Mr.6のお仕事   作:rairaibou(風)

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7.最大の任務、そして最大の収穫 ①

 グランドライン前半。砂漠の国アラバスタ。

 

 その国で起きている騒動など欠片も感じさせることのない『夢の町』レインベース。そこでは全国から集った彼のファン達が、彼を中心とした熱狂を共有していることに酔いしれていた。

 

 その中心であるロックンローラー、ニーサン・ガロックは、ただでさえ暑いその国の、いくつものライトで照らされるステージ上で、汗を振り乱しながら歌っていた。

 しかし、その熱さに音を上げることはない。暑いのは観客も同じだ、そりゃ多少はステージのほうが暑いかもしれないが、そんなことでいちいち泣き言を漏らしていいはずが無い。その暑さを作り上げているのは自分自身だとすら思わなければならない、太陽が水を欲するか?

 

 ロックンローラーとは言うが、彼は何でも歌う。ロックは勿論、バラードだって、アカペラだって、民謡だって、歌う。歌詞だって何でも語る。反体制の歌も歌えば、王族の優雅な生活を称える歌も歌う。軍人の歌も歌えば、貴婦人の歌も歌う。貧民の歌だって歌える。

 一つのジャンルが、一つの思想が、必ずしも世界のすべての人間を満足させるわけではないことを、彼は知っていた。だから彼は、手の届くすべての歌を歌いたかった。

 

『オーケイ、ありがとう!』

 

 汗に濡れた髪をふりながら彼は叫んだ。それは電伝虫を通して広場全体に伝わり、彼の感謝に観客たちが酔いしれる。

 

『お前らが来てくれて嬉しいよ。お前ら周り見てみろ、見たこと無い奴らでいっぱいだろうが』

 

 彼が言ったとおり、様々な立場の人間がそこにいた。国王軍の人間もいれば、反乱軍の人間もいるだろう。高いチケットを買った富豪も、なぜかゆるゆるの警備の目を盗んで忍び込んだ貧民もいるだろう。

 

『この国に起きていること、おれはしってるぜ! だがな、今日は忘れろ! 今日だけは忘れろ!』

 

『お前ら、つまらないこと考えんなよ! お前ら全員仲間なんだ! お前ら全員国民なんだ! 王は誰かって? 俺に決まってんだろうが!!!』

 

 馬鹿みたいな台詞だ、いまどきそんな事、五歳の子供だって言わない。

 だが、観客たちはそれに歓声を送った。

 彼らは、崇拝しているガロックがそのような事を叫ぶことを期待していた。誰もが言いたくとも恥ずかしくて言えないことを代弁する誰かを彼らは求めていた。

 

『そうだ! ここでなら俺は誰よりも偉いんだ! 誰よりも強いんだ!』

 

 それは、自らにそう言い聞かせるような言葉だった。

 

『おい! クロコダイル!!!』

 

 彼はレインベースを縄張りにする英雄の名を呼んだ。

 

『その気があるならよ、ステージに上ってこいよ! 酒でもおごってやるぜ!』

 

 その呼びかけに、観客たちは大歓声を持って彼の名を呼んだ、クロコダイル、クロコダイル、クロコダイル。

 

 ギターの調整をしながら、ニーサンは時がすぎるのを持った。

 それは、彼のライブのお約束だった。彼自身のカリスマを引き上げるためのハッタリだ。

 こようがこまいがどうでもいい、そのどちらになっても、彼のカリスマは観客たちを喜ばせる。

 唯一、絶対にやってはならないことをしない限りは。

 

 その時。

 

 ライブ会場を風が吹き抜けた。

 集まった者たちはその涼しさに喜んだ。それは、ステージ上のニーサンも同じ。

 だが、その風に僅かながら砂が混じっていることに気づいた時、観客たちのボルテージは最高潮に達した。

 

 ニーサンもそれに気づいた。だが、それにすぐさま反応してはならない。

 彼はゆったりと、もったいぶりながら、振り返るように目線を向ける。

 顔面を横断する傷跡、左手の義手のフック、分厚いロングコート。その先にいたのは、王下七武海の一人、クロコダイルだった。

 

 ただただ幸せな観客は、彼ら二人に歓声を送っていた。そりゃそうだ、ロックンローラーと英雄が同じステージにいるのだ。食い合わせが悪いはずがない。

 

 黄金色のフックを撫でながら、彼はニーサンに対して含みある笑みを見せていた。

 何をしてくれるのだ、と言いたげだった。

 

 あー、来たか。と、ニーサンは思っていた。

 そりゃそうだ、来るだろう。だって自分が呼んだのだ。

 だが、本当に来るかね。

 

『よく来たな英雄さんよお!!!』

 

 本心とは真逆のことを、臆面もなく叫んだ。

 

『大した歓迎は出来ないけどよお! 一緒に酒でも飲もうや』

 

 ニーサンだって百戦錬磨のロックンローラーだ。このような状況に慣れていないわけではない。流石に呼んだ相手が王下七武海だったことはないが。

 ステージに上ってきた権力者相手に、ロックンローラーが最もやってはいけないことはなにか。

 

 それは、恐怖することだ。

 腕力に、権力に、財力に恐怖してはならない。それは、観客が求めているものではない。

 世界で一番の強者でなければならない、たとえ腕力がなくとも権力がなくとも財力がなくとも、ステージの上では世界一の強者でなければ、観客に、そして、自分に示しがつかない。

 

 彼はメンバーから手渡された二本の瓶の片方を彼に投げかけた。必要以上に固く蓋をされたそれは、美しい弧を描きながらクロコダイルの手に収まる。

 栓をされていることはクロコダイルにとって予想外のことだった。もし自分と酒を飲むことが目的ならば、それを締めておく必要がない。

 

「気が利いてねえなあ……」

 

 そう呟く彼のもとに、ニーサンはつかつかと歩み寄った、そして、彼は右腕を振り上げる。

 

 次の瞬間、ガラスがステージに飛び散る甲高い音。

 何が起きたのかと、観客たちは困惑した。

 

 クロコダイルの右腕が酒で濡れていた。

 割れた瓶から飛び散った酒が、彼の腕を濡らしていた。

 ニーサンは、クロコダイルの持つ瓶に自らが持つ瓶を激しくぶつけて、それを叩き割ったのだ。

 そして彼は、激しく割れたその瓶を高く掲げ、降りしきる酒を受け入れるように口を開いていた。

 そのパフォーマンスに、観客たちは再び大きく湧いた。

 

 酒を掲げるその手が僅かに震えていることに気づいているのは、ニーサン本人だけだろう。

 

 不敬だ。

 明らかな不敬。

 相手は王下七武海、このステージ上に置いて、生殺与奪権は明らかに向う側にある。その気になれば、自分を八つ裂きにすることなどわけもないことだろう、そして、王下七武海にはそれができる権利がある。

 

 当然、それは出来ないだろう。

 この場において、その不敬への怒りに身を任せれば、強さの代わりに尊厳を失うことになる。

 膨らみすぎた権力が、彼に人前で怒る自由を奪っている。それをニーサンは知っている。

 

 しかし、もしクロコダイルがその怒りに身を任せるような愚か者だったら?

 それでも、引いてはならない。

 媚びてはならない、命乞いしてはならない、反撃すらもしてはならない。

 ステージの上で、王のまま死ぬのだ。

 死ねば伝説だ、儲けものだ。そう思わなければやってられない。

 

 酒を降らし終わったニーサンは、それを投げ捨てながらクロコダイルを見る。

 彼はまだ酒の流れるそれを持ったままだった。

 

「クハハハハ」

 

 クロコダイルはそれを手のひらに乗せ、ニーサンに見せつけるように差し出した。

 観客たちは、今度は少し静かになってそれを眺めている、アラバスタの英雄がニーサンに対してどのような意表返しをするのだろうか。

 そして、それは起こった。

 

 酒が溢れ始めた。ドンドンと溢れる。見る限り、瓶にヒビなど入っていないのに。

 やがて、キラキラ輝くものがクロコダイルの周りを舞い始める。

 それが砂のように細かくなったガラスであることに皆が気づいた頃には、彼の手のひらにあるガラス瓶は崩れ去ろうとしていた。

 

 自然(ロギア)系悪魔の実『スナスナの実』の能力だ。彼の右手はすべての水分を吸収し、その気になれば触れるものすべてを砂に変えることができる。

 その能力を知っている観客たちすら、その光景に息を呑んだ。

 

「どこの酒かは知らねえが」

 

 我が物顔でステージを闊歩しながら、クロコダイルはニーサンに言う。

 

「悪くはなかったぜ」

 

 そしてニーサンの耳元でささやく。

 

「励め、震えているのが客にバレるぜ」

 

 その言葉に反応するかのように。ニーサンは勢いよく振り返った。

 

 そして、クロコダイルに右手を差し出す。

 差し出した、彼の右手に、身を。

 

「クハハハハ」

 

 笑いながら、クロコダイルはその手を取った。

 

 観客たちはそれに大歓声で答えた。二人の英雄が分かりあった瞬間だった。

 

 さすがは王下七武海だ。

 その歓声を浴びながらステージを降りるクロコダイルの背を眺めながら、ニーサンは思う。

 あれ程の力があれば、全てが手に入るだろう。

 

 

 

 

 

 太陽が落ち始めていた。

 少しだけ涼しくなった会場に、昼間とは違う涼しい風が吹く。

 砂漠の夜は寒い。

 

『お前ら最高だ、よくついてきたな』

 

 声を振り絞りながら、ニーサンが言った。

 観客はまだ熱気を持ってそれに答える。

 だが、もう時間だ。

 十分すぎるほどに時間を取った。

 この最大の任務は、確実に成功に終わるだろう。

 

『次が最後の曲だ』

 

 その言葉を悲鳴のように否定する歓声が上がった。

 だが、彼はそれを撤回しない。

 

『まさかこのおれが根負けするとは思わなかったよ。アラバスタってのはすげえ国だな! おれは驚いたよ! こんなに『完璧な国』おれは見たことがねえ!!!』

 

 心にもない言葉だったが、それでも観客は歓声を上げる。

 

『雨は降るよ!!!』

 

 ニーサンが続ける。

 

『雨は降るさ! 絶対に降る! おれが降らせてやるよ! お前ら楽しみにしとけ!』

 

 一体となっていた。

 ニーサンも、観客も一体となる。

 素晴らしい光景だ。

 立場も性別も貧富も関係ない。すべてが一体となったときだった。

 

 誰が疑うだろう。

 国王軍の男が、反乱軍の男が、商人の男が、ならず者の男が、笑い合い、語り合うことを誰が疑うだろう。

 このアラバスタで、そのような光景を見ることができるのは、今このときしか無い。

 これがすぎれば、彼らはまた散り散りになる、笑い合えば、語り合えば、疑われるだろう。

 ニーサンが生み出す熱狂は、この国を蝕む毒が交わることを巧妙に隠している。

 バロックワークスのビリオンズが、それぞれの立場を利用して得た情報を伝えあってるという事実に、誰がどうやって気づくことができるだろうか。

 バロックワークスは、混沌をさらなる混沌で覆い隠した。

 そのようなことができるのは、ニーサン・ガロックしかいないだろう。この会社のボスだって、このような状況は作れない。

 

『お前ら隣のやつと肩組め! 仲良くしろよ! 一緒に歌えよ!』

 

 この混沌が終わる時、さらなる混沌がアラバスタを襲うだろう。

 その始まりが彼だったと、誰が思うだろうか。

 ニーサン・ガロックが見せた笑みを、誰が疑うだろうか。

 

『ビンクスの酒ェ!!!』

 

 

 

 

 

 

「アラバスタに雨は降らねえ、絶対にだ」

 

 降りしきる雨を浴びながら、Mr.6は呟いた。

 雨に濡れるのは不快だ。だが、気分が悪いわけではない。歴史ある一つの大国が、喉から手が出るほどに欲しいそれを全身に浴びることなんて、そうは出来ない。

 

 サンディ(アイランド)北沿岸部。

 バロックワークス社所有の人工降雨船『フール号』は、岩陰に身を隠しながらも、バナナワニを象った船首はどこか誇らしげであった。

『ダンスパウダー』雨を降らせる魔法の粉、『本来降らないはずであった雨を降らせる』それは、逆を返せば『本来降るはずであった雨を降らせない』ことと同じ。

 バロックワークスはこの近辺で定期的に『ダンスパウダー』を放出することによって、アラバスタ王国から雨を奪っていた。

 

「何が不満なんだい?」

 

 彼の横で同じく雨を浴びていたミス・マザーズデイが言った。白の体操着が肌に張り付き、もはや意味をなしてはいない。

 

「不満?」

「不満なんでしょ?」

「どうしてそう思う? 『第六感』か?」

 

 はあ、と、彼女はため息を付いた。

 

「カーチャン、何年あんたと一緒にいると思うんだい? 分かるよ、そのくらい」

「そうか」

 

 顔を擦りながらMr.6は苦い表情を見せる。諜報員として、表情を読まれるのはあまり好ましいことではない。

 

「今この船にはカーチャン達以外いないんだ。何でも言ってみるがいいさ」

「馬鹿言え、不満なんか口にできるか」

「そうかい? じゃあカーチャンから言っちゃおうかねえ」

 

 その言葉にMr.6が驚くよりも先に、彼女が続ける。

 

「ビリオンズの奴ら、誰もあんたの歌を聞いちゃいなかったよ。せっかくいい歌だったのにねえ。センスがない奴らってカーチャン嫌いだよ」

「……まあ、仕方のないことだ。そういう任務だ、ビリオンズだって悪気があったわけじゃないだろう……多分な」

「それに、ナノハナに船を突っ込ませるのは勿体ないよ。あそこにはいい香水がいっぱいあるんだ。カーチャン今もつけてるんだよ」

「いや今は意味ないだろ」

「気持ちなんだよこういうもんは」

「そうか……」

 

 Mr.6はしばらく黙り込んだが、やがて自らもそれを口にする。

 

「いいライブだった」

 

 彼女が何も言わぬことを確認してから続ける。

 

「いい観客だった。久しぶりに、喉が枯れるかと思ったよ」

 

 彼は俯いた。雨粒が頬を伝うのを感じてから続ける。

 

「だが、国は救えない。明日になれば、また反乱軍と国王軍は対立し、民衆はそれに怯える。いや、おそらくは今日にもそうなっているだろう」

「しかたないさ、カーチャン達がそういう風に仕向けてる」

「そうだ……そして、おれの歌は俺達の策略を越えやしない」

「そうだろうね」

 

 なあ、と言って続ける。

 

「お前の不満は、この国を諦めるほどのものか?」

「そんなこと、あるわけ無いだろう。いくらカーチャンでもそのくらいは分かるよ」

「そうだ、おれもそうだ。おれの歌が国を救わないとしても、俺がこの国を諦める理由にはならない。むしろその逆だ、おれの歌に国を救える力があったら、おれはこの国なんていらない」

 

 更に一拍置いてから続けた。

 

「お前は、この国を手に入れたら何をしたい?」

 

 唐突な質問だった。実利主義現実主義であるはずのこの会社で理想を語る質問だ。

 だが、ミス・マザーズデイはすぐさまにそれに答えた。

 

「バレーボールチームを作りたいね」

「いいじゃないか」

「そうだね、チームを三つ作るんだ」

「二つじゃないのか?」

「そうだよ、そうすればバレーボールを観ることだって出来るだろ? カーチャン、バレーボールを観るのも好きなんだよ」

 

 彼女は更に続ける。

 

「そうしたら、代表チームを作って国ごとに試合をするんだ。最初のうちはどの国も敵わないだろうから、カーチャンがコーチになって教える。戦争なんて忘れるくらい、バレーボールを楽しませたいね」

「いいじゃないか」

「あんたはどうなんだい?」

 

 半ば礼儀であるように、彼女がMr.6に問う。

 

 彼はしばらく考えてからそれに答えた。

 

「町だな、町が欲しい」

「町?」

「そうだ、幸せな町を作りたい。幸せな国を作るのは諦めた」

 

 小さく笑いながら言う彼に、強くなってきた雨脚が襲いかかってきた。

 肌寒さを感じた。それを作ったのは自分であるのに。




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