感想に関しては、返しにくいものに関しては返さないことも出てくると思うので、ご容赦ください
アラバスタ王国に、夜が訪れようとしていた。
砂漠は静かで、先程までアルバーナで起きていた喧騒など意にも介さぬという風に、笑いもしなければ泣きもしない、ただただこの星の赴くままに表情を変えようとしている。
その砂漠の真ん中で、アラバスタ王国護衛隊副官、ペルはすでに朦朧としている意識を、今にも手放さんとしていた。
否、すでに彼に『生きている』という意識はないだろう。
敵対する組織のNo.2に関節を痛めつけられ、狙撃手に腹部を撃ち抜かれ、さらには直径五キロを優に吹き飛ばす事のできる爆風を、至近距離から浴びた。普通の感覚で考えればとても生き延びることなど出来ない、むしろそれでもまだ生き延びていることのほうが異常だと思っても仕方がないだろう。それでもまだ生きながらえているそのタフネスさは『悪魔の実』によるものなのか、それとも彼が元々持ち合わせていたものなのかはわからない。
彼は今もまだ薄っすらとある意識を生によるものだとは感じてはいなかった、痛みはなく、頭は回らない。彼は夢の中にいるようであった。
「驚いたな……」
砂漠のど真ん中で、ニーサンは砂に埋もれかけているペルを見て言った。
「まだ息があるのか」
「ですが、意識ははっきりとはしていません」
彼の耳元に頬をやりながら、ミス・チューズデーが答える。
シャッパは背負っていたドアを地面に置いた。当然それは彼の所有物ではない、ニーサン達が首都を後にする際に良く言えば借りた、悪く言えば盗んだものだった。
「カーチャンの言ったとおりだったろう?」
ミス・マザーズデイがペルを複雑そうな表情で眺めながら言った。
あの爆発を見た時、ニーサン達は間違いなくその男は死んだのだと確信していた。ミス・マザーズデイも、最初はそれで間違いないと思っていた。
だが、その後彼女は『声』を聞いた。それは首都を、国を、王女を案じる男の声だった。
故に、彼女はその男がどこかで生きている事を確信したのだ。
「今でも『声』が聞こえるのか?」
「いいや、反乱が止まってからはさっぱりだよ……何だったのかねえ」
「まあ良いさ。とにかく、なんとかこいつを移動させないと」
ニーサンはペルをなんとかそのドアの上に移動させようと目論んでいたのだが、一体彼のどこが傷口で、どこが無事なのかというところが何一つ分かりやしない。
とりあえず足を掴み、シャッパに腕を掴むように指示しながら呟く。
「千切れやしないだろうな……」
とにかくあれほどの爆撃に巻き込まれたのだ、ミス・マザーズデイの『声』を信じてはいるが、まだ頭のどこかで常識というものがそれを邪魔している。
「せーの」と、お互いに息を合わせてペルを移動させる。最も恐れていた上半身と下半身の分離は起こらず、なんとか目的通りドアに乗せることが出来た。
一先ず安心しながら、ニーサンが続ける。
「それじゃあ、行くか」
彼らは再び息を合わせてそのドアを持ち上げた、ちょうど担架のようになったそれは、足場の悪さに時折小さく揺れながらも、それなりに役割を果たす。
「地図の上では、少し歩けば病院があるはずなんだが……」
その傍らで地図を開いていたミス・チューズデーが、それをミス・サーズデーの持つランタンに近づけながら頷いた。
「確かに、三キロほど歩けば病院があると書いてはあります。あの星に背を向けて歩けば大丈夫でしょう」
彼女の指差す先にあったのは、まだほんのりと明るい夜空の中で強烈に光る星だった。
その光に背を向けながら、彼らは歩く。
「大丈夫さ」と、ミス・マザーズデイが言った。
「なんとかなるよ」
「それは『声』か? それとも『第六感』か?」
「どちらでもないさ、だけど」
彼女のはペルの顔を覗き込みながら続ける。
「あれだけのことをやってまだ生きてる男だ。どう転んだって死ぬことはないとカーチャン思うね」
「はは、惚れたか?」
「こういう立場じゃなきゃゾッコンだっただろうね……ただ、彼に惚れるにゃ、カーチャンは汚れすぎてるさ」
自虐的な言葉に、ニーサンはそれを鼻で笑いながらも、それを否定もしなかった。
同感だった。例えば彼を褒め称えたり、尊敬をするには、この国を乗っ取ろうとしていた自分たちの立場は、あまりにも後ろ暗い。本来ならば、憎しみを感じるべき相手なのだ。
「うぅ……」
揺れる地面に意識が少しだけ戻ったのだろうか、ペルはこれまでに比べればまともなうめき声を上げる。
「アラバスタは……」
ニーサン達は、ペルのその言葉に言葉を失うほどの感銘を受けた。
その言葉自体に大して意味はなかっただろう。所詮それは、意識すらも半端な男が不意に繰り出した寝言のような言葉に過ぎない。
だが、だからこそ、その言葉には、とてつもない重みがあった。
「心配すんな」と、ニーサンがそれに答える。
「国は救われた。脅威はもういない」
その言葉にニーサンが込めた意味までは、今のペルには届かないだろう。
だが、彼はニーサンの言葉に少しだけ表情を緩やかにし「そうか」と、小さく答えた。
「死ぬなよ」
まるでそれが、死者が最後に見せる微笑みのように見えたものだから、ニーサンは慌てて言った。
「命をかけてこの国を守ったんだ。この国の未来に生きる権利と責任は、お前にこそあるんだからな」
ペルはそれに何も答えなかったが、どうやら死んではないようだった。
最後の懸念が晴れ、再び朦朧とした世界に旅立ったに違いない。
そう思いたい。
ふと、彼を乗せたドアが揺れていることに気づく。
ニーサンが原因ではない、彼に背を向けて後ろ手でドアを持っているシャッパの肩が揺れていたのだ。
「揺れてるぞ」
「ああ……すまん」
まだほんのり明るいとは言え、砂漠の夜である。先頭を行くシャッパの表情を、誰も確認することは出来ない。
ふと、彼は言った。
「ワシも……こんな男になりたかった……」
「お前はもうなってるよ。おれ達の為に命を張ってくれた……ただ」
ニーサンはそこで言葉を詰まらせた、自らの頭に浮かんでいる言葉が、あまりにもこれまでの自らを全否定するようなものだったから、それを絞り出すのが苦しかった。
だが、どうせ暗闇に消えるのだからと、それを絞り出す。
「すまない……おれの『正義』が……あまりにも……あまりにも汚れすぎていたんだ……」
「そうじゃないんじゃ……元々ワシが旦那と出会ったのも、自分の力を自分のためだけにつこうてたからじゃろう……とてもではないが、この男の高潔さとは比べ物にならん」
彼はしゃくりあげて続けた。
「生きてほしい……この男には、生きてほしいんじゃ……」
それは、今この場に立っている人間の総意であった。
☆
Dr.ポツーンは、砂漠のど真ん中に病院を構える医師であった。
だが、特別変人であると言うわけでもない。カトレア・オアシスと首都アルバーナのほぼ中間地点に存在するそこは、商人や国王軍達の緊急避難所として一定の需要があった。故に常に患者で一杯であるわけではないが、それでも彼が食べていけるだけの収入はある。医者であるのにギリギリの生活を送っているという点では変人であるかもしれないが。
彼もまた、反乱軍と国王軍の衝突を強く懸念していた。
反乱軍がカトレア・オアシスに拠点を移して以来、その懸念が段々と現実のものになりつつあるのも感じていた。故に、彼は今日この日まで出来る限りの準備を進め、数十万の反乱軍がアルバーナに向かうのを確認してからは、一人でも多くの人間を救う心の準備もしていた。
単純な計算では、アルバーナでの戦闘は百万人規模、普通に考えれば、すぐさま首都とその周りの医療機関はパンクし、ここまで救助要請が来るに違いないと読んでいた。
彼もまた、国のために身を粉にして貢献していた人間の一人なのである。
彼の予測はある意味で当たっていた。その夜、一人の患者がアルバーナより運ばれてきたのだ。
「何ということだ……」
ポツーンは、運び込まれた患者を見て愕然としていた。
その男の立場は彼でも知っている。だがそれ以上に、彼が受けている傷とその状況が、医者であるポツーンには衝撃的すぎた。
「話が長くなるから説明は省く」
彼を運び込んできた男、ニーサンは手短に言った。
「とにかく、その男を治してやってくれ……命の重みに差異があると考えているわけじゃねえが、今この国で最も生きるべき男の一人だ」
その男、ペルが救うべき人間である事は、時計台での出来事を知らぬポツーンでも理解できる。
そして、説明を省くと言われたからには、すでに彼のやることは一つ。
「手伝ってくれ」と、ポツーンは言った。
その言葉に、一人の少女、ミス・チューズデーが反応して一歩前に出る。
「白衣はあそこにある」
「はい!」
ペルの服を剥ぎ取り始めたポツーンに、ニーサンが言った。
「すまねえが、金はねえんだ。だが、いつか作って払う」
その言葉に、ミス・サーズデーが刀を差し出した。
「信用できないなら……この刀担保にしてもいいから、あーしよくわかんないけど、多分これ良い刀だから」
ニーサン達はそれに驚いた。その刀『ニコニコ蝶羽華流』はミス・サーズデーが命の次に、否、命よりも大事にしているものだということを彼らは知っている。
「金はいらん」
ポツーンは首を振って続ける。
「だが、血が必要だ」
その患者が血を流しすぎているであろうことは、素人目にもはっきりと分かる。
「型は?」
ポツーンはペルの手首につけられているタグを確認した。
「Xだ」
「それなら、おれの血を使ってくれ」
ニーサンがジャケットを脱ぎながら続ける。
「汚れてるかもしれねえが、同じ血には違いない」
「ワシもX型じゃ」
シャッパも同じく右腕を差し出しながら言った。
「魚人の血じゃが……背に腹は代えられんじゃろう」
「関係ないわ」と、ポツーンはそれぞれの手を取って続ける。
「それでもわからんが、やれるだけのことはやる」
ベッドの上に横たわるペルを見て、まるで死んでいるようだなとニーサンは思った。
すでに出来る限りの治療を終えた彼は、全身を包帯に包み、点滴の管が繋げられている。
血と汚れは丁寧に拭われ、顔を覆っていた化粧も無い。
随分と整った素顔をしているのだなと彼は思った。最も、彼の『無事』な表情を見たのはこれが初めてであるので、それが関係しているのかもしれない。
「かわいいじゃないか」
ペルの顔を覗き込んだミス・マザーズデイは、少し微笑んで言った。
「まいったな」と、ニーサンは頬をかく。
「何一つ、勝ってるところがない」
呆れた様子でそれを眺めながら、ポツーンが言う。
「出来る限りのことはやった。後は彼次第だ」
「そりゃ良かった」
「マジ良かったし」
「先生、ありがとう……」
すでにシャッパは感極まっているようだった。
「しかし、ギリギリの状態だった。君たちが彼を連れてきてくれなかったら、彼は砂漠の真ん中で死体すら見つからぬ状態になっていただろう」
治療の間、彼はペルが砂漠の真ん中にいたことをミス・チューズデーから聞いていた。もちろんアラバスタで起こったことのすべてを知っているわけではないが、ペルを連れてきたニーサン達に対する不信感はだいぶ無くなっている。
「それじゃあ、そろそろ失礼するかな」
ニーサンは立ち上がった、仲間たちもそれに追随する。
ポツーンはそれに驚いて問うた。
「目覚めるのを待たないのか?」
「ああ、元々知った仲でもないんだ。目覚めたときにおれ達の顔見ても混乱するだけさ」
仲間たちもそれに頷く。
「目覚めて何かを思われても困るからね」
「……ならば、名前だけでも残していきたまえ、それが礼儀というものだろう」
ニーサンは医者の提案が少しおかしかった、どうやら彼は音楽には興味がないようだ。
そして、彼はそれに首を振る。
「いや、止めたほうが良い。この男の記憶に残すには、おれ達の名は穢れすぎてる」
「もし、良かったら」と続ける。
「おれ達のことも、彼には黙っておいて欲しい……砂漠で倒れているこの男を、あんたが見つけて治療した……出来すぎではないストーリーだろう?」
「覚えているかもしれないだろう」
「記憶違いさ……死ぬ寸前だったんだ、そんな事よくある」
「何のために……君たちは一体何者なんだ……?」
「言えないね、言えないさ。それを知れば、あんたも、この男も、今以上の違和感を心に留めることになる……」
彼らと自分達が相容れぬ存在であることを、ニーサン達は理解していた。
片や国を思い、片や国を奪わんとしていた。本来ならば、出会ってすらならない関係性なのだ。
「失礼する」と、ニーサンはポツーンに背を向けた。
「今更何をと思われるかもしれないが……この国には尊敬と、畏怖の念を感じるよ」
☆
首都アルバーナの外れにある遺跡の跡。
『麦わらのルフィ』の一味であり、『海賊狩り』の名でも知られる剣豪、ロロノア・ゾロは、不意に現れたその五人組に「へェ」と、修行の手を止めていた。
どう見ても堅気の連中ではなかった。特に一人の少女などは、その華奢さに不釣り合いな良い刀を下げている。
ミス・サーズデーはゾロの目線に思わずそれに手をやった。だが、その相手にはスキが見えず、まだ刀を持ってすらいないというのに、斬りつけることの出来るイメージが沸かない。蛇に睨まれた蛙のように、彼女は動くことが出来なかった。
「どうか、手荒なことは止めてもらえないだろうか」
ニーサンは両手を上げながらゾロにそう懇願した。
「少なくとも、こちら側には敵対する意思はない」
ニーサンの額には汗が滲んでいた。アラバスタ王国が雨の後にいつもどおりの陽の光を浴びせているからではない。自分達五人の生殺与奪権が、明らかに相手にある事を、彼は理解していたのである。
あまりにも圧倒的な実力差があった。シャッパならば食い下がることは出来るかもしれないが、それ以外の連中では相手にすらならないだろう。
先代のMr.7がその男にやられたと聞いたときには
だが、彼は先代のMr.7に比べれば些かクレバーであるので、抵抗しない、という選択肢を取ることが出来た。
「まァ……そう言うならこっちも何もしねえが」
ゾロは彼らから目を切りながら言った。すでに欠片ほどの警戒心も持ち合わせてはないようだった。
「それで? お前らのような連中が、一体おれに何のようだ?」
彼は、ニーサン達がこのアラバスタ王国における『第三勢力』であることを薄っすらと理解しているようだった。国王軍のような忠誠を感じることもなく、反乱軍のような気概も感じられない。
「船長『麦わらのルフィ』に伝えて欲しいことがある」
「ガキの使いか……良い気はしねえが、まァ、言うだけ言ってみろ」
ニーサンはやはり額に汗しながら言う。
「ただ一言でいい『ありがとう』と伝えてくれないか?」
ゾロはそれに少し驚いた表情を見せる。
「なんだそりゃァ。お前らに礼を言われる筋合いなんてこっちにはねえ」
「たしかにな……だが、こっちにはあるんだ。別に嫌ならばそれでもいい。結局は自分達の自己満足であることも、理解はしている」
ニーサンは頭を下げた。
「どうか、よろしく」
彼らは、そのままゾロに背を向けてその場から去っていった。
次回最終話です
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