「Mr.5ペアがやられただと?」
『レインディナーズ』秘密の地下アジト。
Mr.13ペアからの報告を受けたクロコダイルは、葉巻を燻らせながら呟いた。
全くの予想外、というわけではないが、完全なる想定内というわけでもない。
グランドライン前半では珍しい『悪魔の実』の能力者であり、それでいて攻撃性が高いはずの『ボムボムの実』の能力者であるMr.5。勿論王下七武海という地位と実力のあるクロコダイルからしてみれば強さに粗と緩みのある能力者だったが、それでもグランドライン前半しか知らないルーキーに負けるとは。
「知らねえ名だな……」
彼はデスクの上に置かれた手配書を眺める。無神経に笑うその写真に、クロコダイルは不快に近い感覚を覚えた。
海賊『麦わらのルフィ』。
懸賞金は三千万ベリー。
「それで、どうするの?」
その傍らに立つ美女、ミス・オールサンデーが他人事のように問うた。
「王女ビビはその『麦わら』と一緒にリトルガーデンに向かっているわ」
一つ微笑んでから続ける。
「当然、Mr.6ペアの抹殺も未完遂」
クロコダイルは彼女の献身性のかけらも感じられない口調にも心乱さなかった。すべてを自分の思い通りに進めたい彼にとって、他人事、つまりすべての判断を自身に求めるミス・オールサンデーのスタンスは嫌いではない。
彼は水槽を悠々と泳ぐバナナワニを眺めて言った。
「リトルガーデンにはMr.3ペアを向かわせろ……そして、Mr.4ペアをキューカ島に派遣してMr.6ペアを抹殺するように動け」
「Mr.4ペアは今遠方にいるわ……キューカ島に戻らせるとなると三日はかかるわよ。それに、今キューカ島にはMr.3がいるのではなくて?」
「俺に意見するなミス・オールサンデー……今おれにとって最も目障りなのは王女ビビだ、やつをリトルガーデンで確実に葬るにはMr.3こそが最適、それに、キューカ島で騒ぎになってMr.3がリトルガーデンに向かうのが遅れることは避けたい……Mr.6ペアには楽しんでもらおう、最初で、最後の長期休暇だ」
ミス・オールサンデーは彼の反論に小さく声を出して笑った。自身の考えにムキになる様子が彼女には少し愉快に映ったのだ。
「何がおかしい」
「いえ、何も。それなら、早速手配を進めるわ」
部屋から去ろうとするミス・オールサンデーの背に「おい」と、声がかけられる。
「イガラムの方は殺ったんだろうな?」
「少なくとも『麦わら』達の船には乗っていないわ」
「……ならいい」
話題を終えようとしたクロコダイルに、今度はミス・オールサンデーが「ああ、そうだ」と続ける。
「Mr.6ペアからの報告書が届いているけど、目を通すかしら? ドラム王国について書かれているみたいだけど」
クロコダイルはその言葉に意外にも首をひねって少し考えた。彼からの情報は有益だ、愚かなほどに。
そして、彼は首を振る。
「処分しておけ、死人の文章に興味はねェ……」
☆
グランドライン、キューカ島。
グランドラインでは珍しいリゾート地であるそこは、程よい海と程よい気候が有名だ。その開発の出資者の中にはあの王下七武海クロコダイルもいるというのがもっぱらの噂だが、あまり関係ないだろう。
リゾート地となれば、当然海とプールがある、当然ビーチもあるし、そうなれば当然、ビーチバレーの概念も存在する。
『地獄特訓スパイク!』
高く飛び上がったミス・マザーズデイが右腕を振り抜くと、薄皮の中に目いっぱいの空気を詰められたそのボールは気の毒な音を上げながら破裂した。
ひらひらと宙を舞いながら砂浜に着地するかつてボールだった薄皮を眺めながら、水着姿ながら器用に帯刀しているミス・サーズデーが呆れて言う。
「だからさー、ちょっとは手加減とか出来ないわけ?」
「何いってんだい!? ただでさえ三対一なのにこれ以上手加減なんか出来ないよ!」
「あーしらにじゃねーわ、ビーチボールにだわ」
「姉御、ワシにもそのボール割りをやらせてくれんかのう?」
「そーゆー競技じゃねーわ」
「そうはいってもねえ……もうボールがないよ」
「お母さんことごとく割りましたからね……」
「やっぱ姉御はバレーボールが上手なんじゃのう!」
「だからそーゆー競技じゃねーし、バレーボール成立してねーし」
キューカ島に入港してからすでに数日が経とうとしている。
オフィサーエージェントならばともかく、フロンティアエージェントがこの島に呼ばれることは滅多に無い。
そして、当然Mr.6にはバレーボールに付き合う趣味はないので、ミス・マザーズデイはビーチバレーを今日この日までしたことがなかったのだ。
彼女はこの数日、このビーチバレーを堪能している。
「しかたない、普通のボール出すかー」
諦めたようにため息を付きながらミス・サーズデーが言った。普通のボールを取り出してしまえばそれこそミス・マザーズデイのやりたい放題になってしまうのだが、ただただ風船を割るよりかはマシかも知れない。
「しっかり避けましょうね!」
満面の笑みで言ったミス・チューズデーに「だから競技ちげーし」と再びため息を付いた。
本当は逃げ出してしまっても良かったのだが。
「楽しいねえ! こんなに楽しいのカーチャン久しぶりだよ!」
太陽のように笑うミス・マザーズデイには誰も逆らえないのだった。
キューカ島別ブロック。
ビーチチェアに寝そべっていたニーサン・ガロックに気づくものは少なかった。いつものトレードマークであるレザージャケットを脱ぎ捨て、羽織った薄いシャツと水着というスタイルは、彼を形で覚えているタイプのファンにはピンとこない。サングラスでもしてしまえばもうわからない。
それに気づくことの出来る僅かな人間も、彼のキューカを尊重して話しかけては来なかった。見るからにくつろいで本を読んでいる彼に対する遠慮は、キューカ島を訪れることが出来る人間の質の高さを表している。
「隣、いいカネ?」
不意にかけられたその声に、ニーサンは本に釘付けのまま答えた。周りを見渡せばまだまだ空いているチェアーはあるだろうにとは思わない。
「ああ、どうぞ」
「失礼するガネ」
「よっこらしょっと……」
二つの声が腰掛けたことを耳で確認してから、彼は本を机に伏せて体を起き上がらせた。
目の前にあったのは『3』の形で結われた髷のようなヘアスタイルの男と、少女だった。
「バレーコートで知った顔がはしゃいでいたから、君もどこかにいると思ったんだガネ」
「あいつらも飽きないな」
「仕方ないガネ。君たちフロンティアエージェントはそう簡単に休める立場じゃないガネ」
その男、Mr.3はニヤけながら続ける。
「おっと申し訳ない、別に立場の差を強調しようとしたわけじゃないガネ……」
「まあ、事実だ」
『造形芸術家』Mr.3は、非常に上昇志向の強い男だった。彼は常に上のナンバーを欲しがっていたし、その逆に自らよりも番号が下のエージェントには露骨に興味がないところがある。
「ただ、あまりはしゃぎすぎるのも良くない。我々が犯罪組織のエージェントだとバレては元も子もないからね」
「ああ、そうだな」と、ニーサンは彼の髪型に目をやりながら答えた。ロックンローラーとして、人のファッションに口出ししてはならないのだ。
彼はそのままちらりとその奥に座る少女、ミス・ゴールデンウィークに目をやった。
性格がわかりやすいMr.3と違って、その少女はどこか掴めないところがある。何を考えているかよくわからないのだ。
今日もじっと一枚の紙切れを眺めているだけで、まるでこちらに興味を示さない。
Mr.3がその紙切れが何なのかを知るのは、もう半刻ほど経ってからだった。
「ところで」と、Mr.3が目を細めて言う。
「今朝の新聞、見たカネ?」
ニーサンはMr.3が求めている話題を瞬時に理解した。『ロックンローラー』と『造形芸術家』。似ているようで全く似ていない思想の二人が唯一共有できる話題だ。
「アラバスタの反乱軍だろ?」
「そうだガネ」
彼がその先を続けようとした時、扇状的な水着をまとったウエイトレスが「おまたせしました」と、三つのカップとティーポットを持ってきた。
「ん、これ、とっておくガネ」
彼女の盆に紙幣を置き、そそくさと彼女が離れるのをしっかりと確認してから言う。
「君も飲みたまえ……作戦成功のお祝いだ」
返答を待つまでもなくニーサンの前にカップが置かれ、紅茶が注がれる。
アラバスタの国王軍三十万人が、反乱軍に寝返った。
あまりにも衝撃的なそのニュースは、新聞の一面を飾るのに十分だった。
この寝返りにより国王軍六十万と反乱軍四十万であった対立構造は、一気に国王軍三十万人と反乱軍七十万の対立となり、単純な数だけで言えば反乱軍のほうが大きく上回ることになる。
加えて、国王軍が持つ『情報』が反乱軍に流れたということは、単純な数以上に大きな影響を持つだろう。
その国王軍の寝返りに、『ライブ』で情報交換を行ったビリオンズ達が関係していることは想像に難くない。もっと言えばMr.2も一枚噛んでいるであろうが、その名を出すとMr.3が露骨に不機嫌になるので黙っておいた。
「だが……気は抜けねえ」と、ニーサンはカップに口をつけてから続ける。
「反乱軍てのも一枚岩じゃねえだろう。食い詰め者やチンピラのようなロクでもない奴らもいる。元々の反乱軍四十万という数字も信用できるものじゃない。それに、民衆の戦闘力なんかたかが知れている、これでようやく五分かわずかに反乱軍が有利といったところだろう」
「悲観主義だネ、今はこの功績を喜ぶべきだと思うガネ。君の集客力による大規模な情報交換のおかげでこれは成ったのだ。同じ創作家としては嫉妬するが、エージェント仲間としては心強いガネ」
「君は惜しい」と、Mr.3が続ける。
「もし君に『殺しの能力』があったのなら、すぐにでもオフィサーエージェントになれたものを……私達の右腕として幾多もの作戦を成功させることだって出来たのだガネ」
何も言わずカップを傾けるニーサンに、Mr.3はその傍らに伏せられた本を指差して問う。
「ところで、それは何の本なのかネ?」
「これかい?」
ニーサンはその表紙をぐいと突き出しながら答える。
「『海の戦士ソラ』小説版だ」
Mr.3はそれに意外そうに目を見開いて返す。
「意外だネ。それは君には子供っぽすぎるんじゃないか?」
『海の戦士ソラ』は、世界経済新聞でかつて連載されていた絵物語だ。海の上を歩くことが出来る正義のヒーロー『ソラ』が、悪の帝国『ジェルマ』と戦う。
完成度が高いとマニアの間では評判だが、それでも子供向けであることには変わりない。Mr.3の指摘通り、ニーサンが読むには幼すぎるようにも見えるだろう。
だがニーサンは「いや、そうでもない」と、首を振ってそれを否定した。
「小説版は、これでいて結構面白いんだ」
「ほう、例えばどんな?」
「小説版はな、ちゃんとソラの敵役にも背景がある」
ピンとこないのか相槌を打たないMr.3に続ける。
「この小説の敵役はな、確かに『ジェルマ66』から武器の提供を受けてはいるが、それは領地侵略のプレッシャーをかけてくる他国を牽制するためでもある。ついでに言えば、この国は国民の半分が虐げられているが、逆を返せば国民の半分は虐げられてない。それに、物語中盤からソラを助けるキャラクターは、この国の人間ではないんだ」
「いやにリアルな設定だネ」
「そうとも。まあ、最終的にはソラがこの国をぶっ壊すが。まあ、それは仕方のないことだ。おれだってソラが負けたら不満に思う」
「嫌いなんだよ」と、呟いてから続ける。
「『世経版ソラ』は、ソラが民衆の言うことを聞きすぎるし、敵役の権力者が悪すぎる……味方の死はセンセーショナルで、敵役の死は痛快だ。とてもではないが、二つの正義に対して平等な観点ではない」
「二つの正義、とは何かネ?」
「そりゃあ勿論、ソラと、敵役さ」
ひらひらと手を振って続ける。
「敵役だって純粋な悪ではない。彼らも国を治めてきたという『正義』がある。結局の所『ソラ』は、武力で国を平定しようとする『侵略者』に過ぎない……この『小説版』では、敵役に打ち勝ったことで周りの国々との戦争に巻き込まれるこの国をソラが憂いる場面があるんだ……マニアからの評判は悪いが、おれはこのシーンが大好きなんだよ」
随分と長く語ったが、Mr.3は首を振って「分からないネ」と答える。
「考えすぎだガネ」
「まあ、そうかも知れねえな」
ニーサンはパタンとそれを閉じて立ち上がる。
「それじゃ、ごちそうになった。今日はもう部屋でゆっくりすることにするよ」
「そうかネ。まあ、もうしばらくしたら忙しくなるだろうから、それが賢明な判断だガネ」
ああ、そうだ、と、Mr.3がニヤけて問う。
「君の中では、我々は『正義』なのかね?」
それが何を指しているのか、ニーサンにはすぐに理解できた。
アラバスタにおける二つの正義、国王軍、反乱軍。
だが、バロックワークスはそのどちらでもない。
ニーサンはすぐに答えた。
「最後まで立っているのがおれ達なら、おれ達が『正義』だろうな。正義ってのは、要は勝者と同じ意味さ……だからこそソラはいつまでも『正義の味方』なんだろうよ」
☆
寝苦しいわけではなかった。
キューカ島の夜は暑すぎず寒すぎないことで有名であったし、ベッドに備え付けられたマットレスも、硬すぎず柔らかすぎない高級品であろう。
だが、それでもニーサンは寝付くことが出来なかった。目が冴える、暗闇に目が慣れるほど天井を見つめている。
だから、彼は誰かが音も無くベッドに座り込んだことに気づくことが出来た。なんなら、それが自らに敵意を持つはずのない人間、ミス・マザーズデイであることも分かっていた。
当然、部屋は分けている。彼女はわざわざこの部屋に訪れたのだ。
「ねえ」と、ミス・マザーズデイが暗闇の中から言う。
「Mr.3ペアが、大急ぎで船を出したらしいね」
「ああ、それは知っている」
Mr.3ペアの所有する船『智略天然丸』が全速力で島を後にしたのは、ニーサンもホテルの部屋から眺めていた。あのMr.3ペアがあれほど大急ぎで船を出すのだから、それほどまでに重要な任務なのだろう。
「Mr.6」と、僅かな震えを含んだ声が聞こえる。
「カーチャン、なんだか胸騒ぎがするよ。この会社に入って、ここまで気を抜けたことなんてないからさ」
彼女の『第六感』はよく当たる。
そして、その胸騒ぎは彼女だけのものではない。
「ああ、おれもだよ」と、ニーサンは答えた。
このポジションについて以来、ここまでの余暇を過ごしたことは無かった。
そして、同じ島で余暇を過ごしていたMr.3には重要な任務が任せられている。だが、自分にはまだだ。
それは果たして、任務がないのか、それとも、自分たちが戦力と考えられていないのか。
「ミス・チューズデーとミス・サーズデーに任務はあったのか?」
「いいや、あの子達にも何もないよ」
「そうか」
この会社は、些細な失敗も許されない。
ニーサンは枕元のランプに手を伸ばした。
「待ちな」と、ミス・マザーズデイは立ち上がって、部屋のカーテンがしっかりと閉まっていることを確認する。
「シャッパ達を呼べ」と、ランプの明かりに目を細めながら言った。
彼は考えていた、自分達がもう、いないものとして考えられている可能性を。
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