Mr.6のお仕事   作:rairaibou(風)

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5.制裁は島中にとどロク ③

「そんな馬鹿なことがあるか」

 

 工場の隅、Mr.10はガクガタと体を震わせていた。

 無理もないだろう。大枚はたいて呼び寄せた用心棒の魚人が、相手を追い詰めたとはいえやられてしまったのだ。

 だが、神はまだ自らを見捨てたわけではないのだと彼は自らに言い聞かせる。

 二人のエージェントは虫の息だ。港にいるミリオンズは立場的には自分よりも下。二人を片付けてさっさと帰れと彼らに言えば、まだ生き残る可能性はある。

 工場の隅に隠していたショットガンを取り出して構える。北の海(ノースブルー)製の最新式、一撃浴びせれば人間ならば仕留めることができるだろう。

 そもそも、人の手を借りてこの工場を守ろうと言うのが甘い話だったのだ。

 やらねばならぬ、自分を守るために戦わなければならぬ。

 やれる、自分ならばやれる。

 彼が立ち上がったその時だった。

 

『地獄特訓スパイク!!!』

 放たれた瓦礫が、ショットガンを彼の手から弾いた。

 

 Mr.10がその意味するところを理解するよりも先に、二つ、三つと続けて打ち込まれた瓦礫が彼に襲いかかる。

 潰されたカエルのような声を上げながら、うずくまる彼は、それでも最後に自分を守ってくれるショットガンに手を伸ばす。

 だが、現れた運動靴が、彼の手を踏んだ。

 

「カーチャンがなんで怒ってるかわかるかい?」

 

 その白く長い足の先にあったのは、冷たい目で彼を眺めるミス・マザーズデイだった。

 髪は乱れ、口からは血の流れた跡が見える。

『母』と書かれた名札が縫い付けられた真っ白な体操着は、血と胃液でまだら模様に染まっていた。

 

 終わった、と彼は思った。

 覚悟など出来ていない。

 だが、自分は負けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ズルズルと『かつてMr.10だったもの』を引きずってきたミス・マザーズデイは、ぐったりとパイプ椅子に身を預けるMr.6に言った。

 

「カーチャンがやっといたから」

 

 Mr.6はその方を見ることすらなく「ああ、ありがとう」と答えた。

 

「じゃあ……さっさと爆破して帰るか」

 

 彼は立ち上がり、パイプ椅子を折りたたもうとした。

 だが、そのパイプ椅子はガシャンと音を立てて『かつてパイプ椅子だったもの』になってしまった。

 

「あーあ、また買わねえと」

 

 それを瓦礫の山に放り投げ、彼は倒れているシャッパに近づく。

 軋む体にむち打ちながら彼を引き起こすと、それを担ぎ上げた。

 

「……なんのマネだ」

 

 自分が担ぎ上げられたことを感じたシャッパは弱々しくそう言った。

 

「知らねえのか? この工場は爆破すんだよ。もうお役御免だからな」

「そうか……じゃが、それとこの状況と何の関係がある?」

「そう粋がるなよ、おれもお前を殺したいほど憎んでねーんだ」

「そうか……」

 

 Mr.6はミス・マザーズデイを見やった、彼女は親指を立てて「カーチャンはいいと思うよ」と微笑む。脇腹と土手っ腹に食らった衝撃は、ビジネスだと割り切っているようだった。

 

 シャッパは目を瞑ろうとしたが、やがて何かを思い出したように呟く。

 

「それなら、この工場の事務所に行ってくれ」

 

 よくわからない提案だった。

 Mr.6は一瞬控えの仲間がいるのかと疑ったが、よく考えたらそんなことをする意味がないことに気づいてますますわからなくなる。

 

「そりゃまた、なんで?」

「行けばわかる」

 

 

 

 

 

 

 外側から鍵のかけられたその扉を蹴破ると、そこには手足を縛られ、口をガムテープで塞がれた少女がもぞもぞと床に這いつくばっていた。

 

「ミス・チューズデイじゃないかい!」

 

 ミス・マザーズデイはすぐさま彼女のもとに走り寄ってガムテープを剥がした。

 途端、その少女、ミス・チューズデイは大きく声を上げながら泣きわめいた。

 

「うわぁぁぁぁ!!! お母さーーーーん!!!」

 

 当然、ミス・マザーズデイとミス・チューズデイは親子ではない。確かにミス・チューズデイのほうが年下ではあるが、その年齢差は姉妹ほどでしか無かった。

 それでも、彼女はミス・マザーズデイを母と慕っていた。

 

「ワシが放り込んだんじゃ」

 

 まだ泣き止まぬミス・チューズデイの代わりに担がれたままのシャッパが言った。

 

「『黙らせろ』と言われたからのう」

 

 ミス・チューズデイを泣き止ませようと抱き寄せるミス・マザーズデイをみやりながら、Mr.6はそれに答える。

 

「あのハゲオヤジがいいたかったのは、そう言うことじゃねえだろう」

「わかっとるわい……じゃが、無抵抗の女を殺すほど堕ちちゃおらん……どう見ても害のあるようには見えんかったしの」

「まあ、たしかに」

 

 ミス・チューズデイは、元々戦闘力を考慮されたエージェントではなく、こまめな気配りと頭脳明晰な部分を評価され『工場長秘書』としての立場のためにエージェントを与えられた存在だった。

 勿論それはエージェント候補生のビリオンズたちからすれば面白くない人事だっただろうが、じゃあ自分が彼女の代わりに工場を切り盛りする責任を負えるのかと言えばそうでもなく、あのMr.10の直属の部下のような存在などまっぴらごめんだと、半ば聖域のように触れられなかったものなのである。

 

「何かひどいことはされなかったかい?」

 

 彼女の拘束を解きながら、ミス・マザーズデイが問うた。同時に担がれたシャッパを睨みつける。

 その返答次第では、今この場でその男を始末するつもりだった。

 ようやく泣き止んだミス・チューズデイは、下手人をMr.6が担いでいることに気づいた。

「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げたが、それがどう考えてもMr.6に倒された跡だということを理解してからは、落ち着きを取り戻したようだった。

 

「痛いことは何もされなかったです。でも、暗くて、怖くて、そのうちすごい音がし始めたから……もう爆破が始まったのかと思って……」

 

 そして彼女はようやく状況を飲み込んだのか、声を一つ大きくしながら問うた。

 

「Mr.10は!?」

「あー……始末した」

 

 Mr.6はどことなく気まずそうに答える。

 同じ秘密犯罪結社に勤めているというのに、どうもミス・チューズデイの前では血なまぐさい話をしづらかった。彼女のあまりにも無力なところがそうさせるのだろう。

 

「そうですか……」と、彼女は俯いた。Mr.10の『ダンスパウダー』横流しを会社に密告したのは彼女だ、彼女はMr.10に忠誠があるわけでも好意を抱いているわけでもなかったが、それでも、自分の行動で人が死んだということに多少のショックを受けているようだった。

 

「仕方ないさ」

 

 ミス・マザーズデイは彼女を抱きしめて言った。

 

「あいつはルールを破ったんだ。それもとびきり悪い方にね。あんたは立派だった、カーチャンは誇りに思うよ」

 

 ミス・チューズデイは最初その抱擁を受け入れていたが、やがてすえた匂いに気がついた。

 体を離して目を凝らせば、薄暗い事務所の中でも、ミス・マザーズデイの体操着が血と何かで濡れていることに気づく。

 

「怪我が……!」

 

 キッ、と、彼女はシャッパを睨みつけた。消去法的に彼しか犯人はいない。Mr.10にそんな事ができるものか。

 

「カーチャンは大丈夫さ、気にしちゃいない。こんな時代だ、良い悪いだけじゃないよ。あんたを殺さなかった男さ、根っからの悪じゃない」

 

 それは、戦うことのないミス・チューズデイにはわからない感覚だろう。

 だが、ミス・マザーズデイの言葉を一旦は飲み込んで、彼女はシャッパを憎む気持ちを薄めた。

 

「……一応、逃してやるつもりだったんだが」

 

 弁明するようにシャッパが呟く。

 

「俺達を潰した後にだろ?」

「まあ、そういうことになるがのう」

「まあいい、恨みっこなしだ」

 

 立てるか? と、Mr.6はミス・チューズデイに問うた。

 頷く彼女に続ける。

 

「とりあえず、船に戻ろう。ようやく爆破にとりかかれる」

 

 

 

 

 

 

 ポツネン島沿岸部。

 工場がよく見えるそこに位置をとった彼らの船は、穏やかな波の揺れを楽しんでいるようだった。

 天気は快晴、風は凪、何かを観察するのにこれ以上優れたロケーションはない。

 

「想像できるか?」

 

 双眼鏡で工場を眺めながら、Mr.6はミス・マザーズデイに言った。

 

「直径五キロを吹き飛ばす爆弾なんてよ」

「カーチャンそんなに見たこと無いよ、五キロだなんて直径に使う単位じゃないもの」

 

 ミス・マザーズデイは呆れたようにそう言ったが、その反応は正しい。

 今回『ダンスパウダー製造工場』を破壊するために使われる爆弾は、北の海(ノースブルー)で製造された最新型。戦争に忙しい北の海らしく、とにかく広範囲に被害を生むために生み出された悪魔のような代物だ。

 そして彼らは、その爆弾がどれほどの被害を生むのかを調査する任務も負っていた。

 

「ロクでもない話だよな」と、Mr.6はため息をつく。

 

「人が人を殺す時代は終わったんだ。アラバスタの連中には同情するね」

 

 何の意味もなく爆破被害の調査などを命じるボスではないことはこの数年でよくわかっていた。そもそも、この工場を跡形もなくするのにわざわざ爆弾を取り寄せる必要など無いのだ。Mr.5を呼んでくればそれで済む話。

 この会社の最終目的がアラバスタ王国の乗っ取りである以上、恐らくその爆弾は、アラバスタのどこかに使われるのだろう。どこかの町の機能停止を狙って。

 

「そろそろかな」

 

 Mr.6は懐中時計をみやりながら言った。船を降りる前に部下にそれを預けておいてよかった。もしそれを身に着けたままだったら今頃ボロボロのグシャグシャになっていただろう。

 

 その時だった。

 

 まずは、ポツネン島にある工場が激しく揺れたのが見えた。

 その次の瞬間には、耳をつんざくような重低音が届き、空気の振動が内臓に響いた。そして、島からは天に突き抜けるようなキノコ雲が生み出されようとしている。

 その次には風だ。爆風と言っていいだろう。焦げた匂いのする強烈なそれがMr.6を、ミス・マザーズデイを、彼らの船を襲った。

 

「帆をたたんでおいて正解だった」

「カーチャンの言うとおりだったろう?」

 

 胸をなでおろしながら言った。それはミス・マザーズデイの『第六感』による進言だった。

 

 やがて爆風も弱まり、ポツネン島から巨大なキノコ雲が生えたのを見届けた時。船室に引きこもっていたミス・チューズデイが飛び出してきて言う。

 

「波に備えてください!」

 

 その言葉に、Mr.6はハッとした。風と地響きだ、次は大波が時間差で襲ってくることは確実だろう。

 

「全員配置につけ! 波に備えろ! ミス・チューズデイに従うんだ!!!」

 

 彼はミス・チューズデイに目配せし、彼女もそれに小さいが頷いた。

 

 秀才ミス・チューズデイは、この難局を無事に乗り越えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ポツネン島。

 そこは、あまりにも見晴らしが良くなっていた。

 

 Mr.6とミス・マザーズデイは、口元にタオルをやりながら周囲を散策していた。まだ巻き上げられた土煙が完全に落ち着いてはいなかった。

 

「信じられるか?」と、Mr.6が言う。

 

「ここに『工場』があったなんてよ」

 

 目の当たりにした北の海の最新技術に、彼らは言葉を失っていた。

 

「『工場』だけじゃないよ」と、ミス・マザーズデイが呟く。

 

「ここには『町』もあったんだよ」

 

 つい最近まで、ここには工場に勤務するミリオンズ達の住居もあったはずなのだ。

 勿論それは簡素なものだった、だが、雨風をしのげ、寒さ熱さからも多少は逃れることが出来たそれらが、もう無い。まるで最初から何もなかったかのように、その殆どが吹き飛んでいた。

 

「もとに戻ったんだな」

 

 Mr.6は、初めてポツネン島に来たときのことを思い出していた。

 何もない、かつての住民たちの生活の僅かな跡が残っただけの島だった。

 そこに『ダンスパウダー』工場を作ったのだ。

 

「これを撃つんだね。アラバスタのどこかに」

 

 ミス・マザーズデイがポツリと呟いた。Mr.6はそれには何も返さない。

 それによる被害は当然予想することができる。だが、それは、理想国家の建設に近づくために必要な犠牲であるはずだ。

 彼らはそこを後にする。

 ボスへの報告書を書かねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

『報告書:Mr.10とポツネン島のダンスパウダー工場、北の海の爆弾に関して』

 

 本日〇〇日、ポツネン島にてダンスパウダー製造工場の破壊を完了しました。

 また、ダンスパウダー横流しを行っていたMr.10の抹殺を完了し、拘束されていたミス・チューズデイを保護しました。ですが我々も激しく負傷してしまったため、少しばかり休養をいただきたいと考えています。

 ダンスパウダー製造を行っていた社員の処遇についてはおまかせしたいと考えているのでご考慮くださいますようお願い申し上げます。

 

 爆破の被害範囲に関してですが、事前情報の通り直径にして五キロ弱を吹き飛ばす能力はあると考えていいと思われます。

 また、建築物に対する威力も申し分なく、中規模程度の町ならば壊滅的な被害を与えることが可能だと考えられます。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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