桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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出席番号14番・後編「砂時計」-狸村の援軍- ②

ごぽり

 

口から気泡が浮かぶ。

ここは、どこだ

冷たい水を体に感じる。しかし、体は濡れていない。ただ、何かが纏わりつく感覚だけを感じている。

 

眠りウサギは眠り続ける。

深く、深く、冷たい池の中で。

これもまた、夢である。

 

うっすらと目を開くと、横に浮かぶ砂時計が目に入った。

 

砂が流れない砂時計。

そうだ。この、砂時計は。この、七不思議は

 

一瞬浮かび上がった意識は再び池の底へと沈み始める。

 

これは、眠りウサギが見た夢のひとつである。

 

 

 

 

 

 

 

季節は夏から秋へと渡っていった。

既に眠りウサギが眠り始めて3ヶ月が経とうとしていた。

俺たちは何もできずに、毎日あいつの病室を訪れて、話しかけ、唇を噛み締めながら病室を後にした。誰もが眠りウサギの薄くなった手を握って

「絶対に助けるから待っててくれ」

と声をかけていた。

「信じてくれよ。俺たち、友だちだろ」

眠る友に俺は語りかける。

何もできない自分に苛立つ。なんで、何もできないんだよ。時間だけが過ぎていく。

 

もうすぐ、冬になろうとしていた。

 

「砂時計を掘り出す」。ただそれだけのことができない。やるべきことは同級生全員が満場一致だった。だが、上には既に建物が建ってしまっている池からどうやって掘り出すかが壁となっている。池のどこにあるかもわからない、そもそも実際にあるかもわからない砂時計。そんなものを取り出したいと「外」の連中に話をしても無駄だった。

役所の連中も証拠がないからと、みんな頭を下げていた。

 

どうしよう

どうする

どうすればいいんだよ

 

俺たちは焦っていた。

眠りウサギの体は、日に日に薄くなっていく。

 

もう、眠りウサギも俺たちも限界かと思われたその日。

事件は唐突に解決へと転がり出した。いや、どちらかと言えば、転がされ始めたという方が正しいのかもしれない。

 

池の上のビルが倒壊した。

 

俺たち、何もしてないぜ?

さすがにテロリストにはなりたくない。

 

しかも、爆破とかそういうものじゃなくて、土台から崩れた様な感じだったらしい。地面、つまり埋め立てられた池の方に問題があったんだ。

 

俺たちはすぐに現場へ行った。

いやー、見事に崩れてたぜ。

 

はっきりと池の形に沈み込んだコンクリートの塊。そこからはごぽごぽと水が滲み出していた。

俺は思わず口元が緩んだ。誰かが興奮したように言った。

「おい!あの池、まだ生きてるぜ!埋め立てられてもまだ生きてやがる!!」

その通りだった。

池は生きていた。

俺たちの、桜ヶ原の七不思議「砂時計」はまだ生きていたんだ。

 

俺たちは声をあげて笑った。どれくらいぶりだっただろう。その声の中には、もちろん俺たち同級生以外の声も聞こえた。

 

 

 

ああ、七不思議は俺たちの予想の範囲を軽々と越えていきやがる。これだから「怪奇」現象はおもしろい。

 

 

 

さて。ずっと壁だったビルが倒壊して掘り出し作業に取りかかる。

 

とはいかなかった。

 

ぱっと見て、俺たちは倒壊した原因は池からの水だと思った。埋め立て不足だったんだろうな、って。一部の人は、池が息を吹き返したとも言うくらいだった。

 

でも違ったんだな、これが。

 

池が埋め立てられて15年以上経っていた。今になって埋め立てが不充分でしたなんてあり得ないんだよ。俺たちにしてみれば「結果オーライ」で、それより早く探索させてくれっていう気持ちの方が急いでいたから気にもしなかった。

専門家は下に穴が空いているのかもね~、という気の抜けた話をしていた。

その人は地元民だったけど、他人事だな。まあ、他人事なんだけどさ。

要は原因不明だったわけ。

瓦礫の片付けも含めて調査するからってことで、しばらく立ち入り禁止になったんだ。さすがに瓦礫がそのままだと俺たちも入れなかったからそこはよかったかな。

 

 

 

池の水は今日も溢れてきている。

季節はもうすぐ冬。

吐く息も白くなってきていた。

 

 

 

池の水が、凍ってしまう。

池が凍ってしまえば砂時計を探すことは不可能だ。氷がとける春まで待つしかなくなる。

待てるはずがなかった。

眠りウサギの体はもう限界だ。

 

 

 

俺たちは、瓦礫と重機が退かされる日の夜を待って行動に移すことにした。

 

 

 

 

 

話は変わるが、最近眠りウサギの家の庭にある犬小屋にイヌ以外の動物が出入りしているらしい。というか、イヌそっくりの動物らしいんだけどさ。

俺は思っている。あと、同級生のさくらも。

さくらはネコだ。

「あれって…タヌキだよな(にぇ)?」

 

幼い頃に眠りウサギが保護した「犬」は「狸」だ。

眠りウサギ本人は気づかないで、そのまま「イヌ」という名前をつけた。まあ、犬っぽいと言えば犬っぽいんだろうな。

だから、眠りウサギの家で飼われているのはタヌキ。

みんな「イッヌ!イッヌ!」とか呼んでいるから、気づいている人も「あそこの家のタヌキはイヌだ」ということになっている。

なんかもうわけわからん。

 

まあ、愛されるタヌキの「イヌ」ちゃんってことだ。

 

俺もあいつの家に行く度にイヌを呼んで撫で回しているから、いつも癒されている。

そのイヌそっくりの動物といえば、もうタヌキしかいない。

 

 

 

え、タヌキ大量発生?

もうすぐ冬なのに?

 

 

 

今日もふくふくと脂肪を蓄え、もふもふと冬毛に包まれたタヌキたちが眠りウサギの家に出入りする。

なんだかわんわん言ってる気がする。

 

おい、その中心にいるイヌ。

もうすぐおやつの時間だぞ。

今日は多めにジャーキー用意してやるからな。

みんなで分けろよ。

 

今日も俺たちは癒されるのであった。

 

 

 

 

 

そして、やっと撤去作業が終わった日の午後。

俺は同級生たちに「○時に開始。掘り出すぞ」とだけメールを一斉送信した。一度病院へ寄って、眠りウサギの顔を見てから池に向かうことにした。

池に向かう道で、なぜかイヌに会った。自由なタヌキは俺についてくるようで、首輪にリードを付けて一緒に行く。

辺りも暗くなってきて、池の周辺に人の気配も少なくなってきた。

 

メールに書かれた通りの時間に俺たちは集まった。半分集まればいいと俺は思っていたが、なんと全員集まっている。あの、学級委員長さえもだ。

 

おい、なんでお前までいるんだよ。

 

眠りウサギのためだ。数がいれば短時間で終われる。

 

そりゃそうだけどさぁ

 

 

 

おーい、懐中電灯足りないぞー

 

二人一組でやればいいんだってばー

 

長靴組みと懐中電灯組みでペアねー

 

貴重品ここにまとめておけよー

 

さくらが見張ってるにゃー

 

 

 

あちらこちらで声があがる。

お前ら、全員来たのかよ。

思わず笑みが浮かぶ。本当にどうしようもない同級生たちだぜ。

 

そうして俺たちは一晩かけて砂時計を探した。

 

砂時計は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、どうしようもなくて。

どうすることもできなくて。

 

俺たちは朝を迎えた。

 

砂時計はどこにあるんだよ。

砂時計はどうしてないんだよ。

そもそも

 

砂時計なんて本当にあったのか?

 

七不思議なんて、本当にあったのか?

 

砂時計も、七不思議も、本当は

 

はじめからなかったんじゃ

 

 

気づいたら俺は池の中で膝をついていた。水は首まで浸かっていて、沈まないように誰かが上に引っ張ってくれていた。

 

同級生たちの中でも、誰よりも限界だったのは俺だったんだ。

 

教師の仕事もこなして、毎日病院へ見舞いに行って、あいつの家の様子も見て、情報をまとめ、指示を出した。

 

しばらく休めと誰かが言った。

代わりは自分たちが何とかするから、と。

友だちだろ、信じてくれよ。

俺が眠りウサギに言った言葉を、今度は俺が与えられた。

 

土日にかけて俺は布団の住人になった。何もしないで、ただ体を休めて飯を食って、俺たちのアルバムを開いた。

そこにはかつての恩師が笑っていた。

 

先生、どうすりゃいいんだよ。

先生が教えてくれた、先生が話してくれた話が、俺たちを傷つけてる。

俺たちはただ、もう一度貴方に会いたいだけなのに。

 

外はもう暗くなっていた。

 

 

 

ふと、目が覚めた。

時刻はもう真夜中で、人なんてうろつかない時間だった。

窓の方からカリカリと音がする。俺は気にもしないでもう一度布団にもぐろうとしたときだった。

 

わん

 

小さく声がした。

聞いたことのある、犬にしては違和感のある声だった。タヌキだった。

 

俺は一度閉じた目を開いて、物音のする方へ目を向けた。

相変わらずカリカリと音をたてるそいつは、カーテン越しに影が月明かりに浮かび上がっていた。

「イヌ?」

どうしておまえ、そんなとこにいるんだよ?

ふらりと立ち上がって、俺は窓へ近づいた。そして、からりと窓を開けると、そこには。

 

そこには、一匹のタヌキがいた。そいつは首輪をして、野生とは思えないほどの毛づやをしている。

「イヌ」だった。

 

俺とイヌは窓ガラス越しに視線を交わした。イヌは何か言いたそうだった。座って此方を見ていた。早く気づけと、誰かが言った気がした。

 

「ちょっと待て」

俺は急いで服を着替えて靴を持ってきた。

そして、俺とイヌは白い息を吐きながら夜道を走り出した。

 

先を行くのはイヌ。俺がついていける速さを保ちながら、時々後ろに顔を向ける。その後ろを俺はただ追った。

 

月明かりの下、俺たちは走った。

切り株のある小学校、光が点滅する角のコンビニ、終電間近の駅、何かが潜みそうな地下通路の入り口、春には桜が咲く公園、廃病院が見える坂の下、花束が添えられる道路。俺たちはどんどん追い越していった。

行き先は、砂時計の眠る池。

 

その日は、満月だった。

池にくっきりと写し出された月は綺麗で。

でも、それすら忘れるくらいおもしろい景色に、俺は出会ったんだ。

 

 

ばしゃり

ばしゃり

 

池に着いてまず気づいたのは、大きな水の跳ねる音。そして、水面に浮かぶ大きな大きな甲羅たち。

その中に、がさがさと土を掘る音が交ざって聞こえた。

時折、わんだか、ぎゃぁだか、色んな鳴き声が聞こえた。

 

まだ水が戻っていない所でたくさんの獣たちが穴を掘っていたんだ。

たくさんのタヌキ、イタチ、ハクビシン、そしてネコ。多分、他にもいたと思う。その中に、一匹だけ首輪をしているタヌキがいた。横を見ると、いつの間にかいたはずのイヌがいなくなっていた。

水辺では相変わらず水音と甲羅が浮かんでは沈むの繰り返しだった。あんな大きな甲羅、海ガメくらいだ。

 

俺は地元の古い文献と同級生の話を思い出した。

『桜ヶ原の池にはかつて河童が集落を作っていた』

「俺の親戚の住んでるとこ、竜宮城と河童の伝承があるんだぜ」

 

その同級生と河童の話をしたとき、俺たちはこういう話をした。

「もしもさ。

俺たちの桜ヶ原にある池と、その親戚の所が繋がっていて、河童が行ったり来たりしてたら。おもしろいよな」

 

池が埋められた時、同時に住んでいた河童の集落も壊してしまったんだと思っていた。俺たちが追い出してしまった河童たち。

桜ヶ原には、もう、河童はいない。

河童は、もう住めない。

なのに

 

なのに

 

なんで

 

「わん!」

イヌが吠えた。いつの間にか下を向いていた顔を上げると、一つのコンクリの塊に乗り上げるイヌがいた。

まだ所々に小さな瓦礫は残っていて、それもその一つだった。

大きさは、

 

調度砂時計が一個納まるくらい。

 

水の中にはなかった砂時計。

もしかして、その中。

 

一匹の、一頭の?一人の?影がそこに近づいていった。月明かりがそれの姿をはっきりと浮かび上がらせた。

大きな甲羅。

頭に皿。

人の様に二本足で立って歩く。

両手に水掻き。

 

河童だった。

 

たくさんの書物で見てきた「河童」がそこにはいた。

河童は腕を振り上げると、信じられない速さで叩きつけた。すると、それがコンクリートという石の塊であったのが嘘のように、パカンと簡単に割れた。割れたように見えたが、一体どれ程の力でそうしたのかはわからない。

河童は数回頷くと、水の中に潜っていった。最後に、大きな甲羅がとぷんと沈んだ。

同じように次々と甲羅が沈んでいった。池の周りに集まっていた動物たちも、気づけば姿を消していた。

 

俺は呆気に取られて立ち尽くしていた。そんな俺の前にイヌが何かを咥えてやって来た。その後ろにはたくさんのタヌキたち。

 

『桜ヶ原の山には狸の村がある』

そんなことを思い出した。

 

俺はイヌが咥えてきたものを受け取った。

砂時計だった。

なんのへんてつもない、ただの砂時計。俺にはそれが「七不思議の砂時計」だと不思議とわかった。

 

 

ぽろりと涙が出てきた。

 

なんでかはわからないけど。

でも、なんでだろう。

砂時計に対して。

これまでの苦労に対して。

眠りウサギがやっと助かるという安堵。

そして、きっと、俺たちが今までやってきたことは、信じてきたことは、間違ってなかったんだという、安心。

そういうのがごちゃ混ぜになって、このとき溢れ出したんだと思う。

 

俺は、地面に膝を着いてイヌから砂時計を受け取った。

そして、彼らに頭を下げて

 

「ありがとうございます。

ほんっとうに、ありがとうございます」

 

感謝の意を示した。

 

 

 

 

 

俺たちの長い夜はもうすぐ明ける。

 

 

 

 

 

 

次の日、俺は早朝にメールを送信した。もちろん宛先は同級生。全員に一斉送信だ。

「砂時計がみつかった。

放課後、病院」

それだけのメールだった。

勤務先の学校ではいつも通り。通勤鞄の中では、砂時計がひっそりとハンカチにくるまれていた。

 

何時間経っても、返信は一件も来なかった。

生徒たちを見送って、同僚たちから見送られて、俺は眠りウサギの元へと向かった。

 

何十回も通った病室の前で息を吸って、吐いた。右手に砂時計を握り締めて。

 

戸を開けると、そこにはもう同級生たちが揃っていた。何人かはいないみたいだが、きっとメールが送られてくるだろう。

「待たせた」

それだけ言って、ベッドで眠る同級生の側へ行った。

 

本当に、待たせちまったな。

 

俺は彼の掌を開いて、上に砂時計を乗せた。下に砂が下がりきった砂時計。

 

俺たちがずっと探していた、七不思議の砂時計。

 

くるりと反転させる。

 

時間よ、動け。

時間よ、進め。

 

さらさらと、砂が落ち始めた。

 

 

俺は、眠る同級生の顔を覗きこむ。

ゆっくりと、ゆっくりと、彼の瞼が上がっていく。

 

「…おはよう」

「遅すぎだ」

 

 

 

俺たちの、長い長い夜は明けた。

 

 

 

 

 

 

空はオレンジに染まって、もうすぐ本当の夜がやってくる。そして、また朝がやってくるんだ。

今夜は誰もが夢を見ずにすむだろうか。

それとも、彼が見続けたような最期の夢を見るのだろうか。

 

眠るのが怖い。

夢が恐い。

 

夜が、暗闇がこわい。

 

そんなとき俺は思い出すんだろう。

 

 

 

「ながい夢だったよ。

こわい夢だった。

でも、目が覚めてみんなの顔が見れて、そんなの忘れちゃった」

 

 

 

眠りウサギがその後に言った言葉と、

 

笑う大切な仲間たちの顔を。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、眠りウサギ」

 

 

 

 

 

 

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