかもしれない。

昨日から今日を通って明日へ向かう? それは誰が決めたこと? 太陽が顔を出して、背伸びして、眠りにつく。それを一日として、ひたすら繰り返す。地球は回る。くるくる回る。一回回るごとに、一日という命を消費する。そういうことじゃないの?

そういうことじゃないの。

 

私の言ってる時間軸っていうのは、そういうことじゃないの。

 

時間軸っていうのは未来に向かってるのを前提で一つの事象の変化を観察したものらしいね。あれ? 時系列の方だっけ?

んんんー?

わかんなくなっちゃったな。珍しく難しいこと言おうとするとすぐこうだ。

 

えっとね。

 

こうかな。

時間は未来に向かって強制的に進むの。寝てても朝は来るし。嫌でも日曜日は終わって月曜日がやってくる。夏休みは始まって過ぎ去って最後の三十一日で毎年地獄を見て宿題が終わらなくても九月一日がやってくる。

例えばそれを一本の矢印、棒として考えるの。

で、その矢印棒は下から上に向かって伸びてるとしよう。うりゃ。

これの下が過去、上が未来ね。

そこにー。ぱんぱかぱーん! メモ帳が登場! これを無限メモと名付けよう。

無限メモはすごいんだぞー? あった出来事とかを書いてメモできるんだ。しかも、出来事があった瞬間に。

書かれた無限メモはさっきの矢印棒に突き刺さっていく。下が古いの。上が新しいの。

つまり、過去から未来方向に向かって順番に出来事が並べられていくんだよね。

で、多分なんだけど、死ぬときには分厚ーい無限メモの束が。ううん、そこまで行くともう分厚い本なのかな? そういうのが出来上がる。

何年何月何日何時、細かく細かく並べられた紙の束。きっちり順番通りにね。

本になっちゃったらページを入れ替えるなんて無理でしょ?

でも、それって一枚一枚無限メモを動かないように固定していくからなんだ。

何年何月何日、こういうことがあった。はい、終了。これで完成にしちゃうから動かなくなっちゃうんだよ。

ただし。

これは時間軸、時系列の軸となるものが時間だから。

 

私たちの同窓会は時間を軸に話してないよね。

高校生の頃の話をしていたり、小学生の頃の話をしていたりの大人になってから、社会人になってから、中学生の頃。みーんなバラバラ。

大事なのは出席番号順にするとっておきの話ってことだけ。

私なんて、あっちこっち話の時間が飛びまくってるよ。

模範にするなら十番君のだよね。きっちり一年のことを順を追って話してる。

 

そうそう。余計なこと多くなっちゃたね。

あれ? バレた?

難しいようなことを話して内容は全然正確じゃない。正しいか間違ってるか確証もない。そんな話をしたいんだ。

 

次の話は、曖昧な部分が多すぎるんだよ。ほら、十四番の話みたいにね。

 

で、ね。

私の話はほんっとに時間がバラバラ。バスが通る停留所っていう話をしてるのにさ。

その理由は簡単なんだよ。

私が乗ってるあのバスは、停まるかもしれないし留まらないかもしれない。停まった停留所だけを順に並べると、本来並んでるはずの停留所から見ると当然穴だらけ。

 

もしかしたらさ。あのバスって。

 

全部の停留所を回るために走り続けてるのかな。

 

そう思うときがあるんだ。

どうかな? みんな。

 

 

 

ここが要点、テストに出すよ!

 

 

 

 

 

 

次の停留所は砂時計。

まもなくー、当バスは池に沈む砂時計ー

 

を空に大きく映す大星座。

オリオンは高く。

 

あの形、私にはどうしても砂時計にしか見えないんだよね。

車掌さん、貴方にはどうですか?

 

 

 

これはいつの話だったかな?

えっと、そうだ。

私が二十歳を迎えた日。

知り合いに連れられて初めての居酒屋に行って、初めてのお酒を飲んだ夜。

こいつ酔ってないから大丈夫だろ。そう言われて家に帰された。

 

一人で。

 

ふざけんな。初めての飲酒でどうなるかわかんないのに放置するな。

今ならそう言うだろうね。

夕方から呑み始めたから、まだ比較的早い夜間の時間。それでもタクシーを呼んだ方がいいだろうな。

今ならそう判断ができるだろうね。

自分はアルコールを摂ると眠くなりやすい。それに、あんまり強くない。

飲み会の回数をこなしてきた今ならわかる。

甘いカクテルほど度が低いわけじゃない。がばがば飲みすぎると危険。

いくつか種類を試したから実証済み。

 

全部、全部今だったらっていう話。

でも経験値0の勇者にとって武器を持つのも選ぶのも使うのも初めてでドキドキよ。

 

何だって一回目がある。その一回目は、うまくいくかうまくいかないかわかんないコイントスみたいなもの。

あ、私、今かっこいいこと言った?

 

一人で帰れと言われた私は、いつも通りバスに乗った。

無意識だったのかもしれないし、運命だったのかもしれない。

ふらり、と足を乗せたいつもの車掌さんが運転するあのバス。そして、座ったいつもの座席。

がたん、とバスが発車した。

 

後ろの方から苦しそうな呻き声が聞こえた。座っていたのは顔を真っ青にした酔っぱらいたち。

ああなりたくなかったら、今度から呑み方には気を付けよう。

ぼんやり、とそんなことを思いながら前を向いた。

 

小さな男の子と母親が乗ってきた。

 

「おねえちゃん、よっぱらいー」

「こら」

「よっぱらいだぞー、がおー」

「あはははははは」

 

私と男の子は小さな声でふざけあった。

母親は、しょうがないわねと言って、声だけ小さくするよう私たちに注意した。

バスは夜道を走った。ただひたすら、真っ暗な夜道をライトで照らしながら。

 

 

 

私は、いつの間にか目蓋を下ろしていた。

 

 

 

「おい、起きろ」

 

目を開いたとき、これは夢かと思った。

目の前には屈んだ車掌さんの顔があった。バスは止まっていて、他の乗客もいなくなっていた。

 

「うー、起きてる」

「あー、大丈夫か? これは何本だ?」

「ぶいさいん」

 

私はまだ、酔いから覚めきっていなかった。車掌さんが立てた人差し指一本を、Vサインだと言っていたらしい。これは酔っていたね。

酔っぱらいのターンはどこまで続くのかわかんなかったけど、とりあえずそのバスに乗っていれば大丈夫だと安心していた。だって、そのバスにはあの車掌さんが乗っているんだもん。大丈夫だよ。

といっても、いつまでも頭がぽやぽやフラフラしているのは良くない。ほら、よく言うでしょ? 酒の適量は薬にもなるけど、多すぎると毒になる。もしかしたら、飲んだ量が多すぎて体がアルコールを分解しきれていないのかもしれない。急性アルコール中毒で死んでしまう事例だってあるんだよ。そんな最期、いやだ。

自分はどういう状態なんだろう。みんな、初めてはこんな感じなのかな。ぐるぐるする。フラフラする。あつい。頭、ぐるぐるする。

でも、すぐ側に車掌さんがいる。

 

そこで私は言ってはいけない言葉を吐き出した。

 

「………吐く」

 

気持ちが悪かった。

 

誰かが言った。

酔えば酔うほど強くなるのだと。吐けば吐くほどアルコールには強くなるのだと。うん。関係ないね。関係ない話だったね。

 

おえっぷの意味で私は気持ちが悪かった。

 

「やばいやばい」

「くそ、こんなときに」

「歩けるか? 動くぞ。降りるぞ」

「暗いからな。ライトつけてるが気を付けろよ」

「ゆっくりでいいからな」

「ほら、屈め。吐くか? 一人で吐けるか?」

「向こう向いててやるから。すぐそこにいるって」

「水、水持って来るから」

 

ここで待ってろ。

頭の中はぐらぐらしていたけど、車掌さんの声ははっきり聞こえた。珍しく焦った声。安心させるためか、口数が多かった。

茂みの中で屈んだ私は吐いた。最悪だね。最悪の気分だね。でも、笑っちゃった。

私のためにあの車掌さんが焦ってあれこれしてくれるの。暗くて顔がよく見えなかったのが勿体なかった。

 

「水」

 

車掌さんが戻って来て、水のペットボトルを一本手渡してくれた。と思ったけど、すぐにそれは奪われた。

 

「悪いな。開けてから渡すべきだった」

 

がり、と蓋を開封する音が聞こえた。そして、今度は蓋が外された状態で渡された。

 

「………あざ、っす」

 

完全にグロッキーで、ちゃんとありがとうとは言えなかった。でも。

 

「わかってるから」

 

ありがとうは、ちゃんと彼に届いたみたいだった。

 

口をすすいで、その後でごくごくと水を飲んだ。お酒なんかよりそっちの方が断然おいしかった。

 

「落ち着いたか」

 

後ろから声がした。

 

「すいませんでした」

 

今度はしっかり謝れた。水と冷たい空気のおかげで意識もはっきりしてきていた。

車掌さんは言った。謝るようなことをしたのかって。悪いことをしたわけじゃないんだから、いつも通り笑っていろって。

さっきまで焦っていた彼が夢だったかのように、いつもの車掌さんがそこにいた。

周りは暗くて、バスのライトで照らされた私たちの場所しか見えなかった。

 

「ここ、どこ?」

 

車掌さんは屈んでいた私の横に並んでぽつりと言った。

 

「砂時計って知ってるか」

 

少し前まで、この町にはたった一ヶ所だけ池があった。その池は、外の人たちによっていとも容易く埋め立てられた。その池には、河童たちが村をつくっていたとも聞く。その池には、昔から、この町が桜ヶ原と呼ばれ始めるより前から、砂時計が沈んでいるのだと聞く。

そうだよ。七不思議の二つ目、砂時計だ。

 

「二つ目、ですか」

「知ってるじゃないか」

 

車掌さんは、ふ、と笑った。そんな顔、私は見たことなかった。

 

「池を埋めるなんて、何考えてるんだか」

「外の奴らなんてそんなもんだ」

 

見てみろ。車掌さんは後ろを、バスが停まってる方を指差した。バスの向こうには、大きなマンションが建っていた。

 

「あの下に、池があったんだ」

 

ごぽり、と水の音がした気がした。

 

「そのすぐ手前にな、バス停があった」

 

そうだ。昔は、池のすぐ横をバスが走っていた。池の工事が始まってすぐに、バスの通る道は変えられたんだけど。

懐かしくない? 池の横を走るバス。水はいつでも綺麗に澄んでいてね、大きな大きな甲羅がぷかぷか浮いているの。キラキラ光る水面すれすれに鳥が飛んでいって、小さな魚が跳ねる。

この池の何処かに、七不思議の砂時計が眠っている。そう考えるだけでも不思議な気持ちになった。

 

そんなの、もうなくなっちゃったんだけどさ。

 

「なんでそんなことするんでしょうね」

 

掠れた声で、私は聞いた。車掌さんに聞いても、きっと答えは返ってこない。そう思っていたけど、聞きたかった。

 

「知らん」

 

ほらね。車掌さんって、そういう人だから。

 

「知るわけないだろ」

「ですよねー」

 

空は真っ暗で、まだまだ朝は遠そうだった。月も出ていない、冷たい夜だった。

 

私と車掌さんはバスに乗った。

出入口の扉を開けっ広げにして、ライトを消して。たくさん話をした。

いつも走っているバスに乗るように、車掌さんは運転席へ。私はそのすぐ後ろの席に座って。たくさんたくさん話をした。

運転席の前にある大きなガラスから見える、更に大きな夜空を見ながら、私たちはバスが町の中を走っているときのように話をした。

 

ふと、思い出して、私は指を伸ばして言った。

 

「知ってます?」

 

席を乗り越えて、運転席の前にある大きなガラスを星座の形に沿って指を走らせた。ガラスの形に切り取られた夜空の中には小さく小さく光る星たち。

冬の星座、オリオン座だった。

小学校の理科の授業でも習う、有名な星座が冷たい空に輝いていた。

 

「オリオン座っていうんですよ」

「砂時計だろ」

 

何のことかと思った。車掌さんが言う「砂時計」がオリオン座のことなのか、それとも池に沈んでいたはずの七不思議のことなのか。

 

何処かで、ぴちょんと水の落ちる音がした気がした。

 

私は、車掌さんの顔を見た。そんな私に気づかない車掌さんは、まっすぐに前を見ていた。

彼が、車掌さんが、星座を見ていたのか、星座の形に似ている七不思議を思い出していたのか。そんなことは私にはわかんない。でも、どこか哀しそうな顔をしていたその夜の彼を、私は覚えている。

 

そういえば。車掌さんは思い出したみたいに声をあげた。彼は、私の顔を見てこう言った。

 

「今日、誕生日だったんだな」

 

自分でも忘れかけていたことだった。というか、誕生日で二十歳になったから酔い潰れるっていう失態を繰り出したんだけどね。

マジで恥ずかしいよ。せっかくの誕生日に限って、好きな人に吐いてるとこ助けてもらうなんて。

 

でもね。

そんなことも忘れちゃうくらいのいい笑顔で、車掌さんは私に言ったんだ。

 

「誕生日、おめでとう」

 

今世紀最大の誕生日プレゼントだった。

ほらね。こういうとこが車掌さんなんだよ。

 

 

 

冬の夜空を見上げると思い出す。

特別な二十歳の誕生日。砂時計と、星座。

夢を見ているみたいだった。

夢の、中にいるみたいだった、あの夜。

でも、次の日の朝に目が覚めてみれば、机の上には知らないパッケージの水のペットボトル。ご丁寧にも二日酔いっていうおまけまで付いてきてたけどね、最高の誕生日だったと思うよ。

 

 

 

「あれを見ると、懐かしく思う」

 

あの夜、最後に車掌さんが言った言葉が、水の音と一緒に掻き消えた。

 

オリオンは、今年の冬も夜空に姿を現すだろう。

大きな大きな砂時計は、今も変わらず空高くで輝き続けている。

 

 

 

今の私にとってはもちろん全部過去の話。

最新を更新し続ける主人公は、頭の中にある記憶の引き出しからどんな話でも引っ張り出せる。

昨日の夕飯のメニューは何だったって? えっとー、酢豚? あれ、一昨日だっけ?

あはは! たまには引き出しの整理もしないといけませんわな!

中身さえしっかりしていればいつだって、どんなタイミングでだって自由に記憶のノートを開ける。

これが今の私なのかもね。

 

それともう一個。

確かにただの紙ぺらちゃんである無限メモなんだけど、一瞬一瞬を刻むだけじゃなくて付箋を張り付けることができるんだなー、これが。

本だとどこまで読んだっていう栞になっちゃう。ノートだと書いてある内容自体が変わってきちゃう。付箋だとね。刻んだ一瞬の何年あとでわかったことを追記できるの。

一枚のメモが持つ情報が無限に膨らむ。あの時のあれはこういうことだった。あの時のこれはこうなった。

こう思った。違った。正しかった。間違えた。直せる。直した。こうなのか? こうなのか。

未来にいるはずの私から見た過去。仮定、推測、想像、全部を織り混ぜて。一枚の一瞬にたくさんの付箋を貼り付けてくの。

 

だから、いつだって私の語るお話は時間がばらばら。

付箋を張り付けるために、何度も何度も別の一瞬を刻んだメモを引っ張り出すんだからね。

 

 

 

これが、私の停留所の話し方なんだよ。

今、この瞬間に此処に立っている私の。

 

 

 

あの車掌さんは違うみたいだけどね。

 

 

 

次だよ。

あの角のとこにあったコンビニ。

本当にあったときは助かったよ。オーナーさんも店長さんも店員さんもいい人たちでさ。

商品だって接客だって、丁寧に丁寧に私たちのことを考えて対応してくれた。

外の人たちだったのにね。

話にものってくれて、何より雰囲気がすごく優しい。そんな空間だったよ。

私、あのコンビニすごくスゴく好きだなぁ。また来よう。また来たい。そんな風に思わせてくれるお店。

 

あの場所ってさ。危険リストナンバーワンで有名なとこなんだよね。

地元の人でさえ借りようとしない年中空き店舗。家賃、安いんだろうね。たまーに風変わりな人が借りて、何かお店を開いてたりもしたけど。次に見たときには別の人が別のお店やってたりもする。

おーい、前の人どこ行ったー? 何度遠くから声をかけたくなったことやら。

 

まあ、ねえ。私も含めてみんなだってさ、遠くから見てただけでしょ。ああ、バカが馬鹿やってるなーって。あんな危ない所で店やるなんて笑っちゃかわいそすぎぷすっ。まぁたどこぞのおバカちゃんが性懲りもなくバカしにやってきたぞーってくらいにしかさ。小さかった私もそう思ってたんだ。

桜ヶ原のことをなんにも知らないで、知ろうともしないでノコノコ危ないとこに自分たちで入ってったんだもん。外の奴らなんてバカ揃い。

あのコンビニを見るまではずっとそう思い込んでた。

外を知ろうとしなかったのは自分もおんなじだったのにね。笑っちゃうよ。

 

 

 

でもね。一回だけ、すごく親切にしてくれた人がいたんだ。

 

 

 

これは製菓業界の陰謀でチョコレートの日にされた、冬の日の話。

 

 

 

 

 

 

次の停留所は角の店。

まもなくー、当バスは甘いものを詰め込んでー

 

あなたに贈りたい!

ランドセルの中にあるあの甘いもの!

 

 

 

赤いランドセルの中には教科書、ノート、筆箱、等々。詰めに詰めて背負ったら、ルン♪ ルン♪ 気分で学校までスキップ。

なんてチョロい小学生。

なーんて、思ったら痛い目見るぜよ? 諸君。

自動販売機にだって背伸びしないと届かないくらいちっちゃなレディは、大安売りのセールにだって果敢に飛び込むソルジャー・ガール。コンビニのお菓子売り場でキャピキャピ可愛らしくお喋りしてるのだって、最新のオトコを落とすチョコの話で持ち切り。

 

世間はチョコレート合戦の真っ最中。

 

今年のトレンドはブラック? それともビター? ショコラにトリュフ、カカオは何%がお好みで?

そんなの全然わかんない!

 

かわいいパッケージにお手軽値段、ヒーローもののカード付きウェハースだってきっと喜ばれる。年上の人には甘さ控えめの板チョコをピンクの甘ぁい恋心で溶かして固めれば、手作りチョコの完成よ。

好きな人に好きだと言って手渡すチョコたち。

ランドセルを背負った女の子たちには「VALENTINE」の意味なんて知ったことじゃない。海の向こうのバレンチヌスさんのなんたらかんたらなんて、そんなの、えっと、何ですか? どちら様?

って話。

意味を知らない女の子たちにとって、あの日はチョコレートを贈る日なの。チョコを贈ることに意味があるの。

ね? そうでしょ?

 

男子には解んないよねぇ。

毎年いくつもらえたかで競ってるお子ちゃまボーイたちには、あのチョコたちに込めた女の子のハートがわかんないのよ。

なによ、その顔。解ってるって?

じゃあ、なんでホワイトデーのお返しがいっつもマシュマロかクッキーなのよ!

ちょっとそこ! 覚えてるぞ! 小学生の間、ずっとお返しグミだっただろ! 意味、本当に知ってた?!

マシュマロとグミは「嫌い」、クッキーは「友達のままで」って意味!

 

そこはもういいや。

とにかくね、どんなにちっちゃな女の子だって「女」なのです。女の子だったらわかるでしょ?

だからね。どんなに歳をとっても女は「女の子」なのです。

 

わかるでしょう?

 

バレンタインでチョコを選んで贈る楽しみだって、女の子だからわかるんだよ。いつの時代でだって、特別な人には特別なものを贈りたい。

どんな時代でだって、女の子たちはそんな想いを煌めかせていたんだよ。

 

私がその「女の子」の先輩に逢ったのはね。まだ赤いランドセルがキラキラ艶々していた頃。

あの角のお店が駄菓子屋さんだった時だよ。

 

あの角にはね。たっくさんのおかしがならんでるお店があるんだ。

ひもにくっついたあめ。スーパーボールとかすずのくじ。コインの形の金色チョコ。銀紙につつまれたバニラアイス。ビンに入ったビー玉がカラカラいうラムネ。

まだまだあるよ!

でもね。なんていったって、いちばんはそこにいるおばあちゃん。

お店のおくにすわってる、いつもえがおのすてきなかわいいおばあちゃん。

 

「おやおや、小さなお嬢ちゃん。また来たのかい」

「またきたよ! おばあちゃん!」

 

赤いランドセルを背負った女の子は、駄菓子屋を営む女の子と出会ったの。

私以外にもお客さんはたくさんいたよ。

みんなだって行ったことがあるかもね。

おこずかいを袋に入れた小学生が、学校帰りに押し寄せる。やめろ、押すな、カゴがないぞ。わぁわぁ言いながら子ども大天国と化した駄菓子屋さんは凄まじい。列の順番に学年なんて関係ないね。ちゃんと並んだ順に並べ。ノー横入り。中には中学生も高校生も、

 

おとなの人だっていたわ。それだけ人気だったってこと。

 

あの、コンビニみたいにね。

 

お客さんの数はとても多かった。でも、切り盛りする人はおばあちゃん1人きり。だから私たちは、特に毎日と言っていいほど頻繁に通っていた子どもたちは、おばあちゃんを助けたの。

 

かってにお店のしょうひんをもってかれないようにみはったり、お客さんにならんでーって言ったり、かごをわたしたり。そりゃもう、ちいさなてんいんさんだったわ!

 

小さな店員さんたちはおばあちゃんを手伝った。もちろん、その中には私もいたわ。

みんな、親切心で手伝った。胸を張って、えへん。自分たちのやってることは正しいんだぞ。そう思って、おばあちゃんを助けていた。

そんな子どもたちに、おばあちゃんは

 

「お手伝い、ありがとね」

 

って言ってね。いつもジュースをいっこ、くれたんだ。そんなのいらないよってわたしたち言ったよ。でも、くれたんだ。

わたしのおきにいりはね。パックに入ったりんごのジュース。まっかなパッケージにひえたあまずっぱいジュース。

あつい日はね。すっごくすっごくおいしいんだ!

 

ある2月に入った頃、私はおばあちゃんに相談した。

 

「しゃそーさんにチョコあげたいの」

 

あのバスの車掌さんにチョコを贈りたかった。特別な甘いチョコ。

おばあちゃんはこう言ったわ。時間が経った今でもはっきり覚えてる。

 

「ファーストレディのたしなみね」

 

意味は解んなかったわ。でも、思い出すと彼女の目は青みがかかっていたし、髪も黒でも白でもなかった。きっと、アメリカの人の血が混じっていたんだと思う。

だから「ファーストレディ」っていう単語が出てきたんだね。

 

ふぁあすとれでぃは何かわかんなかったけど、すてきなひびきよね。

わたしはげんきよくへんじをした。

 

「うん! そうなの!」

 

おばあちゃんは笑って相談に乗ってくれた。

誰にあげたいの?

どんな人?

味の好みは?

甘いのは好き?

 

私は

 

ひとつもわかんなかったっ!

でも、おとなのひとです。せはこのくらい。いつもあのバスにのってる。こういうポーズするの。かっこいい。かっこいいの。おはよーさんって言うよ。笑わない。でも、わたししってる。おこってないよ。あめくれる。かっこいいよ。

わたしのだいすきなしゃそーさん!

 

そう、答えた。

おばあちゃんは笑って

 

「じゃあ、こういうのはどう?」

 

そう言って、小さなチョコたちを私の前に広げてくれた。

 

ハートにお星さま。まあるいのに、ビンの形! 四角くてうすいのに、さいころ形! 金のコインまである!

おばあちゃんはわたしにね。好きなのをえらんで箱につめましょう。そう言ってわらったの!

なんてすてき! たからばこね!

おばあちゃんはたからばこじゃないって言ったわ。

 

おばあちゃんは、貴女の好きをたくさん詰めた宝石箱を贈りましょう。そう言って、味も色も形も、全部が違うチョコたちを私の目の前に広げたの。

「好き」の形が違うように、貴女が好きな人の好みも違うのよって。

小さな私は車掌さんに、一方的な好意を押し付けようとしていた。私は貴方が好き。だから、貴方も私のこと好きになってくれるでしょ?

 

大人になれば愛し合うことの難しさが解ってくるわ。愛することは簡単でも、愛されることは難しい。愛されることはできても、愛することは難しい。愛されて愛することなんて、もっと難しい。

「貴方が好きです」っていう本命チョコに、「自分も好きです」っていうお返しのマカロンやキャンディが贈られるのかわかんないよね。もしかしたら、自分に届くのはマシュマロやクッキー、チョコかもしれない。

もしかしたら、花言葉の意味を込めた何かの花束かもしれない。

何も、手元に戻ってこないかもしれない。

 

そういうこともあるのよ。愛されることが当然だなんて思わないで。

だけど、好きを伝えるのをこわがらないでね。

おばあちゃんは、私にそう伝えたかったのかもしれない。

 

たくさんのチョコを入れたほうせきばこはね。わたしのまっかなランドセルに入れておうちにもちかえったわ。ちゃぁんと、リボンもつけて。

それでね。

 

バレンタインの当日、バスに乗って、降りるときに車掌さんにあげたの。

ただ、その時の私はまだまだお子ちゃまで。あーあ。なんであんなこと言うんだろうね、子どもって。前日にね、堂々と本人に言っちゃったんだよ。

 

しゃそーさん! 明日いいものあげるね!

 

こんなこと言われたら、わかるでしょ?

明日はバレンタイン。

だから次の日、私がチョコを渡す前に車掌さんは自分から手を伸ばしてね、こう言ったの。

 

「Give me chocolate.」

 

あはは!

せっかくの秘密のバレンタインも、これじゃ台無しだよね!

 

チョコは結局笑顔で渡したから、当時の私はそれで満足だったんだろうけど。

 

 

 

そうそう。そのお店のおばあちゃんね。

半年位でお店をやめちゃったの。

知り合いみたいな男性に怒鳴られてたのを見たわ。

 

「クソババア、勝手にこんなことしやがって。とっとと◯◯じまえ!」

 

恐くて車掌さんにその話をしたの。車掌さんもおばあちゃんのことは知ってたから。そしたら、車掌さんは

 

「もうすぐだ」

 

って言ってた。と、思う。

そのすぐ後にお店は閉まった。誰か、行方不明になったみたいだった。

お店が閉まったその後にね、1度だけ。おばあちゃんに会うことがあったよ。

あのバスの中だった。

 

さいごにたくさんたくさんおはなしをしてね。笑ってバイバイって言ったよ。

わたしはバスていでおりたわ。おばあちゃんは、

 

おばあちゃんは、終点まで乗っていったらしいわ。

ちゃんと、送り届けた。そう、車掌さんが言っていたから。

 

小さな私の大先輩のおばあちゃん。最後に、私たちはこういう話をした。

あのお店のあった所には、お腹を空かせた桜の木があったんだねって。

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