Mr.6たちを乗せた船『どこでもライブ号』は、グランドライン序盤の海を『サボテン島』に向けて進んでいた。
航海は順調だ、秀才ミス・チューズデイのおかげで特に困ることもない。なによりこの何もかも信用できない海において『エターナルポース』はただ唯一と言っていい、信頼できる指針だった。
「しっかし、世の中はあれてるねえ」
穏やかな日差しを受ける甲板で、予備のパイプ椅子に体重を預けていたMr.6は、新聞を運ぶカモメ『ニュース・クー』から購入した『世界経済新聞』に目を通していた。
最近の情勢の影響か値上がりが激しいが、それでも世界の情報を知ることができる。Mr.6はそれを読むことを日課としている。
「またヴィラでクーデターかよ」
足を組み替える度に軋むような痛みが彼を襲う。『ポツネン島』を出港してまだ日は浅い。
ざっと『世経』に目を通した彼は、それについてくる海軍発行の指名手配書を確認する。
賞金首は増えるばかりだ、自分のような賞金稼ぎが時折狩っているにも関わらずドンドン膨らんでいく。基本的に『世経』に付属しているのは新規の賞金首ばかりだと言うのに、今日も何枚ものそれがついている。二つ折りにされたその束は、下手をすれば『世経』よりも分厚いかもしれなかった。
まず目に入ったのは、手配書一面に気の抜けた笑顔が印刷された海賊だった。Mr.6は思わず鼻を鳴らして笑ってしまった。基本的に険しい表情ばかりが揃う手配書の中でそれは異質。海賊というものは常に険しい表情でいるものだ。
「大したタマだな」
その海賊の詳細を確認しようと束を広げようとした時だった。
「旦那」と言う声と共に、モンハナシャコの魚人、シャッパが甲板に上がってきた。
「おう、体の調子はどうよ?」
「おかげさまで順調じゃ、今なら試合もできそうじゃのう」
「そうかい……」
Mr.6は少し笑いながら呟いた。個人的には、再起不能になってしまうような攻撃をしたつもりだったのだが。数日寝込んだだけで回復されてしまっては言葉も失うというもの。魚人のフィジカルには恐れ入る。
「元気なのは良いことだよ。カーチャンはそう思うよ」
同じく甲板に上がってきたミス・マザーズデイが笑いながら言った。彼女はMr.6に比べればシャッパの拳を喰らわなかった方ではあるが、それでもまだ腹部と脇腹には痛みが残り、いつものように大きく笑うと顔をしかめる事がある。
「姉御も元気そうで良かった。心配しとったんじゃ、渾身の一撃じゃったからのう」
「女は強いのよ」
大きく笑った後に少し顔をしかめた。
当然彼らがシャッパから受けた痛みを忘れたわけではない、だが、彼らはシャッパを強く憎んでいるわけではなかった。それは彼がMr.10に雇われた立場だと言うことが関係しているのだろうし、ミス・チューズデイへの対応から、少なくとも人でなしではないことが理解できたからだろう。
Mr.6も、彼の存在を詳細にボスに伝えているわけではなかった。
「それでだ」と、Mr.6は新聞を脇にはさみながらシャッパに言う。
「申し訳ないが、このまま生まれ故郷に送り返すってわけにはいかないんだ。裏切り者に金で雇われた身であることはわかっているけど、あの工場のことや我々について知られたのだから、放っておくわけにはいかない。その点に関しては、運が悪かったと思って諦めてくれ。泣いても喚いても、もう俺達は運命共同体だ」
それは、シャッパに対する気遣いだった。
Mr.6はシャッパを殺したくはない、彼はひとでなしではないし、戦力としては十分だ。
だが、それ故に、まだ表の世界に戻ることができる魚人でもある。成り行きとは言え、このような形で秘密犯罪結社に関わってしまったことは不運。
Mr.6はそれに同情的だった。
だが、シャッパはそれに首を振りながら答える。
「今更堅気の世界には戻れりゃせんわ。スポーツで生きていくには時代が悪すぎる。パンチが早いことが尊敬される時代じゃないんじゃ」
彼は寂しそうにそう言った。彼の境遇というものが、時代というものが、容易に想像できる言葉だった。
「カーチャン、あんたの気持ちわかるよ」と、ミス・マザーズデイが彼の肩を叩く。
「大変だったんだねえ」
ミス・マザーズデイもまた、時代に翻弄された人間の一人だったのだろう。
「旦那が許してくれるならついていく気じゃ、行くアテもないし、金も貰いそこねたからのう」
「そりゃ悪かったね」
Mr.6は苦笑いしながらそれに答えた。貰いそこねた金とは、自分たちを倒すことで貰える報酬のことだろう。
「それじゃあ進路を変えるのはやめよう。このまま『サボテン島』に向かう」
☆
サボテン島、ウイスキーピークはやはり彼ら『どこでもライブ号』を歓迎はしなかった。
降り立った彼等を出迎えたのは町長であるMr.8だった。
「すまねえな、タダ飯喰らいだ」
Mr.6のペアは、休息の場所として度々ウイスキーピークを利用していた。それはグランドラインの入り口である程度穏やかな気候と海流を持つこともあったし、もしもの際に追加戦力として海賊討伐に尽力できるという利点もある。
何より、愛しのミス・ウェンズデーがいることが彼にとっては最も大きな理由だった。
「がまわっ……マー、マー、マー。構わないさ、大した歓迎は出来ないが、しっかりと休んでいってくれ」
「今日は誰がいる?」
「私とミス・マンデーだ、Mr.9とミス・ウェンズデーは食料の買い出しに行っている」
「なんだそりゃ残念だなあ。勿論ミス・マンデーも心優しい女の子で僕は好きだけどね」
「部屋で休んでおけ、ミス・ウェンズデーが戻り次第向かわせよう」
「そりゃどうも。体を痛めてなきゃ最高にロックな提案だったんだがな」
Mr.8は眉をひそめた。
☆
「……あんたそれ、一体何をどうされたの?」
ミス・マザーズデイが晒した上半身を目の当たりにして、筋骨隆々のシスター、ミス・マンデーは恐る恐る問うた。
同じくそれを見たはずのミス・チューズデイは思わず目をそらしている。基本的に非戦闘員である彼女には刺激が強すぎた。
脇腹に一つ、腹部に一つ、大きく青黒いアザがそれぞれあった。どす黒いそれは、彼女の白い肌に強烈に浮き上がっている。
「見りゃわかるだろう? こことここに一発づつパンチを貰ったんだよ」
「まだ痛みますか?」
声を震わせながら問うミス・チューズデイに彼女は笑いながら答える。
「そりゃ痛いよ。だけど、喰らったときほどじゃない。我慢できるさ、まーほら、カーチャン強いから」
コロコロと笑ったが、やがて毛布を羽織りながら続ける。
「でも、やっぱり痛いね、女はあまりお腹を冷やしちゃいけないんだけど、困ったもんだねえ」
☆
サボテン島、ウイスキーピークの入り江。何故か数多くの住民たちがそこに待機し、何かを待っている。その先頭には、彼らのリーダーであるMr.8とMr.6。
その時、水面が少しだけ揺れたかと思うと、一本のロープを持った魚人が現れた。モンハナシャコの魚人、シャッパである。
「早いな」
Mr.6は思わず感心してそう言った。彼が海に潜ってから一時間ほどしか経っていない。
「シャコじゃからの、人魚ほどじゃないが多少は泳げる」
けろりとそう言ってのけた彼はロープを住民の一人に渡した。
「括り付けてある。悪いが引っ張る力は残っとらん、あとはそっちでやってくれ」
彼のバロックワークス初めての仕事は、ウイスキーピークの食料調達だった。
とはいっても与えられた任務ではない、食料がないと聞いた彼が「じゃあ海からとってくるわ」と勝手に飛び込んだのである。
「何が取れたんだ?」
住民たちがロープを引き始めるのをみやりながら、Mr.8がシャッパに問うた。新たに加入したMr.6の部下を、彼は物珍しくも思っていた。
「サメじゃ」と、彼は答える。
「大型じゃ、三百キロはあるじゃろう」
その言葉が嘘や誇張ではないであろうことは、それを引くのに四苦八苦する住民たちの姿からよくわかった。
「よくもまあ、そんなのに向かっていけるな」
「サメは骨が少ないからの、ボディで一発じゃ。そのくせ向かってくるから狩りもやりやすいんじゃ、旦那ほどしつこくないしのお」
戦ったのが陸でよかった。と、Mr.6は胸をなでおろす。
「おい! あんたらも手伝ってくれよ!」
「旦那は病み上がりじゃ! 自分らの食いもんぐらい自分らであげんか!」
結局、住民の数がその倍にならなければサメは上がらなかった。
「助かった」
Mr.8はシャッパに礼を言う。
「これで多少はマシになるんかの?」
「まあ、でもこの町の住民は数が多いから本当に多少マシになる程度だろうな」
「なんちゅう町じゃ……」
「そりゃ住民全員が賞金稼ぎだからな、食い詰めものに食い物作れというのが無理な話さ」
Mr.8がシャッパをみやりながら言う。
「私達としては、君がこの町に残ってくれるとありがたいんだが……」
「そりゃ無理じゃ、ワシは旦那についていく」
「いい部下だろ?」
シャッパが照れくさそうに笑うのを見ながら「そういえば」と、Mr.6が呟く。
「クジラなんて良いんじゃないか?」
「クジラ?」
「双子岬にバカでかいクジラがいただろう? あの肉を手に入れることができれば当分は持つぞ」
「ああ、なるほど」
Mr.8はそれに頷いた。グランドラインの入り口、双子岬にレッドラインへの挑戦を続ける巨大なクジラがいることは、まるでそれが武勇伝のように語る賞金首から何度も聞いた話だった。
「直接見たことはないが、噂に聞く巨大さならばたしかに当分持つだろう」
「ボスには俺が伝えておくよ……それとも、あんたからのほうが良いか?」
「いや、君に任せよう。何から何まですまないな」
「まあ良いってことよ。仕事仲間だからな」
その言葉に、Mr.8がほんの僅か一瞬だけ表情を歪ませたことにMr.6は気づいた。
だがそれは、このビジネスに仲間意識を持ち込むことの幼稚さのようなものに対する戸惑いだろうと彼は思った。
だが、それでいいと思う。
そのような考えの持ち主でなければ、このゴロツキの町を治めることなんて出来ないだろう。
☆
「入っていいかしら?」
「ああ、どうぞ」
ミス・ウェンズデーがMr.6に貸し出された部屋を訪れたのは、日が落ちてだいぶ経ってからだった。
あいも変わらず扇情的な衣装を身にまとう彼女に、Mr.6は笑いかけた。
「食料の買い出しはうまく行ったのかい?」
「あんまりね……最近は食料も値が上がってる」
彼女は勧められるままに、椅子に座る。
テーブルの上にあるのは、新聞と酒の瓶、そして、月明かりとともにこの部屋を照らすランタンのみだった。
「最近おもしろい海賊が現れたらしいんだが、興味あるかい?」
彼がテーブルに放り投げた手配書は、ちょうど酒瓶の影になってミス・ウェンズデーからはよく見えなかった。ただ、3といくつかの0が確認できただけだ。
彼女はそれに首を振る。
「いえ、それよりも、あなたもミス・マザーズデイもひどい怪我だと聞いているわ。一体何があったの?」
「なんてことはないさ、『ダンスパウダー工場』のMr.10が裏切っていた。それを始末するのに手こずっただけだよ」
「裏切っていた?」
「ああ、あの野郎『ダンスパウダー』の横流しで利益を得ていたのさ」
ミス・ウェンズデーはそれに目を見開いて言葉を失った。
Mr.6はその反応をMr.10の裏切り行動に対するものだと感じて続ける。
「そうだろう、ありえない話だ。しかもあいつは工場破棄の命令に背いてそのまま『ダンスパウダー』を作り続けようとしていたんだ。だが、幸いにもミス・チューズデイの告発で明るみになった。だからボスは俺達にMr.10の抹殺任務を出し、俺達はそれを全うした。ボスもおれも、裏切りは許さない。この稼業は舐められたら終わりだからな」
飲むか? と、彼はミス・ウェンズデーにグラスを差し出したが、彼女は首を振ってそれを拒否。
仕方なく自らのグラスを傾けた彼に彼女は問う。
「工場破棄の理由は?」
質問攻めに戸惑いながら答える。
「根掘り葉掘りだな……単純な話で、もうアラバスタ煽動のためのダンスパウダーは十分に生産できたのさ。ボスは優秀な男だ、それを海軍に追われでもしたら一気に計画は破綻するからな」
ミス・ウェンズデーはしばらく黙り込んだ。何が引っかかっているのかMr.6にはよくわからない。
やがて、彼女はMr.6を見やって言った。
「ねえ、わたしあなたのことで聞きたいことがあるの」
「へえ、それはつまりおれに興味があるってことかな? ミス・ウェンズデー」
「まあ、そういうことになるわね」
「嬉しいね、ようやく思いが伝わってきたようだ。本来ならそれは『詮索』にあたる社則違反だが、その中身によっては答えてもいい」
彼女はテーブルに肘をついて問う。
「あなたって、なんでこの会社に入ったの?」
今度はMr.6が黙りこくる番だった。ランタンが浮かび上がらせる彼女の大きな瞳をじっと見つめる。
ミス・ウェンズデーは更に続けた。
「ずっと不思議だった。私達と違って、あなたには生きていくのに十分な『表の顔』がある。そんな怪我までしてこの会社に忠誠を誓う意味が、私にはわからないの」
それは少しでも彼の『表の顔』を知っていれば浮かぶ疑問だった。
彼の場合『賞金稼ぎがロックンローラーに』なったわけではない、その逆で『ロックンローラーが賞金稼ぎに』なったのである。それも、ロックンローラーとして十分稼ぎ、名を売り、崇拝される存在であるにも関わらずだ。
「君はどうしてだい?」と、グラスに酒を注ぎながらMr.6が問う。
彼女はすんなりとそれに答えた。
「特に理由なんてないわ。生きたいように生きてきたらこうなっただけ。この会社の人間って、全員そうでしょ?」
「君らしくないな、それは偏見だよミス・ウェンズデー、勿論君のような存在もいるにはいるだろうが、殆どの人間は生きたいように生きられないからここに来てるのだとおれは思うよ。君のようなタイプは幸せだよ」
彼女がそれに反論をしてこないことをしっかりと確認し、グラスを傾けてから続ける。
「君は、完璧な国を見たことがあるかい?」
それは、不意な質問だった。おおよそ賞金稼ぎの集団であるバロックワークスに所属する人間がするとは思えない質問。
だが、ミス・ウェンズデーはそれを不思議には思わなかった。その突飛な質問こそが、Mr.6の本質なのだろう。
「あるわ」
彼女は濁りなく言った
笑みもなく、意地の悪い目線もなかった。きっと彼女は本心からそれを言っているのだろう。
「珍しいな」と、Mr.6は少し驚きながら言った。
「ぜひとも知りたい。どんな国だい?」
「それは……言えない」
「そうか、残念だが、それぞれだからな」
目を離さないミス・ウェンズデーを見据えながら、彼は続ける。
「俺は無い」
一拍置いて続ける。
「生まれた国も、育った国も、訪れた国も。どこもそうではなかった。支配者は強欲な馬鹿で、民衆は愚かなアホ、大抵の国はそんなもんさ」
彼は今までのことを思い出していた。彼は行く先々でそのようなものを見続けてきた。民衆を笑う支配者も見た、支配者を憎み火炙りに上げる民衆も見た。そして、そのどちらもが、彼の歌を求めた。
「駆け出しの頃は、そんな国を救えると思ってた。俺の歌にはそんな力があると信じて疑っていなかった。だが、駄目なんだなこれが……歌じゃ国は救えない……いや、歌は人も救えないんだ。その一瞬だけ、まるで自分が幸せであるように思わせることはできるかもしれないが、そんなのは一日や二日……俺が島を出りゃまた不幸せな日常に逆戻りさ。歌は時代を変えられない、それに気づいたころにゃあもう、おれは歌しか無い男になっていたのさ」
「わかるだろう?」と、続ける。
「だからおれは『完璧な国』を作りたい。だからこの会社の理念に賛成してる」
ミス・ウェンズデーは、彼の言葉に気の利いた相槌を打てなかった。
その考え方がメチャクチャなものであることは理解できる。だが、それを否定する言葉が浮かばない。当然だ『完璧』を否定することなど出来ない。
そもそも、否定などできるものか。
ミス・ウェンズデーもまたバロックワークスであるのだから、それを否定することは、不自然なこととなる。
「もう夜も遅い」
Mr.6は酒瓶に蓋をするようにグラスを重ねて言った。
「最後に、俺の願いを聞いてもらえるかな?」
「内容によるわ」
彼はランタンの位置を調整しながら言った。
「一度でいいから、君が髪を下ろした姿を見てみたい」
その目線は、長髪を後ろでまとめた彼女のポニーテールに向けられていた。
ミス・ウェンズデーは一瞬それに怯んだように見えた。だが、一つ息を吐いてから答える。
「それくらいなら、いいわよ」
彼女は立ち上がった。
それに驚くMr.6をよそに、彼女は髪留めに手をかける。
まとめられたそれが重力に落ち、ロングヘアとなって彼女を彩る。
「いいね」と、Mr.6が言った。
「髪を下ろすと品が出る。母親に感謝するんだな。俺はまとめていたほうが好きだけどね」
「もう、いいかしら?」
Mr.6はミス・ウェンズデーに差し出していたグラスを伏せながら言った。
「ああ、いいとも。おやすみ、ミス・マザーズデイじゃないけど、暖かくして寝るんだよ」
「ありがとう」と、一つ呟いてから部屋をあとにする彼女の背中を見つめながら。彼は小さく言った。
「生きたいように生きている割には、まだまだ子供じゃないか」
☆
『報告書:ウイスキーピークの食糧事情に対する提案について』
ご配慮により、我々二人共体調を回復し、アラバスタでの任務に十分間に合わせることができると思われます。
また、食糧不足が深刻なウイスキーピークですが、双子岬の巨大クジラを狩り当面の食料としてはどうかという提案が提出されましたので、ご一考の元、その許可をいただけると幸いです。
Mr.6
ミス・マザーズデイ
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