アラバスタ王国、首都アルバーナ。
その東ブロックに存在する王立図書館に、Mr.6とミス・チューズデイは訪れていた。
「ほぉ~」
Mr.6は思わずそう漏らしてしまう。
二階建てにして、相当の広さを持ったそれには、所狭しと、それでいて丁寧に本が並べられていた。
壮観だ、まだそのどれにも手を付けていないというのに、それらが自分を拒絶しているような感覚すら覚える。
「ここまでのものは初めて見たな」
「図書館というものはその国の歴史を表します。この国の八百年の歴史を体現する素晴らしい図書館と言えるでしょうね」
メガネを掛けながらミス・チューズデイが何故か誇らしげに言った。相変わらず血の匂いのないエージェントに、Mr.6はため息を付いた。
「そう言っていただけると我々も仕事をしている甲斐があるというものです」
中年の男は満面の笑みを見せながらそう言った。彼はこの図書館の司書長、実質的なこの図書館の責任者だった。
「こんなときに悪いね」
Mr.6が誰もいない内部をぐるりと見回しながら言った。国王軍と反乱軍がピリついている現状から考えて、図書館をゆっくりと使用などというものはないのだろう。
「いえいえ、我々としても一人でも多くの人にここを活用してもらえればと思っています。あのニーサン・ガロックがここを利用したいと聞いたときには心底驚きましたが、聡明なお嬢様ですなあ」
「姪な、姪」
当然、Mr.6とミス・チューズデイに親戚関係はない。
「勉強熱心でな、文字を読むのが好きなんだ」
それに関してはまじりっ気のない真実だ。
秀才ミス・チューズデイは、新しい知識を受け入れることに抵抗を示さないタイプの女だった。
そして彼女は、それを娯楽として捉えることが出来る。
彼らの来館は、会社の任務とは全く関係のないものだった。ただただミス・チューズデイの趣味に、Mr.6が付き合っているのだった。
「何を調べますかな?」
司書長の質問に、ミス・チューズデイはニッコリと笑いながら答えた。
「この国の歴史について知りたいです。難しい時代を、彼らがどのように乗り越えたのか知りたいんです」
思わず吹き出してしまいそうになるのをMr.6はこらえた。
馬鹿げている。これから亡くなる国の歴史を知ってどうなるというのか。
だが、それを口には出さない、それを言って、ミス・チューズデイを現実に叩き落としたくはない、そういう不思議な魅力のある少女だった。
Mr.6とは対象的に、司書長は再び満面の笑みを作りながら言った。
「それならここよりも素晴らしいところはないでしょう。時間が惜しい、早速案内します。普段は閲覧できない資料もありますが、私がそばにいるときに限りそれを見てもよろしいですよ」
彼からすれば、自分たちが守っている歴史に興味を持たれることが嬉しくてたまらないのだろう。
「ありがとうございます!」と頭を下げながら、彼女は司書長の後に続いた。彼女は楽しげにMr.6に目配せする。恐らく彼がいなかったら、ここまでの特別扱いはされなかっただろう。
Mr.6は渋々とそれの後に続いた。
古く色あせ触れれば崩れそうなそのページを慎重に捲りながら、司書長はミス・チューズデイに言った。
「この書物は今より千年前に存在していた商人が編纂されたものと言われています」
それにミス・チューズデイは目を輝かせ、Mr.6は「へぇ」とそれを覗き込む。意味はないとわかってはいるが、いざそれを目の前に出されれば興味も湧くというものだ。
「何が書いてあるんです?」
「主にアラバスタ、もしくはサンディ島に関する歴史と伝承ですね」
「歴史なら別にあるんじゃないのか?」
「ええそのとおり、ですがそれに対して当時の国民の動向や感情を書いたものはこれしかないのですよ、基本的にオアシス文化であるアラバスタでは首都以外では歴史を残す文化があまりなかったと考えられています」
「へえ」
「まだすべての解析作業が終了しているわけではありませんが。この書物によって、当時のサンディ島の状況と、マムディンが実在していた人物だということが証明されたのです」
「オルテアの英雄、マムディンですね!」
小声ながらに叫ぶという器用な技術を披露するミス・チューズデイに軽く引きながら「誰?」とMr.6。
「アラバスタ王国滅亡の危機を救った英雄ですよ!」と、ミス・チューズデイが言った。
「アラバスタ王国最初で最後の外敵を撃退したんです!」
この女ついうっかり口を滑らせねえだろうな、とMr.6は焦る。今まさにこの国は外敵に打ち負かされようとしているのに。
「そのとおり!」と、司書長も小声で叫んだ。
「この時期のアラバスタが外敵からの攻撃を受けていたことはわかっていたんですが。その詳細もわからず、劇的にそれを撃退したと言われるマムディンも後世の伝説なのではないかと言われていたのです。しかし、この書物で彼について言及されていること、その証言が伝説とほとんど合致することから。その伝説が史実だったことが明らかになったのです」
「それはどんな話なんだ?」と、Mr.6が問うた。
すこし、心に引っかかるところがあった。自分が外敵だという自覚があったからかもしれない。彼はその伝説に恐怖する側の人間だった。
ミス・チューズデイは身を乗り出して司書長の言葉を待つ。
そして司書長も嬉しげにそれを語った。
「ある時『西からの民』と呼ばれる人間たちがアラバスタ王国を襲ったのです。彼らは見たことのない体術と兵器を使い国土を侵略していきました。そしてついに首都を包囲されたときに現れたのが、マムディン率いる精鋭部隊だったのです」
大事そうにその書物を片付けてから続ける。
「彼らはとてつもない力で『西からの民』を蹴散らしました。この資料によればその戦力差は百倍ほどであったと言われています……まあこのような書物でも数字が誇張されることはよくあることなので実際のところはわかりませんが、少なくとも不利であったことは間違いないでしょう」
「しかし、それなら伝説にはならないだろう。少数精鋭が侵略者に勝利する展開はままある」
「そのとおり、ここからがすごいのです。圧倒的な力で侵略者に勝利した彼らは、民衆の喜びを受けるより先に全員死に絶えたと言われております」
「相打ちか?」
「いえ、そうではないのです。彼らは一時的に力を手にする代わりにその生命を差し出す『豪水』を口にしたと言われています」
「豪水?」
「ええ、アラバスタ王国にはそのようなものがあると言われてきました」
少し待ってください、と、彼は席をたった。
Mr.6がそれについての考えをまとめるよりも先に、彼は資料を持って戻ってくる。
「これを見てください」
彼が差し出したのは抽象的な絵の書かれたページだった。
「これはアルバーナ近くの遺跡から見つかった壁画の写しですが……このように腕に特徴的なアザが現れている戦士たちが豪水を口にしていたのだと考えられています」
彼らがそれを覗き込むと、たしかにその抽象的な絵でも、腕にアザがあることが確認できる。
「その『豪水』ってのは、今でもあるものなのか?」
なるべく動揺を悟られぬように、Mr.6はそう問うた。
「いえ、それはわかりません」と、司書長が手をふる。
「たしかにこの時代にはあったと考えられますが、そもそもが秘術扱いですしね」
目を輝かせ続けるミス・チューズデイを尻目に、ふーん、と、Mr.6は顎をさすった。
☆
「姉御、どうしたんじゃ?」
アラバスタ王国、首都アルバーナ。王宮前広場でミス・マザーズデイの買い物に付き合っていたシャッパは、突然彼女が立ち止まったので驚いた。
彼女の目線の先には、アルバーナでも最も高い時計台があった。そのふもとでは数人の男がたむろし、何やら険悪な雰囲気であった。
「先帰っときな」
手持ちの荷持をシャッパに押し付け、ミス・マザーズデイは時計台に向かった。
「カーチャン、ちょっと用ができたから」
「あんなに目立つ場所で言い合いなんてするんじゃないよ!」
時計台内部に続く階段を登りながら、ミス・マザーズデイはその後に続くビリオンズ達に言った。
「仕方ねえだろうが、どの階段登っても時計台の中に入れなかったんだからよ!」
そのリーダー格であろう男がミス・マザーズデイの背に向かって悪態をついた。真っ赤なシャツには『完熟』の文字がかかれ、特徴的な緑の帽子をかぶっている。
「素人じゃあるまいし冷静に対処しな! 今はただでさえ国がピリ付いてるんだ、僅かでもボロを出せばすぐに見つかるんだよ!」
彼女の言葉に、リーダー格の男は舌打ちで答えた。ビリオンズと言えば実力的にはフロンティアエージェントと同等と言われている、彼がMr.6とそのペアに一方的になじられることに不満を覚えるのは、身の程知らずではあるが理解できないものではなかった。
彼女もその不服を理解はしているし、それを咎め実力の差を見せつけることは出来るだろう。だが、今ここで騒ぎを起こすわけにはいかない、ここはアルバーナ、会社の陰謀を探る国王軍の本拠地、下手な騒ぎを起こせば計画そのものがパーになってしまう。
時計台内部屋上階、巨大な文字盤の裏側に到着した彼女が見たのは、ランタンに照らされる巨大な大砲だった。
「こりゃあなんだい」
彼女はその巨大さに思わず圧倒された。普通の砲丸がまるで弾丸のようにすら見えてしまうであろう発射口は、彼女のこれまでの記憶にないほど巨大だ。
砲身そのものは短い、いや、それでも一般的な大砲よりかは長く砲身を取っているのだろうが、発射口の巨大さとバランスが悪く、それが短いように見えてしまうのだ。
「
何故かリーダー格の男が得意げに言った。
だが、ミス・マザーズデイはむしろそれが好都合だと思った。
「照準は、どこに向けられているの?」
彼女の意図を理解しないまま、やはり得意げに男が答えた。
「さあ、そこまでは知らねえな」
「この計画の責任者は?」
「Mr.7ペアだ、全く楽な仕事だよ、大砲ぶっ放すだけでいいんだからな」
妙な違和感がある。
時計台内部の階段を一人で下りながら、ミス・マザーズデイは考えていた。
計画そのものに大した不満はない。Mr.7ペアは狙撃に関しては有能なペアでこの計画には向いている。少なくともペラペラと得意げに計画を喋りながら、それでいて砲撃を舐め腐るビリオンズに比べれば雲泥の差だ。
恐らくはリーダー格の男だろう、背後から感じる不穏な空気にスキを見せぬように気を張りながら彼女は外に出る。
彼らが知らぬ情報を、彼女は知っている。
恐らくあの大砲が打ち出そうとしているモノは、ポツネン島の『ダンスパウダー工場』をなかった事にしたあの爆弾。
Mr.7ペアほどではないが、一人で『砲撃』を行うことが出来る彼女は、それに関して多少は詳しい。
発射するであろう砲弾の巨大さと、あの砲身の長さから考えれば、遠距離の砲撃は不可能だ。
背後から感じる不穏な空気を感じなくなった彼女は、そのまま王宮前広場に向かって歩いた。
恐らく狙いはそこだ。
あの時計台から最も効果的に破壊を行うならば、王宮前広場を狙うのが最も効果的。
首都アルバーナに向かってきた反乱軍を国王軍が迎え撃つ、多少の誤差はあるだろうが、その主戦場が王宮前広場となるであろうことは容易に想像できる。
そこにあれ程の破壊能力を持つ砲弾を打ち込めば、そのどちらも無事ではすまないだろう。
そして、持ち得る武力の殆どを失ったアラバスタ王国は、実質的な無政府状態に陥る。そうなれば、王下七武海の動向にさえ気をはっていれば乗っ取りは可能だろう。
そこで、彼女の中にある違和感が首をもたげた。
「どう考えても、おかしいねえ……」
王宮前広場を狙い撃つのに、あの爆弾は『威力が高すぎる』
最も、徹底的な破壊を考えるならば威力は高ければ高いほどいいだろう。
だが、あの威力の爆弾で王宮前広場を狙えば。
行き交う人々が増えてきた。目的地が近い。
彼女は振り返って時計台を眺めた。悠々と時刻を確認することが出来る。
「近い……」と、思わず彼女は呟いた。
そう、近すぎる。
ポツネン島で使った爆弾を使うのならば、王宮前広場から時計台までの距離は、明らかに近すぎる。
その砲撃が成功したとしても、時計台は無事では済まない、確実にその爆発に巻き込まれ、狙撃手は死ぬ。
否、砲撃が成功しなくてもいい、この距離ならば、時計台でその爆弾が爆発するだけで首都アルバーナは王宮を残して壊滅する。
そして、恐らくMr.7ペアはそのことを知らない。
いやいや、と、ミス・マザーズデイは頭を振った。
そもそもこの砲撃にあの爆弾を使うというのがただの予測に過ぎない。
あまり深く考えすぎてはいけない。
だが、誰かもう一人にこの違和感について話すべきだ、と、彼女は思った。
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