アコガレのあの人に初恋を
どこにいてもすぐわかる
ねえ、こっち見て
ねえ、こっち見て
声もかけれずカタオモイ
それでもあの人に視線を注ぐ
ただただ見ている
遠くから
見向きもされないコイゴコロ
いつでも余所見をしてばかり
気づけばそこは
交差点
叶わぬ恋の
交差点
菜摘が消えたすぐ後の話なんだけどさ。僕は本当に知らないんだ。だって、目も合わせたことのない人について知りたいとは思わないでしょ?
僕が知っているのは、その女の子が交差点で消えたってことだけ。
でもさ、気にしないよね。交差点の中ですれ違った人がどこへいくかなんて。
交差点の中でただすれ違っただけの人の顔も声も覚えていないんだから、ましてそんな人の人生なんて深く考えないよ。
後で思い出すのは、ああ、そんな人いたっけな。その程度なんだよ。
だからさ、僕の歩いてきた人生の道で石ころみたいな存在なんていくらでもいるわけ。
もちろん君たちの人生にもね。
菜摘が消えて数週間経った頃。担任の先生からホームルームの連絡事項の一つとして彼女が『行方不明になった』と伝えられた。
教室の中では「ふーん」「誰それ?」「宿題忘れた」みたいな会話が耳に流れてきた。
そうだよね。知らない人のことなんてそれくらいの反応しかないよ。自分とは関係のない人に起こったことなんて『他人事』。ずっとずっと遠くで起こっていることのようにしか感じられない。でも、僕にとっては『他人事』じゃなかった。
菜摘は短い間だったけど確かに友人だった。声も、笑い顔も、彼女がくれた手作りのお菓子の味も、覚えていた。
すぐ側にいるかのように、しっかりと思い出せたんだ。
あの日、歩道橋で起こったことは僕たちに大きな衝撃を与えた。
冬実はまだ立ち直れないで学校を休んでいた。昼休みの時間、僕は委員会で使っている部屋に参考書と筆記用具、弁当を持って入り浸っていた。
ほんの僅か前まで僕たち四人の話し声が聞こえていたはずの部屋。菜摘の作った甘いお菓子の香りがふんわりと漂う中で、どこまでも溶けていきそうな青空に白い雲がクリームのように流れていくのを見ながら笑いあう時間を、僕はとても気に入っていた。
かち。かち。かち。
僕一人だけの部屋に壁にかかった時計の音だけが響いていた。
がらり、だったか。ばたん、だったか。急に部屋の戸が開いた。
「あーあ、嫌な感じだぜ」
秋彦だった。左手に鞄を引っ掛けて、右手で後ろ頭をがりがり掻く。それが、今でも僕の中にある彼の癖の一つだった。
あの歩道橋で泣き崩れた冬実。一見冷静に、菜摘が消えた手すりの方へ走り寄った僕。そして、呆然と立ち尽くした秋彦。
その後のことは覚えていない。冷静でなんかいられなかったんだ、僕たち三人とも。気がついたらそれぞれの家にいた。
僕の家の机の上には菜摘が持っていたはずの日誌が置かれていた。ちゃんと持ち帰っていたんだろうね。携帯のメール受信箱の中には未読が二通。冬実と秋彦からだった。
『明日、休む』
『今は学校なんて行けない』
僕は一言『わかった』とだけ二人にメールを送った。
カーテンも閉めきって真っ暗な部屋の中で携帯のランプだけが光っていた。本当に何もできずに、ただベッドの上に座っていたと思う。
どれだけ時間が過ぎたか、眠っていたのか、覚えていないけど、これだけはしっかりと覚えている。携帯に一通のメールが来たんだ。親しいはずもないからアドレスだって教え合っていないはずの、僕らを七不思議調査委員会に誘った『彼』からだった。
『菜摘、いなくなっちゃったね』
なに言ってるんだ、こいつは。お前が委員会に誘わなければ菜摘はあんなことにならずにすんだんだぞ。僕はそれを見た瞬間、頭にきて携帯を放り出した。
その次の日は、多分学校へは行ったんだと思う。あの歩道橋を通らない道を通って。
「あいつ、全然心配なんてしてやがらねぇ」
秋彦の言う『あいつ』とは『彼』のことだ。
どかどかと足音を立てて、秋彦は僕の前に椅子を持ってきた。そして、はぁと盛大な溜め息をつきながらそこの上に座った。そこが彼の定位置でもあったからよく覚えている。
「僕にきたメールと同じ」
「マジかよ」
「マジ」
二人して長い溜め息を吐いた。
この時、僕は秋彦に日誌を『彼』の所に持って行ってもらったんだと思う。七不思議の二番目は名前も知らない一年生の女子の担当だった。手元にあってもなんの意味もない。そう思って『彼』に預けようとしたんだろうね。
本当に根拠は全くないんだけど、何故か『彼』の所へと思ったんだ。もちろん、秋彦も頷いた。冬実には、その時の彼女には、触れてはいけない気がした。
かち。かち。かち。
時計の音だけがまた響き始めた。
僕たちは、冬実がまた学校に来れるようになるまで、ただ待つしかできなかった。
空には白く雲が流れていた。少し前までの薄暗い灰色は、いつの間にか溶けるような青色へと変わっていた。
梅雨は明けた。
それでも、僕たちの心は例えるなら梅雨の真っ最中のように暗くじめじめとしていた。
「俺、菜摘のこと、好きだったんだよなー…」
ポツリと秋彦から漏れた言葉は聞こえない振りをした。
(「春咲君! 秋彦君! 今度のクッキーはね! な、なんと! ふゆちゃんと一緒に作ったんだ! 感想聞かせて!!」)
どこからか、菜摘の笑い声と一緒に僕たちの名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
菜摘と冬実の合作クッキー、今度持ってきてくれるって約束だったのになぁ。楽しみ、だった、のになぁ。
菜摘はもうこの世界にはいないんだと、僕は泣いた。大切な、大事な友人だったんだ。
そういえば。
菜摘が消えた後にも、誰かがあの場所でいなくなったらしい。歩道橋じゃなくて、その下にある交差点でだったらしいけど。詳しいことは知らないな。うん。知らない子だよ。
それに、僕たちは僕たちのことで一杯だったんだ。覚えているはずないじゃないか。
たしか…
同じ七不思議調査委員会の子だっけ? 一年生の女子だったらしい。
知らないけどね。
一人の女子生徒が消えたらしい。菜摘の消えたあの歩道橋の下にある交差点で。
後で冬実に聞いた話なんだけど。
その子は冬実と菜摘のいた調理部の後輩だったらしい。
「ほら、この子」
冬実が見せてくれた部員の集合写真の中にその子はいた。髪が長くて、いわゆる『ギャル』という感じの女子高生。知らない子だった。いや、どこかで見たことがある気もした。ああ、七不思議調査委員会の顔合わせの時にいたかもしれない。
嫌いじゃない、でも好きでもない子。つまり、関心すら向かないし興味も持てない子だった。
「この子、春咲君のこと好きだったらしくてね」
「は?」
「喋ったこともないでしょ。でも、ずーっと君のことを見てたんだって」
ほんとに見てるだけだったけど。
冬実は部活の後輩について語った。
その年の春に入学し、冬実と菜摘のいた調理部に入部した女の子。
「実はね。私もそんなに親しいわけじゃなかったの。だから詳しくないんだけど」
というか、その子。特に親しい人がいるわけじゃなかったみたいなんだけどね。
近くもなく、遠くもなく。一定の距離を開けてその子は人付き合いをするような、どこか冷めた性格をしていたらしい。他の女子と混ざって楽しそうにお喋りをする。集団から外れないように周囲に合わせて溶け込む。僕はそういう関係に心当たりがあった。
「その子、いじめにあったりしてなかった?」
冬実は驚いた顔を一瞬したけど、すぐに悲しそうな顔をしてこう言った。本当に、冬実は優しいよ。自分のことじゃないのに心から悲しんでいた。
「うん…中学の時にちょっとあったらしいよ」
中学の時。なるほど。それなら高校では距離を置くよね。壁を作るよね。でも、怖くて恐くて寂しくて淋しいから気づかれないように溶け込むんだ。『私はみんなとおんなじですよ』って。そんな子が何でか『彼』に呼ばれてこの七不思議調査委員会のメンバーとなった。そこで僕を見つけた。僕に、恋をした。
そんなこと、僕は全く知らないんだけど。
一つ目の七不思議を担当した菜摘。そして、二つ目の七不思議を担当した一年生の彼女。
二人ともいなくなってしまった。誰にも気にされないまま、消えてしまった。
菜摘は『もっと』と手を伸ばしすぎて。そして、もう一人の彼女はきっと。
後日、『彼』から夏彦へ七不思議が書かれた日誌が渡された。
「今度は君の番だよ」
その言葉と一緒に。
交差点で消えた彼女は、ふらふらと余所見をしていた。視線の先は恋する相手。僕だった。ふらふらふらふら。気づいたらそこは交差点。そして、その先は。
日誌を手にした夏彦が不安そうに僕を見る。
冬実に連絡をしよう。
何か、嫌なことが起きている。
僕は言った。
「これ、神隠しってやつじゃない?」
もうすぐ、夏休みに入ろうとしていた。高校生活、最後の夏休みだった。
僕の手元にあるこの日誌には、その知らない彼女が書いた文が残っている。
×月△日
担当者、一年△組、×××
七不思議、二つ目は交差点。
場所は、菜摘先輩がいなくなった歩道橋の下。
一つ目の歩道橋とおんなじように、いつからあるのかわかんない。でも、いつもたくさんの車が通っているのを見てるし、歩道橋があるんだから下には道があるものでしょ?歩道橋の下には大きな交差点。みんなが使う、みんなが通る大きな道。
そんな交差点にある七不思議っていうのは
『余所見をしているといつの間にか交差点の中心に立っている』。
そんなもの。こんなの、ただの不注意じゃない。でも続きがあってね。
それは
『そして、いるはずのない胸中の相手がこっちへおいでと手招き、
どこかへ連れ去っていく』。
(こっちへおいで)
ねえ、先輩。どこへいくの? どこへあたしを連れてくの?
(もっともっと、こっちへおいで)
ねえ、先輩。あたしを見て。本当のあたしを
見つけて
一人の女の子が交差点の中から姿を消したようだった。
彼女は僕をずっと見ていたらしい。でも、僕は。
彼女のことを全く知らない。
すれ違う人生という道。まるで、交差点のように人はいき交っていく。
中には僕と彼女のように、目すら合わない生き方もあるんだよね。
七不思議調査委員会のメンバーの数がまた一人減った。
僕に想いを寄せた彼女は何処へいってしまったんだろう。
一体、何に呼ばれたんだろう。
ああ、でも。
もう顔も声も全部全部思い出せないや。それだけ、彼女は僕の人生の中でちっぽけな存在だった。
思い出せるのは、今僕が話したことが全部だよ。彼女はこの日誌の中に書かれている限り、僕の記憶の何処かに居続けるんだ。
ほんの微かな記憶だけれどね。
二つ目『交差点』、調査終了。
『二ツ目、交差点』
想いを馳せよ
此方へと
二つが不思議、いざ参らん
橋の下に交差する
甘くて苦い
恋のミツ
誰もを魅了し離さない
見るべきものから目を離せ
さすれば怪異が導こう
此方へ此方へ手を惹いて
奈落の果てへと連れ去ろう
恋に現を抜かして余所見をす
今立つそこは何処だろう