『電話箱』
ほら。最後の十円玉だよ。
もしもし。聞いているよね、みんな。
俺がしてるこのコイバナ。タイトルは、そうだな。
電話箱。なんてどうかな。
今さらだって?
まあ、今さらだよ。ずっと話してきたじゃないか。電話バコの話。いや、話してきたのは電話バコの中に入っていたコイバナの話だ。
つまり。それは誰かの恋の話。誰かの、ね。俺のじゃないさ。
だから、俺のコイバナのタイトルは電話箱。みんなに話す、とっておきの話。
俺の母はさ。おっちょこちょいで偶然ルールを破っちゃって、残せたはずの自分のコイバナを忘れちゃったんだ。
そこで俺は仮定した。
受話器を通してコイバナを電話箱っていう容れ物に入れるっていうことは、実はコピー、複製したものを入れてるんじゃないか。コピーを失敗して、母は複製途中のコイバナをなくしちゃったんじゃないか。
そう思ったんだ。
つまりな。
変な話だよ?
電話箱っていうのは入れようとしてる話のオリジナルを入れている。そこからコピーを作って、入れた人のとこに戻している。
そういうシステムじゃないのか。
そう思ったんだ。
本当のとこはわかんないけどね。
でも、もしそうだったら。
その電話箱って怖くない? 『入れる』箱じゃなくて『奪う』箱ってことでしょ?
まあ、コピーであっても自分のとこにちゃんと残っているならいいんだけどさ。 残っているならね。
ルールを破る人の方が悪いと思うよ?
ちゃんと、こうしなさいって具体的なやり方も伝わってたのに違うことをしたんだからね。
母のコイバナはさ。コピーできなくて手元に残んなかったんだ。可哀想だと思うだろ? 全部忘れちゃったんだもん。可哀想だよ。
せっかくの人生で初めての、たった一回しかない初恋だったんだ。
せっかくの青春での宝物になるはずだったものなんだ。可哀想だよ。
父は様子がおかしい母にすぐ気がついたんだって。母の記憶がすっぽりなくなっていることに。
件の電話ボックスを使っていたことを聞いていた父は、すぐにそのせいだと思った。だから何も対処できなかった。使った人のコイバナを聞いても、使った人そのもののことは全く噂に流れないからだから、父は何もできなかった。
結局は告白もプロポーズも父の方からしたんだって。父の方が先にしたことになってるんだって。
それで、いいんじゃないかな。二人は最後、両想いになって結婚して、俺っていう子どもを授かったんだから。
たとえ、彼女の初恋ゴコロが奪われていたとしても、さ。
母にはもう、初恋の記憶はないんだよ。可哀想、だよね。
カシャンと音を立てて十円玉が機械の中に滑り込んでいく。その十円玉の縁にはギザギザはなかった。
そのコイバナを語り続けてきた主人公は、笑いながら数字のキーをゆっくり押した。
5
1
8
7
そして、
4
「これで、俺のコイバナは終わりだよ」
彼女を独りにはさせない。
これで彼女の初恋は俺のものだ。
彼は彼女と同じ箱の中で恋をし続けるのだろう。
幾多の恋の話たち。持ち主と揃いのコイバナたち。その中で、この二つの恋は忘れ置かれたまま眠り続けるのだ。
片や恋する眠り姫。おっちょこちょいの少女の初恋は、恋が叶ったことにすら気づかずに夢を見続ける。
片や恋する王子様。遥か遠い姫を想うあまり、触れることのできる近くの姫には目をやらない。やっと辿り着いたその時には、恋した姫は夢の中。
諦めきれない王子様は、夢の中にまで姫を追って眠りについた。
主人公は初恋を忘れた。
電話箱という容れ物に恋心を奪われて、これまでのコイバナを忘れてしまった。
トゥルルル……
トゥルルル……
呼び出し音が箱の中に響く。
繰り返し、繰り返し、呼び出す音だけが響いている。
誰も出ない、誰も聞かないその音は、止むことなく鳴り続ける。
次の恋の話を聴かせて欲しいと、鳴り続ける。
トゥルルル……
トゥルルル……
トゥルルル……
もしもし?
誰か、聞こえてますか?
あの、聞いてほしいんです。
コイバナを。
聞こえていますよ。
あなたの恋、ちゃんと聞こえていますよ。
だから話して。あなたのコイバナを。
だから聞いて。最後まで。
呼び出し音は途切れることなく響き続ける。
『電話バコ』
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もしもし
もしもし
あなたのコイバナ聞きたいな
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もしもし
私のコイバナ聞いてほしいな
箱の中に入れられ続けるコイのハナ
誰かに語る
誰かの恋
もしもし、もしもし
ちょっと聞いて
どんな最後になったって
お願い
最後まで聞いてほしい
これは誰かの恋の話
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