Mr.6のお仕事   作:rairaibou(風)

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1.彼は六枚目

「おれ達もとっとと逃げねえと、こりゃロクなことになんねえぞ」

 

 南の海(サウスブルー)で開発された高性能双眼鏡を手にしながら、その男は呟いた。地肌に直接着用された黒のレザージャケットが風に揺れる。

 双眼鏡を通してその向こう側では、数十もの海賊船が無作為に動き回ろうとしていた。両脇に砂時計の描かれたドクロマークは、かつては恐怖の対象だったのだろうが、今では厳かなその風貌が滑稽にしか見えない。

 

「また一隻沈められたね」

 

 その横に佇む長身の女が遥か彼方に目を凝らしながら言った。

 

「それは『第六感』だろう? まさか見えてるわけじゃあるまいし」

 

 男は双眼鏡を顔面に押し込めながらもっとよく見ようとしたが、船が何隻あってそのうち何隻が沈められたかなんて到底わからない。

 

「カーチャンにはわかるのさ」と、女は美貌を微笑ませながら答える。

 

 その女は色白の長身であったが、身につけている衣服が異常だった。

 ただでさえ長い足を更に長く見せるような短い丈のスパッツに膝当て、上半身には体操着、胸に縫い付けられた名札には大きくただ一文字『母』と書かれている。

 

「お前の『第六感』はよく当たるからなあ」

「カーチャンだからね。カーチャンは全てお見通しなのさ」

 

 その女は名札に『母』と書かれ、自分のことを『カーチャン』と呼ぶが、決して中年ではない。むしろ、どちらかといえば若者である男と同じ年代だった。

 

「お、もう何隻かいかれたな」

 

 双眼鏡の向こう側では、ドミノ倒しのように海賊船がなぎ倒されていた。東の海(イーストブルー)では名の売れた『海賊艦隊』であったはずだが、こうなると惨めなもの。

 

「こりゃあ、戦線維持は無理だな」

 

 その凄惨な光景を眺めながら、男は片手に持っていたクリップボードに挟まれている手配書をペラペラとめくった。

 

「1700万ベリー『海賊艦隊提督』だまし討ちのクリークに、1200万の『鬼人』ギン。東の海にしちゃあ破格の金額だし、50隻の海賊艦隊は大したもんだがなあ」

「カーチャンわかるよ、準備を怠ったんだ。だからカーチャン準備はしっかりしろと言ったのに」

「まあ、お前の言うとおりだろう。どう見てもこの海に慣れているようには見えないし、航路のあやふやさから見て、ログポースすら持っていないだろう」

 

 どうする? と、男は女に問うた。

 

「理由はわからんが相手は混乱している上に壊滅寸前だ。統率の取れた50隻なら怖いが、今なら有象無象。2000万ベリーの賞金首を捕らえたことのあるおれ達なら勝てない相手じゃないだろう」

 

 彼らはコンビで活動する賞金稼ぎ。主にグランドラインの入り口で1000万ベリー前後の賞金首を狙う。

 

「カーチャンは辞めたほうが良いとおもうね」

 

 女は苦い顔をしながらそう言った。

 それに「どうして?」と問うより先に「Mr.6、ミス・マザーズデイ様!」彼らの上空から声が投げかけられる。それは、メインマストの見張り台でその騒動を監視していた部下のものだった。

 

「『鷹の目』です!」

 

 その名に、Mr.6と呼ばれた男は慌ててその方を見る。

 

「確かか!?」

「間違いありません!」

 

 Mr.6は身震いした。そして次の瞬間には叫ぶ。

 

「撤収! 撤収!」

 

 優秀な部下達だ、彼がそう言った瞬間にはもうそれぞれが持ち場につき、彼らの船『どこでもライブ号』はその騒動から背を向ける準備を始めた。

 安価な懸賞金の海賊には強気に出ることができるが、相手が王下七武海、政府公認の大海賊となっては分が悪いどころの騒ぎではない、むしろ切り崩されている海賊艦隊の方に同情してくるというものだ。

 

「ね? カーチャン言ったでしょ?」

 

 ミス・マザーズデイはどこか他人事のようにそう言った。

 

「『鷹の目』がいるとはさすがのカーチャンも思わなかったけどね」

 

 コロコロと笑う彼女にため息を吐きながら、Mr.6は双眼鏡を握り直してかつて海賊艦隊があったところを眺める。

 

「命拾いしたぜ……『鷹の目』に突っ込んでいくことになりかねなかった。そりゃあロックだが、ロクでもねえことでもある」

 

 秘密犯罪結社バロックスワークス、フロンティアエージェントの『ロックンローラー』Mr.6は、悪運が強かった。

 

 

 

 

 秘密犯罪結社バロックワークス。

 その実態は謎に包まれ、海軍ですらその存在を未だ認知してはいない。

 グランドラインの実力者を賞金稼ぎとして囲い、組織として仕事を行いやすくする代わりに、社の任務を遂行することを条件とする。

 その本来の目的は理想国家の創立であるが、ほとんどの社員はそれを真面目には受け取っていない。食い扶持があればそれでいいというのが、ミリオンズと呼ばれるしたっぱ賞金稼ぎの本心だ。賞金稼ぎなどという安定から程遠いものに道を見出しながらも、その実では安定を求めているのが彼らの矛盾だった。

 

 

 

 

 グランドライン、サボテン島。

 住みやすい気候と天候に恵まれたその島には、『歓迎の街』ウイスキーピークが存在する。表向きは音楽と酒の街だが、その実態はバロックワークスに所属する賞金稼ぎが拠点とする『海賊狩り』の町だ。

 故に、港に停泊した『どこでもライブ号』は住民からの歓迎を受けてはいなかった。当然だ、Mr.6とミス・マザーズデイはその町が『海賊狩り』の町であることを知っているし、住民は著名なロックンローラーである彼が賞金稼ぎであることを知っている。

 彼ら二人を迎えたのはその町の町長だった。この町の町長ということは当然賞金稼ぎたちのリーダーでもある。巻き髪とすぐに喉を痛めることが特徴的な男だった。

 一年ほど前にこの地位についたその男をMr.6は悪くは思っていなかった。若くはないが人をまとめることに手慣れた男で、Mr.6は彼が元々どのような人間だったのか気になっていたが、本人にそれを問うても答えるはずもなく、そもそも社員への詮索を行わないことは『謎』を社訓とするバロックワークスの暗黙の了解であった。

 

「海賊がっ……」とやはり喉を痛めた後に「マーマーマー」と音程をとって続ける。

 

「『海賊艦隊』の航路はどうだった」

「言いたいことは山ほどあるが、とりあえずは安心だ」

 

 Mr.6はひとまずそう言った。

 Mr.8はそれに安心したように一つため息をつく。

 

「そうか、なら良かった。たとえ1000万代の雑魚どもでも、数で群れるとややこしいからな」

 

 ウイスキーピークは『海賊狩り』の町だ。かつては善良な市民が住む町だったらしいが、グランドラインの入口から近いその町は効率よく懸賞金を稼ぐのに有利だと占拠され、今では数百人の賞金稼ぎが住む。

 手練れの賞金稼ぎが数百人と聞けばとてつもない数に聞こえるかもしれないが、その実、海賊を受け入れる事を考えれば微妙な数だ、大規模な海賊となれば構成員が百人を超えることはザラで、そんなのが相手では数で潰される。

 そのようなときに重宝されるのがMr.6のような諜報員だ。有名ロックシンガーという強烈な表の顔を持つ彼は、ある意味でどこにいても不審ではない。ツアーを名目に島々を自由に行き来できるのも強みだった。

 今回の彼らの任務は、東の海からグランドラインに到着したと噂されていた『海賊艦隊』の規模を探ることだった。彼らが見てそれがウイスキーピークで十分なようだったら放置し、無理そうならばその旨を彼らに伝え『歓迎の町』以外の顔を見せないようにする。幸いにも次の航海へのログが半日で貯まるためその島で海賊が長居することはない。

 

「話すことはいくらでもある。とりあえずは飯でも食わせてはくれないか?」

「構わないよ、あまり大した歓迎は出来ないがね」

「まあ……仕方ないさ」

 

 海賊を歓迎することで油断を誘うその町の特性上、ウイスキーピークは常に食糧問題を抱えていると言っても良かった。

 当然社員達もなんとか食料を確保できないものかと画策していたが、そんな事を簡単に解決できるのならばそもそも賞金稼ぎになどならないだろう。

 

「ミス・ウェンズデーはいるのか?」

「ああ」

「そりゃあ良かった」

 

 Mr.6はとたんに笑顔になったが、Mr.8はそれにいい顔を見せなかった。

 

 

 

 

 バロックワークスのエージェントは、その実力によって数字と曜日に関連したコードネームを与えられる。

 数字が若ければ若いほど上級のエージェントとされ、特に1~5の数字を持つエージェントとそのペアは、最も重要な任務を任される幹部だ。

 対して6~12までのエージェント達はあまり大きな仕事を任されているとは言い難く、その役割上流動的だ。例えば先代Mr.7は東の海の賞金稼ぎの勧誘に失敗し替わったばかりであるし、ウイスキーピークを仕切るMr.8やミス・ウェンズデーも着任して日が浅い。

 Mr.6は彼らの中では最も若い数字を持つエージェントであったが、実力的に彼らと明確に差があるわけではない、彼らよりも実務経験が長かったことと、自身の実力を客観視することができること、活動するに便利な表の顔を持っていることをボスであるMr.0が高く評価しているだけだった。

 

 

 

 

「じゃあこれ、上半期分の会費ね」

 

 寂れた飲み屋に、ウイスキーピークを仕切るフロンティアエージェントたちが勢揃いしていた。

 王冠を被った男がMr.9、その隣にはパートナーのミス・ウェンズデー。

 市長のMr.8の隣には、色黒で長身の女であるミス・マンデーが座る。今は修道女の衣装をまとっているが、その下には信じられないほどの筋肉がまとわれていることを彼らは知っている。

 色白長身のミス・マザーズデイとミス・マンデーの身なりは対照的だった。ミス・マザーズデイも筋肉はついている方だが、とてもではないがミス・マンデーには敵わないだろうし、単純な力比べでもミス・マンデーの圧勝だろう。

 

「だから、こんなものは受け取れないと言っているでしょうが!」

 

 Mr.6から差し出された紙幣を脇に避けながらミス・ウェンズデーが叫んだ。

 その様子にうろたえることなくMr.6が言う。

 

「どうしてだい? この会社ではエージェントに対するファン活動は認められている。ミス・バレンタインのファンクラブがあるくらいなんだから、君のファンクラブは早急に設立されるべきだよミス・ウェンズデー」

 

 先程までの緊張感のある様子とうって変わって、Mr.6の腑抜けようと言ったらなかった。

 彼ら全員がそう察することができるように、彼はミス・ウェンズデーに完全に惚れ込んでいたのである。

 

「そういうのは若いうちだけなんだから。素直に受け取っておくべきだよ、火遊びは若いうちにやっておかなくちゃいけないとカーチャンは思うよ」

 

 たった一杯のワインで顔を真赤にしながらミス・マザーズデイが真剣な表情で語りかけ、Mr.6がそれに続ける。

 

「それは違うぞミス・マザーズデイ。おれは真剣だし、彼女の若さに惚れ込んでいるわけじゃない。おれはどんな彼女でも愛せる自信があるし、愛の名のもとにどんな困難だって乗り越えてみせるさ。おれはロックだが、君が望むのならばバラードだって歌えるぜ。それにおれは六枚目、なんてったって二枚目の三倍だ」

 

 よくわからない理屈に彼の自信が窺える。実際Mr.6は容姿が悪いわけではなかった。

 その言葉にミス・ウェンズデーは両手を前に出しながら「いやーないない」と顔を青ざめさせるが、今度はその様子を見ていたMr.9が言う。

 

「ミス・ウェンズデーのどこが良いんだか。暴力的だし変な鳥にーー」

 

 それが言い終わるより先に「よけいなお世話よ!」という声とともにミス・ウェンズデーの右ハイキックが彼に炸裂した。「がぺばば!」と声を漏らしながら彼は椅子から吹き飛んで床に激突、それでも王冠はズレ落ちないのだから大したものだ。

 

「いやぁ~はっは」と、Mr.6はその様子を見て大きく笑った。

 

「美人は好きだが強い女はもっと好きだぜ!」

 

 彼はもう一つ二つ言葉を続けようとしたが、Mr.8が咳払いでそれを制す。

 

「そろそろ、本題に入りたいんだが」

「ああ、悪い悪い」

「カーチャンいつも言ってるだろ、本題を終わらせてから遊びなさいって」

「君も乗ってただろミス・マザーズデイ」

 

 Mr.6はため息を吐きながらも、懐からクリップボードを取り出した。

 

「えー、結論から言うと『海賊艦隊』は壊滅。原因は王下七武海『鷹の目』のミホークによる襲撃」

 

「『鷹の目』だって!?」と、Mr.6ペアを除くエージェントたちが叫んだ。さすがのMr.9の王冠も、その驚きに床に落ちる。

 

「心配するこたぁ無いよ」

 

 ミス・マザーズデイがエージェントたちをなだめるように言う。

 

「『鷹の目』はこっちには来ないさ、カーチャンにはわかるんだよ」

「……ミス・マザーズデイの『第六感』はともかく。うちの見張りによると『鷹の目』は『海賊艦隊』を追ってカームベルトに入ったらしい。まあ『鷹の目』は賞金稼ぎを襲うようなチンケな真似はしないだろうしそこは大丈夫だろうよ。ただ問題なのは」

 

 ソファーに体重を預けながら続ける。

 

「こんなグランドラインの序盤に王下七武海が二人もいると、仕事がやりづらくなるったら無いってことよ」

 

 その言葉に、Mr.8とミス・ウェンズデーは表情を引きつらせた。流石理解が早いとMr.6は感心する。

 そして相変わらず間抜け面のMr.9のみが首を傾げた。

 

「この付近に王下七武海がもうひとりいるのか? それに仕事がやりづらくなるって?」

「何だ知らないのか。アラバスタ王国は今クロコダイルの拠点だぞ」

 

「クロコダイル……!」とMr.9が顔を青くさせる。元懸賞金8100万ベリー、若くして政府公認の海賊となったその大物は、多少は命知らずな賞金稼ぎでも身を震わせるに十分だった。

 

「気楽なもんさ」と、Mr.6が続ける。

「オアシスにカジノぶっ立てて悠々自適の経営者生活ってところだろうよ、多少知恵のある海賊ならもうアラバスタには近づかねえだろうし、なんとも平和なもんだ」

「余り適当なことを言うもんじゃないよ、カーチャン知ってるんだよ、あそこは今、国と反乱軍が対立していて大変なんだ」

 

 ミス・マザーズデイはその美貌を歪ませながら言った。勿論彼らはその対立にバロックワークスが一枚噛んでいることを知っている。

 

「それが平和な証拠ってもんさ」

 

 ワインを傾けながらMr.6が言い切った。

 Mr.8とミス・ウェンズデーはそれに何も言わないが、その次の言葉を待った。

 

「平和ってのは、内部分裂の始まりなのさ。外敵がいなきゃ国は腐り、民衆は不満を覚える。国ってのは頭の切れる強欲の集まりだが、民衆ってのはバカで愚かだ、どだい釣り合わせようってのが無理な話。そんな国を、おれは腐るほど見てきた」

 

「それによ」と続ける。

 

「この海域に七武海が二人もいりゃあ、バカほどの野心のある海賊以外は寄り付かねえ。そうなりゃおれ達は飯の種を失うってことさ。『鷹の目』の行動が暇つぶしの気まぐれであることを願うね」

 

 瓶を傾けたMr.6はその中身が無いことに気づいたが、Mr.8は咳払いして「そろそろ酒はしまいだ」とMr.6を睨みながら言った。

 

「あまり飲みすぎるのはカーチャン感心しないよ。言っただろう? 後の人のことを考えながら飲みなって」

「ああ、わかったわかった……」

 

「ん?」と、Mr.6はミス・ウェンズデーの方を見た。彼女は俯いていた。

 

「どうしたミス・ウェンズデー。調子でも悪いのか?」

「……少し悪酔いしてしまったみたい」

「そりゃあ良くねえ。さっさと寝た方が良い。何なら、六枚目のおれが一syーー」

 

 それが言い終わるより先に、ミス・マザーズデイが彼の頬をはたいた。Mr.6は「顔はやめろ!」と言って頬を押さえる。

 

「バカなこと言ってないでわたしらもさっさと寝るよ! ミス・ウェンズデー! お腹冷やすんじゃないよ!」

「わかった、わかったよ。そうムキになるなよ……」

 

 

 

 

『報告書:『海賊艦隊提督』クリーク『鬼人』ギンを含む『海賊艦隊』の動向について』

 

『海賊艦隊』に対するウイスキーピークの警戒については必要ありません。

 本日〇〇時、ウイスキーピーク近辺の海域にて『海賊艦隊』が『鷹の目』のミホークに襲撃されカームベルトに撤退する様子を目撃。艦隊の被害は甚大と予測され、元の勢力を立て直すにはかなりの時間を要すると考えられます。

『鷹の目』はそのまま『海賊艦隊』を追ったと考えられ、ウイスキーピークに対する被害はないと思われますが、まだこの近辺に拠点をおいている可能性が考えられるので今後の任務指示の際にご考慮くださいますようお願い申し上げます。

 又、ウイスキーピークは慢性的な食糧不足が懸念事項となっておりますのでこれについてもご考慮くださいますようお願い申し上げます。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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