早朝。
キューカ島東ハズレに彼らの船『ホーリーホームラン号』を停めたMr.4ペア、というよりミス・メリークリスマスは、段々と角度をつけ始めている太陽に鬱陶しそうに手で遮りながら言った。
「アーアーアーアーアー! もう、眩しいったらありゃしないよ! “まぶしっ”! “まぶっ”! “まっ”! “まっ”! だよまったく!」
「そ~~~~~~~~~~う~~~~~~~~~」
彼女の後を追うように船を降りたMr.4も、同じように眩しがりながら彼女に同意する。小柄なミス・メリークリスマスに比べてかなりの巨体である彼は、都合よく長い影を作っていた。
「だ~~~~~~~~~~」
「ちょっと影に入らせてもらうよMr.4! あんたはトロいが体がでかいことはいいことだね!」
「ね~~~~~~~~~~」
「あ痛! 眩しいのが終わったと思ったら腰痛めちまったよ! 全くやってられないよ! グランドラインのあっちに行ったりこっちに行ったりもうあたしの足は棒だよ! “足棒”! “足”! “あっ”! “あっ”! だよもう!」
「あ~~~~~~~~~~」
彼らの目的はMr.6ペアの抹殺だった。殺しを稼業にしている彼らにとってそれは珍しいことではなかったが、それよりもアラバスタを通り越して再び戻らなければならない航路のほうが多少の不満だった。
「れ~~~~~~~~~~」
「さっさとMr.6ペアを殺してアラバスタに行くよ! 全くMr.6もこんな大事な時期にヘマしてるんじゃないよあの“ばっ”!」
「は~~~~~~~~~~」
「さっさと殺すよ! やれ殺す! それ殺す! 相手は無能力者だからあたしらにかかれば赤子の手をひねるようなもんさ!」
Mr.4はポケットから双眼鏡を取り出した。
「この“ばっ”! 何やってるんだいMr.4! こちとらさっさとMr.6を探さなきゃならないんだよ!」
「い~~~~~~~~~~」
彼は彼女の方にゆっくりと振り返る。
「まずは船を探してぶっ壊しとかなきゃならないよ! さっさと停留所に向かうんだ!」
「た~~~~~~~~~~」
彼の頬を一筋の汗が流れる。
「だから何やってるんだいMr.4! 鳥なら後でいくらでも見せてあげるよこの“ばっ”!」
「ぞ~~~~~~~~~~」
彼は海の向こうを指差した。
小さくなり始めてはいるが、たしかにその先には帆船らしきものが見える。
夜明け前の薄暗さと、明けてからの強烈な逆光により、彼らはそれを見逃していたのだ。
ミス・メリークリスマスはそれにすぐさま反応する。
「“ばっ”! そういうことはもっとさっさと言いな! トロすぎるんだよMr.4!」
「ご~~~~~~~~~~」
彼から双眼鏡を奪い去り、その巨体を押しのけるようにしながら彼の指した方向を見た。眩しさなど今は気にしている場合ではない。
少しばかり視線を振ると、たしかにそれは『どこでもライブ号』であるように見える。
「め~~~~~~~~~~」
更に彼女がよく目を凝らすと、その甲板にはMr.6とミス・マザーズデイがいた。二人共笑顔で笑い合っており、まるで自分たちが抹殺対象であることなどわからぬように思える。
だが、それはイレギュラーな行動であるはずだった。ボスの命令は指令があるまでキューカ島で待機、つまり彼らの行動は社則違反だ。
ミス・メリークリスマスも、Mr.6ペアがそのような考えの浅い社則違反をするとは思っていない、となると彼らがそれをしている理由は唯一つ。
「あいつら! 勘付きやがったのか! 確かに頭のいいコンビだったがここまでとは思わなかったよ!」
「ん~~~~~~~~~~」
「謝ってる場合じゃないんだよMr.4! さっさと『銃』を用意しな!」
しくじれば殺されるのがこの世界、絶対に取り逃がすわけにはいかない。
彼もそれなりに危機感を感じているのか、Mr.4もそれまでに比べれば多少早い動きで背負っていたそのバズーカとすら評して良さそうな巨大な銃を抜く。
「ラ~~~~~ッス~~~~~」
彼がそう呼ぶと、その銃には短いが手足としっぽが生え、銃口であった部分には犬の顔が現れた。短いしっぽをこれでもかと言うほどに振り、幸せそうにMr.4に撫でられている。
彼はラッスー。グランドラインの新技術で『イヌイヌの実』モデル『ダックスフンド』を食べた『銃』だ。細かいことは彼自身にもよくわかっていないだろうが、とにかく、物でも『悪魔の実』は食べることが出来るらしい。
「海へ出ればあたしらの技から逃げられるとでも思ったのかね。あの“ばっ”!」
Mr.4は武器である金属バットを構えた。恐らく世界で彼しか振ることがないであろう4トンのバットは、当然とんでもない飛距離を記録する。
「ミス・マザーズデイの『レシーブ』に気をつけな!」
「フォ~~~~~~~~~~」
風邪気味のラッスーが「ケホッ」と小さな咳をすると、彼の口から野球ボールが『トス』された。
『モグラ塚四番街名物!!!! 飛距離四百メートル弾丸ライナー!!!!!』
Mr.4がその4トンのバットを振り抜くと、甲高い打撃音と共にボールが放たれる。
基本に忠実なセンター返し、だが、それはセンター前にポトリとは落ちないだろう。
まるで大砲の砲撃のようなその打撃は、それでいて砲撃よりも長く、そして正確だ。
「死んだね」
そのボールは、引力に負けぬまま『どこでもライブ号』の土手っ腹に突き刺さる。
そして、次の瞬間には巨大な爆音と黒黒とした煙が海に浮かんだ。
銃犬ラッスーが撃ち出すボールは、強力な砲弾であるとともに、強力な時限爆弾でもあった。砲撃による破壊と爆弾による破壊、それを効率よく行うのが彼らペアの持ち味。
たとえミス・マザーズデイがどれだけ『レシーブ』に優れていようと、ボールに手が届かなければそれは出来ない。
船を直接狙うのは、彼女の能力の弱点をついた優秀な作戦だった。
船は沈没するだろう。それは疑う余地もない。
だが、それで安心しないのが、優れた殺し屋というもの。
「まだだ! 気を抜くんじゃないよMr.4!」
「う~~~~~ん~~~~~~」
Mr.4が再びテイクバックを取ると、ラッスーが「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ケホッ」っと、いくつも続けて咳をする。当然そのたびに野球ボール風時限爆弾が『トス』されていた。
『モグラ塚四番街名物!!!! 四
Mr.4はそれらをすべてを打ち抜く、あれ程のトロさはどこに行ったのかと思うほどに、打撃はシャープで無駄がない。
ライナー、ホームラン、犠牲フライと打ち分けられたそれらの爆弾は、当然ながら捕球されること無く海に落ちていく。
そして、その端から吹き上がる水柱。
時限爆弾だ、水に落ちても多少は問題がない。
時間差を把握しながら海の中で爆破させることで、海に逃げたターゲットをもれなく殺す。
「トドメだ!」
ラッスーが更に咳を加速させる。風邪気味らしいが、ちょっと不安にもなる。
『若手イビリ四十本ノック!!!!』
再びMr.4もバットを振り抜く。
今度は打ち分けを考えず、数を稼ぐことを目的としているようで、美しいセンターライナーがいくつも標的に向かう。
再び吹き上がる水柱は、今度は広範囲に渡っていた。
「……よし、もうそのへんでいいだろう」
双眼鏡を覗き込みながらミス・メリークリスマスがMr.4とラッスーを制す。
水柱のおかげで波が荒れていたが、それでも水面を確認するのに不便はない。
先程まで『どこでもライブ号』があったと思われるそこには、もはやかけらの木片すらも残ってはいなかった。
視線を振って周りを確認すれば、船首であったであろう部分や、帆であったであろうと思われる焦げた布切れなどは確認することが出来たが、とてもではないが人間がしがみつくことの出来るようなものはない。
もうしばらく視線を振ると、海にぷかりと大型の海王類が浮き上がってきた。水中爆撃による衝撃で死んだか、気を失っているのだろう。
とてもではないが、人間が生き残れるとは思えない。
「死んだね、間違いなく」
「う~~~~~ん~~~~~」
Mr.4はラッスーを撫でると、それをホルスターに戻した。
「“ばっ”! な奴等だよ、しくじりゃ殺されるのがこの稼業、ことは慎重に運ばなくちゃならないのさ」
「そ~~~~~~~~~~」
「あれ程の爆撃じゃあ、まず助からない!」
「う~~~~~~~~~~」
「あいつらが『魚人』でもなけりゃね!」
「だ~~~~~~~~~~」
「じゃあ、さっさとずらかるよMr.4、あたしらはアラバスタに向かわなくちゃならないんだ!」
「ね~~~~~~~~~~」
思っていたより早く簡単に終わった仕事だった。
Mr.4の支える船に乗り込もうとしたミス・メリークリスマスは、先程まで『どこでもライブ号』があった箇所を眺めながら、一つだけ呟く。
「いい奴らだったんだがねえ……」
Mr.4もその言葉に目を細めた。
「う~~~~~ん~~~~~」
彼らはMr.6の抹殺完了をボスに報告するだろう。
☆
キューカ島西ハズレ。誰も知らぬプライベートビーチ。
島の影になりまだ太陽の陽がさしていないそこに、一人の魚人が、波に紛れるようにして現れた。
どぎついカラフルなマーブル柄のタンクトップを着たその男は、モンハナシャコの魚人であるシャッパ。
彼は息も絶え絶えで、より多くの酸素を取り込むために大きく口を開けて呼吸していた。エラ呼吸も出来る種族ではあるが、そんな彼ですら憔悴してしまうほど、彼は水中で激しい運動をこなしていた。
彼は両脇に、それぞれ人間を抱えている。
左脇にはレザージャケットの男、ロックンローラー、ニーサン・ガロック。
右脇には胸元に『母』と書かれた体操着の女、彼のバロックワークスでのパートナー、ミス・マザーズデイだ。
「旦那! 姉御! 大丈夫か!?」
彼は二人をそっと砂浜に寝かせた。
彼らが無事であるかどうか、彼にはわからなかったし、どうすれば彼らを無事にできるのかもわからなかった。
彼は己の無知に激しく後悔を始めていた。
だが、そんな彼の心配を否定するかのように、ニーサンが激しく咳き込んで上体を起き上がらせる。
ニーサンはしばらく咳を続けた、何度かはそれによって海水も吐き出され、そのたびに息を吸うことを忘れたようにえずいた。
シャッパは彼の背を擦ることしか出来ない。魚人である彼にはニーサンの苦しみがわからない。
やがて、呼吸を落ち着かせたニーサンが、海水でゴワゴワと濡れた髪をかきあげながら呟く。
「……魚人の世界を垣間見たのは初めてだ」
「すまん……ワシも爆弾に巻き込まれないように必死じゃったんじゃ」
「構わん、死ぬよかいい」
「しかし、姉御が!」
ニーサンはシャッパを挟んで向こう側にいたミス・マザーズデイに目をやった。彼女はまだ意識を取り戻しておらず、ピクリとも動いていない。
「おい、ミス・マザーズデイ」と、ニーサンが言う。
「おれとシャッパとどっちに口づけされたいんだ?」
その言葉が投げかけられるや否や、ミス・マザーズデイは一つ咳き込んだ。
そこから先はニーサンと同じ、海水と空気を吐き出し、さんざん苦しさを味わった後に大きく息を吸い込んだ。
しばらく荒い呼吸を続けた後に、彼女が言う。
「カーチャンとキスしたきゃ、それなりの段階ってもんを踏みな!」
「おー、元気元気」
「姉御……よかった」
「水泳選手の友達がいたけど、あいつにもこんな世界が見えてたのかねえ」
「だとしたら、おれはもう二度と水泳やらねえわ」
Mr.4の『打撃音』が聞こえた瞬間に、彼らは『どこでもライブ号』を捨て、海に飛び込んだ。
尤も、それはMr.4ペアも想定の範囲内であっただろう。だからこそ彼らは、海の中まで『爆撃』したのだから。
だが、ニーサン陣営に泳ぎの得意なシャコの魚人であるシャッパがいることは、彼らも把握していなかった。もし魚人がいることがわかっていれば、彼らもそれなりの対処をしただろう。
シャッパは海に飛び込んだ彼らを保護すると、すぐさま魚人のスピードで海を潜った。そして、Mr.4ペアが爆撃することに気を取られているうちに、島を大きく回ってその反対側に出たのだ。
当然、その間水面に顔を出すわけにはいかない、かなりの長時間彼らは海に潜っていたが、ニーサン達の強靭な肉体は、なんとかそれに耐えたようだった。
「あいつら」と、ニーサンが遠くを眺めながら言う。
「こういう詰めの悪さを修正すればもう一段階昇格できるのにな」
自分たちを抹殺しに来たのがMr.4ペアであったことは、彼らにとっては不幸中の幸いだった。
弱いわけではない、むしろ立場としては上であるはずのMr.3ペアと比べて、戦闘力だけならば上回るだろう。
だが、ミス・メリークリスマスのせっかちな部分と、Mr.4の少しとぼけているところが、その実力を過小評価させていると彼は思っている。尤も、それはMr.3の戦闘力以外の部分での評価が高いということの証明でもあるが。
「なんでもいいさ、助かったんだから」
そう言って笑おうとしたミス・マザーズデイが、突然に胸元を押さえる。
「大変! どうやら海の中で下着が脱げちまったようだよ!」
その言葉に、シャッパは顔を赤くしてミス・マザーズデイから目をそらした。彼らの体にもしものことがないようにと気を張っていたつもりではあったが、そこまでは気が回らない。
対象的に、ニーサンは呆れたように笑って言う。
「別にいいだろ、死ぬよか」
「高かったんだよ!」
「そんな事言っても、今からグランドライン総ざらいして下着探すわけにもいかないだろうよ」
彼らがそんな馬鹿話をもう二、三言続けようとしたときだった。
岩陰から、ふたりの女が姿を現した。
ミス・チューズデーとミス・サーズデーである。
「お二人共! 無事で良かった!」
「いやー、しかしここまでうまくいくとは思わなかったし」
さらにミス・サーズデーは懐から何かを取り出してひらひらと掲げる。
それは女性モノの下着だった。
「しかもさっき磯でこんなのも拾ってマジラッキーだし! 結構高いやつだしコレ」
「返しな! それカーチャンのだよ!」
電光石火でそれを奪い去ったミス・マザーズデイは、そのまま男性陣に背を向けてそれをつけ始める。
もうシャッパなどは顔を両手で覆うより無かった。
「Mr.4ペアがキューカ島から出向したのは確認済みです!」と、ミス・チューズデーが嬉しげに報告する。
とにかく、彼らは賭けに勝ったのだ。
そのベットの内容は、昨夜に遡る。
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