Mr.6のお仕事   作:rairaibou(風)

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4.仕込みは上々

 アラバスタ王国、首都アルバーナ。

 数百年の歴史を誇る王国の首都、その名に恥じぬほどの文明都市を思わせる町の作りに、訪れたものは圧倒されるだろう。

 成金趣味では無い。

 古ぼけて見える城壁も、淡い色使いに感じられる建物も、それらはこの国のはるか昔から文明を維持していたことの証明でもあれば、この国の住人たちが歴史に敬意を払っていることの証明でもある。戦争と紛争を繰り返し、支配する一族がコロコロと変わるような国ではこうはならないだろう。

 アラバスタが誇り高き国であることを、アルバーナは十分に表現していた。

 

 

 

 アルバーナの中心にそびえる宮殿、その謁見の間に、ニーサン・ガロックは片膝を突いて跪いていた。その傍らには、もうひとり中年の男。

 

「世界政府加盟国の偉大なる王族、ネフェルタリ・コブラ様とお話できる幸運を噛み締めております。私はニーサン・ガロック、そして隣の男はセカン、先祖をアラバスタに持つ我が船の航海士です。」

 

 彼は深く深く頭を下げた。それが王族に対する敬意だった。セカンも同じようにする。

 王の側近兵たちはその行動に驚いていた。彼らはニーサン・ガロックの『ロックンローラー』という職業上、もう少し不躾な、王に無礼な行動をとっても仕方がないと思っていたのだ。だから彼らは、もしものことがあればいつでもその男を取り締まることができるようにと気を引き締めていた。たとえ相手がこの国の英雄、王下七武海のクロコダイルの客人であったとしても、王への無礼は許されないことだった。

 だが、その心配はなさそうだった。

 

「堅苦しいのはよそう、ぜひとも、楽にしてくれ」と、彼の対面、王座に腰掛ける男が微笑んで言った。彼こそがこの国の王、ネフェルタリ・コブラ。代々善政を敷いてきたネフェルタリ家の例の通り、彼も国民のことを第一に考える善王だった。少なくとも本人は。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 ニーサンはすっくと立ち上がった。そして砂風から身を守るための外套をひらひらとさせて「失礼、上着を脱いでもよろしいでしょうか?」と問う。

 

「かまわないよ」

「ありがとうございます」

 

 彼は外套を脱いだ。その下から現れた衣装に、側近兵たちはどよめいた。黒のレザージャケットを地肌に羽織るその格好は、日差しの強いアラバスタ王国では考えられない服装だった。彼らは、改めてその男が外海から来た人間なのだということを理解する。

 

「クロコダイル氏からの手紙で君のことは聞いていたよ、アラバスタ王国は君たちを歓迎する。好きに歌い、そして、アラバスタ国民を楽しませてくれることを願っている」

「勿論です。わずかでもこの国の人々の心を癒やすことができるのならば、おれも生まれてきたかいがあるというもの」

 

 頭を下げたニーサンは、一つ息を吐いてから続ける。

 

「国王様、本日は叶えていただきたい願いがあり、ここに参上しました」

「何かね」

「このアラバスタの国王軍が、おれのライブを聞きに来ることを許していただきたいのです。勿論国王軍としてではありません、個人としてです。俺のライブには様々な人間が来ることでしょう。女も、子供も、商人も、貧民も、おれの歌の前では、すべての人間が平等であってほしいのです」

 

 一拍おいて続ける。

 

「おれは、同じ願いを反乱軍のコーザ氏にも伝えました」

 

 側近兵たちはその名前にどよめいた。反乱軍のコーザと言えば、いま国王と最も対立していると言っても過言ではない男だ。その名を出すなどありえない。

 

 しかし、コブラはその言葉に「ははは」と笑った。

 

「あの男はそれを許しただろうな」

 

 今度はニーサンが動揺する番だった。

 ある程度、コブラが動揺するように仕掛けたはずだった。コーザがそれを許可したことをちらつかせ、プライドと王が持つべき度量の広さを刺激させて望む答えを引きずり出そうとするようなもの。王というものは、得てして持つべき度量に締め上げられている、というのが彼の持論だった。

 だがコブラはどうだ。最も対立しているであろうと男の名を耳にしても機嫌を損ねるどころか笑ったのだ。そして、コーザの行動を予測すらしている。

 危険だ、と、彼は本能的にそれを察知した。アラバスタ王国当主ネフェルタリ・コブラは、優しすぎるかもしれないがただでは食えないだろう。

 

「そのとおりです」

 

 動揺をさとられぬよう細心の注意をはらいながら答える。

 コブラは微笑んだまま答えた。

 

「なに、構わないよ。歌を聞く自由を奪うことなど考えたこともない」

「ありがとうございます。その選択を必ず正しいものとするよう誠心誠意努めます」

「楽しんでくれ」

「最後に、もう一つ」

 

 ニーサンが一歩前に出る。

 

「親愛と尊敬の印に、頬と頬を合わせる我々の挨拶を贈らせていただきたい」

 

 側近兵たちは目配せした。コブラ王は国民に対して距離が近いことで有名だが、まだはっきりと素性の分からぬこの男たちにそれを許して良いものか。

 しかし、そのような心配をよそにコブラは玉座から立ち上がり「構わないよ」とそれを許可した。

 側近兵をみやりながら、ニーサンとセカンは一歩一歩コブラに近づく。

 間近になったコブラをみやりながら、その王が自分とそこまで変わらない背丈であることにニーサンは驚いた。距離があったことと玉座に高さがあったことを差し引いても、彼にはコブラがもっと大きく見えていたのだ。

 

 ニーサンはコブラ王の両頬に手を添えながら呟く。

 

「聡明なる王に出会えたことを感謝します」

 

 一度、二度、彼は頬をコブラのと合わせた。

 次はセカンだ。

 彼もまた「この光栄なる時を、我が先祖も喜ぶでしょう」と目に涙をためながらコブラ王の両頬に手を添え挨拶した。

 

 彼らがそれだけで王から離れたのを見て、側近兵達はほっと胸をなでおろした、いや、むしろセカンが見せた感激の涙に、彼らはニーサン達に一瞬でも疑念を抱いたことを恥じた。

 

 

 

 

 

 

 その薄暗い部屋で、ミス・マザーズデイとビリオンズ達は息を荒げていた。

 

「こうよ! こう!」

「はっ!」

「そして……こう!」

「はっ!」

「そして、腰を落としてこう!」

「はっ!」

 

 ビリオンズたちの一糸乱れぬ動きに満足したのか、ミス・マザーズデイは「ふぅ」と息を吐いた。

 

「完璧ね! これを一日四セット! 一月もすればカーチャンみたいに銃弾だろうが砲弾だろうが爆風だろうが衝撃だろうが何でも『レシーブ』できるようになるよ!」

「いやそうはならんだろ」

 

 ミス・マザーズデイ達の満足げな表情に水を差すように、現れたニーサン・ガロックーーMr.6が言った。更にその後ろからはセカンもついてくる。

 セカンはミス・マザーズデイを視野にいれるやいなやMr.6の前に出ていった。

 

「あ~ら、おカーチャンおーー久しぶりぃ~~、あ~いかわらずカーウィ~~わね~~食っちゃいたぁ~いん」

 

 何も知らぬ人間が見たら絶句するだろう。ひげの生えた小太りの中年であるセカンは、王宮で見せた姿は何だったのかという風に野太い声でそういったのだ。しかも悩ましく体をくねらせる仕草付きだ。

 だが、ビリオンズ達もミス・マザーズデイも今更そんな事で驚いたりはしない。

 むしろ彼女は小走りでセカンのもとに駆け寄ると、両手をお互いの指に絡ませながら機嫌よく答えた。

 

「あーらボンクレーちゃんお久しぶりー。その様子だとうまく行ったみたいねー。カーチャン心配だったんだからね」

 

「がっはっはっは~~、うーーまく行ったわよぉ~~」

 

 セカンは一旦ミス・マザーズデイから手を離すと、右手で自らの顔に触れた。

 するとどうだろう、先程までの髭面中年はどこへやら、今度は厚化粧の大男が現れた。

 

「ンモーーバーーチリッとってき~~たわよぉ~~」

 

 そう言いながら左手で顔に触れると、今度はアラバスタ王ネフェルタリ・コブラが現れたのだ。

 

「いかにも、私こそがアラバスタ国王だ」

 

 コブラ王の顔がニヤリと笑ってから先程の大男に切り替わる。左手で顔に触れたのだ。『悪魔の実』の中でもかなり特殊な能力である『マネマネの実』の能力は、国を堕とすという点においてとてつもない能力だった。

 

「が~~っはっはーー! あやふや!」

 

 そして、その能力を操るオカマがMr.2ボンクレー、バロックワークスのオフィサーエージェントの中でも上位の力を持つ男。

 

「し~~かし、あちし思うのよ~~、こんなまどろっこしいことしなくても、あそこで全員ぶっ殺しちまえばよーーかったんじゃないかしら~~」

 

 マネマネの実は、何も無条件にこの世のすべての人間に化けることができるわけではない。

 その発動には、化けたい人間の顔に右手で触れる必要がある。そして、Mr.2はこれまでコブラ王の顔に触れたことはない。

 Mr.6がコブラ王に謁見した最も大きな理由は、Mr.2にコブラ王の顔をコピーさせることだったのだ。

 

「王国というものは、王への畏怖をとこのとんまで、徹底的に叩き潰さなければいつか復活するのさ、あいつはロクでもないやつだったと代々伝えられるほどにまで落とさなければ、いつか王の一族が力を吹き返す。確かにあんたと俺だったら王宮を処刑場にすることは出来ただろうが、それでは外敵に不意をつかれた悲劇の王になってしまうだろう?」

「そ~んなもんかーーしらねぃ! でもロクちゃんがそう言うならきっとそ~~うなんでしょ~ね~~い。回るわ! あちし回るのよ!」

 

 いつの間にかトゥーシューズに履き替えたMr.2は、機嫌良さげにくるくるとその場で回ってみせた。

 Mr.2とMr.6ペアは、共に情報を扱う役割であることと、強さの根本が体術にあるところから、他のエージェントたちとの関係に比べて妙にウマの合うところがあった。

 

「Mr.6! あ~~んたも回るのよ!」

「いや、おれはいいよ」

「回りなさいな、オカマの誘いを断るもんじゃないよ。カーチャンはそう思うよ!」

 

 アラバスタ王国の標準時刻を知らせる時計台。

 その中で王国の滅亡を願う男とオカマがくるくると回っていることを知る国民は一人もいなかった。

 

 

 

 

『夢の町』レインベース。

 アラバスタ王国の首都アルバーナから大河サンドラを挟んで向こう側に存在する。水と緑と歓楽の町。

 王国を襲う干ばつなど感じさせないほどに豊かなその町には、グランドライン全体で見ても巨大規模のカジノ『レインディナーズ』が存在する。

 枯れぬオアシスと尽きぬ夢、今やレインベースはアラバスタ王国民の手の届く最後の希望だった。

 

 

 レインベースで最も格があるとされるレストランで、歌手ニーサン・ガロックは人を待っている。

 レストランの中央、最も目立つ席だった。レストランが自身の格を高める客をもてなす席。

 ふう、と一つ息を吐きながら、ニーサンは心を落ち着かせようと努めていた。

 このアラバスタで、最も乗り越えるべき難所がここなのだ。

 

 

 その男がレストランに現れた時、店内には緊張感と動揺が生まれた。客質の影響かそれは露骨ではなかったものの、ニーサンには容易にそれを感じることが出来た。

 大男だった。

 分厚い毛皮のロングコートを身にまとい、葉巻を咥えている。顔面を真一文字に走る傷跡と、左手につけられた義手代わりのフックがその男が凄惨な戦いのもとにある事を物語っている。

 ニーサンは、すぐさま立ち上がって彼を迎え入れた。

 政府公認海賊、王下七武海、クロコダイル。

 海賊狩りによるアラバスタの英雄、カジノ経営の成功者、海軍すらその男の持つ武力を信用し、アラバスタに海軍支部を置いてはいない。

 

「……待たせたな」

 

 クロコダイルはニーサンの対面の席についた。レストラン中がその席に注目する。

 

「おれも今ついたところです」

 

 そう言ってニーサンも席につく。

 不思議な関係ではない。

 ニーサン・ガロックはこの街でライブを行うし、クロコダイルはそのスポンサーだ。むしろ会わぬほうが不自然というもの。

 

「大事な客だ、存分にもてなしてやってくれ」

 

 緊張気味に酒を注ぎに来たウェイターに、クロコダイルはそう言った。

 

「正直な話、おれはお前の歌を聞いたことがねえ。だが、部下にどうしてもお前をと推薦するものがいたのでな……」

 

 その部下とは、おそらくはビリオンズだろう、とニーサンは推測する。

 

 ニーサンは一度つばを飲み込んだ。

 はっきり言って、恐ろしい。

 賞金稼ぎMr.6としてみれば、もう何枚も何枚もクロコダイルのほうが格上だ。同じ武人としてカテゴリすることすら躊躇される。

 だが、歌手ニーサン・ガロックとして、彼に怯えることは許されない、彼はロックンローラーだ、反逆者だ。

『ライブが国家転覆計画の一部』であることを、この男に悟られるわけにはいかないのだ。

 

「後悔はさせませんよ」

 

 注がれたワインを揺らしながらニーサンは言った。

 

「クハハ……それだけ吠えれりゃ十分だ」

 

 クロコダイルは葉巻を灰皿に押し付けた。

 

「金は出すが、口は出さねえつもりだ。好きにやってくれ。お前も肌で感じただろうが、今この国は非常に厳しい状況にある……」

 

 ニーサンは沈黙することでクロコダイルの意見を尊重した。

 

「オアシスでもカジノでもなんでも良いから国民を癒せたらと思っていたところだ。おれにはこの国がどうしても必要なわけではないが、もう何年もここで暮らしてるからな、あまり湿っぽくされても困る」

 

 ニーサンはクロコダイルのその言葉に妙な違和感を覚えた。

 その台詞だけを切り取れば、突き放すような物言いの中にアラバスタ王国を思う感情のようなものを感じることができる。流石はアラバスタの英雄だと言われるところだろう。

 だが、そのような単純な動機をはらんでいるような雰囲気を感じることが出来なかったのだ。それにはなにか根拠があるわけではない、ニーサンの『第六感』だ。 

 

「……何か不満か?」

 

 彼の警戒を肌で感じとったのだろう。クロコダイルは少し目を細めながら問うた。

 だが、ニーサンもそれに返す。

 

「いやぁ、グランドラインで活動して長いですが、王下七武海の方を前にすることは初めてでしてね。やはり緊張してしまうものなのですよ」

 

 その説明に、クロコダイルはとりあえず納得したようだった。「クハハ」と、彼は微笑む。

 

「そう怯えるな。海賊だったのは昔の話だし、今やこの王国の用心棒みたいなもんさ」

「あなたのこの国での評判はよく聞いていますよ……一つ質問しても?」

「まあ、内容によるがな」

「今まで始末した海賊で最も大物だったのは誰です?」

「そんなのいちいち覚えてねえな……ただ、おれ以上の海賊はいなかった」

 

 そりゃ、そうだろうな、とニーサンは思う。

 

 もう少し話が続くかもしれないと思ったその時、ウェイターが料理を運んできた。

 

「ワニ肉のカチャトーラ風でございます」

「ああ、ご苦労」

 

 並べられた料理の香りを楽しみながらクロコダイルが言う。

 

「あまりいい育ちじゃないんでな、コースは性に合わん……俺の好物だ、食ってくれ」

「喜んでいただきます。ワニ肉を食べるのは久しぶりだ」

 

 クロコダイルがグラスを持った。ニーサンもそれに合わせる。

 

「成功を祈ろう」

「おれはプロです……成功させるんですよ。何があってもね」

「クハハ、頼もしいな」

 

 

 

 

 

『報告書:アラバスタでの任務とアラバスタにおける主要人物について』

 

 〇〇日、アルバーナ宮殿において国王ネフェルタリ・コブラと面会いたしました。こちらもニーサン・ガロックに対する不信はなく『あの日』に対する妨害の心配はないと思われます。

 また、Mr.2をネフェルタリ・コブラと接触させることに成功しました。

 

 アラバスタ国王、ネフェルタリ・コブラは警戒すべき人間であることを報告します。確かに優しすぎる傾向にありますが、同時に聡明な王であると感じました。

 また、レインベースを本拠地とする王下七武海クロコダイルは感情の読めない男でした。計画をすすめる上で最も警戒すべきであると報告します。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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