Mr.6のお仕事   作:rairaibou(風)

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3.前乗り

 ナノハナ。

 アラバスタ王国の玄関口である港町。

 アラバスタ王国に入国しようと思えば、後ろ暗いところのない、表の世界の住人はまず間違いなくそこを利用するだろう。質の良い香水の街であるナノハナは、来客を出迎えるのにこれ以上ない街だった。

 空は晴れていた。アラバスタの国民達がそれにどのような感情を持っているのかはわからないが、とにかく、その晴天は、航海者にとっては心強いものだった。

 そして、それはナノハナの住民たちも同じだろう。

 遠くまでよく見える晴天は、その町に来るものが朗報なのか、それとも悲報なのかを誰よりも先に知らせる。

 その日、ナノハナは朗報を知る。

 だが、それが終わりの始まりであることには、まだ誰も気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国のある住民たちは、船を降りるその男に黄色い歓声を投げかけている。

 当然の光景だった。ニーサン・ガロックは世界的に著名なロックシンガーであるし、その甘いマスクとシャープに鍛え上げられた肉体は女性の視線を独り占めするだろう。ジャケット一枚だけが羽織られた上半身に、女性たちは目が離せない。

 

「やぁ、どうもどうも」

 

 ニーサンは手を振りながら港に降り立った。時折視線を振れば、ひしめく女性たちの誰かが、まるで自分と目を合わせてくれたかのように恍惚とすることを彼は知っていた。

 

「ニーサン・ガロック様、お会いできたことを光栄に思いますぞ」

 

 ニーサンを待ち構えていた男、ナノハナの町長は彼の右手を握った。ニーサンの来訪を歓迎することは、彼の最も重要な職務の一つだった。

 

「やぁどうも。おれもこの町に上陸できたことを嬉しく思う。まだここに来てほんの数分だが、この町がおれを歓迎してくれていることはよくわかったよ」

 

 シンガーらしく、よく通る声だった。

 だが、その言葉には嘘がある。

 彼はもう何度もこの町に来ている。

 秘密犯罪結社バロックワークスのフロンティアエージェント、Mr.6として。

 

 

 

 

 

 短い丈のスパッツから伸びる色白の足が、誰もいない裏路地にミスマッチに映えていた。

 

「大人気だねえ。カーチャン嬉しいよ」

 

 ニーサン・ガロックに対する黄色い歓声を遠くに聞きながら、ミス・マザーズデイはそう呟いた。

 彼女の知るMr.6と『ロックンローラー』ニーサン・ガロックがあまりにも違いすぎて、いつもおかしくなるのだ。

 基本的に、彼がニーサン・ガロックとして人前に出るときには、彼女は別行動を取る。彼のそばに自分がいると色々ややこしくなるというのだ。

 だから彼女はその路地裏で一人仕事だ。と言っても難しいものではない。

 

「おい」と、彼女に声をかけるものがあった。

 

「ネーチャン、暇なら付き合えよ」

 

 それは三人の男だった。

 一人はいかにも札付きと言った風貌の男。

 一人はナノハナの香水商人。

 そしてもうひとりは、国王軍の衣装に身を包んだ男だった。

 そして、それら三人に共通しているのは、右肩に入った『B.W』の入れ墨だった。

 

「いいよ」と、ミス・マザーズデイはそれに答え、今は無人の小屋、ナノハナにおけるバロック・ワークス社の集会所を指差して言った。

 

「入りな、カーチャンあんたらに言いたいことがあるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 ナノハナの隣町、カトレア・オアシス。

 雨の降らぬアラバスタにおいても未だに枯れぬオアシスは、干ばつによって枯れたユバ・オアシスを捨てた反乱軍の新たな本拠地となっていた。

 

 反乱軍。

 アラバスタ王国への不信を持つ若者たちを中心として結成されたそれは、アラバスタ王国に雨が降らぬ期間と比例するようにその勢力を増し、もはや国王軍と遜色ない戦闘力を持つと言っても過言ではない。潜在的な反乱分子を含めれば、もしかしたらその数を遥かに超える可能性も存在する。

 

「コーザ」

 

 天幕をめくりながら反乱軍リーダーの名を呼んだのは、彼の側近であるファラフラだった。国王軍との戦いによって右手と右肩を失ったその男は、反乱軍を裏切ることなど決して無い忠義の男だった。

 

「何だ」

 

 呼ばれた男、反乱軍リーダーのコーザは、身を起こしながら答えた。

 顔の傷こそ目立つものの、その若者は例えばなんでもない町の若者だと言われてしまえばそうかと納得できてしまいそうな、戦闘組織の長とは考えられないような見た目だった。

 だが、その返答には強さがあった。何を言われても動じてはならぬという覚悟を感じることが出来た。

 

「会わせろという人間がいる」

「誰だ、国王からの使者なら追い返しておけ」

 

 どういうわけか、反乱軍の拠点が移り変わった情報はすでに王宮の理解するものだったらしい。

 ユバの頃からそうだったが、コーザのもとには対話を求める国王からの使者が度々訪れ、そして、それはすべて追い返されていた。

 反乱軍はもうすでに対話を必要とはしていなかった。雨の降らぬ王国、そして、ダンスパウダーに関わる国王の考えに対する不信は、すでにそのような段階に来ていた。

 雨が大地に降り注ぐこと以外、彼らが求めているものはなかった。

 

「いや、違う」

 

 ファラフラは一つ区切ってから続ける。

 

「ニーサン・ガロックだ」

 

 その名前に、コーザはわずかばかりに視線を泳がせた。

 心躍るわけではない、その名を知らぬ訳ではないが、熱狂的なほどなファンでもなければ、そんな事を考えることができる状況にはなかった。

 意味がわからなかったのだ。反乱軍、この王国に対する最大の反逆者である自分に、この王国とかけらも関係のないその男が興味を示すことの意味がわからなかった。

 

「待たせておけ」と、コーザは言った。

 

 

 

 

 

 

 パイプ椅子に座るその男を、コーザの側近たちはぐるりと取り囲んでいた。

 その手には武器はない、だが、その気になればいつでもそれを取り出すことのできる体勢をとっている。

 しかし、その男、ニーサン・ガロックは少しもそれに怯んではいなかった。彼は視線を泳がせることもなく真っ直ぐにコーザの目を見つめ、少しばかりの微笑みも見せている。それが動揺や怯えからくるものではないだろうことを、コーザは理解していた。

 

「何の用だ」

 

 開口一番にコーザが言った。ニーサン・ガロックほどの有名人がそのように不躾に物事を言われることはないだろうとわかってはいた。だが、今から国王に刃を向けようかという人間が、たとえどんな人間が相手だろうとその権威に媚びるようなことがあってはならないだろうし、それは正しいだろう。

 

「おれはレインベースでライブを行う」

 

 コーザの言葉に、ニーサンもまた不躾に返した。

 ニーサン・ガロックがアラバスタ王国でライブを行う。それはすでに王国内で周知のことだったし、そのためにニーサンが近くナノハナに現れることも知られていた。一目彼を見ようと国中から集まったファンたちの熱気は、隣町のカトレアにも届いていたのだ。

 

「知っているさ。だが、おれは興味がない」

 

 そのライブが王国主催のものだったら、コーザも何らかのアクションを起こしていたかもしれない。

 だが、そのライブのスポンサーはレインベースのカジノ『レインディナーズ』だ。この王国の騒動をまるで対岸の火事のように眺める『夢の町』は、見せる夢の一つに彼のライブを選んだのだろう。

 

「わかっている」

「じゃあ、なぜ来た?」

「正直に言うが、おれはこの国の置かれている状況を、表面的な部分でしか知らない」

 

 嘘だ。

 コーザ達が続きを沈黙で求めていることを確認してから続ける。

 

「雨が降らず、町が枯れ、人々が飢えている。国王は手を打てず、民衆は日々を生きるのに精一杯。そんな表面的なことしかおれは知らない。国王が何を考えているのか、そして、君たちがどのような思いでどのような行動に出るのか、どのような結果になるのか。知ることができるはずもない」

 

 それも嘘だ。

 Mr.6はこの国がどのような末路を行くことが自分たちの計画であるかを知っている。

 だが、反乱軍がその嘘を見抜けるはずもない。

 

「何が言いたい?」

「歌で世界を救えればよかったのにといつも考えていた」

 

 唐突な言葉だった。

 反乱軍は続きを求める。

 

「歌には力があると思っていた、世界を平和にする力がな。だが、歌にそんなもんはねえんだ。目の前で飢えている人間一人を救うことだって歌には出来ねえ。戦いを終わらせることもできるはずがねえ。あんたたちと違って、おれは無力だ」

 

「だが」と、続ける。

 

「どうやら、歌というのは、嫌なことを少しだけ忘れさせることだけはできるらしい。渇きを、飢えを、貧困を。おれが歌っている間だけは忘れさせることができる」

 

 反乱軍はまだ沈黙していた、ニーサンの主張の核心がまだ掴めないでいる。

 

「おれのライブはすべての人間を歓迎する。女だろうが子供だろうが年寄りだろうが構わねえ。チケットを買えなかったやつのために、スタッフがヘマをして抜け穴を作る事も考えている。それは、政治的な立場も同じだ」

 

「だから」と続ける。

 

「もし君たちの誰かがおれの歌を聞きたいと言っても、それを否定しないでほしい。レインベースに向かうことを快く許可して欲しい。それ以上は望まない」

 

 反乱軍の面々は、ようやく彼の言いたいことを理解した。

 そして、コーザはそれを鼻で笑う。

 

「いらねえ心配だったな。個人の趣味に口を出す権利はねえ、行きたいやつは行けばいいし、おれのように、興味がなければそれでもいい」

「そうか、それならよかった」

「ご苦労なことだったな」

 

 立ち上がろうとしたコーザを「待ってくれ」と、ニーサンが制した。

 

「理解ある君たちに、感謝を込めて贈り物をしたい」

「必要ねえさ」

「まあ、話だけでも聞いてくれ。贈り物にはいつも頭を悩ませる。今君たちが最も必要としているものは武器だろうが、あいにくそれはツテがない。金を贈るには君たちは高潔すぎるし、君たちもそれを望まないだろう」

 

 彼はパイプ椅子から立ち上がった。

 

「だからおれは歌を贈りたい。何も出来ないおれだが、これだけは人より優れている自信がある。なんでも良い、リクエストが有れば何でも歌う。元々そういう稼業から成り上がったんだ、抵抗はない」

 

 

 その提案に、コーザは動きを止めた。

 それすらも必要ないと断ることはできるだろう。

 だが、コーザはその男の歌声に興味が出てきた。

 反乱軍のもとに単身乗り込み、歌を聞く自由を願うと言う男が、果たしてどのような歌声を持つのか。

 

「国歌を」と、コーザは再びニーサンの対面に座りながら言う。

 

「アラバスタ王国の国歌を歌えるか?」

 

 ニーサンはそれに微笑みを見せる。

 

「地元ネタの研究は、歌手の必須スキルだよ」

 

 

 

 

 

 

 ナノハナのバロックワークス集会所では、三人の男が床に這いつくばっていた。

 彼らを見下ろすミス・マザーズデイは、額に青筋を立てるほどに怒り狂っている。

 

「カーチャン言ったよねえ!」

 

 そのうちの一人、国王軍の衣装を身にまとった男を引き起こしながら、更に続ける。

 

「うちの社員であることは一旦忘れろってねえ!」

 

 バレーのスパイクのように振り下ろされる張り手に、男はうめき声を上げながら崩れ落ちる。

 

「ひぃ」と、悲鳴を上げながら、男たちはジリジリと彼女から逃げるように後ずさりしたが、やがて壁に阻まれる。

 

「女にうつつを抜かす国王軍が、どこにいるってんだい!」

 

 彼らが立ち上がるのを拒否するように、彼女は壁を踏み抜いた。

 彼女は武術の達人ではないが、その超人的な身体能力で踏み抜かれた石壁はひび割れ、天井にまでそれが続く。

 男たちは震える他無かった。多少のことならば腕力でどうにかできると考えて人生を渡ってきた彼らにとって、彼女の強さは恐怖だった。

 

 彼らはビリオンズ、バロックワークスにおいてMr.1~Mr.5ペアまでで構成されるオフィサーエージェント直属の部下であり、Mr.6~Mr.12までのフロンティアエージェントの候補でもある。

 その立場からして、彼らはミス・マザーズデイを所詮はフロンティアエージェントと舐めていたきらいがあった。だが、二桁台のエージェントならばともかく、彼女はフロンティアエージェントのトップである、未だにナンバーをもらえぬビリオンズとは大きな差がある。

 

「いいかい。会社は社員を国王軍や反乱軍にしたいわけじゃない、国王軍や反乱軍を社員として扱いたいんだよ! あんたらはそんなこともわからないのかい! カーチャン悲しいよ!」

 

 彼らビリオンズの主な任務はスパイ活動。アラバスタ国民になりすまし、会社の指示を待つ。

 だが、彼らの行動は、ミス・マザーズデイには不満だったようだ。

 

「カーチャン一度しか言わないからよーくお聞きよ! 今度国王軍と反乱軍が仲よさげに歩いているところを見かけたら命はないと思うことだね! 市民も一緒だよ!」

 

 ビリオンズが口答えしないことを確認してから続ける。

 

「いいかい! 反乱軍は国王軍を誰よりも憎み、国王軍は反乱軍を誰よりも恐れ、市民はその二つの戦力に誰よりも不信を持つんだ! 必要以上に恐れ、必要以上に憎み、必要以上に不信を持つんだよ! それこそが有事の際の『過ぎた行動』を生むんだ」

 

 足をおろし、ミス・マザーズデイは舌打ちする。

 

「よくお聞き、これから『あの日』まで、市民、国王軍、反乱軍の連中が顔を合わせることを禁止するよ。破ったらそのときこそ命はないと思いな! カーチャンとの約束だよ! 嘘ついたら『スパイク』千本食らわすからね!」

 

 荒くれの男たちは、それにまるで子供がするように頷くことしか出来なかった。

 その約束は守られるだろう。

 

 

 

 

『報告書:アラバスタ王国における反乱軍との接触とスパイ活動任務中の社員について』

 

 本日〇〇時、アラバスタ王国、ナノハナに着港。市民はニーサン・ガロックに好意的。

 また、〇〇日〇〇時にカトレアにて反乱軍リーダー、コーザと面会。彼らもニーサン・ガロックに敵対する様子はなく『あの日』に対する妨害の心配はないと思われます。

 

 一点、スパイ活動中のビリオンズの生活に不備があることを感じました。普段からそれぞれの役割に応じた緊張感を持つ事を徹底する演技指導を強く求めます。

 又、独断ではありますが『あの日』までスパイ同士の交流を禁止させていただきました。必要とあらば解除していただいてかまいませんが『あの日』をより効果的に使うのならば必要な措置かと考えられますので、ご一考くださいますようよろしくお願い申し上げます。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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