桜ヶ原小学校同窓会へようこそ   作:犬屋小鳥本部

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人は死ぬとき、最期になにをおもうのだろう。

ある町の七不思議に『砂時計』というものがある。その砂時計は、触れた者の命を喰らい、残った体を遺灰として上部から下部へ流し落とすのだという。
上部は現世の世界、下部は死後の世界である。
上部から下部へ流れ落ちる瞬間、それは人が死ぬ瞬間である。
砂時計の境を通過する瞬間、人は夢を見るのだという。永遠に終わることのない夢を、見るのだという。それがどのような夢かは、見た者にしかわからないのだが。

今宵は満月である。
池にうつる満月がとても美しい。
それも、池に沈む件の砂時計が姿を現しそうなほどに。

砂時計の中の砂が落ちていく。
さらさら流れる砂時計。

今宵の砂時計の中で雨のように流れ落ちる砂は、誰のものであろうか。
もしも月の光が真実を写すのだとしたら、誰かの最期の夢が見えてしまいそうである。

これは、いつかのどこかの誰かの夢の話である。
砂時計に突っかかる「眠りウサギ」と呼ばれる少年が見た、夢の話である。


あの日の雨

知らない部屋の中。電気はつかず、外からガタガタ激しい音がする。

雨が屋根を叩きつける。

低いサイレンが空気を伝って鼓膜を響かせる。

 

「父さん!母さん!」

一階へ向かって声の限り叫ぶ。

ごぼ

水の音

ごぼごぼ

水が、溢れる音

 

浸水…してるのか?

それにしては…

 

「父さん!母さん!」

 

自分ではない低い声は階段の下へ落ちていく。

僕は見た。

階段の途中から先に波立つ水面を。

その水面に時折現れる人の手を。

 

もう、手遅れだ

 

僕は諦める。

でも、声の男性は何度も呼ぶ。

逃げもしないで。

 

ざぷん

水の音がすぐ近くに迫っている。

外から、雨が水面を叩きつける音が止まない。

 

コンナコトッテ

 

水が、足元を浸し始める。

 

モウ、テオクレナンダ

モウ、ニゲラレナイ

 

水は、ゆっくりと上に上がってくる

 

「と、さ…かぁ…さ」

 

最期に沈む直前、男性が呼んだのは助けだったのか。

それとも、自分と同じように沈む両親を目の当たりにした悲鳴だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狭い車の中。車の外では流れてきた濁った水とともに木や鉄の塊、ガラスなど様々な物が押し流されてきている。

 

危ない!外に出たら危ない!

 

窓を締め切って車の中でただ耐える。

 

水が引けば、きっと外に出られるだろう。

車の主は何も言わずに唇を噛む。

周りを見れば、同じように車に残る人の影。

外をキョロキョロ見渡し、出ようか迷っているみたいだ。

車がガタンと動く。

 

このままでいいのか?

 

外は危険だ。出れない。

 

外に出たい。出ちゃいけない。出なきゃ。出るべきではない。まだだ。どうする?

 

同じように外を見る人たち。

 

車が勝手に移動していることには気づかない。

焦りが思考を鈍らせる。

車内の空気が減っているのに気づかない。

焦りが視界を曇らせる。

 

あ、

 

と、思った時には既に遅い。

空気は残りわずか。息苦しい。

 

外に出なきゃ!

 

ドアを開こうとがちゃがちゃ音をたてる。

開かない。

 

なんで!?

どうして!?

 

全力で外に力をかけても開かない。

頭が働くのを放棄する。

一心不乱ではなく、一心乱乱にただドアを開こうとする。

窓を開けよう!窓からでも出れればいい!!

そこからも出られない。

 

水面はかなり高く、外から内側に向かって水圧がかかっているという知識さえ出てこない。

「窓を割る」という選択肢さえ出てこない。

苦しい!

 

クルシイ!

 

壁をドンドンと叩く。

外にその音は聞こえているのだろうか。

 

クルシイ

出して

ここから出して

 

「たす、け、だし、」

 

たくさんの車の中には、同じようにそこから出られなくなって息が止まった死体がきれいなまま残された。

彼らが最期に思ったのは、狭い空間からの脱出だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水没した部屋の中。電気はつかない。冷たい水は膝上まで来ていた。

 

「外へ出ろ!」

 

低い声が聞こえた。窓の外、それも上から聞こえる。

 

「窓から上に上がれ!順番にだ!」

「母さんは最後に行くから、気をつけて上に上がりな」

 

すぐそばの女性が、母さん、がぼくの肩を抱いてそう言った。

ぼくは、僕、は、目の前の小さな女の子の手を握って、努めて優しく声をかけた。

しっかりしなきゃ。ぼくはお兄ちゃんなんだから。

 

妹なんて僕にいたか?

 

「だいじょうぶ。ぼくも一緒に行くからね」

「うん。お兄ちゃんといっしょ」

 

女の子は、ぼくの妹は、笑って手を握り返した。

ざぶざぶと水を掻き分け、窓へと近づく。外は明るい。雨も止んでいた。あんなに激しい雨が嘘のように

 

雨なんて降っていたか?

 

窓から外を見ると、周りの家の一階は全部水の下だった。ぼくの家も同じだろう。

道路は大きな川となっていた。流れが速いその道にはたくさんの物が浮き流されている。

家の外に置いてあった物、家の中に置いてあった物、ゴミ箱、自転車、車まで。流れる。流れる。流れていく。

ぼくは信じられないものを見ていた。

全部、全部流されていく。

 

「早くしろ!水がまだ上がってきているんだぞ!」

 

父さんがぼくたちを急かした。

そうだ、早くしないと。

少しでも安全な所へ。

 

「急ごう」

 

先にぼくが窓の登って妹を引き上げた。

早くしなきゃ。大丈夫。屋根に上がれば大丈夫。父さんもいるんだから。みんな助かるんだ。大丈夫だ。

 

大丈夫。大丈夫。そう心の中で繰り返す。

 

妹が窓に上がった。よし、これで次は屋根に上れれば

 

横!!!

 

あ、と思う間も無くぼくたちは

 

真横から流されてきた木に、流木に連れ去られた。

父さんと母さんの声が遠ざかる。

体が押し潰され、

 

痛い

 

水中へと押し込まれ、

 

苦しい

 

それでも、

 

妹の手を離しちゃいけない。絶対に離さない。離すもんか!

 

小さな手を引き寄せて、ぼくは妹の体をぎゅぅっと抱き締め

 

 

小さな手のその先が千切れて無くなり、既に暗い水の底へ沈んでいたことにぼくは気づかなかった。

 

最期に少年が呼んだのは妹の名前だった。

しかし、妹は答えられずに兄の名前を呼び、助けてと思った。

二人の流された小さな体は見つかることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の日に。

激しい激しい雨の日に。

彼らの命は奪われた。

信じられないくらい呆気なく奪われた。

 

最期に口にした言葉は、最期に思ったことはなんだったんだろう?

遺体は口にしない。

遺体すら見つからない。

 

彼らは声なき声で叫び続ける。

全てを連れ去り、押し流したあの雨はまた来ると。

彼らの、自分達の命がどのように奪われたのか、忘れてはいけないのだと。

 

雨は降り続ける。

遺された人々の心に降り続ける。

雨は降る。

自然という脅威は地球が生き続ける限り猛威を振るう。

雨は

 

雨は止まない。

あの日の記憶は、止むことのない雨の音と共によみがえる。




あの日の雨は既に降り止んだ。だが、雨の流し去ったものは二度と戻らなかった。抉られた部分は、時間の経った今なお大きな傷跡となって痛みを与えている。
連れていかれたものたちと残されたものたちの耳にはまだ雨が降り続いているのである。あの日と同じように激しい雨が。
あの日のように、雨が降る。しとしとざあざあごうごうと、雨が落ちてくる。あの日のように、全てを奪い去る雨が降ってくる。

空は晴れ、人々には笑顔が戻ってくるのだろう。しかし、心のどこかでは雨は降り続いているのである。
雨はやむことがないのである。
雨音は、やむことがないのである。



最期の瞬間、人はなにをおもうのだろう。
一度雨によって大切なものを奪われた人は、きっと雨の夢を見るのだろう。永遠にやむことのない雨の夢を見続けるのだろう。


今宵はよく晴れた満月の夜。
砂時計からはいつかの雨音がきこえている。

さらさら流れる砂時計。

今宵は雨音、流れる砂時計。

雨音をきくのは、砂時計の中で眠る人だけであった。
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