ウイスキーピークの住民たちは、その何の変哲もない小型の輸送船を最大限に警戒することにした。
状況が状況であるし、自分たちが賞金稼ぎ集団であるという後ろめたさもあった。何より、小型の輸送船などが来るような町ではないのだウイスキーピークは。
だから、その小型船から姿を表したのが顔なじみ達であることに彼らは安堵したし、そして大きく驚きもした。なぜならばその顔なじみの中にはMr.6、つまりニーサン・ガロックも含まれていたからだ。
政治になどかけらも興味のない彼らでも、ニーサン・ガロックが死んだという『大号外』は届いていた。勿論彼らはそれに衝撃を受けたし、ある体験から、それに対して様々なことを邪推したりもした。
だが、それらの邪推は、すべてニーサンが本当に死んだということ前提であった。彼らがどれだけ想像力を働かせようとも、今目の前に生きている彼を見てしまえば、その邪推は露と消える。
「あんた……生きてたの……?」
降り立ったニーサンに、賞金稼ぎ達の先頭に立っていたミス・マンデーが言った。それは賞金稼ぎ達すべての思いであった。
「ああ、なんとかな」
「そうかい……それなら良かった」
彼女は複雑そうな表情であったが、無理矢理に微笑んだ。その様子を見て、ニーサンとミス・マザーズデイは、この町に来た判断は間違ったものではなかったと確信する。
ニーサンは彼らを待ち受けていた少数の賞金稼ぎ達を見やってから、特に表情を崩すこと無く言った。
「君たちこそどうした、何があった?」
彼とともに降り立ったミス・チューズデーやミス・サーズデーなどは、彼らの姿をひと目見て不安げに目を見開いた。
その驚きはもっともであった。彼らの中で最強格であるミス・マンデーは体中に包帯を巻き付け、髪の一部は焦げ付いているように見える。それ以外の賞金稼ぎ達も、皆満身創痍で、とてもではないが戦えるようには見えない。
何が妙かと言えば、そんな彼らが不審な小型船と対峙しようとしていたという事実だ、つまりそれは、彼らがまだ戦える人材だということになる。怪我人ばかりを最前線に向かわせる馬鹿な指揮官はいないし、自主的にそれをする兵隊もいない。
「海賊にね」と、ミス・マンデーが手短に答える。
「こっぴどくやられちまったのさ」
「それは責任問題になるな……まあ、作戦は最終段階に入っているからそこまで大きな問題にはならんか」
「それよりもカーチャンはあんた達が心配だよ! 大丈夫なのかい!?」
「正直、大丈夫じゃないわ。住民の殆どがけが人になってるし」
ニーサンは振り返って言う。
「ミス・チューズデーはけが人の手当てに行け」
「はい!」
賞金稼ぎの案内で町に向かう彼女を見送りながら、彼は続ける。
「エージェントはどうなった? まさか君以外全員いなくなったわけじゃないだろう?」
その瞬間、町全体に緊張感が走ったような気がした。
ミス・マンデーを含む賞金稼ぎ達は、その問いに一様に表情を歪めたのだ。当然それは、怪我の痛みによるものではないだろう。
下手だな、と、ニーサンは思った。彼らにもう少しずる賢さというものがあったら、ビリオンズの目もあっただろうに。
「……Mr.8とミス・ウェンズデーを失った。あんたには悪い話だろうけど」
ミス・マンデーはニーサンから目をそらしながらそう言った。
彼女は彼女なりに、その動揺を誤魔化そうとしているようだった。ミス・ウェンズデーを失ったことをニーサンに伝えることで、それ以上に巨大な何かを隠そうとしている。
「そうか……ミス・ウェンズデーが……」
ニーサンは苦い顔をした。彼女が無事であること、彼女がアラバスタ王国と何の関係もないことは、彼が考えることの出来る最良のシナリオだったが、どうやらそうは行かないらしい。
だから彼は、切り出すことにした。
「何者だった? あの女は? どうなった?」
その言葉に目を見開き、ミス・マンデーは押し黙った。
それに追い打ちをかけるように続ける。
「今更警戒するな、おれは大体のことを知っている。それによって……当然ながら会社が抹殺計画を立てるであろうことも予想できる。その上で聞く、あの女は、どうなった?」
ミス・マンデーは戸惑っているようだった。どうしてそれを、Mr.6が知っているのか。
だが、その沈黙を打ち破る声があった。
「マンデー姉さん。何もかも話す必要はねえ」
彼女の背後にいた一人のミリオンズが、サーベルを構えながら言っていた。
「姉さんやナイン兄さんがやったことの重大性ならおれ達にも分かる。会社から刺客が送られるのも当然だ」
どうやら彼は、彼らは、Mr.6ペアを会社から派遣された刺客だと判断しているらしい。
「だがおれ達は、会社の言いなりになるつもりはねえ。あんたがミス・ウェンズデーを守ったように、おれ達があんたを守る」
彼以外のミリオンズ達も次々に武器を構える。
それに同調するように、ニーサン陣営も構えた。
シャッパはファイティングポーズを、ミス・マザーズデイは腰を落とし、ミス・サーズデーは良業物『ニコニコ蝶羽華流』を構えて抜刀の体勢をとった。
だが、ニーサンだけは戦闘態勢を取らず、彼らの前に右手を差し出して「やめろ」と言った。
それと同時にミス・マンデーも叫ぶ。
「やめな! 今のあんた達が敵う相手じゃないよ!」
心意気には感激する。だが、その戦力差は明らか。
オフィサーエージェントこそいないが、相手はフロンティアエージェントのトップとそれに準ずる者たち。手負いのミリオンズ達が敵うはずがない。自分たちを慕ってくれる可愛い部下だからこそ、闇雲に死地に赴くようなことはしてほしくないのだ。
ミリオンズ達も、一瞬ニーサン達を一睨みはしたものの、素直に武器を下ろした。信頼する上司であるミス・マンデーがそういうのならば、自分たちにそれを振るう権利はない。Mr.6ペアを蹴散らせる力があったならまた話は違うだろうが。
ニーサン陣営もそれを見て構えを解いた。
「それに」と、彼女は続ける。
「こいつらに敵意は無いよ。あたしらを潰しに来たやつが、真っ先に治療なんかするもんか」
彼女は場が落ち着いたことを確認してからニーサンに言う。
「あんたの想像通り、ミス・ウェンズデーの正体はアラバスタ王女のネフェルタリ・ビビだったらしい……あたしらもまだ受け入れられて無いけどね」
「は? なにそれ? どーゆーこと?」
彼女の言葉に、まだ何も知らぬミス・サーズデーが激しく反応した。当然だろう、顔なじみであるエージェントが突然王女だったなどと言われればそうなるのが普通の反応だ。
そして、そもそもミス・ウェンズデーのことをそこまで知らぬシャッパなどは何だそれはと首をひねるのみだ。
「後でゆっくり説明してやる」と、ニーサンはミス・サーズデーを一旦黙らせてから問う。
「誰が来た?」
「Mr.5ペアだよ」
「なるほど……」
そこまでは、ニーサンの想像通りであった。
「さっきミリオンズが『ウェンズデーを守った』と言ったが。それはどういうことだ?」
ミス・マンデーはそれに一瞬沈黙を作った。そして、ミリオンズ達もしまった、という表情をする。
だが、覚悟を決めて彼女は言った。
「あたしは、ミス・ウェンズデーを守るためにMr.5ペアに反抗したのさ……その結果がコレだけどね。あくまであたしの判断だ、Mr.9やミリオンズたちには関係ない話だよ」
彼女はそれを咎められると思った。バロックワークスのエージェントとして、オフィサーエージェントに逆らうなど絶対あってはならないことだし、何より、アラバスタ王女という、絶対に取り逃がしてはならないはずの人材を守ったなど、今この場で抹殺されても文句は言えない。
だからこそ彼女は、Mr.9とミリオンズをかばったのだ。なにかがあっても自分の首一つで穏便に済むように。
だが、ニーサンはそれを咎めなかった。
むしろ、彼はそれをフォローしたのである。
「無理もないことだ。長年付き合ってきたビジネスパートナーを、さあ突然殺せと言われて出来るはずがねえよな。会社としては良くないが、人間としてはよく分かる」
「女気見せたね、カーチャンはあんたを誇りに思うよミス・マンデー」
そう、Mr.6ペアはそれを批判できる立場にない。そもそも一番最初にミス・ウェンズデーに対して仲間意識を持った判断をしたのは彼らだったのだから。
「……咎めないのかい?」
「ああ、それよりも気になるのは、その結果どうなったかだ。そのすべてを教えてほしい」
ミス・マンデーはそれに答えた。すでに彼らに対する警戒はとけていた。
「わかった。長くなるから酒場で話そう」
☆
ミス・マンデーの話は、思っていたよりも長かった。その話の途中に出来る限りのことを終えたミス・チューズデーが合流できるくらいには。
そして、それはニーサンの想定を遥かに超えた話でもあった。
「ちょっと、話を整理させてくれ」
ソファーに座り直しながら、ニーサンが言った。それは同じくソファーに座る仲間たちのためでもあったし、自分の考えを整理するためでもあった。
「つまり、この町はMr.9とミス・ウェンズデーが引き込んできた海賊の、戦闘員一人に壊滅させられ、そこにMr.5とミス・バレンタインがミス・ウェンズデーとMr.8の抹殺に現れ、その戦闘員と船長が内紛やってる『ついで』にその二人を蹴散らし、ミス・ウェンズデーと共に出港、Mr.5ペアはそれを追って共に『リトルガーデン』に向かった……と言うことか?」
「ああ、そういうことだ」
全身包帯まみれになりながら、最後におまけのように王冠をかぶった男、Mr.9が答える。
「無茶苦茶な説明で悪いけど、あたしだってまだ良く意味がわかってないの」
「まったくだ……ミス・ウェンズデーが王女であったことも、あの剣士のやたらめったらな強さも、まだ信じられてない」
ソファーに背もたれるニーサンも同じことを思っていた。ミリオンズとは言え、ここに集まっているのは賞金稼ぎばかりだ。どれだけ優れた戦闘員であろうとも、相当な手練でない限りは数には敵わない。それをこうもあっさりと、百人斬りを達成するなど。
「『麦わらのルフィ』か」
ミス・マンデーから手渡された手配書を眺めて、彼は一つ呟いた。知らぬ顔ではない『白猟のスモーカー』の手から逃れた実質的な
「あの」と、ミス・チューズデーが手を挙げる。聡明な彼女は、遅れてきたにもかかわらずその状況を把握しつつあるようだった。
「Mr.9さんは、ずっとミス・ウェンズデーさんと組んでいたんですよね? 何か違和感とかは……?」
それは、受け取りようによっては彼を責めるような質問であるかもしれなかったが、ミス・チューズデーが持つ雰囲気が、それに棘のある印象を持たせない。
「いや、全く感じなかった」
首を振るMr.9にミス・マンデーも同意する。
「あたしも全くそれは感じなかったね」
「大した演技力だよ」と、ニーサンは背伸びして言う。
「おれ達はまんまと騙されたんだ」
彼の言葉に、酒場はしんと静まり返った。
考えないようにしていたのか、それともまだそこまで考えが至っていなかったのか、Mr.6ペア以外は一様に息を呑んでいる。これまではミス・ウェンズデーが抹殺の対象になるような身であったことばかりに考えが行ってしまい、彼女が自分たちを裏切り続けていたことには気づいていなかったのだ。
「なるほどね」
ミス・マンデーはため息を吐いた。悲しそうな表情で。
Mr.9もそれは同じであった、特に彼はミス・ウェンズデーのパートナーでもある。
「確かに、状況だけを考えればそうなる」
「恨むか?」
その質問に、Mr.9は首を振る。
「いいや……恨みなんか無いさ。ミス・ウェンズデーはおれ達を攻撃したわけじゃない」
ミス・マンデーもそれに同調する。
「そうだね、どっちみちあたし達はこの騒動でペナルティをうけるはずだった……たとえ裏切り者だとしても、どうせなら友達を庇いたかった」
「悪いことじゃないさ」と、ミス・マザーズデイが言った。
そして少しばかり酒場が沈黙した後に「ところで」と、彼女が唐突に切り出す。
「あんたら、なにかカーチャンに隠し事してないかい?」
それは根拠のある質問ではなかった。彼女の『第六感』による、何気ない質問。
だが、それは何らかの核心を突く質問であったようだ。
「い、いや! 何も隠してなんか無いぞ!」
Mr.9はとたんに彼女から目をそらし、わかりやすく否定する。もう黙っていたほうがマシなレベルだ。
ミス・マンデーはそれをよくわかっているのかじっと押し黙る。だが、もうMr.9のせいでそれすらもバレバレな演技の一つにしか見えない。
「何を隠してる?」
ニーサンは少し身を乗り出しながら問うた。彼はMr.9達がまだ何かを隠しているとは思っていなかったので、その反応は意外だった。
しかし、彼らは押し黙ったままだ。
ニーサンとミス・マザーズデイは顔を見合わせて首をひねる。この期に及んで一体何を隠すことがあるのだろうか。
やがて、ミス・マンデーが口を開く。
「一つだけ、約束して」
「内容によるがな」
「彼に、手を上げないで欲しい」
ニーサン達はそれに再び首を傾げる。彼女の言う『彼』というのが誰なのか、さっぱりわからなかった。
Mr.6のもう一つの名前候補は『ジュニ・ワルーニー』でした。
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