桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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ねえ、みんな。聞いて。私の部屋の隣に住んでいる人はね。


出席番号13番「Hello my dear.」②

私は朝が強い。毎朝ゆっくり朝食を食べて、仕事のある日はお弁当も作って、通勤ラッシュに巻き込まれないように余裕に余裕を重ねた時間に部屋を出る。

そんな私と真逆なのが隣の住人なの。十夜さんは花屋に勤めていて、私より朝が早いはず。なのにね。いつもどこかしらに寝癖をつけて、私と同じ時間に部屋を出てくる寝坊助さんなの。ふふふっ。笑いながら「時間、大丈夫ですか」って聞いたとき「なんとかギリギリセーフ」って彼が答えるのが、一日の始まりだった気がする。おかしいよね。

後で聞くとね。私が部屋を出て来る時間に間に合えば、始業時間にギリギリ間に合うんだって。私、十夜さんの目覚まし時計じゃないですって言ったらね。その日の夜に、お兄ちゃんからだよって十花ちゃんが大きな花束を私にくれたの。「いつもありがとう」って書かれたカードが一緒に添えられていた。この兄妹は本当に私を笑顔にするのが上手だった。

本当に嬉しくてね。この時の花束は今でも私の部屋にのこってるんだ。ドライフラワーにしてね、長く長くその時の思い出と一緒にいたいと思ったんだ。

 

十夜さんとすれ違うときはね。いつだってふわりと花の香りがしているの。本人は気づいていないのかもしれない。

例えばユリの花。

例えば菊の花。

例えばカーネーションの花。

例えば蘭の花。

少し強めの香りを放つ花たちが、十夜さんの周りを漂っているみたい。十夜さんとただの隣人で友人だった頃は、それが何の花かわからなかったけど。

 

 

 

 

十夜さんとの関係が変わったのは、今から数年前。そのアパートに引っ越ししてから五年近くが経とうとしていた。

 

その日は雨が降っていた。

一階に住むお婆さんが亡くなった。私もよくしてもらっていたから、夜、お線香をあげに十夜さんとその部屋にあがらせてもらったの。お線香のあの独特な匂いに混じって親しい香りが鼻を掠めた。

十夜さんの、花の香りだった。

 

ちょっと。どんだけ嗅覚がいいとか言わないでよ。確かに彼の匂いは好きだったよ。でも、そうじゃないの!

 

その花の香りは、亡くなったお婆さんの棺に敷き詰められていたの。もう冷たく硬くなってしまったお婆さんの体を、真っ白な花たちは箱の中で飾っていた。そこからふわりと漂う香りは、毎朝十夜さんとすれ違う時に香るものとおんなじもの。

お婆さんの部屋から出て、二人で階段を上がっていた時だった。

「十花ちゃんは? 」

カンカン音がする階段の途中で私は十夜さんに声をかけた。彼は振り向かないで、一言こう言った。

「……今は、いない」

私は何も聞かないで階段を上がっていった。

 

階段を上がりきって、すぐに部屋の扉に着いた。じゃあ、って言って互いに隣の扉に手をかけようとした時、十夜さんから信じられない言葉が飛び出した。

 

「寄っていくか? 」

 

驚いた私は、何も言わずに彼の方を見た。彼はこっちを見てはいなかったけど。

 

「いいんですか? 」

 

私は彼に答えた。

 

その時の彼が何を思っていたのかわからない。

でもね。

私はこう思っていたんだ。

 

きっと、知らないことがあるんだ。

ってね。

 

いい機会だったんじゃないかな。私は彼のことを知らなかったし、彼も私のことを知らなかった。

ただの、隣人だったんだ。

その夜、私たちはたくさんのことを話した。変な想像しないでよ? 本当に、たくさんのこと。

私は私のことを。今までのこと、今思うこと、桜ヶ原のこと、これからのこと。

彼は彼のことを。今までのこと、仕事のこと。十花ちゃんのこと。それと、今思うこと。

 

みんな、聞いて。

私、好きな人ができたの。

 

その人はね。花屋に勤めているの。

花が大好きな、優しくて不器用な人。

 

十夜さんが勤めている花屋さんは病院の近くにある。それに、墓地と火葬場も近くにある、変わった場所にあるんだって。丁度、その三つを結んだ三角形の中心に花屋があるんだって。だから、よくそういう用途の花の注文が入るんだって。配達になると、頻繁に病院だけ、火葬場だけに通うことになるから担当が決まってた方がいいだろうっていうことで、十夜さんは火葬場への配達が担当になったらしい。

誰も進んで担当になろうとしなかった火葬場への配達。なんで引き受けたんですか? 私は彼に聞いた。彼は苦笑しながらこう言った。

「俺、霊感があるんだ」

たまに、そういうのが見えるんだよ。

十夜さんは続けた。

病院だと死ぬ間際の苦しい顔でこっちを見てくるんだ。墓地だと異様に数が多い。火葬場だとさ。最期の別れをしている親族に対して色んな表情をしている人の霊が見えるんだ。

泣いてたり、笑ってたり、困っていたり、それこそ様々。

そんなとこに花を持っていくとさ。大体みんな、穏やかな表情になるんだ。花ってさ、すごいよな。死んだ人まで癒してくれる。

 

私は黙って聞いていた。

十夜さんから香る花たちは献花でよく使われる花たちだって、その時に気づいたんだ。

亡くなったお婆さんの棺に敷き詰められていた白い花たち。バラ、カーネーション、キク、ユリ、どれも十夜さんから香ったことのある花たちだった。

そして、今もどこかの部屋からか香りが漂っていた。近くに、花がある。

 

十夜さんは言った。

 

「俺、花が好きなんだ」

 

まっすぐに、私を見て言った。

 

私の好きになった彼はね。花が好きなんだ。

それは五花なのか、十花なのか、それとも、両方なのか。はっきりと彼は言わなかったけれど。

 

 

 

この日の夜、花は落ちた。

恋という、夜に落ちていった。

 

 

 

その日を境に、私は十夜さんの部屋に頻繁に出入りするようになった。元々、十花ちゃんを私の方の部屋に招くこともあったんだけど、十夜さんに会うために私の方が彼の部屋に行くことが増えたんだ。といってもね。隣の部屋だからあんまり関係ないかもしれないけど、ここは気持ちの違いだよ。

私が彼の部屋に行くっていうことに意味があるんだ。

私の使う時間は誰かの為のものになった。私自身に、十夜さんに、十花ちゃんに。朝起きて眠るまでの時間は誰かの為に割かれているの。だから浮気なんてしちゃダメなんだよ。せっかくの誰かの為の時間に他の人を浮かべるなんて、もったいないよ。時間は有限だって、有名な人が言っていたでしょう。生きている人の時間には限りがあるんだよ。その貴重な時間を割くんだもん。誰の為にも、自分の為にさえならない時間は要らないんじゃないかって、私は思うんだ。誰かの為の時間に違う人が浮かんでいたら、それはもう誰かの為だけの時間じゃない。

だから、私は浮気は絶対にしないし許さない。付き合うことになった日に十夜さんにも言ってある。彼は厳しいなって笑って、自分もしないと誓ってくれた。

 

ほら、純粋な男女の恋愛話って思うでしょ? 違うんだな、それが。

 

私も十夜さんも浮気はしないよ。

だから、あの話をしっかりしたの。

 

十花ちゃんとのこと。

 

十夜さんの妹である十花ちゃんは、お兄さんである十夜さんのことが好き。それは彼女からは言われてないけど、きっと異性として好きということ。

そうだよね?

そうだよ。

私たちは二人で確かめあった。

もし私の思い違いだったらって気持ちもあったけれど、十夜さんも同じ気持ちだった。認識の違いは後でとんでもないスレ違いを招くんだって、恋愛の先輩が言ってたよ。些細なことでも言葉にしなきゃ、他人には通じないんだってさ。通じ合いたい相手なら、尚更丁寧に伝えないと勘違いしちゃうかもしれない。

だから、十夜さんに確認したの。

 

まあ、結局それも後日十花ちゃんにバレて、「五花お姉ちゃん、ひどい! あたしの純粋な気持ち、疑ってたの?!」って怒られたんだけど。十夜さんの方も同じ様に怒られたんだって。

私が思うに、十花ちゃんも十花ちゃんでちゃんと言ってくれてなかったと思うんだ。大好き! 大好き! って言いながら、その「好き」の意味を伝えてくれなかった。彼女は拒絶されるのが怖くて、妹として、友人として好きっていう言葉に本当の自分の「好き」を隠してたんだ。

ほんと、変なとこでそっくりだよね。十夜さんと十花ちゃん。そんなこと言うと、私も人のこと言えないだろって言われちゃうんだけどさ。

それでもね。私たちは三人仲良くまぁるく納まったんだよ。

好奇心とか浮気とか、そんな言葉で否定しないで。私たちの気持ちはまっすぐ二人に向いている。真剣に、向き合っているんだよ。

 

 

 

だからね。みんな、聞いて。

私、好きな人たちができたんだ。

その人たちは隣の部屋に住んでる人たち。

 

十夜さんはいっこ年上の花屋に勤めてるお兄さん。

十花ちゃんは同い年の花の香りがするお嬢さん。

 

私たちは、3人で付き合い始めました。

よろしくね。私の素敵なダーリンとベイビー。

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