真夜中。
突然ニーサンの部屋に呼び出されたシャッパ達は、ランプの光だけが照らす部屋に戸惑いながらも、それぞれが好きな場所に腰を下ろした。
「こんな夜中に何なん?」と、やはり思ったことをすぐに言い放つ主義であるミス・サーズデーが言った。多少不機嫌ながらも、まさかただのおしゃべりのために呼び出されたわけではないことくらいは理解できる。
シャッパとミス・チューズデーも困惑の表情だった。
「実はね」と、何かを言い出そうとしたミス・マザーズデイを、ニーサンが「おれが言う」と、右手で制した。
「お前ら、会社から『指令状』は届いているか?」
「いえ、届いてないです」
「あーしも来てないわ」
「そうか。おれ達にも何も来ていない。おかしいと思わねえか? この会社に入ってこんなにも余暇があったことがあるか?」
彼の問いに二人は一瞬首をひねったようだったが。やがて首をひねったまま答える。
「たしかに不思議ですが……『ダンスパウダー工場』が無くなってしまった以上、もう私にやることはありませんし」
「あーしもだわ、もうルネスじゃじゆーに動けないし、そもそも最大の任務は終わったし……確かに新しいMr.11就任の話がないのは不思議だけど」
「正直私達は今後もMr.6の補助としての任務が主なのかと」
「あーしもそう思ってた」
「だが……そのおれ達にも任務はねえ。同じくキューカ島にいたMr.3ペアには任務があったのにだ」
ニーサンがそう呟くと、それまで黙っていたシャッパが口を開いた。
「旦那、一体何が言いたいんじゃ? 一体何を恐れとる?」
武人らしく、彼は他人の情動に対しても理解が深いのか、ニーサンの本心をズバリとついてきた。
ニーサンはそれに一つ沈黙を作ってから『本題』を言う。
「恐らくだが……会社はおれ達を抹殺しようとしている」
その言葉に、三人は一様に驚きを見せた。
ミス・サーズデーは「は?」と首をひねったし。ミス・チューズデーは「そんな!」と口元を押させる。シャッパは目を見開いたが、言葉は発しなかった。
「ありえなくね? Mr.6を殺す理由がねーじゃん」
「私もそう思います」
それぞれがそれぞれの主張を行った後に、シャッパが口を開く。
「ワシが原因なら、今すぐにでも旦那から離れるぞ?」
シャッパは、その原因が自分にあるのだと思っていた。何より会社に反旗を翻したMr.10の用心棒として彼らと戦った彼は、会社から見れば敵、それを匿うMr.6に不信が向くのも理解が出来る。
だが、ニーサンは首を振ってそれを否定した。
「いや、多分お前のことじゃない、そもそもおれはお前のことも、そもそもMr.10が用心棒を雇っていたことすら報告してないんだからな」
「じゃあ、なんで旦那が抹殺されにゃならんのじゃ? ワシが言うのもなんじゃが、旦那はよう働いちょるじゃろ」
その言葉にミス・チューズデーもミス・サーズデーもウンウンと頷いた。
「そうだな……だが、働きすぎた。ということも考えられる。根拠があるわけじゃないが、抹殺の理由に心当たりが無いわけじゃない」
彼は報告書の中であえて言及を避けたあの話題を思い返していた。そして、それはミス・マザーズデイも同じ。
もし、自分がその報告をあえて言わなかったことをボスに感づかれていたのならば、それは十分すぎる不信だ。
さらに、彼とミス・マザーズデイの頭の中にはあの『アルバーナの時計台』がある。ボスが部下というものをどのように考えているのか、彼らは薄っすらと理解し始めていたのだ。
「心当たりって?」と、ミス・チューズデーが問う。
「それはまだ言えねえ」
ニーサンは首を振った。
「もし理由がその情報だったときに、お前らも巻き込むことになる」
「もう関係ないんじゃないかのう。もしその会社がその程度で旦那を殺すような組織なら、旦那と行動をともにしたワシらも無事じゃすまん」
「……だが、念には念だ」
「じゃあ仮に抹殺されるとしてさあ、じゃあどうすんの? 逃げんの?」
ミス・サーズデーの問いに、ニーサンは息を吐いてから答える。
「俺は逃げても無駄だろう、悪いことに顔が割れすぎている……だから、お前らだけでも逃げてもらいたい。俺が囮になって逃げ回るから、お前らはどこか適当な国にでも潜り込めばまずバレねえだろう」
そう言った時、ミス・マザーズデイとシャッパが立ち上がった。
ミス・マザーズデイはニーサンの頬を思い切りつねりあげながら言う。
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! カーチャンはあんたのパートナーだよ! パートナー置いて逃げるだなんてこと出来るわけないよ!」
「ワシもそれは飲めん。ワシは元々あそこで死んでいた身じゃ、旦那を守って死ぬなら本望」
痛い痛い、と涙目になりながらミス・マザーズデイの手から逃れたニーサンに、遅れてミス・チューズデーも声を震わせながら言う。
「私も、ついていきます。足手まといになるかもしれないけど……」
「あーしもついていくかな~、恩もあるし。つか常識的に考えて一人でいるよりみんなでいたほうが生存確率上がらね?」
ニーサンは赤くなった頬を押さえながら顔を伏せる。
彼らの選択に言葉を失っていた。当然それは一つだけの感情によるものではない、感じるべき責任もある、呆れもある、申し訳無さでいっぱいだ。
だが、何よりも彼は嬉しかった。
「もう一度だけ聞くぞ? 本当にいいんだな?」
頷く四人を見て、ニーサンは顔を上げる。
にじみ出ていた涙が、きっとミス・マザーズデイにつねられたからだ。
「なら、それなりの作戦を考えてある」
今ある戦力ならば、それなりの抵抗は出来ると彼は考えていた、だが、自分の命を守るために彼らに協力しろというのは、あまりにも傲慢だということもわかっていた、しかし、もう躊躇はない。
ニーサンは続ける。
「恐らく、おれ達を殺しに来るのはMr.5ペアかMr.4ペアだ」
「なんでわかるし」
「Mr.3にその指令が出ていたなら今日おれは殺されていただろう……慌てて島を出たならば別の任務が告げられたんだ。Mr.2はいまアラバスタ煽動で忙しいから暗殺なんてやっつけ任務やってる場合じゃない。Mr.1は……Mr.1を俺の抹殺のようなしょっぱい任務に派遣するはずがねえ、そうなれば残るはMr.5かMr.4ペア」
彼はマットに腰掛け直して続ける。
「そして、確率的にはMr.4ペアのほうが高いと睨んでる」
「どうしてだい?」
「順当に考えればMr.5であるとは思うんだが、それにしてはおれ達に与えられた余暇が長すぎる。ボスは即断即決の男だ、Mr.5ペアに何らかのトラブルがあったと考えている」
一旦話を切って、四人がそれに何も反論しないことを確認してから続ける。
「Mr.5ペアであるにしろMr.4ペアであるにしろ、爆撃を行う能力者ならばチャンスは有る」
いいか、と、彼は身を乗り出してその作戦を伝えた。
「まずおれとミス・マザーズデイが『バレるように出港』するから、その後お前らはーー」
☆
早朝。
太陽に角度が付き、そろそろウエイトレスが着替えを始めようとしていた頃、その少女の泣き声がキューカ島に響いていた。
「うわああああああああああん!!!!!」
ただ事でない雰囲気だった。
少女は焼いた肌にミニスカート、それでいて帯刀しているというアンバランスさであったが、それを見る人は少女の年齢不相応な、振り回すような泣き声にばかりに気が行っていた。彼女が小脇に抱えている色紙にも、誰も気づかない。
「君、どうしたんだね? 泣いてばかりじゃわからないよ」
見かねた警備員の一人が、彼女に歩み寄ってそう問うた。
「そうよ、せめて何があったのか言ってくれないと私達も何も出来ないじゃない」
もう一人、親切な早出のウエイトレスも彼女の肩を抱きながらそう言っていた。彼女もすべて善意でそう言っているわけではない、そのスピーカーのような少女がいると、いつまで経っても仕事が始まらないのだ。
だが、その少女を目立たぬ場所に移動させようとすると、何故か彼女はやんわりと抵抗するのだ。
やがて、彼女の周りには人だかりが出来ていた。無理もないだろう、休暇があるが刺激のないその島で、うら若い少女の涙はとびきりのスパイスだった。
泣き声の大きさと口コミによって、ドンドンと彼女を囲む野次馬達は増えていく。
警備員とウエイトレスがいよいよ実力行使に出ねばならないのかと頭を悩ませたその時、少女は「ひっく」と、一つしゃくりあげてから大声で叫んだ。
「ニーサン・ガロック様が死んだあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
それは、当然その声量による衝撃というものも大きかったが、何よりその内容でも聞くものを圧倒する衝撃であった。
その証拠に、野次馬達の興味は少女よりも彼女が語った内容の方に大きく傾き始めている。
有名ロックンローラー、ニーサン・ガロックがこのキューカ島に訪れていたのは彼らも知るところである。直接彼に声をかけることはなくとも、有名人がいるという噂はその狭い島ではすぐに広まるのだ。
「なんだって!」と、彼女のそばにいた警備員が驚いて叫んだ。無理もない、彼は抜群に音楽に詳しいわけではないが、ニーサン・ガロックはそんな彼でも知っているビッグネーム。そのような有名人を目にすることが出来るというのが、その仕事を真面目に行う彼の自慢の一つだった。
「嘘よ!」と、野次馬の中の一人の夫人が叫んだ。彼女は徹底的なニーサンのファンだ。彼女もまたニーサンがこのキューカ島にいることを知ってはいたが、崇拝すべき教祖の余暇を邪魔してはならぬと、ただ遠巻きから眺めて満足していたのだ。
「ホントだしいいいいいい!!!!! あーし見たんだしいいいい!!!」
少女はブロンドを振りかざして続ける。
「夜明け前、あの人がホテルから出るのを見たんだ! 周りに誰もいなかったからこっそりサインを頼んで、その後出港するのをずーっと見てたんだ! そしたら……そしてら……あの人が乗ってた船が急に爆発したんだし! 本当だし! あーし見たんだし!!!」
野次馬達はそれに顔を青くした。明け方に何らかの爆発音がしたのは彼らも知っている。だが彼らはそれは自分たちとは関係のないことだと思っていたのだ。七武海の絡むその島を襲撃する海賊は少なく、何よりこんな時代だ、近くを行く船が襲われることなどまれによくある。
だから、それがニーサン・ガロックを襲ったとは誰も思っていなかった!
「それは確かなの!?」と、ウエイトレスが問うた。それが本当ならば、しばらくは営業どころの騒ぎではない。
「本当だし!」
少女は更にしゃくりあげながら、小脇に抱えていた色紙を掲げた。
「これもらったんだし! 日付も書いてあるんだし! 本当だし! ニーサン・ガロック様が死んじゃったんだしいいいいいい!!!!」
掲げられた色紙を見て、野次馬の婦人は悲鳴を上げた。ニーサンを教祖と崇める彼女は、当然彼のサインを理解できる。しっかりと今日の日付が書かれたそのサインは、ニーサン・ガロックがあの装飾付きのペンで書いたもので間違いないと彼女は判断した。
そうなれば、今度は彼女の友人たちがそれに悲鳴を上げる。彼女がそれを本物だと判断したのならば、それは本物であるに違いない。
そうなれば、野次馬達の思考がどっと動き始めた。
ニーサン・ガロックが死んだ。爆発によって死んだ。
なんで爆発した? 誰かにやられたのか? もしかしたらその誰かは、まだこの近くにいるのか?
善良な彼らは知らない。いや、それが分かるはずもない。
考えられるだろうか? まさかその少女が、ニーサン・ガロックが死んだと思われたほうが得である立場だと、どうして思えよう。
善良な彼らは思うのだ、少女がニーサンからサインを得たということは、それは確かに彼女が彼と無関係なただのファンであるだろうと。
まさか彼女とニーサン・ガロックがグルであるだなんて、一体誰が思うだろうか。
まさかニーサン・ガロックが死んだと思われることを望んでいただなんて、誰が思うだろうか。
『真実』とは『煽動』とは、そうやって作り出す。彼らはその手段を知っている。善良であることの脆さを知っている。
あれほど騒いでいたはずの少女は、いつの間にか消えていた。
野次馬達の悲鳴と混乱の残るそこには、いくつもの靴跡がついたサイン入り色紙があった。
☆
「マジバッチリだし!」
右手でオーケーサインを作りながら、ミス・サーズデーは満面の笑みだった。
「今頃島は大騒ぎだし!」
ニーサンは満足感のすごそうなミス・サーズデーに「よし」と言ってから、今度はミス・チューズデーの方を見る。
「こっちもバッチリです!」と、ミス・チューズデーは横目でミス・サーズデーを見ながら、彼女を真似るようにオーケーサインを作り出す。
「すでにニュース・クーに記事を発送済みです!」
よし、よし、と、ニーサンは大きく頷いた。
ミス・チューズデーの美しい文字と文体で書かれた『ニーサン・ガロック死亡』の記事草案は、すでにニュース・クーによって『世界経済新聞』の支部に運ばれるだろう。ニーサン・ガロックのセンセーショナルな死とともに、彼の出自や経歴などが、まるで本人へのインタビューがあったかのように正確に作られたそれは、すぐさま『世界経済新聞社』社長、モルガンズのもとに届くに違いない。
「しかし、本当にうまくいくでしょうか?」
「モルガンズだぞ? おれが目の前でタップダンス踏んでても『死亡記事』を出すわ」
彼はまだ下着と格闘しているミス・マザーズデイを指差して続ける。
「おれとミス・マザーズデイを事実婚状態の夫婦にしかけた挙げ句不倫報道までした男だぞ」
世界経済新聞社社長モルガンズにとって、ニーサンのような有名人は飯の種。ところがロックンローラーであるニーサンにとっても過激報道はどんとこいな部分もあるので、なにげに共生しているとも言える。
「あのときはひどかったんだから!」と、ようやくそれを装着し終えたミス・マザーズデイが振り返った。
「カーチャン子供産めない設定にされてさ、まったくひどいもんだよ! 子供はバレーボールチームが三つ作れるほどはほしいってのに!」
「……とにかく、裏が一ミリもなくても面白けりゃ記事にする男だ。今回の件は裏もしっかりあるし、こんな『ビッグニュース』そうそうねえだろうから確実に記事になる。明日をまたず今日の昼には号外が出るだろうよ」
「すごい自信だねえ」
「おれはニーサン・ガロックだぞ」
彼は未だに顔を手で覆うシャッパに「もういいから」と促してから続ける。
「とにかく、おれは死んだ。これで少なくとも追手は来ない」
「どーすんのこれから」
「一先ず、輸送船をパクって海に出よう。ここにいることがバレたら本当に神になっちまうからな。エターナルポースはいくつか隠してある」
「目的地は?」とミス・チューズデーが問うた。
「ウイスキーピークだ」
その地名に、ミス・サーズデーが激しく反応する。
「は、なんで? 危なくね?」
せっかく会社から逃れることができそうであるのに、再びその渦中に飛び込むような行為だ。
だが、ニーサンが答える。
「心配すんな、今は悪い予感が一つもしねえ」
「奇遇だね、カーチャンもだよ」
彼らの『第六感』はよく当たる。
それに、と、彼は続けた。
「確かめたいこともある」
ミス・サーズデーの戦闘シーンをかけそうにないのが心残りです
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