横断歩道。小さな腕に抱えるのは一匹の白い猫。
僕は知っている。この猫を。僕の、僕たちの大切な友だち
「さくらちゃん、おうちへ帰ろう!」
さくら。小学校で六年間、いや、今でも僕たちの友だちである白い猫。
おうちへ、帰る?
あれ?じゃあ、この女の子は
もも?
それを認識した瞬間、横から車が飛び出した。
車は僕の、ももという小さな女の子の体を押し潰した。
痛い!
僕は思わず悲鳴をあげようとしたが、口から出たのは驚く内容だった。
「さくらちゃん、守らなきゃ」
こんな、こんな小さな女の子が自分よりも他の命を守ろうとしている。
強く、だけど潰さないように優しく腕の中の命を抱き締める。
体はもう、動かない。
もも。さくら。
遠くで救急車のサイレンが聞こえる。
きっと、間に合わない。
僕のたった数ヵ月一緒に勉強をしたクラスメイト。小さな女の子が最期に言ったのは
「さくらちゃん、また、会いたいな」
また、会えるかな
また、会えるよね
未来の可能性を信じる、希望だった。
→ルート「にゃんだふるでいず」
暗くて冷たい通路の中。自分より先を駆ける足音を追いかけ、奥へと進む。
トンネルか?それにしては暗すぎないか?
前の足音が近づく。止まった。
前の足音に近づく。僕は止まった。
微かに見える、女子高生の左腕を掴む。
「つかまえた」
意外と思っていた以上に低い声が出た。
その瞬間
(ざくん)
は
片足が無くなっていた
(ざく、ざく、ざく、ざく)
来るな
来るな
クワレル
「食べないで」
女子高生の腕を掴んだまま、僕の視界は真っ暗に
目の前に白く鋭く光る何かが数本見えた
真っ暗に
(ざくん)
僕は女子高生の腕と一緒に「なにか」に食われ
おい!ちょっと待て!
彼女の腕離せって!
視界が真っ黒に覆われた。
最期の瞬間、ちぎれた女子高生の腕をきゅっと握り
「一回でいいから君と×××したかっ」
こいつまだ言うか!
暗闇の中、何かに食われた青年は。
死ぬまでただの変態であった。
多分、死んでも×××しか頭になかったんだろう。
→ルート「地下通路」
あるとき夢を見た。
白い部屋。目の前には白衣を着た男性。
僕はその男性に言う。
「一緒に死んで」
女性の声だった。
男性は困ったように笑う。
僕はもう一度言う。
「一緒に、死んで」
男性の首に細い指が絡まる。
ああ、あたしがこの人の首を締めてイルノネ。
不意に胃から何かが込み上げてきた。
げほ
口の中に血の味が広がる。
ああ、ダメよ。こんなんじゃ彼の首をキツくキツく締めてあげられないじゃない。
僕はもう立っていられなくなって、倒れた。
最期に女性の高い声はこう言った。
「ねえ、一緒に、死んでよ」
その女性が最期に望んだのは、愛する男性との心中だった。
白い部屋。目の前には口から血を吐き倒れている看護婦。
僕は彼女に近づき、首に指を当てる。
「君は、死んでもキレイだね」
何を言っているんだろう?
僕じゃない男性の声はうっとりしたように続ける。
「ボクをあげる代わりに、ボクの一番のお気に入りを頂戴」
僕は机からカッターを取り出した。
そして、倒れている彼女の指輪がはめられたキレイナユビヲ
やめて!
切り落とし、
「ああ、やっぱり君はキレイだ」
僕はそれに頬擦りして、そう言った。
再び机に向かうと、置かれている万年筆の横にあたかもそれが自然であるかの様に置いた。
この男性は、狂っている。
そう思っても夢は止まらない。
「約束だからね」
そう言うと、今度は自分の首に刃が当てられる。
血と熱が流れ落ちる感覚が
僕じゃない!
ゆっくりと倒れる中で狂った男性がこう呟いた。
「これが、ボクの愛の形なんだよ」
それは看護婦への言葉だったのか、自分自身への言葉だったのかわからない。
でも、コレガキットタダシイんだろう。
暗い部屋。電気もつけずに布団にくるまる。
こわいこわいこわいこわいこわいこわい
どこからか軽い音が聞こえる。
これは、手紙がポストに入れられる音?
かたん
かたんかたん
かたんかたんかたん
かたんかたんかたんかたん
かたんかたんかたんかたんかたん
かたんかたんかたんかたんかたんかたん
え、なにこれ。
何でこんなに
「あたしが何したっていうのよぉ」
震える女性の声が僕の口から出た。布団を握り締める指は震えている。
僕が何をしたっていうんだ
かたん(ざっ)
かたんかたん(ざっざっ)
手紙の投函音に人の足音が混ざりだす。
逃げて
逃げられない
逃げて!
逃げられない!
指先が白くなるほどきつく布団を掴む。
ふと
音が止んだ。
「…たす」
「キレイなお嬢さん。ボクの万年筆を返してイタダキタイ」
耳の、すぐ横から声が響いた。
ニゲラレナイヨ
僕は悲鳴をあげることさえできずに
違う!
ザクザクと体を
こんな、終わりなんて
切られ、持っていかれ
自分の髪に、指に、脚に、そして腹に何かわからない刃が沈むのを見ながら、女性はこう口を動かした。
『こんなはずじゃなかったのに』
声にはならなかった最期の言葉は、誰にも届かなかった。
→ルート「ラブ・レター」
知らない部屋の中。電気はつかず、外からガタガタ激しい音がする。
雨が屋根を叩きつける。
低いサイレンが空気を伝って鼓膜を響かせる。
「父さん!母さん!」
一階へ向かって声の限り叫ぶ。
ごぼ
水の音
ごぼごぼ
水が、溢れる音
浸水…してるのか?
それにしては…
「父さん!母さん!」
自分ではない低い声は階段の下へ落ちていく。
僕は見た。
階段の途中から先に波立つ水面を。
その水面に時折現れる人の手を。
もう、手遅れだ
僕は諦める。
でも、声の男性は何度も呼ぶ。
逃げもしないで。
ざぷん
水の音がすぐ近くに迫っている。
外から、雨が水面を叩きつける音が止まない。
コンナコトッテ
水が、足元を浸し始める。
モウ、テオクレナンダ
モウ、ニゲラレナイ
水は、ゆっくりと上に上がってくる
「と、さ…かぁ…さ」
最期に沈む直前、男性が呼んだのは助けだったのか。
それとも、自分と同じように沈む両親を目の当たりにした悲鳴だったのか。
狭い車の中。車の外では流れてきた濁った水とともに木や鉄の塊、ガラスなど様々な物が押し流されてきている。
危ない!外に出たら危ない!
窓を締め切って車の中でただ耐える。
水が引けば、きっと外に出られるだろう。
車の主は何も言わずに唇を噛む。
周りを見れば、同じように車に残る人の影。
外をキョロキョロ見渡し、出ようか迷っているみたいだ。
車がガタンと動く。
このままでいいのか?
外は危険だ。出れない。
外に出たい。出ちゃいけない。出なきゃ。出るべきではない。まだだ。どうする?
同じように外を見る人たち。
車が勝手に移動していることには気づかない。
焦りが思考を鈍らせる。
車内の空気が減っているのに気づかない。
焦りが視界を曇らせる。
あ、
と、思った時には既に遅い。
空気は残りわずか。息苦しい。
外に出なきゃ!
ドアを開こうとがちゃがちゃ音をたてる。
開かない。
なんで!?
どうして!?
全力で外に力をかけても開かない。
頭が働くのを放棄する。
一心不乱ではなく、一心乱乱にただドアを開こうとする。
窓を開けよう!窓からでも出れればいい!!
そこからも出られない。
水面はかなり高く、外から内側に向かって水圧がかかっているという知識さえ出てこない。
「窓を割る」という選択肢さえ出てこない。
苦しい!
クルシイ!
壁をドンドンと叩く。
外にその音は聞こえているのだろうか。
クルシイ
出して
ここから出して
「たす、け、だし、」
たくさんの車の中には、同じようにそこから出られなくなって息が止まった死体がきれいなまま残された。
彼らが最期に思ったのは、狭い空間からの脱出だった。
水没した部屋の中。電気はつかない。冷たい水は膝上まで来ていた。
「外へ出ろ!」
低い声が聞こえた。窓の外、それも上から聞こえる。
「窓から上に上がれ!順番にだ!」
「母さんは最後に行くから、気をつけて上に上がりな」
すぐそばの女性が、母さん、がぼくの肩を抱いてそう言った。
ぼくは、僕、は、目の前の小さな女の子の手を握って、努めて優しく声をかけた。
しっかりしなきゃ。ぼくはお兄ちゃんなんだから。
妹なんて僕にいたか?
「だいじょうぶ。ぼくも一緒に行くからね」
「うん。お兄ちゃんといっしょ」
女の子は、ぼくの妹は、笑って手を握り返した。
ざぶざぶと水を掻き分け、窓へと近づく。外は明るい。雨も止んでいた。あんなに激しい雨が嘘のように
雨なんて降っていたか?
窓から外を見ると、周りの家の一階は全部水の下だった。ぼくの家も同じだろう。
道路は大きな川となっていた。流れが速いその道にはたくさんの物が浮き流されている。
家の外に置いてあった物、家の中に置いてあった物、ゴミ箱、自転車、車まで。流れる。流れる。流れていく。
ぼくは信じられないものを見ていた。
全部、全部流されていく。
「早くしろ!水がまだ上がってきているんだぞ!」
父さんがぼくたちを急かした。
そうだ、早くしないと。
少しでも安全な所へ。
「急ごう」
先にぼくが窓の登って妹を引き上げた。
早くしなきゃ。大丈夫。屋根に上がれば大丈夫。父さんもいるんだから。みんな助かるんだ。大丈夫だ。
大丈夫。大丈夫。そう心の中で繰り返す。
妹が窓に上がった。よし、これで次は屋根に上れれば
横!!!
あ、と思う間も無くぼくたちは
真横から流されてきた木に、流木に連れ去られた。
父さんと母さんの声が遠ざかる。
体が押し潰され、
痛い
水中へと押し込まれ、
苦しい
それでも、
妹の手を離しちゃいけない。絶対に離さない。離すもんか!
小さな手を引き寄せて、ぼくは妹の体をぎゅぅっと抱き締め
小さな手のその先が千切れて無くなり、既に暗い水の底へ沈んでいたことにぼくは気づかなかった。
最期に少年が呼んだのは妹の名前だった。
しかし、妹は答えられずに兄の名前を呼び、助けてと思った。
二人の流された小さな体は見つかることはなかった。
雨の日に。
激しい激しい雨の日に。
彼らの命は奪われた。
信じられないくらい呆気なく奪われた。
最期に口にした言葉は、最期に思ったことはなんだったんだろう?
遺体は口にしない。
遺体すら見つからない。
彼らは声なき声で叫び続ける。
全てを連れ去り、押し流したあの雨はまた来ると。
彼らの、自分達の命がどのように奪われたのか、忘れてはいけないのだと。
雨は降り続ける。
遺された人々の心に降り続ける。
雨は降る。
自然という脅威は地球が生き続ける限り猛威を振るう。
雨は
雨は止まない。
あの日の記憶は、止むことのない雨の音と共によみがえる。
→ルート「雨の日」
電車の中。満員とはいえないが、そこそこ人が乗車している。座席は空きがない。
俺は、僕は、吊革に捕まって出勤途中だ。今日もまた疲れる仕事になるのだろう。
『まもなくー、○○ー。○○でございまぁす』
車内のアナウンスが入る。よしよし、今日は遅れていないな。
聞いたことがない駅名だな。
駅に着く。
降りる。乗る。
発車する。
いつもの通勤作業。
学生が増えたな。
社会人は眠そうに欠伸を堪える。
がきんちょどもめ。元気余り過ぎだろ。少しは落ち着け。
若いっていいよね。暴走しなきゃいいけどさ。
今日の若者はテストか。真面目だねぇ。
あ、あの子将来美人になりそう。
駅に着く。
降りる。乗る。
発車する。
いつもの風景。
大人は疲れが残ってる。
学生はスマホを弄ってる。
あ、あの人イケメンだ!ラッキー!
あんな大人にはなりたくねぇなぁ。
ヤバイ、お姉さんエロすぎる…
マジしんどい、今日のテスト。
いつもと変わらない電車の中。
そのはずだった。
がたん、ごとん
いつもと同じように電車は走っていた。
しかし
「うわっ!?」
甲高い音を立てて急ブレーキがかかった。
体が揺れる。
「きゃっ!」
「なんだ?!」
「うぉ」
車体と一緒に人の体もガクガクと揺さぶられる。
ここで電車が止まればいい。
止まるはずなんだ。
だって、だって。
この先には急カーブがあるんだぞ?
カーブの向こうは、カーブの先は、
何があったっけ?
もし、もしも止まりきれなかったら、
僕はどうなる?
甲高いブレーキ音が鳴り続ける。
止まれるのか?
止まれよ。
止まれ!
もう、誰も立っていられなかった。
視界もぶれて、
止まってくれよ!
頼む、止まって
揺れとは別の震えが体をガクガクと揺さぶる。
もし、止まれなかったら
怖くて恐くて外の景色を見ることができない。
ブレーキ音が甲高く鳴り続ける。
そして、
一瞬の無音と、
衝撃が、
僕らを襲った。
乗っていた誰もが、その瞬間何が起こったのか理解できなかった。
鉄道事故。
その電車に乗っていた人には何が起こったのかわからない。
何が起こっているのかわからない。
だって、鉄の箱の中にいるから外が見えない。
多くを知るのは先頭に乗る車掌なのかもしれない。でも、その車掌も生きて話してくれるかわからない。
何が起きたか知らないまま、彼らは天国行きの電車へと乗り換えさせられる。
脱線事故?衝突事故?それとも人身事故?
「何が起きたのか、わかりませんでした」
彼らは、最期の瞬間さえ理解できずに電車に乗り続けたのだろうか。
イマ、ナニガオキタノ?
→ルート「線路の先」
電気のつかない暗い部屋。朝日はまだ昇らない。暖房もつけられない。電気自体が停電しているのだから。
ずしん
部屋が重く揺れる。
寒い。吐く息が白くなる。外ほどではないけど、かなり寒い。
季節は冬。
ずしん
再び部屋が重く揺れる。
断続的な地震だ。
数日前、大きな地震があった。
布団を頭から被って寒さをしのぐ。
両親はまだ帰ってこない。いや、丁度昼間に地震があったから、働きに出ていた二人は道が遮断されて帰ってこられないのだった。
スマホに二人から連絡があった。
いつ帰れるかわからない。
おまえのことがすごく心配だ。
避難所で待っててくれてもいいんだよ。
私は返した。
もう高校生なんだから大丈夫!
不便があったら他の人を頼るし、タロちゃん(犬)もいるんだから怖くないよ!
そっちこそ、ちゃんとしてよね!
本当はすごく不安だった。
不安じゃない方がおかしいよ
僕だったら発狂してる
イマでも
タロちゃんが布団の中に潜り込んできた。癒される。
ずしん
ガタガタ
窓ガラスが音をたてる。
私はタロちゃんをぎゅっと抱き締めた。くぅんと鼻を鳴らしておとなしくしている。
ここ数日、雨が降っていて外の地面は乾ききっていなかった。この時間に外へ出れば余計に凍えることとなるだろう。
ずしん
バキバキ
何の音だろう?
布団から顔を出す。
タロちゃんが、なんかおかしい。急に唸りだしたと思ったら、不安そうにきょろきょろと辺りを伺いだした。
そして、
そのときは
襲いかかった。
ずしん
「土砂崩れだーーー!」
誰かが、叫んだ気がした
隣の おにいちゃ
わん
おとうさ
おかあさ
僕たちは飲み込まれた
時間が
止まった気が
した
犬のなく
声が
どこか遠くで
聞こえた
私、待ってるって言ったのに
誰か、僕を見つけて
寒いよ
暗いよ
ダレカミツケテ
ダレカ、ボクタチヲ
ミツケテ
私たちはここにいるよ
まだ、土砂に埋まった家の中で
帰りを待ってるよ
誰か見つけて
私たちを、見つけて
いつもの道。幼稚園に娘を迎えに走り、小さな手を引く。
いつもと違うのは町の雰囲気。みんな誰もが我先にと高台へ走っている。
「まま、はしれない」
「じゃあ、抱っこするから」
ママの鞄、ちゃんと持っててね?
私の足もがくがくいってる。でも、走らなきゃ。高い所へ、行かなきゃ。
数分前に大きな地震があった。
勤務先でそれを体験した私は、揺れが収まったところで上司からの大声を浴びた。
「お前、幼稚園に子どもいただろ?さっさと連れて高台へ行け!
津波が来るぞ!!」
テレビには津浪の恐れがあると出ていた。上司の勘はよく当たる。
私は急いで娘を迎えに行った。
幼稚園に着くと、娘はすぐに私に飛びついてきた。
「下がぐらぐらしてこわかったの」
私でさえあんな大きな地震は体験したことがなかった。
そして、更に怖いことが間近に迫っていた。
先生が
「すぐに避難してください!
警報が出ています!」
と、叫んでいた。
普段は大声なんて出さない先生。
子どもより先に逃げられないんだろうな、きっと
責任があるもんな
みんな連れて逃げることは、
できないのかな?
数が多かったら動けないよ
そもそも、レイセイになんていられナイんじゃないかな
冷静なヒトナンテあの瞬間にイタノカナ
私は娘の手をとって走り出した。
大丈夫
きっと助かる
そう信じて走り出した。
そして、
今
真後ろには
(ぅうううううウウウー)
低く、サイレンが街に響く。
後ろを走っていた人が、横をさっき抜けた人が、
悲鳴をあげた気がした。
後ろに顔を向けた娘が、泣きそうな声で、
ううん。私も娘も泣いていた。
「ままぁ」
私は最期に娘の名前を優しく呼んだ。
止まっちゃいけない
前を向いて
もう、助からないってワカッテテモ?
前を向いて走り続けなきゃいけない
後ろを、絶対に向いちゃいけない
後ろには、
数秒後に訪れる自分達と同じ姿が、津波に飲み込まれた街が広がっているんだから
意識を失う最期の最期まで前を向いていないと
ナンデソコマデ
だって、だって。
私はこの子のママだもん。
さいごまで諦める姿を見せたくないの
地震発生から津波到達まで×分。
その時間を命終了までのカウントダウンにするか、生き残るための足掻きにするかは最後まで希望を持てるかに左右される。
勤務先、会社のデスク。今日も電話が鳴り響く。パソコンは俺と一緒に頑張り過ぎて発熱しそうだ。
何時間前に淹れただろう。ホットだったはずのコーヒーはアイスへと変貌している。
今日頑張れば明日から連休だ。
家族サービスしてやるぜ!
愛しい嫁と最近ハイハイを始めた息子を思い出す。
…よし。これで半日はもつだろう。
残っていた栄養ドリンクを飲み干し、足下のビニールを広げた小さい箱へ放り込む。ガチャンと音がしたが、はて、何本目のドリンクであったか。
これを社畜というのか
こんな大人になりたくないな
なるのか?なってしまうのか?
時計を見るとまだ昼前。
ぐぐっと体を伸ばし気合いを入れ直す。
よし、やるか。
そんないつもの時間。
いつもと変わらない日常。
今日も
明日も
明後日も
ずっとずっと。
続くかと思っていた。
続くのが当たり前だと、当然なんだと。そう勘違いしていた。
幸せだとか、不幸だとか。
そんなの関係なしに。
生きていくんだと思っていた。
生きて、いけるんだと思っていたんだ。
ダレダッテソウダヨ
マサカ、ジブンガナンテ思ってもいない
隣の席の先輩も、前の席の今年入ったばかりの新人も。
みんな、みんな。当たり前に生きていたんだ。
そのときまで。
ふと、ぐらりと足元が揺れた気がした。
「?」
「先輩、今揺れませんでした?」
「揺れ、た、か?」
「揺れてるぞ!?」
先輩も後輩も、もちろん俺も焦った。
確かに揺れている。
地震だ。
そして、
ガタン!ガタガタッ!ガタガタガタ!
始めの揺れは前兆だった。
初期微動。
大学を卒業したての頭を持つ後輩が呟いた。
ああ、そんなこと習ったっけな。
じゃあ、初期微動の次に来るものといったら
「机の下に潜れ!」
先輩が叫んだ。
俺たちは急いで潜った。足が緊張でもつれたのか、揺れが大きくなったのか。どちらかはわからないけど、椅子を倒しながら滑り込んだ。
次の瞬間
ぐら
ぐら
ぐら
ガタガタ
ガタタッ
大きな大きな揺れだった。
主要動。
立っていることなんてできるはずがないくらいの大きな揺れ。
そう、揺れというよりもう
地面が「動く」感じ?
俺たちは机の脚にしがみついて動けなかった。上からはたくさんの物が滑り落ちてきた。ハサミがすぐ横をまっすぐ落ちるのを目で追ったときは、思考が止まった。頭の中が真っ白になった。
でも、まだこのときは余裕があったんだろうな。
金属の破片やガラスは降り注げば凶器にしかナラナイネ
防災頭巾、ドコニ閉マッタッケ
何度か体を揺さぶられ、とうとう俺の体が机からはみ出したとき、それは起こった。
「先輩、危ない!」
後輩の悲鳴とともに頭上を見れば
席の後ろにあったはずの棚が
倒れてきていた
地震は
続いていた
俺は、動けなかった。
いつも仕事が忙しくなると、帰りたいなーって思う。
カエリタイナ
棚の下敷きになるこの瞬間、俺は
カエレナイネ
ただただ、家族の元へ帰りたくなった。
妻と子の、愛しい笑顔が待つあの家へ帰りたくなった。
せめて、午前の休憩中にテレビ電話しておけばよかったな。
この瞬間、皮肉にも彼の家ではその妻と子が棚の下敷きに今まさになりそうになっていた。彼女は最期に何もわからない息子を手に抱いてこう思った。
この子と笑ってあの人をお迎えしてあげたかったな。
一つの家族へ棚が倒れ込む。
家族が揃って休日を迎えることは、もう二度とない。
時間は戻らない。
地震が起き、津波が起き、土砂崩れが起きたあの場所にいなければ、きっと誰もが助かったのだろう。
大地は嗤う。
お前たちは運が悪かっただけなのだと。
何も悪くはない。
ただ、そこにいたことが不運であっただけなのだと。
ただ、それだけの話なんだ。
自然に対して抗えるはずがない。
だから、「あの場所」で地震が起きたことは全て不運としか言えない。
津波も、土砂崩れも同じだ。
予測不可能な事態はいつだって起こるもの。
でも、そこから発生する「災害」の大きさは人の努力によって少しは小さくできるのではないか。
あの時、こういう対処ができていたら。ここをこうしたら。必要な情報がちゃんと伝わっていたら。他の場所からこんな支援が送れていたら。
あの人は。あの人たちは死ななくてもよかったんじゃないか。
あんなに大変な思いをしなくてもよかったんじゃないか。
あんな。あんな哀しい思いをしなくても
哀しい思いをし続けなくてもよかったんじゃないか。
生き残った人も。亡くなった人も。
非情で冷たい空の下で、暗く冷たい土の下で泣き続けなくてもよかったんじゃないか。
そう思わずにはいられない。
災害が起こる度に、もっと自分に何かできたんじゃないか。
後悔せずにはいられない。
時間は戻らない。
亡くした人たちを生き返らすことはできない。
だから、生き残った人たちは忘れない。過ぎた時間を繰り返し思い出して、未来へ繋ごうと歩き出す。
きっと、歩き出せるはず。
すぐには無理でも、きっといつかは。
消えていった人たちの灯火は、想いは直接手渡されることはなかった。
最期の瞬間に伝えたかった言葉は物に押し潰され、水に押し流され、土砂に呑み込まれた。
誰にも届かずに消えていった。
もしも。
もしも、その言葉を手にすることができたら、自分たちは彼らに何と応えるのだろう。
いなくなった彼らのために、生き残った自分たちは何ができるのだろう。
→「Xデー」
ぐるぐるぐるぐる
視界が廻る
駅、じゃあな
校庭、後悔なんて
公園、約束だ
自宅、待っててね
道路、いくよ
病室、やっとか
…
ぐるぐるぐるぐる
世界が廻る
知ってる。僕、この人たちを知ってる。
コノヒトタチハ
僕の
ボクノ
トモダチ
ドウキュウセイ
大切な、タイセツナ
友
(ぶつん)
耳障りな雑音が(キキーーー、ドン)
鈍い音が(どす)
何かが潰れる音が(ぶしゃ)
高い電子音が(ピーーー)
嫌だ、聞きたくない
イヤだイヤだ、見たくない
こんなの
コンナ
トモダチのサイゴナンテ見たくない
「コレガ」
肩をトンと叩かれる。
一番近い場所で、ずっと知っていた声。
ボクノ
「サイゴダヨ」
こえ
はっと振り向くと、そこには
砂時計を顔の横に掲げる
頭半分が潰れ、血で真っ赤に染まる顔の横に砂時計を掲げる
僕がいた。
ボクノサイゴノコトバハ、
ボクノ、サイゴハ
(ぶつん)
『緊急!緊急!
みんな集まってくれ!』
俺のスマホに切羽詰まったメールが入ったのは唐突だった。
俺は地元で小学校の教師をしている、仲間内では有名な怪奇現象オタクだ。
仕事は終わっていたのですぐにアプリを起動させる。
メールの送り主は、これまた地元就職組の警官である同級生だ。
グループラインが開くと、既に何人かが来ていた。
みんな、俺の同級生だ。
「にゃぁ」
すとん、と膝に重みがかかった。
「にゃんかあったみたいだにゃ?」
額に桜の花弁のような模様がある白い猫。彼女もれっきとした俺の同級生だ。
一緒に画面を見ながら会話に参加する。
『どした』
『緊急搬送された』
『誰が?』
『あいつだよ』
七不思議、三つ目の担当をしてる「眠りウサギ」
→To be continued
『眠りウサギ』
眠れ眠れ夢を見ろ
誰かがどこかで死ぬ時の
誰かの中から夢を見ろ
最期の時間に何を言う?
最期の瞬間、何おもう?
墓場まで持っていく筈の欠片たち
夢に沈む砂時計
眠れ眠れ
最期の時まで眠るんだ
七不思議が三つ目、いざ参る
上書きで書き変えられた砂時計
真実はどこに眠る