Mr.6のお仕事   作:rairaibou(風)

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8.裏切り

 穏やかな航路を、Mr.6ペアの乗る『どこでもライブ号』が進んでいた。

 目的地は、グランドライン前半のある島にある港町『ルネス』。

 その町はグランドラインでも有数の『武器商人街』。グランドラインを訪れたばかりの海賊たちに良質の武器を提供することを生業とする者たちが集まっていた。

 何も生み出さず、略奪と虐殺の限りを尽くすばかりの海賊を相手に利益を生む肝の据わった商人の町だったが、同時に『死の商人』とも呼ばれ、周りの国からの評判は芳しくない。だが、唸るほどの利益はそれを黙らせるほどの力を持ってもいた。

 

「……妙だな」

 

 甲板でパイプ椅子に座りながら双眼鏡を覗き込んでいたMr.6が首をひねりながら言った。

 

「海軍だ」

「なんだって」

 

 彼の横につけていたミス・マザーズデイが声を上げる。

 

「おかしいじゃないかい。あの町は海軍を締め出してるはずだろう? カーチャン知ってるよ」

「そのはずなんだがな……」

 

 ルネスはその業務形態上、海軍による治安維持介入に否定的な町だった。故に彼ら商人は近隣の海軍支部に賄賂を贈り、その介入を防いでいる。海軍の介入などなくとも、この町を生かしておくほうがいいと判断する海賊のほうが多く、治安は維持されていた。

 

「どうするんだい?」

「どうするんだいも何も、向かわないわけにはいかないだろう。支部が心配だし、どっちみち武器を購入する必要はある」

 

 ルネスの『自己治安』は、バロックワークスにとってもいい隠れ蓑だった。

 アラバスタで燻る火種を激しく燃え上がる火柱にするには、何よりも武器という着火剤が必要だった。いまアラバスタで流れている血は、そのほとんどすべてがこの町が原因であると言っても過言ではない。

 

「『第六感』ではどう思う?」

「カーチャンは大丈夫だと思うね」

 

 彼女の『第六感』はよく当たる。

 

「おれも同意見だ。なに心配するな、今からルネスに向かうのはニーサン・ガロックだからな。やましいことは何一つない。ただ、武器を買うのにめんどくさい手続きを取っ払いたいだけさ。海軍に拘束されるほどのことじゃない」

 

 航路を変えるなよ! と、Mr.6は叫んだ。

 それに帰ってくる返事は、少なく小さい。

 今この船に乗っているのは、付き合いの長いほんの僅かな乗組員と、シャッパ、ミス・チューズデー。そしてMr.6ペアのみ。

 人員を極限まで削減し、ミリオンズの殆どをアラバスタに移動させた。全ては作戦成功のためだった。

 

 

 

 

 

 

「待ってください!」

 

 港に降り立ったMr.6を呼び止めたのは、意外にも若い女海兵だった。好みの顔だったが、それなりに名がありそうな刀を差している。まあまあの立場らしく、その後ろには制服をかっちりと着込んだ海兵が続く。

 

「何かな?」と、Mr.6は何でもないようにそれに答えた。

 

「現在この町は海軍の取り調べ下にあります! 申し訳ありませんが身分を確認させていただきます!」

「ああ、いいよ。まずは君の名前から教えてもらおうかな」

 

 笑いながらそう言った彼に、彼女は不満そうだった。

 

「海軍本部曹長、たしぎです。失礼ですが、これは真面目な話なんです」

 

 曹長、という肩書にMr.6は心構えた。複数の部下を抱えていることからしたっぱということはないと思っていたが、女にしてこの若さで曹長という立場、肩書以上の強さがあると睨むべきだ。

 

「それはすまなかったね。おれの身分だが……ニーサン・ガロックだと言えばいいのかな?」

 

 その名に、彼女の部下らしき海兵達はどよめいた。彼を見たときからまさかとは思っていたが、まさか本当にそうであるとは思っていなかったのである。

 だが、たしぎはそれにかけらの動揺も見せなかった。

 流石にその若さで曹長を任されるだけのことはある、とMr.6が感心したのもつかの間。部下の一人が「有名なロックンローラーですよ、ローグタウンでもライブを行ったことがあります」と耳打ちすると、途端に驚きの表情となった。

 

「何なら歌おうか?」

「い、いえ。有名な方とは知らず、失礼なことを」

「いやいや、なんてことはないんだ。こういう事が起こる度に、デビュー当時のように謙虚な気持ちを思い出すことが出来る。それに、海軍が知名度で人を選別することなんてあってはならないからね」

 

 たしぎはMr.6の言葉に少しホッとした様子だった。

 だが、そこは腐っても海軍本部曹長、知名度で差別することなく職務をまっとうする。

 

「この島にはどのような要件で?」

「武器の買い付けにね、違法じゃないだろう?」

「はい……できれば海軍の承認を得た武器商人から買っていただきたいところなんですが……」

「それは悪かったね……だけどここで買うほうが諸々の手間を省けるのも事実なんだ……多少申し訳ないとは思ってるよ」

 

 複雑そうな表情をしたたしぎが言った。

 

「申し訳ありませんが。今この町の武器の中には盗品や違法な武器もあるので、出港の際には検品をさせていただきます」

「構わないよ……盗品を掴まされてもおれが捕まるわけじゃないだろう?」

「その点はご安心ください」

「ならよかった」

 

 手を振って彼らから離れようとするMr.6に、たしぎがもう一つ声をかける。

 

「あの、よろしければ護衛をおつけしましょうか?」

「いや、その必要はない」

 

 彼は船に向かって「シャッパ!」と叫んだ。

 するとカラフルなマーブル模様のタンクトップに身を包んだシャコの魚人が船から飛び降りる。

 海兵達はその魚人の鍛え上げられた二の腕を見てたじろぐ。

 

「見ての通り、ボディーガードを雇っているんでね」

「それならよかったです」

「お気遣いどうも」

 

 彼は再びたしぎに背を向けようとしたが、思い出したように振り返って問うた。

 ローグタウンという単語から、一つ引っかかることがあったのだ。

 

「ところで、君たちの責任者は?」

「はい、海軍本部大佐、スモーカーです!」

 

 なるほど、と、彼はたしぎらに背を向けた。額から流れ落ちる汗を気づかれぬように。

 

「そりゃ頼もしいね」

 

 白猟のスモーカー。

 東の海(イーストブルー)のローグタウンに置いて、着任以来ただ一人の海賊すら出港させなかった凄腕として有名だった。

 

 

 

 

 

 

「人が入ってきそうになったら……ボディに一撃でも入れとけ」

「わかった」

 

 シャッパを見張り番にたて、Mr.6は裏路地に足を踏み入れた。

 その中で手前から三番目、その裏路地で唯一使われているであろう小さな小さな飲み屋の扉を開く。

 そこは、ルネスにおけるバロックワークスの『支部』だった。

 

 その部屋の隅っこで小さくなっていた少女が声を上げるより先に両手を振り、その後に人差し指を口元に近づけたMr.6は、なるべく足音を立てぬように近づき、小声で言った。

 

「あまり大声を出すな、今この町は海兵まみれだ」

「そんなんあーしが一番良くわかってるし!」

 

 小声で叫ぶという器用なことをしながら、その少女はMr.6を睨みあげる。

 彼女はミス・サーズデー、Mr.11のペアであるフロンティアエージェントだった。

 Mr.6が来たことで安心したのか、やや短めの刀を抱えた彼女はすっくと立ち上がった。

 

「何があった?」

「あーしもよくわからないし。今朝急に海軍が来て『盗まれた武器を摘発する』つって好き放題やりだして超あせったし。この町海軍こないってみんな言ってたじゃん! マジ嘘だし!」

「Mr.11はどうした?」

「あいつはなんか勝手に海軍に向かっていって勝手に捕まったし……マジ使えないっしょ」

 

 それにはMr.6も首をひねった。Mr.11は新任であまり付き合いのあるエージェントではなかったが、海軍に向かっていくなどエージェントとしてはありえない愚行だ。

 

「『任務』はどうなった?」

「それは問題なし。今頃アラバスタに向かってるし」

 

 その報告に、Mr.6は一先ず胸をなでおろした。

 ルネスに拠点を置くMr.11ペアの任務は、アラバスタに武器を送ることだった。

 そして、その最後の任務は『巨大武器商船をアラバスタ付近に誘い込む』ことだった。Mr.6もその任務には一枚噛んでいたのでそれは知っている。

 

「でももう無理だし! あーしも海軍に捕まっちゃうし!」

「……まさかとは思うが。お前海軍に逆らっちゃいないよな」

「ありえないし! あーしはMr.11がやられてからずっとここに隠れてたし!」

「その刀も盗品じゃねえな?」

「これは生まれたときからあーしんだし!」

 

 ミス・サーズデーはその刀を引き寄せながら言った。

 よし、と頷いてからMr.6が言う。

 

「それならなんとかなる。いいか、おれの言うことをよく聞くんだぞ」

「ここから逃げられるなら何でもするし……でも大丈夫なん? なんか海軍の中にエグい強さのやついたんですけど」

「ああ、そのことを言おうとしていた。いいか、お前が喧嘩っ早いのは知っている。だが、これから何があっても海軍相手に刀は抜くなよ。相手は海軍本部大佐『白猟のスモーカー』だ、自然(ロギア)系悪魔の実『モクモクの実』の能力者だ。俺達が束になっても勝てる相手じゃねえ」

 

 

 

 

 

 港にてMr.6を出迎えたたしぎは、彼が少女の肩を抱いているのを見て困惑の表情を見せた。少女はセーラー服に短いスカート、肌を褐色に焼いていた。

 

「やあどうも」

 

 緊張からおどおどと何も言わぬ少女を肩に抱いたまま、彼は続ける。

 

「商品は先に送らせていたはずだけど、大丈夫だったかな?」

 

 彼は武器商人に指示して、買い付けた武器を港に運ばせていた。海軍への気遣いというやつである。

 

「はい、問題ありませんでした。すでに船員の方が船に積んでいます」

 

 たしぎは少しうつむきながら続けて問う。

 

「あの……その子は?」

「ん? ああ、彼女はおれのファンらしくてね。『何日かおれと話したい』と言うから船にのせてあげようと思っているんだ」

 

 抱き寄せられた少女は、やはりおどおどと顔をうつむかせる。

 たしぎは「そうですか」と、少し落胆したような声で言った。

 

「それじゃあ、行っていいかな?」

「はい……あの、その子は絶対にここに連れて帰ってあげてくださいね」

「そりゃあ勿論」

 

 Mr.6はホッとしながら船に戻ろうとする。

 

 だがその時、彼らの背後から怒鳴りつけるような声が響いた。

 

「たしぎ!!! テメェの目は節穴か!?」

 

 たしぎと少女はすぐさまその方に振り返り、Mr.6だけは「やれやれ」と言いたげにゆっくりと振り返った。

 

 大股で彼らのもとに歩み寄ってきたのは、大柄で白髪、葉巻を二本も咥えたその男が『白猟のスモーカー』であることは誰の目にも明らかだった。

 

「まずはその女の刀を調べねえか!!!」

 

 たしぎはその言葉に驚いて再び少女を見た。確かに、その腰には刀が差されている。

「あっ」と、たしぎは声を漏らした。

 

「刀がなにか問題なんで? こんな時代だ、可愛い女の子が帯刀してたって不思議じゃないでしょうに。この子だって持っている」

 

 自らにさされた指を無視してたしぎがそれに答える。

 

「刀は盗品である可能性があるんです! 現に海軍の取り調べに抵抗した男も、盗品である業物『花州』を保有していました」

 

 刀の名前に、肩を抱くミス・サーズデーが少し反応した事に気づいて、Mr.6はMr.11が彼らに反抗した理由を知り、あの馬鹿野郎。と、心のなかで毒づいた。たとえそれが盗品であったとしても、知らぬ存ぜぬをつらぬけば少なくとも拘束はされぬと言うのに。

 

「それなら調べればいい。な?」

 

 Mr.6の声に反応し、ミス・サーズデーはそれを抜いてたしぎに手渡した。

 

「そんなにすぐにわかるようなものでもないと思うけど」

「これは! 良業物『ニコニコ蝶羽華流』!」

「わかるの?」

 

 すぐさまに答えを出したたしぎにMr.6は驚いた。ちらりと見やったミス・サーズデーが頷いていた事からもそれが真実であることは間違いない。

 彼はその女曹長が病的な刀マニアであることを今知ったのだ。

 

「幅広で大切先、特徴的な澄肌。大脇差『ニコニコ蝶羽華流』で間違いありません! なんて素晴らしい……」

 

 目線がとろーんとし始めたたしぎに「それで、その刀は盗品なのか!?」と苛立ったようにスモーカー。

 たしぎはすぐさま早口にそれに答えた。

 

「いえ! この刀は特に被害届は出ていません! しかしいいものを見せてもらいました! ありがとうございます!」

 

 大事そうに手渡されたそれをミス・サーズデーが不慣れな動きで鞘に収めたのを確認してからMr.6が言う。

 

「じゃあ、そろそろ行きたいんだけど」

「まあ待てよ」

 

 まるでMr.6が焦っているかのようにたしなめながらスモーカーが彼に近づく。

 

「お前にはもう一つ聞きたいことがある」

「……葉巻はご遠慮いただけないですかね。こう見ても喉で稼いでるもんで」

「お前が潔白なら手間取らせねえよ」

 

 彼はMr.6を覗き込みながら続ける。

 

「随分と多くの武器を船に積んだが、一体何に使うんだ? 身を守るには多すぎるだろう」

 

 Mr.6はそれに間髪入れずに答えた。少なくともその動機に関しては後ろめたいものはない。

 

「今からドラム王国に行こうと思ってまして……ちょっとした手土産ですよ」

「ドラムに?」

「ええ、ご存知でないんですか? あそこは海賊『黒ひげ』の襲撃によって無政府状態に陥っている……あなたは多くの武器と言ったが、国を守るには少なすぎるぐらいだ」

 

 うまく抑え込んだ、とMr.6はほくそ笑んだ。

 運のいいことに、彼らがグランドラインの情勢に詳しくないことが、精神的に優位に作用している。

 ドラム王国が海賊の襲撃によって無政府状態に陥っていることの責任の一端は、当然海軍にもある。そして、ニーサン・ガロックはそれに心痛め救援物資をもたらす『英雄』でしかない。海軍がその行動にケチを付けることが出来るはずもない。

 

 事実、スモーカーを除く海兵達はその言葉にいたく感銘を受けているようだった。たしぎなどは女を連れていた彼に対して持っていた感情を反省するように申し訳無さそうな表情をしている。

 

 だが、スモーカーは表情を変えぬまま言った。

 

「……Mr.11がお前の名を言っていたが、それはどういうことだ?」

 

 Mr.6はミス・サーズデーの顔を肩に押し付けるようにしてその表情をさり気なく隠しながら答える。

 

「Mr.11ってなんです? サッカー関係?」

 

 

 

 

 

 

『どこでもライブ号』は、グランドラインの航路をドラム王国に向かって順調に進んでいた。

 冬島であるドラム島の影響だろうか、潮風が若干寒さを帯びているような気がする。

 

「寒いな、もっとこっちに寄りなよ」

 

 パイプ椅子に座りながら、Mr.6はミス・サーズデーに言った。

 彼の膝の上に腰掛けたミス・サーズデーはまだ喋らない。

 

「そう緊張するなよ、楽しもうじゃないか」

 

 彼がもう二、三言続けようとした時、甲板にミス・マザーズデイとミス・チューズデーが現れた。

 

 Mr.6は『どうだった?』と書かれたクリップボードを彼女らに見せる。

 両者とも手を交差させて首を横に振る。

 

 更に今度はシャッパも甲板に上がってきた。全身水浸しで海の中に潜っていたことは明らかだ。

 同じようにクリップボードを掲げた彼にシャッパは首を振る。

 

「よし」と、Mr.6が言った。

 

「もう喋っていいぞ」

「もうまじキモいし!!!!!!」

 

 跳ね上がるようにMr.6の膝から飛びのいたミス・サーズデーは、腕と太ももをさすりながら続ける。

 

「マジおっさんだし! マジキモいし! Mr.6じゃなかったらたたっ斬ってたし!」

「そう言うなよ、おかげでスモーカーから逃げられたんだぞ?」

「それに関してはマジ感謝だけど! 船に乗ってからもオッサンだったからマジ怖かったんですけど!」

「仕方ないだろ、ああなっちゃったんだから船の上でも『ファンに手を出すクソロックなロッカー』じゃないと余計に怪しまれる」

 

「まあ、許してあげなよ。カーチャンもちょっとどうかとは思ったけど仕方ないじゃないか」

 

 ミス・マザーズデイが笑いながら続ける。

 

「それに、用心には越したことがないよ。船に電伝虫でも取り付けられたら会社のことまで一気にバレちまうからね」

 

 Mr.6は用心に用心を重ねた。

 スモーカーが船に盗聴用の電伝虫でも取り付けたのではないかと、彼女らにそれを探させていたのである。

 

「隠せそうなところはすべて探しましたし、この船に備え付けてある電伝虫を使ってノイズを探りましたが反応はありませんでした」

 

 こういう時、ミス・チューズデーは頼もしかった。

 

「船の外側にもありゃせんかったわ。しかし、水が冷えてきたのう、そろそろ冬島が近いんじゃろうな」

 

「……それなら、恐らく黒電伝虫で盗聴していたんだろう」

「どうしてそう思うんだい?」

「いくらスモーカーが無茶苦茶やる海兵だとしても、何の証拠もなくルネスに突っ込むとは思えない。恐らくは盗聴で盗難武器の横流しかなんかの『取引』を聞いたんだろう」

 

 空席となった足を組み替えながら続ける。

 

「しばらくは電伝虫は使わないほうがいいだろう」

「しかし、おかしな話じゃのう。聞いた話によりゃあそのスモーカーってのは東の海(イーストブルー)が管轄だったんじゃろう? どうしてそれがグランドラインにおるんじゃ?」

 

 シャッパの疑問はもっともなものだった。

 

「おれもそれが不思議だった」

 

 Mr.6はクリップボードから一枚の手配書を取り出しながら続ける。

 

「恐らく原因はこれだ」

 

 シャッパ達がそれを覗き込むと、そこには手配書に満面の笑みで写り込む気の抜けた海賊があった。

 

「懸賞金三千万ベリーの『麦わらのルフィ』。東の海(イーストブルー)からローグタウンを経由してグランドラインに入った新顔」

 

「ありえないっしょ、この間抜け面で三千万って」

「これで三千万……」

 

 呆れたように言うミス・サーズデーとは対象的に、ミス・マザーズデイはつばを飲み込んだ。彼女もその男がとても三千万の男には見えない、だが、そうは見えないのに三千万の賞金首であることの恐ろしさを彼女はなんとなく理解できる。

 

「つまりスモーカーは、生まれてはじめて取り逃がした海賊を追ってわざわざグランドラインに来たってわけさ……仕事熱心なもんだよ、三千万なんてこの海じゃ強さの証明にはならない……確かに気になる存在ではあるがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

『報告書:ルネスの近況と海軍本部大佐スモーカーについて』

 

 本日〇〇日、私用によりルネスに入港したところ、海軍本部大佐率いる海兵がルネスの一斉捜査を行っていました。恐らくは黒電伝虫による盗聴からルネスの盗難武器の売買を嗅ぎつけて独断で入港したものと思われます。我社も電伝虫による通信を制限することを進言いたします。

 また、Mr.11が海軍に歯向かったことと盗品を所有していたことから拘束されております。ですが何も言わなければすぐに釈放されることと思われますので気にするほどのことではないと考えられます。

 また、Mr.11のペアであるミス・サーズデーは我々とともにルネス脱出に成功いたしました。特に任務などがなければこのまま我々と行動をともにしたいと考えております。

 

 なお『大型の武器商船』はすでにアラバスタ近郊に向かっており、海軍の取り調べによる任務への影響はありません。

 

 海軍本部大佐のスモーカーは自然(ロギア)系悪魔の実『モクモクの実』を食した『煙人間』でありますので、もし万が一アラバスタに近づくことがあれば最大限の警戒を行うべきだと考えられます。また、スモーカーは東の海(イーストブルー)のある海賊を追ってグランドラインに入った可能性がありますので、この海賊が壊滅しない限りグランドラインに居続けるものだと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国『夢の街』レインベース。

 その中央に構えるグランドライン最大級のカジノクラブ『レインディナーズ』の地下には、殆ど存在を知られていないある空間が存在している。

 そこはバロックワーク社の社長室にして、王下七武海サー・クロコダイルの私室でもあった。

 

「この報告に間違いはないんだな……!」

 

 葉巻を灰皿に押し付けながら、その男、Mr.0にして王下七武海サー・クロコダイルは、傍に控える女に向かって言った。

 なるべく感情を押し殺そうとはしているが、低く響くその言葉に丸みはない、その女、ミス・オールサンデーが懸賞金七千九百万の大悪人ニコ・ロビンでなければ、たちまち腰を抜かしてしまっただろう。

 

「ええ、間違いないわ」

 

 ミス・オールサンデーはひどく落ち着き払いながら答える。

 

「この国の王女ネフェルタリ・ビビと、我が社のミス・ウェンズデーは同一人物。更にMr.8はこの国の護衛隊長イガラム」

 

 クロコダイルの手元には、精巧に描かれたミス・ウェンズデーの似顔絵と、どこからか入手されたネフェルタリ・ビビの写真があった。

 

「おれを探るネズミがいることには薄々気づいてはいたが……!」

 

 彼は手元の花瓶から一輪の花をつまんだ。そして、彼の『スナスナの実』の能力を使ってそれを干からびさせる。

 美しいものを自らの手で干上がらせる、彼が自らを落ち着かせたいときに行う癖だった。

 

「まさか王女とは……」

「マズイわね。スパイが何の力もない一兵卒ならば民衆はあなたに味方したでしょうけど、王女直接の告発となればあなたでも騙しきれないわ」

 

 恐れることなくミス・オールサンデーの指摘は正しかった。

 今この国でクロコダイルの持つカリスマ性は王族と同等かそれ以上になろうとしている。だから民衆程度ならば騙せるし、真実の告発も嫉妬による虚偽と握りつぶすことも出来る。

 だが、その相手が王女となると話は別だ。

 

 握りしめた右の拳から、かつて花だった砂がこぼれ漏れる。

 だが、やがて彼は落ち着きを取り戻していった。

 

「今すぐMr.5ペアをウイスキーピークに送り込め。ネフェルタリ・ビビとイガラムを抹殺しろ」

「ええ、わかったわ」

 

 ミス・オールサンデーは任務通告役であるアンラッキーズを呼び出そうとした。クロコダイルはバロックワークス社の誰ともまだ関係を持っていない、実質的な運営役はNo.2の彼女だった。

 

「まだだ」と、クロコダイルは彼女を引き止める。

 

 彼の手にはMr.6からの報告書があった。アラバスタでの『ライブ』の成功と、その他いくつもの有用な情報が書かれている。

 

「Mr.6ペアに、キューカ島への招待状を送れ」

 

 一拍置いてから続ける。

 

「そして、Mr.5ペアには『王女抹殺』後、キューカ島にてMr.6ペアを抹殺するように伝えろ」

 

 その大胆な意見にも、ミス・オールサンデーは落ち着いていた。否、むしろクロコダイルのその指令に微笑んですらいる。

 

「いいの? 彼らは有能なペアじゃない……今回の王女様の一件がわかったのも、彼らの進言のおかげでしょう?」

「ああ、たしかにあのペアは優秀だ。もし悪魔の実の能力者だったらオフィサーエージェントとして扱っていただろう」

 

 だが、とそれを否定して続ける。

 

「だからこそ今ここで消しておく。特にMr.6の表の顔は危険だ」

 

 クロコダイルはあの『ライブ』での一幕を思い返していた。

 ニーサンの行動の一つ一つが、弱気を観客に悟られぬためのハッタリであることはクロコダイルもよくわかっている。

 だが、あの男はそのハッタリの中の行動、こぼした酒から彼の弱点を見抜いた。勿論それは確信には至ってはいないが、それでも脅威であることには違いない。

 

「かわいそうに……きっと彼らはあなたを信頼していたでしょうに」

 

 はっ、と、クロコダイルはその言葉に笑みを見せる。

 

「あのペアの戦闘力を除いたただ一つの弱点は、人を信用しすぎていたことさ」

 

「悪い人ね」

 

 ミス・オールサンデーは彼に背を見せながら微笑んだ。その男が誰も信用しない男であることを、彼女だけは知っていた。




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