お家に帰ろう。そうしましょう。
真っ赤な夕日が沈んでしまう前に、夜の帳が降りてきてしまう前に、人は帰るべき家へ向かって駆けていく。
帰ろう、帰ろう、星が輝きだすより先にお家へ逃げ込もう。
子どもたちは足下に長い影を作りながら家路を急ぐ。大人たちは濃く黒い影を踏みながら家族の待つ家を目指す。
迷子にならないようにと手を繋いで子どもたちが駆けていく。足下に影を引き連れて。
大人たちも荷物を手に家へと駆けていく。
影は長く長く伸びていく。家にはまだ帰りたくないとでも言うように、家へと向かう人とは逆に向かって伸びていく。
夕日は沈み、人が家へと辿り着く頃、影たちは何処へ帰っていったのだろうか。
夜の帳が町を被い始める。月が高くに上り始める。
あんなにたくさんいた影たちは何処へいったのだろうか。
人と一緒に、眠りについたのだろうか。
影はいつでも独り歩きをする。本当はいつだって独りで歩いていたいのだ。
帰る場所のない影たちは、夜の時間だけ自由になる。寄り添い、大きくなって暗闇の世界を音もなく歩き回る。
朝になれば再び人の足下に縛り付けられる。影たちはそれを知っていた。そしてそれが影の望みであると本能で解っていたはずだ。
それは誰だろう?
それは言う。
同じ形でいつも同じ所にいるのに、何であの子と自分は別のものなの?
あの子は言う。
だって、あれと自分は違うものじゃないか!
影はいつだって誰かになりたいのではないか。常につく下働きの黒子ではなく主人公に、別のものになりたいのではないか。
それに形はない。常に変わる。水のように。しかも水とは違って触れることすらできない。それは、影のような、陰である。
それに形はない。何かを真似て、形を得ようとする。いくらそっくりでもそれは本物ではない。偽物だ。
それは同じ形をしている。同じ形になろうと追いすがってくる。それは同じ形をしているだけであり、同じ姿はしていない。同じ形だが顔はない。目も、口も、鼻もない。
だがそれはああ言うのだ。おこがましくも「誰か」になりたい、と。
それは所詮影でしかなく、本物に見下されるしかないものだというのに。
それは繰り返しああ言うのだ。
それは誰なのだろう?
あの子はいつもそれを踏みつけている。足の下にそれがいるということを当然だと思っている。
だから自分はそれを飼い慣らしている。自分がそれを飼い慣らしているのだと、あの子は思い込んでいる。
常に足音もなく、ぴったりと貼りつきながら追いかけてくるものに恐れすら抱かず、あの子はそれを踏み続けている。
ほら、何を踏んでいるのかも知らないまま、あの子も、あの子も、みんな、それをぞんざいに扱っている。
ほら、それがどんな顔で、どんな目で自分を見つめ、踏まれ続けているのかを考えもせずに、あの子は日が落ちるまで遊び続けるのだ。
お家へ帰ろう。そうしよう。
その足音が一つ二つ増えたとしても誰も気がつくまい。
その影が一つ二つ消えたとしても誰も気がつくまい。
その子どもが一つ増えたところで誰が気にするか。
お家へ逃げよう。早く、早く。
逃げても逃げてもそれは後ろから追いかけてくる。しつこくしつこく憑き纏ってくる。
あなたはだあれ。
鏡に写ったような姿に問い掛けよ。
あなたは誰だ。お前は誰だ。
それは答えを返さない。代わりに指を突き付け問い掛ける。
「お前こそ誰だ」
夕日がゆっくりと沈んでいく。影がゆっくりと世界へ溶けていく。
影の形は世界の形とそっくりになった。その色は夜の闇であった。
それはいつもあの子の下を這い、音もなく憑き纏ってくる。もしくは、一定の距離を保ちながら背後をついてくる。まるで鬼ごっこをして遊んでいるかのように追いかけてくるのだ。
黒い影には顔がない。それなのになぜか、あの子は背を向けた時に視線と笑い声をその身に受けることとなる。あれは何故あんなにも楽しそうに笑っているのだろうか。
足下に居座るそれにあの子は見向きもしない。見る価値もないと、見る意味もないと視線を逸らす。本当はそこに別の何かがいるのだと始めから気づいていたのに、あの子は怯えたくないからそこから目を逸らす。
そんなあの子を下から見上げ、あれはますます笑みを深めるのだろう。
その度に、あれはあの子との距離を縮めてくる。
あれはあの子の下に憑くことを楽しんでいるのだ。いつか訪れるかもしれない願いが叶う瞬間を心待ちにしながら、あれはただの影となる。
あの子になりたいと暗闇の奥深くから願うそれは、ただの影なのだ。そう、影なのだ。
それはああ言うのだ。
「誰かになりたい」
その誰かは今それを踏んでいるあの子であり、あなただ。
その影はただひたすら誰かに成り代わりたいのである。あなたの居場所を奪って、今あなたが立っているその場所にあなたの姿で立ちたいのだ。
何故なら「それ」は誰にでもなれるからである。誰にでもなれるから、その中であえて指を突き付けたあなたになろうとする。
足下の影をただの影ではなく「それ」として見てしまったあなたは実に運が悪い。これからあなたは、足下から常にあるはずのなかった視線と鬼ごっこをしなければならないのだ。「それ」に捕まった時、あなたはどうなってしまうのか。その恐怖に怯えながらあなたは影を踏み続けなければいけない。
あなたはもう、あの子のように家へと帰ることはできないのだ。
次の夕暮れに家の扉を開くのはあなたではなく、あなたの姿をした「それ」なのかもしれない。
それは誰だろう?
それはああ言うのだ。
誰かになりたい。
だって、それはああ言っているのだ。
誰かになりたいのだと。
あなたは誰だろう?
だってそれは誰かになりたいと言っているのだ。
あの子になりたいと、私になりたいと。あなたに、なりたいと、言っているのだ。
だから常に問い掛け続けないといけない。
あなたは誰なのか。自分は誰なのか。
その問いに答えられなくなったその時、私たちは後ろから背中を押されるのだろう。早く「それ」のために場所を開けろと、影だったはずの何かが居場所を奪っていくのだ。あなたも私も、容易く奪われるのだろう?
帰る場所も、命も、姿さえも。
あれは誰にでも成り代わろうとする。機会さえあれば今すぐにでも。
だって、それはああ言うのだ。
「誰にでもなれるんだよ」
最後に聞かせて欲しい。
あなたは誰ですか?
最期に言わせて欲しい。
私は、誰なんですか?
Who are you?
あなたにこの問い掛けをしよう。足下に影を持つあなたのために、この問いをあなたにおくろう。
答えてください。
あなたのために、今すぐ答えてください。
あなたは誰ですか?
どうか答えてください。
あなたの後ろには、あなたにそっくりな何かが立っている。それの足下には、あるはずの影がなかった。
夜が間近に迫る夕暮れの中、誰かが帰ろうと急いでいた。