桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号11番「電話バコ」⑤『コイバナシ』

恋は人を変えるんだろう。善くも、悪くも。それはきっと愛も同じなんだと思う。強くも、弱くもする。

 

その電話ボックスという箱に入れられた恋の話たちは、どれもその恋を経験した人にとって特別なものだって俺は思うよ。

それがどんな道を辿って、どんな結末を迎えていたとしてもね。

 

 

 

 

 

 

じゃあ、五つ目のコイバナを聞いてみてよ。

五つ目は、俺のコイバナ。

 

 

 

もしもし? 聞こえていますか?

 

じゃあ、始めよう。

 

 

 

これは俺の初恋の話。うわ、思ってた以上に恥ずかしいな、これ。

えっと、結論から言うとさ。

俺の初恋は自分の母親だった。

当時高校生だった彼女はこの電話ボックスを使って、誰かのコイバナを聞いた。

母は言った。

「使ったのはその一回だけだったわ」

 

でも、違った。

 

俺は、父から別の話を聞いた。母がその電話バコに自分のコイバナを入れた時の話を。

そう。俺の母は、電話ボックスを二回使ったんだ。

じゃあなんで母は俺に一回しか使ってないって言ったのか。

嘘は言ってないんだ。だって、母は当時のことを覚えていないんだから。

 

その電話ボックスを使うときのルール。

ギザ十を一枚ずつ入れる。

入れるごとに決まった番号を押す。

番号は。5187(コイバナ)。

 

俺はその電話ボックスで彼女のコイバナを聞いた。彼女の入れた、母のなくしたコイバナを聞いた。

その内容は、父が俺に教えてくれたものとほとんど同じだった。コイバナの中の母が恋した相手は父だったんだ。当事者が語るなら正確だろ?

ただ、俺の聞いた母の語るコイバナには、どうして彼女の記憶が飛んだのか。その理由がちゃんと残ってた。

 

番号を間違えたんだ。

5187じゃなくて、彼女の打った番号は

51874。コイバナシだった。

 

おっちょこちょいなところは昔も今も変わってないみたいだった。俺の好みのタイプはそういう子。

天然が入ってて、おっちょこちょいで、優しい。そんな子。

まんま母だよ。

でも自分の母親を好きになるなんて、かなりアブナイだろ。だからさ。俺の好きになった初恋の人は、昔の母親。今の俺と同じ高校生の、同じようにこの桜ヶ原の電話ボックスに入って受話器を耳に当てた、コイバナが好きで好奇心旺盛な、ただの恋する女の子。

 

同級生の男の子に恋をしたおっちょこちょいの女の子。

恥ずかしくて、誰にも言えない。

そんなとき、ある噂を思い出した。

この電話ボックスの噂話を。

受話器の向こうにいる相手にだったら自分のコイバナを話せる。そう思った彼女は、ここへ来て、受話器を取って、ギザギザの入った十円玉を一枚入れる。そして、決められたはずの番号を打つ。

 

5 1 8 7。

彼女は話が終わるまでそれを続けた。

 

あの子が気になる。あの子が好き。あの子が好きで好きでどうすればいいのかわからない。声をかけられた。嬉しい。笑いかけてくれた。嬉しい嬉しい。いつもよりたくさん話せた。嬉しい嬉しい嬉しい!

勇気を出して告白した。ドキドキドキドキ。

あの子は私のことをどう思っているんだろう。ドキドキ。嫌いかな? 嫌われちゃうのかな。ドキドキドキドキ。

私なんかがあの子を好きでいていいのかな。

ごめんなさい。やっぱり諦められない。

好きです。私はあの子が好きなんです。

あなたが、好きなんです。

 

 

 

ドキン、と胸が跳ね上がった。

 

 

 

不思議だよ。受話器から聞こえている声は、別に自分に向けられているものじゃない。わかっていたんだ。わかっていたんだけど、その言葉は自分に向けられているように思えたんだ。

 

あの子が好き。

ああ、彼女は俺のことが好きなんだ。

 

そんなこと、あり得ないんだ。

わかってる。わかってるけど、理解してない。理解できていない。

 

幼い彼女の声に一挙一動してる自分が信じられない。

アルバムの中でしか見たことがない彼女。成長して一人の母親として俺の目の前に存在してる彼女。どちらも同じ人で、手に入らない人。

 

「もしもし?」

もしもし。俺はここにいるよ。

「もしもし、聞こえますか」

もしもし。聞こえているよ。

「もしもし、あのね」

もしもし、どうしたの?

 

もしもし。もしもし。

彼女は繰り返すんだ。恋の話を。

すごく愛しそうに、すごく切なそうに。

そんな彼女を、俺は好きになってしまった。

 

話は佳境に入って、彼女が好きな子に告白する。その結末がどうなるかなんてわかりきっていた。

だって、俺が産まれたってこと自体がそれを証明しているだろ。

彼女はその子と結ばれた。母は父と結ばれて、俺が産まれた。

ハッピーエンドだよ。

 

はい、おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って訳にはいかないよな。

 

母はその話を覚えていないんだ。

大まかに覚えているのは父と、電話バコからそのコイバナを聞き出したこの俺だけ。

 

 

 

もしもし。最後まで、聞いてみてよ。

 

その受話器から聞こえてきた彼女の声は興奮していた。告白して、いいよと返事をもらって、その報告を電話バコに残すつもりだったんだろうな。

 

いいよって、彼、言ってくれました!

すっごく、すっごく嬉しい!! ああ、もう何て言ったらいいか!

えっと! えっと!

あ、あともう一回だけ! 次で最後にしますから!

えっと! えっと! うー、十円最後の一枚だ。

……

………

よし! 入った!

これが最後なんだね。

 

これで最後になっちゃうのか。これで、彼女の声を聞けなくなっちゃうのか。少しだけ残念に俺は思った。

その時、彼女はやらかした。

 

5・1・8・7…4…

あ! 間違っちゃった。

 

彼女は最後の最後でルールを破った。

 

その電話ボックスを使うときのルール。

打つ数字は5187。

 

ルールを破った時、使った人がどうなるのかなんてわからないよ。そんなの、聞いたこともない。

噂っていうのは大体正しいルートを通ったものが広がる。失敗したり、裏技使ったルートなんて皆が知ってるわけないだろ。

でもさ、中には常識はずれな人がやらかした失敗例なんかもあるはず。皆がみんな優等生じゃないんだ。間違えたり、約束事を破ってみたりもしたくなる。

母のは単なるおっちょこちょいなんだけど。

それでさ。51874って打った母はどうなったのか、だよね。

さっきから言ってる通り、二回目の電話ボックス使用のことを綺麗さっぱり忘れたんだ。いや、違う。彼女が電話バコに入れてきた話自体を忘れたんだ。

 

 

 

 

 

 

今さらだけどさ。俺は電話ボックスと電話バコを分けて考えてるんだ。言い方も変えてたつもりなんだけど、みんな、気づいた?

 

 

 

電話ボックス。

公衆電話。俺が受話器を手に取ってコイバナを聞いていた場所。四方をガラスの壁に覆われて、そこだけ別空間みたいに感じる場所。

外には声が、聞こえてないよな?

 

この中ではほんのちょっとの不思議なことが起こったりする。例えば、血に濡れた結婚届けがいつの間にかそこにあったり、気付かれない小さな花束が何十年もそこにあり続けていたり、受話器の向こうの人との会話が成立したような言葉が聞こえたり、突然水の中に沈んだような瞬間に落ちたりする。

全部、その電話ボックスっていう空間の中での出来事だ。

 

 

 

電話バコ。

俺がずっと話してるのはこれのこと。この箱の中にはたくさんの話が入ってる。

受話器の向こうのコイバナシ。花屋で見つけた夜。隣の席のキミ。間違い探し相談所。

そんなタイトルを付けられた恋の話たち。

それは、電話ボックスの中にある受話器を通って何処かへ入れられる。それで、ルールを守れば簡単に誰でも出せる。

何をって? 誰かの入れたコイバナをさ。

いや、きっと恋の話だけじゃない。

もしかしたら、291とか18782、37564と打てば別の話だって出てくるのかもしれない。

俺たちが噂で聞くのが5187。その年齢層で誰だって興味を持つ話題のコイバナシだっただけの話なんだよ。

じゃあ、なんで5187であって51874じゃないのか。

そんなの知らないよ。でもさ、コイバナシしようより、コイバナしようの方が高校生っぽいよね。

そんな単純な理由なんだよ。きっと。

 

 

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