桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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『鏡』

毎日顔をあわせるの
あなたと
変わってく
変わらない
あなたを想って鏡を覗く

鏡を見るたび出会える気がして
違う私と
あの日のあなたと
笑顔になれるわ
きっとこれからも

そのままでいて
変わらないで
このままずっと

だから今日も鏡を見る
あなたを想って可愛くなるの
女の子は変わる



出席番号10番「7ページ目を追いかけて」⑦鏡

コートにマフラー、手袋の季節がやって来た。外は一面真っ白で、他の色なんて見えない。そんな冬だった。

 

「春から通う学校、決めたよ」

 

冬実が僕たちにそう言ったのは、いつのことだったか。この頃になると、さすがに僕も自分の受験のことで忙しくなっていた。

大学とは別の専門学校という括りに属する製菓学校は、どうやら入試試験そのものがないようだった。だからって彼女のことが羨ましいとは今でも思わないよ。彼女は彼女の決意を持って、願書を出したんだから。

 

進路が決まった秋彦と冬実は僕と距離を置くようになった。悪い意味じゃないよ。自分が選ばなかった道を、僕は選ぶことができる。そう、二人は信じてくれていたから。

秋彦は応援のメールをうるさいくらい送って寄越した。冬実はクッキーやカップケーキの軽いお菓子を作って寄越した。

僕は一人の時間が増えた。でも、心にはいつだって二人がいてくれた。

 

初めて本気でやってみようと思った。

遅いって? しょうがないじゃないか。それまで、「それから先」のことなんてどうでもよかったんだから。

 

参考書を開いて問題集を片っ端から解いて、机の上に本とノートが山積みになる頃には秋にあったことは頭の片隅に追いやられていた。

途中でどうなったかぶつりと途切れている、七不思議六つ目のこと。

僕は確かに祠を二度見た。一度目は化け物行列が向かう先として。二度目は、何か大切なものが入っている箱として。

あの祠の中には何が入っていたっけ。

あの祠の扉の先には何があったっけ。

扉を開いたあのとき、何を見たんだっけ。

 

記憶は霞がかかるように曖昧だった。

 

七不思議調査委員会の日誌は、どういう流れを辿ったのか、ちゃんと六つ目の担当者の手元へ収まっていた。

 

担当である冬実は見たのだろうか。春にいなくなった、親友の最期の言葉を。

 

 

 

窓ガラスを、冬の冷たく暗い風が叩いていた。

 

 

 

高校三年生の後半になると自習の時間が増えてくる。入試の範囲の授業は終わって、残った時間は苦手なところを克服するために使え。質問には答えるが、基本的には個人の受験勉強として時間を使え。そういう先生だった。

もちろん僕は教室に残るようなことはしないで、大抵図書室か帰宅だった。

ただペンが紙を引っ掻く音と、ガタガタ揺らされる窓の音だけが響く世界。淡々としたそこは、なかなかに僕の好みだった。

でも、騒がしいのだって好きだ。下校のチャイムと共に下駄箱へ向かって外に出れば、いつだって秋彦と冬実が待っていてくれた。受験生だからって二十四時間机の前じゃないだろ? そう言って、明彦は僕を帰り道のコンビニに連れ出した。おやつはあるからね! 笑って言う冬実の鞄の中には試作品のお菓子たちが入っていた。三人でそれぞれ温かい飲み物を買って、セールの時は中華まんを、たまにおでんを手に入れて、僕たちは近場の公園で一服する。

高校生はまだまだ子どもだった。

 

一度だけ、聞かれたことがある。

家はどうかと。家族とは、どうかと。

僕は答えた。

君たちといる方がずっと楽しいよ。

 

僕の家は片親だ。昔、両親が喧嘩して母親の方が出ていった。その女がどうなったかは、知らない。

父親は看護師だ。とても働き者で、ほとんど家にいない。自分の信じた道を選べばいい。父親は、いつも僕をまっすぐ見てそう言った。生活に不自由はない。家の中は空っぽだけど。

そんな家にした父親のことを、僕は嫌いじゃない。

今ならわかるけど、僕は父親によく似ている。ほら。地元でも飛び抜けていた巻き込まれ癖。これは、父親から僕が継いだものだった。

まあ、巻き込まれたのか巻き込んだのかは当人次第ではあるけどさ。

あと、なんとなく無気力なとこ。これも父親譲りだった。

 

家のことを二人に話したのは、その一回だけだった。

別に、二人がそんな僕のことを可哀想に思って話題を振らなくなったとかじゃないよ。単にああそうかで終わったからさ。

冬実の家は母親だけの片親。スーパーのパートで稼ぐ彼女の母親は、冬実の将来の夢を応援してくれているそうだった。

秋彦の家に関しては両親ともいない。親戚の家で肩身の狭い毎日を過ごしていた。

どこも似たり寄ったりなんじゃないか。そう言って僕たちは笑いあった。

多分、社会的にはそういう家庭は少数派なんだろうね。だから「同じ」ような仲間がいてすごく安心したんだ。

 

「ひとりじゃない」って言葉は、良い方にも悪い方にも働いてくれる。

そういうものなんだよ。

 

 

 

登校日にはそうやって毎日のように僕たちは会った。

でも、変化は確実に起きていた。

 

寒さが本格的になる前。十一月には祝日が二日ある。だから必然と休日も増えて、僕たち三人にとってはなんとなく詰まらない休日が訪れる。あっという間に十二月が流れて、クリスマスが来て、冬休みが短いながらもやって来る。「また来年」とか言いながら年を越して、一月になる。

日が短くなると未成年は外を出歩く時間が短くされる。僕たちは会う時間が減った。

メールや電話でやり取りはするものだから、てっきり会ったつもりになっていた。だから、休みが開けて学校で会うまで冬実の異常に気がつかなかったんだ。

 

女の子は、変わった。

冬実は、変わっていた。

 

 

 

 

 

僕の中で、秋彦は紅葉。真っ赤に、鮮やかに笑う、かなり大雑把で、悪ガキで。でも、気の合う優しい親友だ。

僕の中で、菜摘は向日葵。誰よりも周りを照らす、夏だけの花。僕らの中で一番鮮やかだったけど、一番光を、希望を欲しがった。

そして、冬実。彼女は、

 

水仙だった。

 

 

 

年が明けて冬実と会ったとき、僕は彼女が別人だと思った。

確かに彼女は変わっていった。

菜摘が消えた後、一時期枯れて無くなってしまいそうなほど落ち込んだ。でも、戻ってきた。冬実は、菜摘と約束したお菓子作りの夢を一人で叶えるために未来に向かって歩き出した。

少しだけ寂しそうに笑う彼女は、

 

可憐だった。

 

親友を失った冬実は少しだけ心配性になった。僕や秋彦を見て

「大丈夫? 無理してない?」

と聞くことが度々あった。

だから僕たちも冬実を誘って遊びに出掛けた。三人で笑い合うことが、きっと彼女の傷薬になるんだと僕は信じていた。

 

そう。そこで終わればいい話だったんだ。

 

僕たちは七不思議を追ってしまった。

一つ、二つと辿るごとに時間は巡った。

冬実の部活の後輩は交差点で消えた。秋彦と一緒に猫の集会へ招かれた。

いつからだろう。冬実はよく手鏡を見るようになった。いや、手鏡に限った話じゃない。ガラス、サイドミラー、銀の皿。姿が写る物には何でも自分の姿を写し込んだ。

女の子には誰でもある時期だと思っていたんだ。鏡を見て、お化粧をして、どんどん可愛く美しくなる時期。お伽噺で女性が鏡に問いかけた。

「鏡よ鏡よ鏡さん。この世で最も美しいものは誰ですか」

嘘でもいいから答えて欲しかった。

「貴女が世界で一番美しい」

答えた鏡の中には、誰がいたんだろう。

 

冬実は何回も何回も鏡を見た。何回も。何回も。

眼鏡をコンタクトレンズにした。茶色がかった目は意外にぱっちりとしていた。

前髪を切った。顔がよく見えるようになった。

色つきのリップを使うようになった。淡いピンクは冬実に似合っていた。

外で会うとき、化粧をするようになった。女は化けるっていうけど、冬実はもともと可愛いと思う。そう言うと、彼女ははにかんでありがとうと言った。

 

冬実はどんどん可愛くなっていった。鏡を見るたび、可愛くなっていった。

 

彼女は変わった。明るい笑顔を振り撒くようになった。

 

まるで、菜摘のように。

 

いつから、なんでそうなったのかは僕と秋彦は知らない。でも、きっと彼女だけが知るどこかで七不思議と出会ったんだろう。

 

七不思議の六つ目は、『鏡』だったから。

 

 

 

鏡は。

自分を写す物だ。

目の前に立つ世界を写す物だ。

それはありのままを写すかもしれないし、写さないかもしれない。

例えば写されたそれが真実なら、覗いた人は受け入れないといけないだろう。現実と真実を突きつけられて、その後どうするかはその人次第だけど。

でももし、写されたそれが望んだ理想だったら?

僕だったら、思わず手を伸ばしちゃうかな。

 

鏡の前に立った冬実の前に何が写されたかはわからない。でも、写ったそれは彼女を変えた。

 

女の子は変わるよ。

鏡に写った現実を変えようと努力するのか、写った理想に追い付こうとするのか。どちらにしても、女の子は可愛く美しく綺麗になる。

そんな風に変わった冬実を、僕は誰よりも可愛いと思った。

彼女が好きだと、思った。

 

泣いた冬実も、笑った冬実も、怒ったり、いじけたり、照れたりする冬美も。全部好きだった。

 

 

 

ちょっとそこ、笑うな!! こんなでも僕の初恋なの!

 

 

 

こほん。続けます。

そんな僕の初恋の冬実なんだけどね。

可愛くなろうと努力する彼女はもう可愛くて可愛くて。そんなに努力する理由はその時はわからなかった。

乙女心は難しいからね。

でも、真っ白な雪の降る寒い日、僕と秋彦は気づいたんだ。鏡と向き合う彼女の表情が春と同じだってことに。

 

冬実は鏡の中に自分を写していたんじゃない。

消えてしまった親友の菜摘を見ていたんだ。

僕は寒気がした。鏡の向こうの「菜摘」が冬実を引きずり込んでしまうんじゃないかと。

 

 

 

センター試験を一週間後に控えた日。冬実は姿を消した。

 

 

 

僕の中で、冬実は水仙。冬の冷たい空気の中でも咲く、自分を大切にできる花。僕の好きな、健気で愛しい花。

でも、色が変わるだけで別の想いが加わる花。白い花は神秘的だけど、黄色くなれば途端に寂しがりやになる。私のところへ帰ってきて、と。

 

冬実は鏡の向こうに行ってしまった。

春に消えた親友の姿が写った鏡に手を伸ばして、引きずり込まれてしまった。

 

 

 

なんで知っているかって?

だって、僕たちもその鏡を覗いたから。鏡に写っていたのは、僕たちの知っている「本物の」菜摘だった。

 

 

 

彼女は言った。

 

『ふゆちゃんを たすけて』

 

 

 

僕と秋彦は、七不思議六つ目の鏡を通り抜けた。通り抜けたその先には、学校が広がっていた。

 

七不思議、七つ目がそこにはあった。

 

 

 

冬実は日誌にこう書き残した。

 

『七不思議、六つ目は鏡。

祠の中にあるのは一枚の鏡様。

その鏡を覗いたとき、写るのは自分の顔。

見ているだけなら、いつもの自分の顔。

だけどだんだん変わってくる。

理想の自分。恋する相手。憧れた人。自分をもっとその人に近づけろと誰かが囁く。近づきたい。もっと近づきたい。

あの人に、近づきたい。

それに手を伸ばしたとき、鏡の向こうへと招かれる。』

 

 

 

冬実が鏡の中に見た人は誰だったんだろう。彼女は何も言わなかった。

でも、写った誰かは確かに彼女を変えた。

 

 

 

鏡の中に消えるっていう神隠しは、きっとこういうことなんだろうな。

鏡に手を伸ばすだけじゃ向こうには行けない。だから、向こうからも手を伸ばしてもらわなきゃ世界は繋がらないんだ。

 

神隠しはね。神様と目を合わせてこそ隠されるものなんだよ。

だから難しい。神様なんて高貴な存在が自分を見てくれるなんて、滅多にないと思わない?

神隠しは偽装だ。「私は神だ」と偽って目をそっちに向かせる。本当は

 

 

 

「ほラ。キミタチモはやくコッチニオイデヨ」

 

 

 

本当は、全ての元凶が大口を開いて待っているんだ。

 

獲物が自分から口の中に飛び込んでくるのを。

 

 

 

 

 

僕と秋彦は冬実を追いかけた。

さあ。僕の七不思議、最後に辿り着いてみせたぞ。

 




『六つ目、鏡』

覗き込めば
惹き入れ給う
六つが不思議、いざ参らん

鏡を通して見ゆる世に
己の理想は存在するか
夢なら叶わぬ夢物語
現を信ずる意志あるならば
彼の地で待とうぞ理想郷

変わらぬ現は幻か
幻こそが真実か
その目で確かめ
触れてみよ

鏡よ鏡
神なる鏡
我らに何を見せてくれる
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